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第119話(欺)

 上を見上げれば、分厚い雲に覆われた空が広がる。下を見れば、閑散とした街並みが続く。

 時折、冷たい風が吹いてきて、少し寒いような。


「ていうか! なんなのさ、コレ!」


 一瞬で僕の存在を忘却してくれたフリギアが、投げ飛ばしてくれた紙。一旦は捨ててやろうかと思ったけど、何かあると怖いから、取り合えず中ぐらいは見ておこうと思い。

 力加減を間違えて、シワだらけになったソレを広げて良く見てみれば、なんだか腹立つくらいに丁寧に、それも、子供のお使いかと思うぐらい、書き込まれた地図で。


 僕は子供じゃない! 誰が行ってやるか! と決意を新たにしたものの、実はフリギアのお屋敷にいても、やることがなくて暇…じゃあなくて。

 このやり場のない怒りをどうにかしようと、気分転換で『もくてきち』と書かれた場所に行ってみれば。


「いつぞや通りかかった公園じゃないか…公園、だよね?」


 ミノアにあげる杖の材料買いに行った時だったか、買い終わった時だったか、その前だったか。とにかく、地図に書かれてたのは、いつか、通りがかった公園のような場所。

 どんよりした空気のお陰で、目に優しそうな木々も、心なしかどんよりしていて、なんとなく不気味な空間になってるような気がする。


「なんで公園が目的地なのさ」


 前通った時は、子供がいたような気がしたけど…今日は曇り空のせいか、風が冷たいからか、子供も大人もいない、閑散とした空間になってたり。


「フリギア、僕と気が合いそう、とか言ってたけど、そもそも誰もいないし」


 あの物言いからして、誰か待たせてるのかと思ったのに、これだ。

 折角、人がそこそこ急いでやってきたって言うのに。


「ちゃんと目印も合ってたし、道は間違ってないはずなんだけど……誰か、いません? いない?」


 どよどよと風が吹いてる中、恐る恐る公園っぽい場所に足を踏み入れる。右見て、左見て、声掛けて…うん、やっぱり誰もいない。

 人だけじゃなくて、虫やら生き物やら、とにかく、なんか動いてるモノが、木やら草やらしかない。なんか不気味なんだけど。


「もしかして、フリギアに騙された? でも、流石のフリギアも嘘はつかないだろうし、でも誰もいないみたいだし……あ」


 ああっ! まさか! なんか閃いた、閃いたぞ! 

 すんごく失礼な、それでいてフリギアっぽい、これこそ正解に違いないっていう閃きが舞い降りてきた!


「そういうことか! 僕に、ここで遊んでるはずの子供たちと遊んで来いってことか!」


 屋敷に僕がいると喧しくて邪魔だからって、追い出したわけだね、フリギア!

 そうだ、絶対そうだ、そうに違いない!


「気が合いそうな者、だとか意味深長な感じだったクセに……あんの…フリギアめ!」


 誰が待ってるのかな気になるかも…だとか、実はちょっと楽しみにしてたのに!

 後で覚えてとけ! もう本当に怒った! いつまでも僕がやり返さないだなんて思わせるものか!

 絶対なんか、こう、こういう感じで! ああやってこうやってみっちり復讐してやる!


「とくれば、フリギアが嫌がることを、サフォーさんとアザレアさんにこっそり聞いて…あでも、クラヴィアさんがいるところでやったら、なんか胃とか心臓とか寿命とかが持たなさそうだから、それとなく、ちくちくじわじわとした嫌がらせにして……って冷たっ」


 と、怒り心頭な僕の頬に、なんか額に冷たいモノが落ちてきたり。指で触れれば、それは水滴で。


「これって、もしかして、雨? あ、だから公園に誰もいないんだ」


 なるほどなるほど、雨降りそうな天気だったからか、だなんて独り言を呟きつつ、一応、奥へ進んでみることに。

 そりゃもうフリギアに騙されたのは確定だろうし、当然怒ってはいるけど、万が一、もしかすると、誰かが待ってるかもしれないし、その人が雨に濡れたら嫌だしなあ…だなんて。

 そうやって人っぽい気配がない公園を散策してる間にも、稲光はないものの雷鳴が数度、響き渡る…最近雷鳴は良く聞くけど、これは本当に雨が降りそうな、不穏な感じがひしひしと。


「やっぱり誰もいない…なんか悔しい」


 だからって、このまま帰ったら、なんか馬鹿にされそうだし。せめて、話題の一つぐらい持って帰って…あ、あそこの木、なんかちょっと光るものがあるから、切り倒して武器に…いやでも、さすがに公園の木はまずいよなあ。

 とか思いつつ、視線は左右を彷徨ってるけど、やっぱり人っ子一人いない。


 しばらく公園内をうろついてみたものの、結局、木と草しかないことしか確認できず、ただただ疲れただけで。


「ちょっと疲れた……どっこいしょ」


 ただいま、目に留まった木製の長椅子に腰掛けて小休憩中な僕。

 背凭れに身体をあずけて、ぽつりぽつりと不定期で水滴を落としてくる空と、その下に広がる緑を見るともなしに眺めて……


「ふう疲れた疲れ……あ、思い出した!」


 ミノアの杖やら、お披露目会やら、フリギアからの暴力やら、色々あって、すっかり忘れてたことを、ふと思い出した。それはもう、唐突に。

 そうだ、そうだった、そういえば、このナントカ国に来た時、馬車に乗りながら…


「むむむむ…まさか、こんな所で再開出来るだなんて思わなかったなあ」


 一瞬だけ、すれ違った……黄色の透き通った柄。そこに続くのは、同じく黄色の透き通った刃。

 

「僕の息子…僕があげた雷の精霊石の剣……でも、嫌がってたよなあ……最初は物凄い相性良かったのに」


 かつて、どっかの村で作って渡した精霊石の剣。

 それが、何故かこのナントカ国にいて、しかもすれ違うだなんて、凄い偶然もあったものだ、うんうん。


「ってあれ? そういえば持ち主、変わってたような? なんか理由あるんだろうけど、あの距離じゃあ、詳しく聞くことも出来ないし」


 どうやら、持ち主が変わるような何かが起きたっぽいけど、僕には分からない。けど、あれだけ良い使い手に出会えた愛しい息子が、嫌がってたなら助けてあげたい。

 

 けど。


「息子の顔は覚えてるけど…」


 そりゃあもう、僕の愛しい息子だから、当然息子の顔は覚えてる。

 けども、その持ち主なんて、しかも、二代目っぽい持ち主の顔なんて、一切記憶にない。当然だけど…当然なんだけども。


「ううむ…思い出せない! あの時しっかり顔覚えておけば…いやでも、多分きっとナントカ国にいる人なんて、お貴族様ばかりだろうし、眺めてたら無礼だとか言って、殴りかかられたり牢屋に入れられそうだし…」


 でもやっぱり、息子が困っているというのなら諦められない。持ち主の顔思い出せないけど。

 どうにか、ちょっとでもいいから、うぬぬぬぬ……と歯を食いしばって頭を抱えて頑張ってみても、思い出せない。


 …あ、でも、すれ違った時、緑色が視界の端っこに…こう、こういう感じであったような。あれでもそれって街路樹だったっけ…?


「ああ思い出せない! でも助けないと! ってうわっ?」


 再度の雷鳴が轟く。今度のは、どこか近くに落ちたかと思うほど音が近くて、その大きさに思わず飛び跳ねて、椅子から落下する。


「あでででで……雷、落ちてない、よね?」


 立ち上がりながら、素早く周囲を確認…何も燃えてない、どこも焦げてない、雷落ちてない。

 …よし、決めた。


「フリギアに嫌味言われるのは嫌だけど、雷が僕に落ちてくる方が怖いし、とりあえず、かえ…」

「青年よ、悩み事か?」

「ううううわっ?」


 決意新たにした僕の耳に、どこからともなく、壮年男性の声が飛び込んできて…え、ちょっと待った、僕以外に、誰もいなかったはずなのに。

 慌てて周囲を確認しても……誰もいない。


 うん、間違いなく、誰もいない。


「なんだ……空耳かあ…びっくりした」

「空耳とは失礼だな」

「うわわわわわわっ! ごめんなさい! だ、だれっ? 誰でございますですかっ!」

「面白い人間だ」


 全力で全方向に向けて頭下げてると、笑い声が聞こえてくる。でも、どこにも、声の主、その姿がない。


「この際、私が誰であろうと、どこにいようと関係ない。青年よ、君は今悩んでいる」

「う、うん、この空耳が本当に空耳ならどうしようかって、悩んでる」

「君は、雷の精霊石で出来た珍しい剣、それを所持したあの男を探している。そうだろう?」

「え…」


 僕の心を直球で抉ってくる空耳に、全身が震えて、体が固まる。

 そのまま数秒して、ふと気付いて空耳の主へ言い返す。


「あ、と……あの男って…誰?」

「とぼける必要もないだろう。名も知らぬだろう男を、射殺さんばかりに注視していたではないか」

「男、は知らないけど、精霊石で出来た剣の方なら心辺りが少々…」

「ほう、互いに名も知らぬとは。けども敵意を持つことができる。人間とは本当に面白い」


 空耳の主は、一方的に、だけどとっても楽しそうに話しかけてくる。

 どうやら、僕が息子に目を向けてたことに気付いてたようだけど、そんなのかなり前だし一瞬だし、そもそも僕は、息子を所持していた人が男だったなんて知らないわけで。

 確かに驚いたけど、今はそれどころじゃない。というわけで、空耳じゃなさそうな主へ向けて、首を振っておく。


「君がどこの誰かは知らないけど、これ、僕の問題だから。それに、もう決めたし」

「ふむ。決めた、とは?」

「とりあえず雷怖いから、フリギアの家…だと嫌味言われそうだから、屋内に退避しようかと」

「………」


 正直に答えたのに、返って来たのは沈黙。


「僕、なんか変なこと言った?」

「いやはやなるほど、確かに雷は恐ろしいものだ。この私より恐れる者も多い」

「あのね、雷って本当に怖いから! 雷が一度落ちたって人は、なんかそれ以降物凄く雷に狙われやすくなって、大変だって言ってたし!」

「狙われやすい、とは。中々面白いことを言うのだな」

「面白いって、本当の話だよ! 本当! 人に雷が落ちるんだよ! 絶対に怖いし痛い…じゃ済まされないって!」


 実際、僕に話してくれた人は、雷雨の時に実演してくれてたし、本当の話なのに、声の主は信じてないっぽい。酷い。

 何回も轟音と光にやられて、平然と笑ってる人見れば、絶対共感してくれるのに!


「その興味引かれる話は、また別の機会にでも聞こう」

「だから僕、早く屋内に避難したいんだけど…」

「話を戻すが、今、横槍を入れられては困るのでな。そういうわけで、忠告がてら、悩める青年へと会いにきた所だ」

「横槍、だって? 別に僕、そんなつもりないし」

「私はそう思わないが」

「そんなこと言われても僕が困る…あ、まさか君さ、僕の息子…じゃなくて剣の所有者の、取り巻きとか部下とか、だったり?」

「………」

「え、な、なんでそこで黙るのさ」


 つい調子乗って会話してたけど、実は息子の持ち主お貴族様で、やっぱり目が合ったことが不愉快だったから、小市民の一人ぐらい消えても問題ないだろうと僕を抹殺しに刺客を……ま、マズイ、マズイぞこれは!

 今、手持ちで武器になるものって、腰の…いや、これ、武器とは言えない短剣だし! それでどうこうできるわけがないし!


「と、とにかく落ち着かない? 大丈夫、僕が目を合わせたのは剣の方で、持ち主の方じゃないから! ね、うん、だから、一先ず落ち着いていただけると、僕も君もお互いに多分穏便に色々すませ…」


 誤解だから、と必死に主張しながらも、ゆっくり逃げる体勢をとりつつ………て、どこに逃げれば…


「取り巻き? 生憎だが違う」

「ほ、本当? 君、嘘ついてない? そうやって油断させて僕を抹殺しようだとかしてない?」

「抹殺するのならば、もう少し前に、それこそ青年がこの場所へ足を踏み入れた瞬間にしている」


 …なんか物騒なこと言われたような気がしたけど、とりあえず、無事に済み…そう?


「じゃあ、本当に取り巻きとか部下じゃあないって?」

「その通り。むしろ、我らはあの男を墓穴へと引きずり込む者だ」

「は、墓穴? なんか物騒なんだけど」


 更に物騒なこと、突然言われても、僕は何も返せないし、どう反応すればいいのやら…


「疑うか、青年よ」

「疑うも何も、話が見えないし、そもそも初対面…姿も見せない人を信じろっていうほうが無茶だよ」

「ふむ。それもそうか」

「ちょっ」


 納得したような声と同時に、ざざっ、と何かを掻き分けるような音が…まさかの背後から聞こえてくる。


 背後はただの森、というか林で、確かに誰もいなかった、はずで。慌てて逃げようとして、足がもつれて転びそうになって結局動けなくて冷や汗がだらだらと。

 その間にも、がさがさごぞごぞ、と木々を掻き分けて、とうとう声の主が姿を…あ、もう駄目だ、僕、逃げられないや。


「私を目にして騒がれても困ると思ったが、姿が見えないというのも、不信を招くものだな」

「うむうむ…むむうむ……」


 せめて穏便に済みますように、三食ついた牢屋ならなんとかなるから、そういう感じでお願いします、だなんて祈っていると、影が徐々近づいてきて…


「あ、あれれ?」

「青年よ、この姿を前にして、驚かないのか」

「えっと、君まさか…」

「普通に対応されることを望んではいるが、実際にやられては少々物足りないものがあるな」

「僕、十分驚いてる、んだけど…」


 僕の目の前に現れたのは……そもそも人間じゃなかった。


 全身が黄色の毛で覆われた、四足で歩行する、巨大な狐のような……


「先に私の姿を目にした人の子らは、大層驚いて、逃げだしたというのに」


 ソレは自身の体長ほどある、二本の尾っぽと、長い二本の髭を揺らしながら、不満そうに僕を見上げてきたのであった。

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