●第145話(欺)
「フェノの婚約者かあ…アクイア、よく我慢できたよね」
「は? テメエ馬鹿か? オレだって耐えられねえよ! 何度殺してやりてえと思ったか!」
「ご、ごめん」
「チッ! 大体、あのクソ貴族一人だったら、ただのカモだったってのによ!」
どうやらアクイア、相当屈辱的な光景思い出したみたいで、持ってたフォークを分厚い肉に突き刺して、吐き棄てる。
ここはフェノたちのお屋敷にある食堂。僕はフェノたちの護衛になったらしいアクイアと二人で、お昼ご飯の最中。
…ちなみに、アクイアの手下っぽいオッチャンたちは、堅苦しいのを嫌がって町で過ごしてる、とのこと。
「一人、だったら?」
「なんかいただろ、クソ貴族に従ってた魔物。アレがめっぽう強くて、オレらのされちまったんだよ」
「デボアたちだね! 確かに戦い慣れてるし、雷の魔法っぽいの広範囲に展開できるから、倒すの難しそうだよね」
「そういうこった。オレたちも辺鄙な場所で仕事やってたからよ、魔物の一体や二体、大したことなんざねえはずだったんだが……だあクソッ!」
お昼時なんだけど、フェノもサファレもいないから、心置きなく文句言いたい放題。
というわけで、綺麗に並んだ美味しい料理を前に、お互い愚痴り合いしてる状態だったり。
「何度思い出しても腹立つ! のされた上に、オレらの隠れ家までぶっ壊しやがって!」
「だからフェノに付いて行くしかなかったってこと?」
豪快に、肉を引き千切るようにして口に放り込んでいくアクイアは、不満そうだけど頷く。
「始めは護衛だけだ、つう話だったのによ、クソ重くて動きづらい服着ろだの、テメエの婚約者のフリしろだあ? ふざけんじゃねえ!」
「なるほどなるほど。だからアクイア、アキュアさんになってたんだ」
「おいシアム、その名前呼ぶんじゃねえって、言ったよなあ?」
「あ、ごめんアクイア。でもさ、あのドレス、僕が言うのもなんだけど、似合ってたよ」
カツラかぶってたのもあったけど、本当にお嬢様っぽい雰囲気出てたし。
フェノにぴったりくっついて、やり取りしてたのも、仲良い婚約者にしか見えなかった…だなんて感想続ければ、渋い顔されてるし。
「全く嬉しくねえ。そもそも、ありゃ服じゃなくて布の塊だろ。ったく、あんなん着てどうすんだよ。クソ貴族共の頭ん中が理解できねえ」
僕がいつぞや着てたドレスは、軽くて動きやすかった気がするけど、どうもアクイアのは違うみたいだ。
あの時は、お嬢様って斧を嗜むものなんだ、とか関心してたっけ…だなんて懐かしんでると、相当演技してたことが気に入らなかったみたいで、苛立った様子の舌打ち一つ。
「淑やかなオンナのフリしろっつうから、うっふんだのあっはんだの言ってりゃよ、言葉遣いがなってねえだと!」
「言葉遣いかあ……僕もそんなこと言われたっけ」
「仕方ねえから、ですわ、だの、フェノさまあ、だの何だの言ってやったが、鳥肌立ちっぱなしだったぜ」
元、山賊カモにしてた山賊っぽいアクイアに対して、お貴族様の婚約者っぽく振舞え、だなんてフェノ、本当に容赦ない。
「チクショウ! クソ貴族に触られるたびに、切り殺したくて仕方なかったぞ、オイ!」
「それすんごく分かる。自分でも言ってたけどさ、フェノ、人に嫌がらせしたり逆上させるの、趣味にしてるからなあ…性格悪すぎるよね」
「だよな? それで獲物取り出そうとすりゃあ、アレだ、『淑女はそんな重いモン持てないぞ』だと! ああクソッ、やっぱり一度あの面ぶん殴りてえ!」
青筋立てたアクイアに、素直に同意する僕。
ただまあ、フェノのことだから、殺しても死なないだろうし、死んだら死んだで、なんか面倒なことになりそうだけど。
殴るだけでも面倒なこと起きそうだし、付き合いたくないお貴族様らしいお貴族様だよね、うん。
「切り殺すっていえば…ねえアクイア、斧の調子、どう?」
「うん? おう、コイツか? そうだそうだ、シアム、お前本当に鍛冶だったんだな! すげえ調子いいぜ!」
ついでみたいな質問だけど、一転して上機嫌になったアクイア、椅子に立てかけてある双斧に目を向けつつ、凶悪な笑顔を浮かべたり。
「ガタついてたのが直ったし、切れ味も良くなってたな!」
「えっへへ! 柄を木から金属に換えて、斧頭の部分に他の金属合わせて強化した上で、全体をアクイア用に調整したからね! 前より扱いやすくなってるはずだよ!」
「細けえことは分からねえが、使いやすくなってんのは間違いねえな! ここの庭に生えてた木もバッサリよ! すげえ気に入ったぜ! そうだそうだ、礼しねえとな!」
「え、お礼なんていいよ! 僕、そんな大したことしてないし、このままずっと使ってくれれば、それで満足だし」
「それじゃ俺の気が済まねえ。とはいえ、この間、野郎共からかっぱらったブツは、あらかた金に換えて使っちまったからなあ…」
「じゃあ、気長に待ってるよ。いつでもいいからさ」
「おう! 悪いな!」
本当にお礼なんていいんだけど、軽く手を持ち上げて謝るアクイア。結構義理堅いらしい。
そんな、和やかな空気が漂ってたのも、ここまで。
「よう元下僕君と護衛君。仲良くお食事中かね」
「ああ?」
この挨拶聴いた瞬間、アクイアの顔が凶悪になっていく。
目つきが鋭くなって、米神に青筋立ってるし、完全に殺気立ってる。
なのに、声の主、フェノは平然と食堂に入ってくる。
「ご主人サマを放置して何をしているのかと思えば、お二人で盛り上がってるようで結構結構」
「あのさ、放置もなにも、君ずっと具合悪いって言って引き篭もってたじゃん」
「そのままくたばっちまえば良かったのに」
「おお! 俺の身を心配する人間がいないとは! この世界の冷たさよ!」
僕らの正直な感想前にしても、実に胡散臭い演技で嘆くだけ。
この数日、体調不良で伏せてたって思えない…やっぱり何かの罠だったんだろう、うん。
「さて、護衛君。お食事中悪いが、この後、我が家の護衛と打ち合わせがあることを、お忘れではないな?」
「誰が忘れるか!」
いつも通り絶好調なフェノの言葉受けて、アクイアは食卓叩いて立ち上がると、双斧を革鎧の背に装着していく。
今にも切り殺しそうな目で睨みつけられてるっていうのに、フェノは嬉しそうで、性格の悪さ、意地悪さが良く分かる。
「うむ。ではこの高貴なる貴族、ジェリスの当主たるフェノ様のために、精進したまえ」
「本当に腹立つ野郎だな! やりゃあいいんだろ、やりゃあ! こんの、クソ貴族がっ!」
「うわっ?」
どすどす音たてて立ち去るアクイア。轟音と共に開いて、轟音と共に閉まる扉。
お屋敷が揺れる勢いだけど、肩すくめたのは僕と控えてた女中さんたちだけ。
フェノは、アクイアの怒りを心外そうな顔で受け止めるだけで、いつも通り。
「はて、俺は護衛君の心配をしただけだというのに。何を苛立っているのやら」
「フェノさ、折角アクイア護衛になってくれてるんだから、もう少し労わるとか優しさみせるとか…」
「おおそうだシアム君」
反省なんて言葉、頭になさそうなフェノ。
仕方ないから、アクイアがいなくなった食堂で、その態度注意しようとすれば、振り返ってきて。
「おたく、逃げるつもりだろう?」
悪意滴る笑顔浮かべて、この一言。
「はえええええっ? に、にげげげっ?」
「おや、図星かね?」
「なななななん! と、とと突然フェノ! なななななに言うのさっ?」
思わず動揺しそうになって、慌てて取り繕う僕の前で、フェノは小さく哂う。
「くくっ、分かりやすいこった」
「な、ななななんのことととっ?」
予想もしてなかった発言に、動揺してないけど、なんでか激しくなってる動悸おさえようと頑張ってる中、顔を近づけてくる。
「俺よ、腐ってもジェリスの人間なんでなあ。黙ってても色々とな、楽しい噂やら情報が入ってくるわけよ」
「そそそうだったね! さ、さすがお貴族様! すごいすごい!」
全てお見通し、みたいなフェノの目。
見つめ返せない僕が、顔横にずらせば、追いかけてくる。
「例えば、一小市民らしいシアム君は、あの魔王に拉致されてこの国に来た、とかな」
「ええええと、まおう……魔王…あ」
「大層面白い話じゃあないか。どうして黙っていたのかね?」
魔王って誰さ、とか思ったのも一瞬、すぐ理解した。フリギアだ。他に魔王なんているはずがない。
そうだ、僕、フリギアに鉱山見せてやるだの何だの言われて、結局見せてくれなくて、騙された感じで、このナントカ国に来たんだった。
………すっかり忘れてた。
「黙ってたっていうか、聞かれなかったし、拉致はされてない…はずで。どっちにしても、フェノに話すことじゃないでしょ」
「ただの一例よ。それとは別に、とっておきの、面白い情報があってな」
「君の面白いってさ、ロクなことじゃないよね」
「正しいが、聞いてから判断しても良いのではないかね?」
「……聞いて欲しいなら、素直にそう言えばいいのに」
フリギアとの関係については、割とどうでも良さそうな態度みせるフェノ。
僕から顔離して、後ろ手で食堂の窓に近づくと、顔を寄せる。
どうやら、外見て何か確認してるみたいだけど…?
「最近、ここいらの路上で武器売ってる人間がいるらしくてなあ」
「ぎくっ」
ここからも見えるらしいぜ、と窓に声かけるフェノ。
…そのお陰で、動き止めた僕の顔が強張ったの、見られなくて済んだり。
「それがまた、素性が割れないよう徹底してるご様子で、全身が黒いローブで覆われてるんだと。怪しさ満点だが、ここいらにはない業物を、やけに安く売るだとかなんとか」
「ぎくぎくっ」
俺はまだ会ったことがなくてなあ、と残念そうに呟いて、窓から離れるフェノ。
ま、マズイ、今振り返るな、振り返らないで! 色々マズイ!
「同じ鍛治なら、気になるよなあ?」
「そそそそそだね! 気に! なる! なあ! うはははは!」
そんな僕の願いも空しく、振り返った、フェノ。実に楽しそうな目………だ、大丈夫大丈夫大丈夫、まだ僕ってバレてないから!
だから、平静平静平静平静……っ!
「そう言うと思ったから先日、その鍛治が出没する時間帯に、おたくを呼び行ったんだが…」
「ぎぐぐぐぐっ?」
部屋がもぬけの殻でなあ、と心底残念そうな顔浮かべるフェノ。
それ、たまたまだから。そう、たまたま。お屋敷にある庭とかで遊んでたんだよ。たまたま、偶然。
「というわけで、シアム君、今度一緒に…」
「フェノ、いい加減にしろ」
「サファレ!」
「おお、サファレ君ではないか」
この話どうやったら終わるんだろう早く切り上げないと、だなんて冷や汗だらだらな僕の背後から、呆れたような声が飛んでくる。
天の助けに気付いた僕は振り返って声上げて、フェノは手を持ち上げる。
「いつ帰ってきた? 勝手に外出して戻ってくるだなんて、困るぞ。連絡の一つや二つ、事前に寄こし給え」
「お前に連絡する必要を感じない」
フェノの嫌味っぽい挨拶を、ばっさり切り捨てたサファレ、適当な椅子に腰を下ろす。
すぐさま、女中さんたちがやってきて、サファレの前に食事を並べ始める。
「人間たちが、揃いも揃って珍しそうに私たちを見ていたけれど……一体なんだったのかしら」
「アスピドの美しさに目を奪われたのだろう」
「そうかしら? もう、デボアったら嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「あ。あれ? デボアたち…」
続いて聞こえてきた声を、背もたれ越しに確認すれば、頭に花冠を載せたアスピドと、二つの尻尾に手作りっぽい紐が結んであるデボアがやってくるところだったり。
………二人とも、なんだかお洒落になってる?
「先程まで、彼らにこの周辺を案内していてな。その花と紐は、偶然出会った子供たちからの贈り物だ」
「へえ…」
「ほう」
僕の視線から気付いてくれたみたいで、すぐさまサファレが説明してくれる。
フェノも、ニヤニヤと嫌らしい笑顔浮かべて、楽しそうに耳傾けてたり。
「この花冠と紐、くれたの? 色んな色の花があって綺麗だし、紐もなんだか手作りっぽいね」
「そうでしょう? 小さい人間たちが、一生懸命作ってくれたのよ」
「我らが珍しい様子で、近づいては体に触れてきたな」
「ええ。とても嬉しそうだったから、好きにさせてあげてたら、そのお礼ですって」
誇らしげに顔を持ち上げ、二股の尻尾を揺らすアスピド。
デボアも愉快そうに、尻尾ゆらゆら揺らしてる。
「なるほど。似合ってるぜ、アスピド」
「貴方に言われてもあまり嬉しくないのはなぜかしらね、フェノ」
相変わらず、褒めてるようには聞こえないフェノには冷たく返して、デボアとアスピドは床に寝そべる。
「ふむ、どうやら食事中のようだが」
「あ、僕は食べ終わったけど、デボアたちは…」
「まだよ。サファレと一緒にずっと外を見て回ってたから」
食卓を眺めてたアスピドの返事を聞いて、という訳じゃないだろうけど、おっかなびっくり、二人の前に女中さんたちが近づいていく。
「あの……」
「なにか?」
どうしたんだろう、だなんて見てると、恐る恐るな感じで、床にお皿並べ始めて。
置かれた白いお皿に、こんもり乗ってるのは、僕らがさっきまで美味しく食べてた料理の数々。
「お二方の食事なのですが……こちらで構いませんか?」
「まあ、良い匂い! 美味しそうだわ!」
「有難い。フェノといたときは、生肉ばかり提供してきたのでな」
「私たちもフェノが食べてる料理、食べたかったのよ。なのに、フェノったら話も聞いてくれなくて生肉ばかり」
作りたてみたいで、湯気上げてるソレを前に、二人は嬉しそうに尻尾と髭を振って答えれば、女中さんたち嬉しそうに頷きあう。
「フェノ、お前…」
「フェノ、君さ…」
「なんのことやら。それで、だ」
他方、僕らの視線を受け流したフェノ、どこから取り出したのか、食卓の上に大きな袋を乗せて……って、食事中のサファレが嫌そうに顔しかめてるんだけど。
……本当、色々気にしないよなあ。
「あのさ、サファレまだ食べてる…」
「シアム君、今回の礼だ」
「えっ?」
ちょ、ちょっと待って。
「フリギアの旦那から逃げるなら、色々物入りだろう?」
あのフェノが、僕に、お礼?




