第139話(欺)
「…おねがぐぶえっ?」
「承知した」
「フェノったら、淑女を庇う素振り一つ見せないなんて。殿方失格よ」
剣を振ろうとしたら頭が急に重くなって、ついでに聞き覚えがある壮年男性と、若い女性の声がフェノに応じるように飛んできて…
「な、なんだあっ?」
「おぶえっ?」
「ま、魔物っ? お、おい! こんなん出てくるなんざ聞いてねえぞ!」
思い切り体勢崩して地面に激突した顔を持ち上げると、黄色の巨体が僕の脇通り抜けて、元山賊で元襲撃者なオッチャンたちに飛び掛ってたり。
「なんだこだぼああっ?」
「魔物だと、君の仲間が指摘していただろう」
二体の狐っぽいの魔物のうち、より大きい紳士っぽい魔物。
鋭い鉤爪がガラ悪いオッチャンの胸を抉って、その体を地面に押し倒す。
「く、くそっ!」
「あら危ない」
「こ、んのっ! すばしっこい狐め!」
「まあ危ない」
それよりは小柄な、銀色の毛が混じった狐っぽい魔物の体から雷撃が四方に迸って、包囲してた目つき悪いオッチャンたちに襲いかかかる。
人間と全く違う姿なのに普通に対人戦してる、見覚えがありすぎる巨体を前に、土塗れの顔拭うのも忘れて叫ぶ。
「デボアにアスピドっ? どうしてこんなところにっ?」
「おお、下僕一号君、よくアイツらの名前を覚えていたな。感心感心」
聞こえてきた声に振り返っても、僕の目に映ってるのは動きが止まった豪華な馬車だけ。
その中から放たれたのは、満足そうなフェノの声。
「全然褒められた気がしないし……でも、なんでデボアたちがここにいて、普通にオッチャンたちと戦っ……あれ?」
そういやフェノ、さっき当たり前のようにデボアたちに命令してたような……ということは?
「まさか、フェノ…」
「当然のことではないかね?」
次々と黄色の巨体に倒されていくオッチャンたち。
それを確認して、身の安全を確信したみたいで、御者が台から降りてきたと思えば、馬車の扉に手をかけて、恭しい動作で開けられて。
そこから顔を覗かせたフェノは、予想通り、人を馬鹿にしまくった笑みを浮かべて、その上気障な動作で髪をかき上げて更に哂う。
「襲撃があるなら、相応の対策を取るのは基本だよなあ?」
「はあっ? ちょっと待ってよ! 僕に頼むぞって言ったの誰さっ?」
「さあて。少なくとも俺ではないぞ、下僕一号君」
「スキありいいっ!」
「うるさい黙って!」
「あべあばばばばばああああああっ?」
人がすんごく大事な話してるのに、横から割り込むように飛んできたオッチャンを、雷の魔法展開して撃ち落とす。
地面の上で感電して痙攣してるオッチャンを、フェノは興味深そうに眺めて嬉しそうに手を叩く。
「ほう、やるねえ」
「あのさ話聞いてる? つまり君、全部分かってたってことだよね!」
「そう思いたい気持ちは十分伝わってくるが、生憎、俺はそこまで全能の存在じゃあねえのよ」
「どりゃああっ!」
「嬉しそうにしない! 誰も褒めてない! 邪魔しない!」
「あばばっばあばっ?」
「くそっ、ここだっ! 死ねっ!」
「だからうるさい!」
「だぼばばばばばばあっ?」
また邪魔するように飛んできたオッチャンたちを撃ち落としつつ、叫ぶ。
「例えば、俺が分からないこともある」
「本当に?」
胡散臭さしか感じない、やたら神妙な顔したフェノは、周囲を見回す。
釣られて確認すると、護衛のオッチャンと、襲撃者のオッチャンの見分けがつかないぐらいの乱戦状態になってたり。
「そうだ、例えば、俺を殺すために、どれほどの人数をかき集めているのか」
「どれほどの……?」
「前回失敗したからな、場所もあって全力で排除してくるのは分かるんだが、生憎数までは把握してねえのよ」
顔を戻せば、あっさりいつもの表情に戻ってたフェノ。
こんな状況だっていうのに、そりゃもう楽しそうに笑って、笑って、笑い続ける。
得意げなのが腹立つけど、それってつまり。
「じゃあまだいるってこと? オッチャンたち」
「まだまだいるのではないかね? オッサン共」
完全に他人事なフェノ。
まあフェノだからしょうがないや、とオッチャンたちに目を向ければ。
「チッ! 仕方ねえ! 出て来い野郎共!」
「えっ?」
フェノの首取れないことに苛立ったご様子で、オッチャンの一人が武器振り上げてて。
「あいよ!」
「やっと出番かよ!」
「いつまで待たせてんだ? ああ?」
「ひゅう! こりゃやりがいがありそうだぜ!」
「えええっ?」
どこからともなく、わらわら…わらわらわらわらわらわらわら、なぐらいの勢いでオッチャンたちが増えていく。
「う、うわあ…」
「こうなりゃ全員突撃よ!」
山道がオッチャンまみれで、もう、誰が誰だか分からないぐらいの密度。
こんな一杯なオッチャン見れるの、最初で最後かもしれないなあ、だなんて思ったり。
「これだけ数いりゃあ、誰かしら殺れるだろ!」
「ぼぐあっ?」
「そんじゃ俺がいただくぜい!」
「ああっ? くそっ!」
「ふざけんな! 俺が先よ!」
怒号やら笑声やら武器やらデボアたちに吹き飛ばされたオッチャンやら色々飛び交ってる光景。
………なんだろう、すんごい危険な状況にいるっていうのに、妙に冷静になってくるから不思議だ、うん。
「ねえフェノ、ちょっといいかな?」
「なにかね、下僕一号君?」
「これだけオッチャンいるとさ、息子…僕だけじゃ、君ら守る、とかできないから」
「ふむ、確かにそうだな。俺も、ここまで増えるとは予想してなかったモンでな」
「君って本当、恨まれるの得意だよね、フェノ」
「それを叩き潰すのが生き甲斐だからな、シアム君」
一回回って落ち着けたのは、いいけど…コレ、どうしよう。
デボアたちが善戦してるのは分かるし、サファレたちもまだ元気だっていうのは、オッチャンたちの動き追ってれば分かるけど…さすがにオッチャンたちの数が多すぎる!
「山賊様たち、とても沢山いらしていて、賑やかですわ。でも、これでは馬車が動けなくて困りますわね」
「……そういう、話じゃないと思うけど…」
「大いに困るな。この状況がいつ終わるのかも分からねえしな」
「フェノ様、どういたしますの?」
フェノの脇からひょっこり顔出したのはアキュアさん。薄い水色の、長い髪が流れる。
馬車の心配をしてるけど、一応身の危険は感じてくれてるみたいで、フェノの背中を掴んで、下卑た笑いを浮かべてるオッチャンたちを見つめてたり。
「仕方ない。うむ、仕方ない。つうことで」
神妙に頷いたフェノ、数では圧倒されてるはずなのに、全く危機感ない声を出して両手を後ろに回したと思えば。
「アキュア、後は頼んだぞ」
「きゃっ」
「は?」
背後に立ってたアキュアさんを引っ張って馬車から突き落と………え、嘘っ?
「ひゅう!」
「おうおう! お坊ちゃま素直じゃねえか!」
「分かってるぜ!」
「待った待った! ちょっとフェノっ? 君なにやってるのさ!」
僕ならまだしも、婚約者のアキュアさんを突き飛ばすって!
「さあて! げへへへへへ…」
「さっすが貴族サマ! わが身大事ですなあ!」
「丁重に保護してさしあげますぜ!」
「フェノ様……」
「ああ、もういいぞアキュア」
僕とは違って、ドレスなのに優雅に着地したアキュアさん。
ゆっくり振り返って、口角釣り上げたフェノと見つめ合う。
表情は分からないけど、多分悲しそうな顔してると思う。
「ほんじゃ、婚約者サマ、俺たちのもとへ…」
「げっへっへへ!」
「フェノの馬鹿…少しはマトモだと思ってたのに…ほんの少しだけだけど…」
まさか、フェノがここまで外道なことするとは思わなかった。
どうにか出来るか分からないけど、と息子を強く抱きしめてフェノたちから視線外せば、そこはもう、オッチャンたちの海。
………やっぱりどうにも出来そうにないや。
「あの…その……ですね」
「さあて、そこのアホ面晒してる執事サマ、通してくれや」
「痛い目合いたくないだろ? どうせご主人サマに裏切られるんだからとっととどけや!」
「そうそう! 先に裏切っちまえや!」
「……無理無理」
うん、駄目だ。流石にこのオッチャン全部捌くとか、僕には到底出来ない。
「本当よ。もういいぜ、アキュア」
息子は頑張るって言ってくれてるけど、味方なオッチャンと敵なオッチャンの区別付かないし……だからって無差別に魔法展開するのは流石に…サファレたちに当たったら大変だし。
「いんや、アクイア」
こうやって僕が一生懸命考えてるっていうのに、背後から聞こえるフェノの声は、腹立つほど軽い。
「あいつら全員ぶち殺せると言ったよな? ならばよろしい、実行したまえ」
「ああン? テメエ、オレに喧嘩売るとはいい度胸だな! いいじゃねえか、やってやるぜクソ貴族!」
「………あれっ?」
対して、聞こえてきたのは、アキュアさんじゃない。
確かに女性の声だけど、豪快で全方位に喧嘩売ってるような感じで、目の前にひしめくオッチャンたちが言っても違和感ない内容なんだけど。
なんだけど……はて? そんな女性、フェノの近くにいたっけ?
「かあっ! この窮屈な服からようやくオサラバよ!」
「中々いいオンナっぷりだったぜ、アキュア」
「うっせえ! そのクソみたいな名前、金輪際呼ぶなクソ貴族!」
首傾げてる間に、何か叩き付けるような音がしたと思えば、金属の刃がこすれるような音が続いて。
「お、おいおい」
「ありゃあ…どういうこったよ」
「な、ななな…」
目の前のオッチャンたちには、何か理解しゃいけないモノが見えてるみたいで、動揺が広がってたり。
すんごく気になるけど、コレ絶対振り返っちゃマズいやつだ。
「え、っと、僕、どうしよ…」
「おいシアム!」
おい、嘘だろ、信じられねえ……と現実理解するのを拒否するように首を振り振り、絶望の声零すオッチャンたちを縫って聞こえてくるのは、怒鳴り声。
「は、はいただいまご用件をお伺いいたしますっ!」
慌てて姿勢正して振り返れば。
「テメエ下がってろ、オレの邪魔だ!」
「はいもうしわけありませんっ! 今すぐ! 下がらさせて! いただきます!」
フェノの前にいたのは、短く刈り上げた薄い水色の髪が特徴的な、革鎧を着込んだ女性。
金属製の胸当てをして、両手にそれぞれ幅広で鎌っぽい斧頭の斧持ってて、血に飢えた獣にしか見えない目してて、開いた口から牙にしか見えない歯が見え隠れして。
「そっか、魔法使えるだけ、後ろのクソ貴族よりマシだったな。悪い悪い」
「……魔法、僕の力じゃなくて息子…」
「おいおい心外だな。俺も多少は嗜んでるぞ」
「口だけの野郎はいらねえんだよ! 少しは役に立ってみせろ、ク、ソ、き、ぞ、く!」
飄々と普段通りの対応するフェノと、青筋立てて吼える斧持った女性。
どうやらフェノの知り合い、らしいけど……
「あの、少しよろしいでございましょうか?」
「ああ? 下らねえ話だったらぶっ飛ばすぞテメエ」
「ぶっ飛ばさないで下さいませっ! じゃなくて、その!」
明らかに使い込まれた双斧と眼光見れば、マトモな出自じゃないってすんごく分かる…怖すぎて声も手足も震えてるし。
分かるけど! けど、どうしても! どうしても聞いておかなきゃならないことが!
「まあいい。シアム言ってみろ」
「はいっ! そのですね、貴方様、フェノのお知り合いのようですが、どちら様で…」
「テメエ、そこにいてオレが誰だか分からねえって言うのか? ああ? ソコに付いてる頭はなんだ? 飾りか? ああン?」
「ひいいいいいいっ?」
途端殺意漲って色々振り切れそうな視線が突き刺さってってやっぱり怖いいいい!
「すすすすすいませんっ! 申し訳ごごごございませんっ! すいませんっ!」
兎に角謝り倒さなきゃという使命感に駆られる僕に、蔑みの視線向けた女性、舌打ちして斧持ったまま自分の胸に親指を押し当てる。
「ったく! 仕方ねえな!」
「すいませんっ! 申し訳ありま…」
「オレはこのクソ貴族にアキュア、とか気色悪い名前で呼ばれたオンナだよ!」
「せ、ん……って………………」
今、なんておっしゃいました?




