第135話(欺)
それで。
「……」
「………」
「…………」
扉が閉まって、一気に静かになる。当然だけど、部屋にいるのは、サファレと僕だけ。
いつまでも扉見てるワケにもいかないしなあ…と振り返れば、椅子に腰掛けたサファレと目が合う。
「………」
「………」
非常に、気まずい。無言なサファレから目を逸らして、当て無く視線を彷徨わせる。
整頓された、というより、物がほとんどない部屋。
本棚も空きばっかで、今まで見た部屋の中で、一番寂しく感じる。
「シアム、というのか。そこに座ってくれ」
「あ、うん。お邪魔…します」
そう感じるのは、フェノがいなくなったのが原因かもしれないけど、だなんて思いつつ、指示された場所へ慌てて腰を下ろせば、待ってたかのようにサファレが口を開く。
「色々と巻き込んで申し訳ない」
「巻き込んで、って? 何のことさ?」
第一声で、ほぼ初対面のサファレに頭下げられる……どういうこと?
「それに…そうだよ、今回は僕、巻き込まれて……」
首を傾げつつ、急いでここ最近の記憶を掘り起こす。
…ええと、確か…フェノから、目の前にいるサファレをなんたらするために、協力しろとか言われてたような。
あでも、別にこれといった指示ないし、結局こんな執事っぽい服、無理やり着せられただけだし。
何の関係もない、むしろ被害者になりそうなサファレに、謝られるようなことは別に…
「……やっぱり僕、何にも巻き込まれてないけど」
「そうか、フェノは何も伝えてないのか」
「フェノが?」
続けて言われたことの意味が分からない。フェノが、僕に、何かを、伝える?
…うん、考えても分からない。
分からないから、首傾げて、続きを待つだけ。
すると、サファレは僕が何も分からないことを分かってくれたみたいで、少しだけ眉を寄せて、考える素振りを見せる。
「…話は逸れるが、君はフェノのことをどう見ている?」
「どう見てるって、どういうこと?」
本当に話が違う。
「そのままだ。フェノと接した感想、とでも考えてくれればいい」
「感想? 感想なあ…」
良く分からないけど、大真面目だし、冗談言ってるわけでもない。
というわけで。
「そうだなあ…人を馬鹿にするのが大好きな悪いお貴族様で、鉱山連れて行ってくれる良いお貴族様、かな」
「………」
「あ、それと、タソガレさんが言ってたこと全部当て嵌まってて、驚いたよ」
「タソガレ……」
「それから…うん、それぐらいかな」
うんうん、僕から見たフェノなんて、こんなものだよね。長い付き合いって訳でもないし。
「そうか。それにしても、その、君は正直、だな」
「そうかな?」
「…一応断っておくが、軽薄そうに見えるのは演技だ」
「ええ? あれが演技? 当たり前のように他人馬鹿にして、楽しんでるように見えるけど」
「フェノは昔から、笑顔で他人を罠に嵌め、蹴落とすのを趣味としている部分がある」
ちょっと納得できない部分もあるけど、まあそんな雰囲気出てるよねえ、フェノ。
うんうん確かに確かに、と激しく頷く僕を前に、サファレは、すっと人差し指を伸ばして。
「つまり、君がそのような服装でいるのも、わざわざ連れ回して下僕と周知したのも、先を考えての行動、ということだ」
…………ん?
「この服が? 僕を下僕一号とか呼んで喜んでたのが? あれが、考えて?」
「ああ」
「うっそだあ!」
衝撃的な発言に、反射的に否定しつつ、視界に入る執事っぽい服、これ嫌々着た時の、フェノの顔を思い出す。
……えええ? あれが、考えてのこと?
嫌がってる僕見て、とっても嬉しそうだったけど?
「ちょっと待ってサファレ。さすがに嘘でしょ、それ」
「いや、嘘ではない」
「いやいや! これ、絶対フェノの嫌がらせだって! 何か作戦あって、押し付けたようには全然見えなかったし、女中さんの服とどっちがいい? とか笑顔で聞いてきたんだよ?」
フェノとは違う真面目なサファレの言葉でも、流石に頷けない。
我ながら疑うような口調で聞き返せば、サファレは一瞬動き止めて、なんでか目を逸らして。
「嫌がらせ、という…その理由も、少し……いや、ほとんど…ではないと…思うが……ある」
「あ、やっぱり」
「申し訳ない」
「あの、サファレに謝られても……全部フェノのせいだし……」
とはいえ、僕よりずっと付き合い長いっぽいサファレが、そう言うなら、そうなんだろう。
…この僕の服装は、嫌がらせが大部分で、ついでに何かの策でもある、と。
「そ、そう、服のことは置いといて! 僕がサファレと仲良くしろっていうのも、何か意味があるってこと?」
「それについては、この部屋が『安全』だからだ。少なくとも、会話を盗み聞きされることはない」
「えっと…サファレと仲良くすることと、ここが安全なのとは、別の話じゃないかと、思ったり」
ようやく話が戻ってきたけど、ちょっと理解できない。
「あ、もしかしてこのお屋敷、実は危険な場所だったりする?」
「いや。君が予想している危険はないと、考えていい」
「じゃあ…」
「さらに言えば、君は私と仲良くする必要もない」
「え? は、はい?」
フェノは、サファレと交友を深めろとか言って、サファレはそんなことしなくていい、とか言う。
…僕と仲良くするために、外に声が漏れない部屋にいて、別に襲撃とかそういう物騒なことがあるわけじゃなくて、仲良くしなくてもいい?
……駄目だ。全っ然、分からない。
「ああしてフェノが目立つことで、注目を一手に引き受けた」
「え、っと?」
「アキュアという女性、恐らくフェノから事情を聞いているのだろう」
「うう、む?」
「屋敷の外で信用できる人間など、ほぼ存在しないからな」
「ちょ、ちょっと待った! サファレ、待った!」
「分かった、待とう」
慌てて手をあげて、サファレの言葉を止める。フェノと違って、素直に待ってくれるサファレ、いい人。
じゃなくて。
「むむ、む……む」
……さて、考えるんだ僕、少し落ち着くんだ僕。
そう、そうだ。そういうことだ。つまり、順番がおかしいんだ。
仲良くする必要はないけど、フェノは僕とサファレに会話させたい。でもって、この部屋なら盗み聞きできない、と。
「分かった! サファレは僕と、誰かに聞かれたらマズイ話したいってことだ!」
「少し違う。フェノが君を残したのは、君から話を聞けということだ」
「僕から?」
「そうだ。私から初対面の君へ伝えることなど、ない。しかし、君は他人の耳に入っては不都合な情報を、私には必要な情報を、持っているということだ」
「僕が?」
「ああ、何かしらあるだろう?」
そんなこと、真顔で言われても困るんだけどなあ。
僕だって、ほぼ初対面のサファレに、言わなきゃいけないことなんてないし。
ちら、と見てみれば、重苦しい雰囲気を振りまいてるサファレが一人。そんなことしないで欲しいんだけど。
「ごめん、僕、心当たりない」
「そうか。なら…そうだな」
首振る僕に、あっさり引き下がったサファレ、若干表情を和らげて僕へ目を向ける。
「君は、私に聞きたいことはあるか?」
聞きたいこと? サファレに聞きたいことなんて、そうだなあ……そうだ!
今まで忘れてたこと、思い出した!
フェノとほとんど同じ顔だけど、真面目な表情を崩さないサファレへ向き直る。
「じゃあさ、聞いてもいい?」
「ああ」
それじゃあ、遠慮なく。
「フェノもサファレもさ、実はお互い衝突してるわけでも、殺しあってるわけでもないんでしょ?」




