第134話(欺)
「というわけで。だからさ、折角だし、この一子相伝の技でアキュアさん、是非とも………ってあれ?」
「あら下僕一号様、お話の途中でどうなさったの?」
当然といえば当然なんだけど、お貴族様たちの相手してるのは、フェノとサファレ。
だから、部外者に近い僕は、邪魔にならないよう広間の脇に退いてたんだけど、そこにアキュアさんもやってきて。
僕らに目を向けても、近づいてくるお貴族様なんているわけないから、ずっと二人で話し込んでたんだけど…
「お貴族様たち、皆いなくなってるなあ、だなんて」
「まあ。本当ですわ」
お互いの身の上話で盛り上がって。今、ふと気付いたら、あれだけ沢山いたお貴族様の姿がどこにも無い。
そこまで時間経ってないはずなのに、すっかり人気がなくなった広間。
長机の上には、空になった食器類が並んでいるだけで、どこか哀愁が漂ってたり。
「……つまり、そういうことよ」
そんな、静まり返った広間の中央付近で、フェノとサファレ、見た目だけはそっくりな二人が顔を合わせてる。
聞こえてきた声は大層意地悪そうな感じだったから、フェノの方だ。
「悪いがサファレ君、世話になるぜ」
僕らとは違って、ずっとお貴族様たちの相手し続けてたはずなのに、フェノに疲れた様子は見えない。
勿論、相対してるサファレも、平然としてるわけで。
「一応、お前の家でもある。他人行儀な物言いは止めてくれ」
眉をかすかに寄せた、サファレの声が続く。
話の前後を聞いてないから分からないけど、サファレは嫌そうな顔してる。
なのに、フェノは両手を広げて、哂う哂う。
「一応! そうかいそうかい、サファレ君も言うようになったじゃねえの」
「お前の部屋も残してある。勝手にしてくれ」
「おお! 俺の思い出が詰まった部屋さえ残していたとは! 感激で涙が出そうだ!」
「……誰もお前の部屋を手入れしたがらなかった。だから残っていた。それだけだ」
「なにを恥ずかしがっているのかね、サファレ君」
「何の話だ」
今度は間違えようなく、眉間にシワ寄せて、露骨に嫌な顔するサファレ…うん、僕もそんな顔で、あんなこと言われたら嫌になる。
とはいえ、僕らの感想なんて知ったこっちゃないだろうフェノは、後片付けをしている女中さんたちへ目を向けながら、肩をすくめてみせる。
「やれやれ。素直に俺の生存を神に感謝したと、告白すればいいものを」
「死んだと確信していた。しかし、死に掛けて少しは大人しくなったかと思えば、変わらない」
「何を言っているのかね? 十分大人しいだろう?」
「……そう、だな。思い返せば、普段より大分控えているな」
「くくっ、だろう?」
サファレの皮肉っぽい言葉も、軽く笑い飛ばして終わりにするフェノ…まさか、本当にいつもより大人しいってわけ、ないよね?
「フェノ様、嬉しそうですわ」
「嫌がらせして楽しんでるようにしか見えないけどなあ。これで控え目だって言うなら、サファレが心労で倒れそう」
「そうかしら? 私には、サファレ様も嬉しそうに見えますわよ」
「う、嬉し……?」
アキュアさんからの予想外な言葉に、まじまじと二人を見つめる。
…うん、生き別れになってた、双子のお兄さんらしいフェノへ、どうしようもなさそうな目を向けてるように見えるね。
フェノそっくりな顔も、虫とかゴミとか、兎に角不快なモノ見たかのようにシワよってるし。
「僕には、そう見えないけど」
「下僕一号様、まだまだ…ですわよ」
「う、うん…」
うふふ、と笑うアキュアさんは、とても嬉しそう。
そういや、サファレをどうこうするって言ってた割には、フェノもアキュアさんも敵意っぽいの見せてないけど、これも演技だったりするのかな?
ううむ、でも……少なくとも、サファレの方はなあ………でもなあ…ううむ……
「サファレ君、やけに静かだが、まさかこの程度で拗ねたのかね?」
「お前の相手をし続けて、疲れただけだ。部屋で休む」
「待ちたまえ。まだ相手をしてくれねえと困る、困るぞサファレ君」
僕らが小声でやり取りしてる前で、用件は終わったとばかり、自室へ戻ろうとするサファレ。
その後ろを、困るとか言いつつ、嬉しそうに付いていくフェノ…
「ま、待った! 君らはいいけど、僕らどうすれば……あ、だから待って!」
「まあ、フェノ様」
「どうしよう…」
「ここにいても、私たちに出来ることなんてありませんわ。ですから下僕一号様、行きましょう」
「あ、うん。そうだね」
アキュアさんと顔を見合わせて、しばし。向き直った時には、二人は広間の奥へ消えてたり。
本当にいいのか分からないけど、ここはアキュアさんの言う通りだし…ということで、足が速い二人の後を小走りで追いかける。
「えっと…ここ、左、だっけ? 右、だったような?」
左右対称な廊下に出た途端、迷う僕。
だって仕方ない、覚えてるわけない。
「下僕一号様、サファレ様のお部屋でしたら、こちらですわ」
「アキュアさん、覚えてるの?」
「勿論ですわ。さあ、行きましょう」
だけど、アキュアさんは迷うことなくサファレの部屋への順路を、最初にフェノが通った道を案内してくれる。
「一度通っただけなのに、よく覚えてるね」
「うふふ、私の特技ですわ」
「へえ! 羨ましいなあ。僕、道とか全然覚えられないんだよなあ」
「何か目印を覚えておくだけでも、大分違いますわよ」
そんな話してると、二人の声が聞こえて、二人の姿が見えてくる。
「…さて、栄えあるジェリスの御当主サマ、これからあるはずの、重要なご公務を教えろよ」
サファレの部屋だと思う部屋の扉は開けられてて、フェノは室内にいたサファレの肩を掴んで、無理やり立ち止まらせてたり。
そこに僕らがやってきても、二人は特に気にすることなく、会話を続けてる。
「図々しさも変わってないな」
「何事も二人で分かち合ってた仲じゃねえか。そう邪険にすんなよ」
僕でも分かるぐらい、絶対にロクなこと考えてない声色。
当然分かってるサファレは肩を掴まれたまま、振り返ることなく前進。
「突然現れた男に、勤まるとは思えないが」
「話してくれるだろう? お優しい、お優しいサファレ君よ」
言って、満面の笑顔、つまり、悪いお貴族様の笑顔を浮かべたフェノ。気色悪いほど優しい口調も相まって、悪いお貴族様の見本みたいだ。
でもって、今度は振り返って、フェノの胡散臭いことこの上ない笑顔をじっと見つめるサファレ。見つめ返すフェノ。
「………」
「………」
無言で見詰め合うことしばし。先に目を逸らしたのはサファレ。
肩に置かれたフェノの腕を振り払って、物が少ない、質素な部屋に置かれた机に回り込んで。
そのまま、左手側に積みあがってた紙を二、三枚めくって机の上に広げると、椅子を引いて腰を下ろす。
「…鉱山までの道程を、視察する。定期巡回だ」
「えっ?」
「下僕一号様? どうなさって?」
今、サファレ……
「ほう! 鉱山の視察! そりゃまた、実に楽しそうなご公務じゃねえの」
フェノも………言ったよね?
「勝手にしてくれ」
「そうか、それなら遠慮なく…」
「ちょ、ちょっと待って! 二人共待った!」
勝手に進んでいく話に待ったをかければ、フェノとサファレ、二人同時に振り返る。
フェノは悪いお貴族様の笑顔を消して、サファレは少し眉をしかめた顔で、どちらにしても会話を遮られて嫌そう……っていうのは、どうでもよくて!
「サファレさ、フェノさ、君ら、今、鉱山って言ったよねっ?」
「言ったな」
「そうだが、何か?」
訝しげに、けども頷く二人。高まる期待に、鼓動が早くなっていく。
「一応、その、確認するけどさ、君らが言う鉱山って…あの鉱山で合ってる?」
「あの鉱山、とはどの鉱山のことだ?」
「えええっ?」
問いかけに答えてくれたのは、椅子に腰掛けたサファレ。しかも、その中身は衝撃的なもので。
「ど、どの鉱山って……ま、まさか、あの鉱山とか、その鉱山とか、この鉱山とか、そんなに鉱山、あるのっ?」
「ああ。興味があるのか?」
「そりゃあもう当然だよ! ここ来てから、毎日夢見るぐらい!」
「そう、か」
おおおおっ! やっぱり聞き間違えじゃなかった!
鉱山っ! 鉱石っ! 精霊石っ!
誰かさんが、いつか連れて行くとか言って、ずっと放置されてたから信じてなかったけど…本当にあったんだ!
なんという偶然! なんという幸運!
「それならさ! 鉱山あるっていうなら…」
「まあ待ちたまえ、下僕一号君」
「なにさ」
嬉しくて、嬉しくて身体が前のめりになる僕を遮るのは、当然フェノ。しかも、人様の机の上に腰下ろしてるし。
むっとして睨みつけても、身を引いたり、意地悪い笑みが消える、だなんてこと、ない。
ニヤニヤと足を組んで、サファレが机に置いた紙をひらひらさせてる。
「言い忘れていたが、我がジェリスは、とある鉱山の管理を任されてるわけよ」
「鉱山の管理? それ本当?」
嬉しい情報なのに、フェノが言った途端、胡散臭く聞こえて仕方ない。
「事実だ」
「へえ!」
というわけでサファレに目を向ければ、頷いてたり。
なるほど、サファレたちは、鉱山全体を管理してる、と!
「そして、管理者である俺がいれば、内部も見学し放題っつうわけだ」
「見放題っ? ほ、本当っ?」
「ほう、正直で有名な俺を疑うのかね?」
「うん!」
「正確には、私かフェノの許可があれば、内部を見ることが出来る」
「そうなんだ! さっすがフェノ! 結構疑ってたけど、本当にお貴族様だったんだね! しかも鉱山! 良かった! 色々我慢してフェノに付いてきて本当に良かった!」
すんばらしい幸運! こうなったら、意地でも鉱山に連れて行ってもらうしかない!
どうせ、どっかの誰かさんは、僕との約束なんて守る気、ないだろうしね!
「本音が漏れまくってるぞ、下僕一号君」
「え? なにが?」
そっか、鉱山かあ……全く加工されてない鉱石、原石とか、ごろごろ転がってるんだろうなあ。
でもって、採掘されたそれを載せた馬車とかが、こう、沢山行き交ってて、偶然僕の目の前でころっと転がってきて……
「ぐふふっふふふ……」
「フェノ、先程から訊こうと思っていたのだが」
「知ってるか? 見ての通り、阿呆だが、自称凄腕の鍛冶らしいぜ」
「……そういうことか。全く、何を考えてかと思えば。相変わらず、えげつない」
「褒めてくれるな、サファレ君。とはいえ、思いついたのはつい先日でな」
「うへへへへ…」
「本当に、お前は」
「折角の機会だからな、面白可笑しく展開させてやるのが、俺の使命ってことよ」
そういや、製錬とかどこでやってるんだろ? 鉱石だから、製錬しないといけないけど、やっぱり城下町まで下ろして…かな?
それから、フェノたちの鉱山って何が採掘されるんだろ? やっぱり鉄だったり?
「あのさフェノ、君らが管理してる…」
「そういうわけだ、下僕一号、いや、シアム君」
「え、なにさ?」
呼ばれて反射的に返事するけど……そういうワケだって、どういうワケ?
疑問のまま、僕を呼んだフェノを見れば、大仰に頷いて、サファレの顔を指差して。
………ええ、と?
「サファレ君と親交を深めたまえ」
「え、なんで?」
「そうか、やはり、シアム君は馬鹿であったか」
「違う! 君らの話、全然聞いてなかっただけだよ!」
話の流れを理解できてない僕を、容赦なく貶したフェノは頷く。
「正直で結構。では、馬鹿でも分かるよう、もう一度最初から…」
「堂々と嘘を吐くな。お前は一度も説明していない」
でもって、偉そうに説明始めようとするのを遮ったサファレ。溜息を吐いて、ウンザリとした顔して手を振る。
「フェノ、もう下がれ。分かっていたが、お前がいるだけで話がややこしくなる」
「それもそうだな。行くか、アキュア」
「え?」
てっきり、まだサファレに絡むのかと思えば、今までのは何だったのかっていうぐらい簡単に引き下がって。
どういうことさ?
「はあい、フェノ様」
「へ? え? え?」
「じゃあな、シアム君」
「それではシアム様、ごきげんよう」
驚きっぱなしで言葉が出てこない僕に、笑顔で手を振ったアキュアさん、部屋から出て行く。
「待ってよフェノ! 僕、どうすれば…」
「だから言ったろ? サファレ君と親交を深めたまえ、と」
「だからなんでさ? なんで僕が…あ」
続いて、一方的に話振ったくせに、僕の疑問に答えることなく、フェノも出て…行く、と。




