第133話(欺)
「本日お集まりの皆々様……」
「フェノ、今までどこにいたんだ」
「さあて。気付いたら川に流されてたもんでな、溺れ死にかと考えてたら、釣り上げられたわけよ。いやはや、驚いた」
「僕の剣……息子……」
「冗談を言っている場合か」
「まさか疑っているのかね、サファレ君。急流に揉まれてた時にな、何かを掴まえたと思えば、ひょい、だ。なかなか面白いだろう?」
冗談なのか、本当の話なのか、ニタニタと哂うフェノの顔からは分からない。
一方で、サファレはどっちか分かってるみたいで、詰まらなさそうに鼻を鳴らすだけ。
というのは、いいとして…もう、息子を返してくれるっていう約束、完全に忘却してるっぽいフェノも、あんまり良くないけど、いいとして。
「……でして、本来は………」
「このアキュアも、その時に知り合ってな。一途で素直、実にお前好みだろう?」
「まあ! 私、愛しているのはフェノ様だけよ」
「悪い悪い。なあ、どうよサファレ君」
「あのさ…」
どこまでも皮肉めいた言い方のフェノは、どこまでも素っ気無いサファレの態度を気にもしない。
「しかし、皆様方の目の前におられる……」
「感想の一つや二つ、あるだろう?」
「下らないな」
「そうかね? お前は人様の持ち物を掻っ攫う、よろしくないクセがあるからなあ?」
言って肩を震わせながら哂うフェノに、やっぱりサファレは顔色一つ変わらない。
「ええと…」
「奪ってはいない、寄ってくるだけだ。何故か人徳がある、お前のようにな」
「嬉しいこと言ってくれるねえ」
「ちょっと二人共!」
小声の中でも頑張って声張り上げた僕。
何度かの呼びかけで、ようやくフェノとサファレ、二人が揃って気付いて、揃って目を向けてくる。
「どうしたんだ?」
「なにかね、下僕一号君」
「あのさ、僕が言うのもなんだけど…」
フェノとサファレ、浮かんでる表情は違うけど、そっくりな顔が二つ並んでると、何か不思議な気持ちになってくる…じゃなくて!
意識があらぬ方向に行くのを慌てて止めつつ、前を指差して言う。
「…少しはさ、その、集まってくれたお貴族様たちに、何かしてあげた方がいいんじゃ、ない、かなあ、とか…思った、り?」
「ほう。何か、ねえ?」
「ふむ。何か、とは?」
「そ、そりゃあ、何か、は何かだよ」
今、僕らがいるのは、最初に突っ切っていった広間。
その一番奥にある、ぽっかり空いてた、明らかに主催者っぽい人のために用意された場所。
そこへ、フェノとサファレが前に、アキュアさんと僕が後ろに立って、お貴族様たちの注目を浴びてるわけだ。
でもって、広場の脇にいた一目見て執事だって分かる、腰の曲がったお爺様がフェノたちの横に立ってて。
なにやら思い入れたっぷりに語ってる最中、というわけで。
「……して………本日は……」
ゆっくりと進んでいく話に耳を傾けているのは、目の前にいる、沢山のお貴族様たち。
さっきからずっと、フェノとサファレに目を向けて、驚いたり、扇子とかで指したり、深く相槌打ったりと、とにかく賑やかな感じだっていうのに。
「と、とにかく! 二人で話込むこと、ないと思うんだけど!」
なのに、当の二人は、さっきから執事さんの話を聞きもせず、話し込んでるし。
人の話も、周囲の視線も全く気にしてないっぽいから、全然これっぽっちも関係ない僕が、思い切って提案したっていうのに。
「必要はない」
「必要ねえな」
「ええ、と、二人共、その……薄情過ぎじゃない?」
即答された。しかも同時に。
仲悪いはずなのに意見が一致してるフェノとサファレと、こんなこと言われてるとは思ってない、賑やかなお貴族様たち。
…完全に部外者なのに、僕、お貴族様たちが可哀想になってきたんだけど。
「薄情とは、下僕一号君、失礼ではないかね?」
「だって皆さ、こうしてフェノが生きてること、喜んでるってのに、そりゃあないよ」
「ああ、なるほど。君は、連中の反応をそう捉えているのか」
「へっ?」
あれ? なんか引っかかる言い方なんだけど。
見れば、サファレも僕を見てて、興味深そうに一つ頷いて。
「おいおい! サファレ君まで、失礼ではないかね? どうみても奴ら、喜んでるだろうが。なあアキュア、お前もそう思うだろう?」
「はい! 喜んでいらっしゃる方もいますわ」
「え。えっ?」
「だろう? 分かったかね、サファレ君」
「そうだな」
フェノもフェノで、皮肉っぽい言い方…ってこれは、いつものことだ。でも、アキュアさんが、喜んでる方、も、とか言ったのが気になるんだけど。
まるで、目の前にいるお貴族様たちの中に、フェノの帰りを喜んでない人がいるような?
「うう、む……うむ…」
「サファレ殿、本当に彼はジェリスのフェノ殿なのかね?」
でもなあ、どうみても皆喜んでるように見えるんだけどなあ…とか考え込んでると、ざわざわがやがや賑やかな輪の中から放たれた質問が聞こえてきたり。
気付けば執事さんの話も終わってて、お貴族様たちは、今まで以上に僕ら、じゃなくて、フェノとサファレたちに視線を送ってたり。
特に、現当主なサファレに向いてる視線は数え切れないほどで、穴が開きそうだ。
…フェノが本当にフェノ本人なのか、疑ってるっぽい視線はあるけど、皆驚いて喜んでるようにしか見えないんだけどなあ。
「はい。私も驚きましたが、彼は間違いなく、兄である、フェノ=ジェリスです。爺や」
「ええ。間違いありませぬ。こちらの方は、見紛うことなく、フェノ坊ちゃまでございます」
悩んでる僕の前で、とても驚いたようには見えない顔で、サファレはフェノがフェノだって肯定してみせる。
腰の曲がった執事なお爺様も、合わせるように深く頷いて、感極まってか目元を拭ってたり。
「最初からそうだって言ってるだろうが。まったく面倒なこった」
そして、本当に面倒そうに呟くフェノが一人。
「あのさあ、皆君が帰ってきたこと喜んでるっていうのに…」
「サファレ君、退き給え」
「ああ」
完全に僕の言うこと無視したフェノ、気色悪いほど普通な笑顔を浮かべて、サファレの肩を引っつかんで前に出ていく。
「それでは皆様…」
「皆様、お久しぶりになります。私が死亡したと聞き、大変驚かれたと思いますが……」
でもって、サファレが何か言いかけたのを差し置いて、今までの暴言は幻聴だったのかと思うぐらいの、神妙な態度。
明らかに普段のフェノと掛け離れた態度に、だけどお貴族様たちは気にした様子もなくて。
「しかし、何故? 今まで、生存していたことを隠していたのかね?」
「皆様そうお思いのことでしょう。それには深い事情がありまして。そう、それは我がジェリスが無法者の襲撃に遭った、あの悲劇の日から…」
「フェノ様、素敵ですわ…」
「なんかフェノが真面目に話してると、気色悪い」
「他人を馬鹿にするときは、あんな態度を取る」
「はあ…本当に捻くれてるなあ」
そうしてしばらく、口元には隠し切れない笑みを浮かべてるくせに、眉を寄せ、時折泣き真似までしつつ、朗々と今日に至るまでの苦労話、という嘘をかたるフェノ。
僕が聞いても半分以上、その場で思いついたような話にしか聞こえなかったのに、なんでかお貴族様たちは納得した様子で頷いたり、心打たれたのか目元を拭う仕草をしてたりと、中々おっそろしい光景が展開されたり。
「……そういうわけで皆様、ご理解いただけたかと思うのですが」
「うむ、なるほど…」
「まあ…フェノ様…そのような苦労をなさって……ううっ…」
「そういうことであったのか…」
話が進んでいくにつれて、嘘の比率が上がっていったのに、かたり終えて返ってきたのは、この反応。
曰く、僕が傷ついたフェノを助けて、その誠実な人柄に惚れて、ここまで付いてきた…って。
曰く、このナントカ国に戻る途中で、僕と一緒に立ち寄った、とある村。そこの村娘たちが山賊に浚われてて、心痛めたフェノが颯爽と助けに行って、そこに捕らわれてたアキュアさんがフェノの人柄に惚れて付いてきて…って。
どうして、その話、信じるのさ! 明らかにおかしいでしょ!
「誰かフェノの人柄に惚れたっていうのさ。しかもフェノ、武器そんなに使えないっていうのに、どうやって山賊退治したのさ」
「鋭いねえ下僕一号君。だが残念なことに、信じてるヤツがいるのだよ」
「…いるね。半分以上信じてるように見えるね」
「だから言ったじゃねえの、マトモに相手する必要ねえって」
「それとフェノが嘘しか言ってないのは、別の話だと思うんだけど」
「おいおい! 嘘しか、とはなんだね、下僕一号君。まるで俺が心底腐った人間のような言い方をしないでくれ給え」
「………ソウデスネ」
半眼で睨みつけても、フェノは心底心外そうに憤慨してみせるだけ。良心とか痛まないんだろう…そもそも持ってるかどうかも怪しいけど。
そうして、さっきまで嘆き憂う表情まで浮かべてお貴族様たちの同情を誘ってたフェノ、いつもの飄々とした態度でサファレの肩に手を乗せる。
「さて、俺はアイツらの相手でもしてやるか。サファレ君、頼むぞ?」
「お前の尻拭いをするのは、これで何度目になるのか」
「ククッ、さてなあ?」
「……二人は爺やとそこにいてくれ。爺や、二人を頼む」
「お任せを」
「はあい」
「あ、うん…サファレ、苦労してたんだね」
「そうだぞサファレ君、少しは俺に…」
「ああ、そうだな」
サファレは、色んなモノを諦めたように嘆息した後、フェノの手を払って足を前に出す。
途端、お貴族様たちの一部が顔を真っ赤に、興奮した様子でサファレに寄って来る。
「まさか重大な話というのが、兄君の生還とは!」
「いやはや、驚きましたぞ。ええ、これ以上ないほどに」
「隠していて申し訳ありません」
好奇心も露なお貴族様たちに、サファレは淡々と説明を始めたんだけど、それをまとめると。
ある日襲撃を受けて、前当主、つまりタソガレさんは死亡して、フェノとサファレは逃げたけど、襲撃者に追い詰められた。
そこで、フェノがサファレを庇って、襲撃者を引き受け、その後の生死は不明。
フェノが言うには、どうやって逃げたか覚えておらず、気付いたら川に流されてたと。
そこからはフェノの言う通り、下僕一号、つまり僕に助けられて、紆余曲折あってアキュアさんも加えて三人で、戻ってきたと。
今までお貴族様たちに顔を出せなかったのは、道中で知り合ったアキュアさんと恋に落ちて、屋敷に戻るか決めかねていたため。
だから黙っていて欲しい、とある日帰って来たフェノに言われ、今まで口を閉じていた、と。
ある日、が今日、しかもちょっと前だっていうのを知らないお貴族様たちは、なおも興奮した様子で矢継ぎ早に疑問を飛ばしていく…
というか、嘘八百なフェノの説明に、サファレは即興で、それっぽく話合わせてるんだけど。
あの適当過ぎるフェノの回想を、しっかり耳に入れてて、しかも覚えてるっていうのが凄すぎる。
「家督はどうする予定かね? ああ、いや、不躾で申し訳ない」
「いえ。家長は私のままで構わないと言っています」
「ふうむ、先ほど連れてきた女性が、フェノ殿の婚約者になると?」
「ええ。ですが今は気分が優れず、向こうで休んでいます。このような場に慣れていないようで」
「それは残念ですな」
いやあ…本当に凄い。
次々飛んでくる質問に対して、フェノ以上に即席で、適当で、それでいて信憑性がありそうな嘘を積み立てていくサファレ。
表情も全く変わらないから、誰も嘘だって分からない。淡々と淡々と、お貴族様たちに『事実』を話していく。
一方、フェノは世の中馬鹿にしたような笑みを浮かべつつ、淑女なお貴族様たちに、ちょっかいをかけていたりするわけで。
「よう! 随分待たせたな」
「本当に随分よ、フェノ。それで、先ほどの女性は何者ですの?」
「おいおい、俺の無事を喜ぶ前にソレか?」
「ええ。ここにいる全員が気にしていますわ。フェノったら、私たちを置いて死んだ、なんて言うんですもの」
「なのに帰ってきたら、飄々とした顔で、見知らぬお嬢様をつれてきて」
「お互い馴れ馴れしい態度、とてもとても大事なお嬢様のようですけど?」
「何言ってんだ、アイツはアイツよ。俺はお前らのこと、忘れたことはないぜ?」
「あら、口だけはお上手ね」
「本当。そんな嘘に、私たちは騙されませんわよ?」
「嘘でも何でもないぜ。毎晩夢でお前たちのことを見るぐらいだ」
淑女なお貴族様たち、頬に手を当て、口元を押さえて、フェノの皮肉っぽい言葉を受けて、嬉しそうに笑う。
フェノもフェノで、心底楽しそうに笑ってる。けど、フェノの場合、人を馬鹿にしたような笑い方だけどね。
それもいつものこと、と群がってる淑女なお貴族様たちは慣れてるみたいで、フェノが戻ってきたことを、本当に喜んでくれてるみたいだ。
「やっぱり皆嬉しそうじゃん。色々あったみたいだけどさ、フェノ帰ってこれて良かったじゃん」
「ええ。けれど、これから大変ですわ」
「これからって…あ」
「フェノ様、サファレ様をどうするおつもりかしら」
「思った以上に仲いいみたいだけど、フェノ、本当にサファレをどうこうするつもり、なのかな」
「うふふふ。私に聞かれても困りますわ」
「う、うん…」
一気に賑やかになったお屋敷。
その日、夜が更けてからしばらくしても、お屋敷の灯りが消えることはなかった…らしい。




