第132話(欺)
「フェノ、こっちでいいの? 人少なくなってきてるけど…」
お貴族様たちが集まってる場所を通り抜けて、奥にやってきた僕ら。広間から聞こえてくる沢山の声が、小さくなっていく。
見えるところ全部が薄暗くて人通りが少ない通路に、がっちり閉まった扉の数々。
うん、完全に舞台裏だ。
「俺のやることに、間違えがあったかね?」
「…間違いだらけだと思うんだけど」
「フェノ様の言うことに、間違いなんてありませんわ」
「さすが俺のアキュア、分かってるじゃねえか。疑うことしか知らねえ下僕一号君に、見習わせたいもんだ」
「ソウデゴザイマスネ」
「俺のだなんて…もう、フェノ様ったら」
全面的にフェノを信頼してるっぽいアキュアさん、即答するその姿が、羨ましいようなそうでないような。
会話しつつ、フェノは自信に満ちた足取りで、迷うことなく、遠慮もなく、上階へと続く階段を上っていく…こんなところまで来て、いいのかなあ。
「あのさ、本当にいいの? 勝手にお屋敷の奥行ってさ」
「おいおい、俺の家だってのに、勝手にするなと?」
薄く照らされたお屋敷内は、フェノじゃない主の性格を示しているかのように、ひたすら殺風景で、冷たいんだけど…なんだろう、前もそんな感想持った気がするような?
勿論、お貴族様のお屋敷らしく、壺やら絵やら観賞用の武器やら調度品が置いてないわけじゃない。
けど、どれもそれらしく見えるよう、ただ置いてみただけ、って感じだ。
僕が今までお邪魔したことある、お貴族様のお屋敷たちと比べても、かなり殺風景な方だ。
「けどさ、今はサファレって人の家じゃ…」
「平気ですわ、シアム様」
「えっ? 何が平気なの?」
「だって、すぐに全部フェノ様の物になるもの」
「あれ…そ、そう……?」
ええと、そういう話になってたっけ?
僕が覚えてる限りだと、フェノは双子の弟であるサファレを叩きのめすだとかそんな感じで。
ということは、今アキュアさんが言ったこと、合ってる、のかな?
「しかし、俺がいた頃と、随分雰囲気が変わったな」
「殺風景で寂しいですわ」
「そうだな。後々、お前の好きなようにさせてやるから、考えておけよ?」
「まあ! 本当に?」
「俺が嘘を吐いたことがあるか?」
「一度もないですわ、うふふ」
「本当にいいのかなあ…怒られそう」
階段を上りきったフェノ、口元に嫌な笑みを貼り付けたまま、誰もいない廊下を歩いていく。続くアキュアさんと僕。
しばらく歩いた後、突き当たりにあった部屋の前で、立ち止まる。扉が少し開いて、微かに明かりが漏れてたり。
「おっと。ここだな」
「フェノ、ここは?」
「くく…ジジイの部屋よ」
「ということは、フェノ様のお父様の…」
「じゃあ、タソガレさんの部屋…って、フェノ?」
得意げな説明に、アキュアさんが胸の前で両手を組みつつ頷いて、僕も頷く…前に、フェノは何の合図もなしに、豪快に扉を開け放ち…って!
「待った待った! フェノ! 扉叩くとか声かけるとかそういう気配り…」
「ようサファレ! 息災か?」
皮肉全開の口調で、フェノは音を立てて開いた扉を更に蹴りつつ、手を持ち上げて挨拶、じゃなくて乱入していく。
一応止めようとして伸ばしてた手を下ろして、僕も続く。アキュアさんは派手な音がしたにも関わらず、動じた様子もなく、ごく普通に足を踏み入れる。
一目見て、事務処理するための部屋って分かる部屋。
そこで机に向かっていた人が、フェノの迷惑過ぎる挨拶に気付いて、顔を持ち上げて。
「……フェノか」
本当にフェノそっくりな顔のお貴族様、襲撃に一瞬だけ驚いた顔を見せて、すぐさま無表情に。
「生きていたのか」
でもって、この一言。
聞いた話だと、僕らの目の前にいるサファレって人、フェノを罠にはめて殺そうとしたらしいけど…
「ああ、生きてたぜ。お陰サマでな」
「どうやら、そのようだな」
どっかの誰さんみたいな、冷徹な視線は悪のお貴族様っぽい。けど、少し緩んだ口元とか、どこか嬉しそうな声とかは、僕の想像と違う。
普通にフェノの帰還を喜んでて、僕らがいるから、慌てて気を引き締めたって感じだ。
でもって、本当にフェノとそっくり。
「なんか、鏡見てるみたいだ」
「ええ。でも、フェノ様の方が素敵」
「う、うん」
アキュアさんも不思議そうに、フェノと、立ち上がったサファレの顔を見比べてる。
「そうか…今まで大変だっただろうが、生存報告ぐらい出来なかったのか?」
「まあな。なにせ、死ぬほど忙しかったもんでな」
無理に感情を抑えてるっぽいサファレは、嬉しそうに近づいて、フェノは悪意滴る笑顔のまま、立ち止まってそれを迎える。
……どう見ても、フェノの方が悪者だ、うん。
「忙しいとは、どういう……その女性が関係しているのか?」
「ご名答、だ。コイツはな、俺の理解者で…婚約者よ!」
「……婚約、者?」
「そう、婚約者、だ。アキュア」
「はい。サファレ様、はじめまして。アキュアと申します」
フェノの呼びかけに、アキュアさんは、突然のことに戸惑ってるサファレの前で、満面の笑みを浮かべて頭を下げる。
無言のまま頷くだけのサファレに対して、フェノは得意げにアキュアさんの頭を撫でる。
「縁あって、拾ってやったのよ。いいオンナだろ?」
「お前が言うのなら、そうなのだろう。しかし、婚約者とは突然過ぎる」
よくよく考えると、ずっと生死不明だった双子の兄が、突然夜会やってる日に乗り込んで来て、しかも婚約者連れてきたって状況で。
僕だったら、この異常事態に慌てて喜んで驚いて、やっぱり慌てるんだろうけど、サファレは冷静に対処してる。
「お前の驚く顔が見たくてな。結果は相変わらずの、その顔だがな!」
「十分驚いている」
まあ、フェノが普段から、こういう突拍子もないことばかりやって、慣れてるっていう可能性もあるような。
「それなら結構。それはそうとサファレ君、今日たまたま家に帰ってみりゃ、楽しそうに夜会やってるじゃねえか」
「最近、周りが五月蝿くて押し切られた感じだ」
アキュアさんの話をあっさり流し、フェノは素っ気無い態度のサファレを気にすることなく、自分勝手に話を進めていく。
……本当にフェノ、人の都合なんて気にもせず、突き進んでいくよなあ。
「同情するぜ、サファレ君。だがまあ折角の場だ、俺の生還発表をするが、構わんよな」
「勝手にしろ」
許可されること前提なフェノの言葉に、サファレは最初から分かってたかのように、あっさり許可出してるけど…いいの?
フェノといい、サファレといい、お互い慣れてるのか、仲が悪いのか、よく分からない…
「よしきた! 行くぞアキュア」
「はあいフェノ様」
って! 行くぞって!
「えっと…今から?」
「おいおい下僕一号君、君は今まで何を聞いていたのかね? 君の頭にいる妖精さんの声か? 外から聞こえてくる声か?」
「君らの話ちゃんと聞いてたよ!」
身を翻すフェノに、返事するのは楽しそうなアキュアさんだけ。
思いつき以外の何者でもないフェノの行動に、付いていけない。
「一応、お前が当主なんだろ、先行けよ」
「…ああ」
「あのさ、フェノの生存発表なら僕行く必要全くないよね? それなら、ここで待ってる…」
「俺の下僕だというのに、ご主人サマを見捨てるとは、いい度胸じゃねえの」
「あ、の、さあ…」
失敬なこと放ちつつ、颯爽と歩きだしたフェノに青筋立てながら腕を引っつか…もうとすれば、ひょいとかわされて悔しい。
じゃなくて!
「もういい! 僕、ここで待ってるからね!」
「ほう。恩人である俺に歯向かう気かね? 俺が拾ってやらなきゃ今頃野犬の餌になってたというのに…」
「一体誰の話だよっ?」
「フェノ様、早く行きましょう」
「待たせて悪いなアキュア。自分の立場を理解したなら付いて来い、下僕一号君」
「あ! ちょっとフェノっ?」
「…口の悪さは、相変わらずだな」
「口の悪さ、だけならな」
何か企んでるって感じのフェノに、けどサファレは全然動じた様子もなくて。僕のことは軽くあしらわれて。
大体、拾うだの野犬の餌だの、フェノの頭はどうなってるんだよ、だなんて不貞腐れる僕の、視界の隅で、サファレは机に立てかけたあった鞘に手を伸ばし……って!
「あっ」
「その方が、私としても…」
「あああああああっ! 見つけたっ!」
「…なにか?」
その鞘! 鞘から伸びた、透き通った黄色の柄!
サファレは叫ぶ僕に目を向けてから、手馴れた様子で鞘を腰に通して、フェノの元へ戻ってくる。
「それ! そ、そのけ…」
「長らく不明だった兄を待たせる気かね、サファレ君」
「…すぐ行く」
とうとう見つけた! 僕の息子! 雷の精霊石の剣! 僕がタソガレさんのために作り上げた一品!
「あのさ! 実はそれ、僕が作った…」
「ならば、さっさと先に行きたまえ」
「分かっている」
なのに、なのにフェノが! 邪悪な笑みを浮かべたフェノが、一々僕の言うこと邪魔して…!
「ちょっとフェノ! 待った待った!」
「うん? 俺の生存報告以上に重要なことでも?」
「うん! ほらサファレ見てよ! あの剣! 僕が言ってた…」
「剣? そんなモノで俺を呼び止めないでくれ給え」
「……へっ?」
サファレが下げた剣指差して、主張する僕に振り返ったのは一瞬。
事情話して、分かったって言ったのに、フェノは知らん顔して肩すくめて先行って…って!
「待ってよ! 約束したじゃん! 見つけたら剣くれるって!」
「…君、本当にフェノの下僕なのか?」
「違う!」
「そう、か」
立ち止まって叫ぶ僕を追い越しざまに、サファレがどうでもいいこと聞いてきたから、怒鳴る。
そんなどうでもいいことより、剣! 僕の息子!
「ちょっとフェノ! 人の話聞いてるっ? いいってフェノ、言ったじゃん!」
「サファレ君よ、何時まで俺を待たせるつもりかね」
「何度も言うな、すぐ行く…しかし、お前の下僕が先程から何か言いかけているが、放っておいて構わないのか?」
「何度も言うが、俺の生存報告以上に重要な話はない。そうだろう?」
「……分かった」
「二人共分かってない! コッチの方が大事!」




