奴隷
外を眺めるとまだ薄暗い。
テーブルに置いた腕時計を確認すると5時15分となっている。
この世界も1日24時間くらいなのかもしれない。
昨日はあの後、飯も食わずにすぐに寝てしまった。
とりあえずシャワーを浴びるとするか。
シャワーを浴び終え、備え付けのタオルで体を拭きながらふと思う。
この世界にもシャワーがあるんだな。
しかもちゃんとお湯まで出るし。
一泊二食付きで銀貨10枚なのに、昨日は晩飯を食わなかったな。
まぁ肉体的にも精神的にも疲れてたからしゃーないけどさ。
こっちの世界に来てから肉串しか食ってないな。
とりあえず朝飯にしよう。
服を着て下の酒場に行くと、フロントにおばちゃんがいた。
昨日はおじさんだったけど、夫婦で経営してるのか?
うん、どうでもいいな。
「朝飯っていつ頃からやってんの?」
「おはようございます。日が昇り始めてから昇りきるまででしたらいつでも大丈夫です。」
今の時期だと4時半から12時までって感じかな。
「じゃあ朝食ちょうだい。」
「かしこまりました。」
俺はてきとうに酒場の席に着いて朝食を待つ。
それにしても俺はよく生きて戻ってこれたな。
正直1人で魔物狩りとか無理だろ。
もっとレベルが高ければ大丈夫かもしれないが、そのレベルを上げるのが1人じゃ無理だろ。
どうするか…
なるほど。冒険者ギルドでのことに納得がいった。
もともと仲間のいないやつは勧誘するなりされるなりしなければ思うようにレベルが上げられない。
だから裏切られるリスクを背負ってでもパーティーを組むわけか。
全員がそう考えてるかはわからんが。
そういやスキル画面はちょいちょい開くけどステータスは最初以外見てないなと思い、ステータスの確認をする。
神野力 16歳
人族LV4
状態異常:なし
スキル 『観察眼』『識別』『禁忌魔法:憤怒』
加護 『愛慕』『身代わり』『軽量』『血避け』『駿足』
ステータスもいくらか上がってるな。
ん?最初は0だったSPが3になってるぞ?
なんだこれ?と意識を集中させると大量の項目が現れた。
これから選べるってことか?
初級魔法シリーズの他に技術系っぽい能力とか攻撃っぽいのとかよくわからないのとかいっぱいあるな。
魔法は使いたいけど、昨日の戦闘をしてみていえるのは、詠唱なんかしてる間に殺される。
それにもっとMPが増えてからじゃないとまた不発で終わって悲しくなりそうだしな。
だから今は強くなれそうなのを選ぶべきだな。
気になるのはまずは『成長補強』だな。
というか迷う必要もないな。
即決するとSPが2になり、成長補強が選べなくなった。
あとは『セカンドジョブ』ってのも気になるが、これはその下にある『ジョブ設定』と一緒に取らなければ使えない気がするからな…どうするか。
他にも『MP増強』とか『PP回復倍速』とかも必要そうだしな。
あとは『MP解放』とかどんなスキルなのか気になる。
ちょうど2あるんだから『ジョブ設定』と『セカンドジョブ』を選んだ。
そしたら『ジョブ設定』と『セカンドジョブ』が選べなくなり『サードジョブ』が表れた。
取ったスキルの上位版が現れる場合もあるのか。
とりあえず放置だ。
ステータスを確認するが、何も変わっていない。
成長補強はレベルが上がるときの成長を補強してくれるってことなのかな?
ジョブ設定を念じるとセカンドジョブに冒険者を選択するかどうかを選べた。
セカンドジョブを空けとく意味もないから冒険者に設定した。
ってか念じるだけでジョブ設定ができたぞ!?
もしかしてと思い、識別と念じる。
すると発動した気がする。
対象がなかったから何も起きていないが。
改めて右腕に着けている加護付きのブレスレットを見ながら、識別と念じる。
『本物』
…できた。
わざわざスキル画面を開かなくてもできた。
よくよく考えたら視認出来るようにしたのは自分で、もともとは脳に直接情報が流れてくる感じだったのだからできて当たり前か。
困ってなかったし別にいっか。
改めてステータスを見るが、なんの変化もない。
…セカンドジョブの意味は?
ジョブ設定で人族と冒険者を入れ替えてから、もう一度ステータスを見る。
若干下がった。
ステータスに影響が出るのはファーストジョブだけなんだな。
一通り確かめたところで朝食が運ばれてきた。
メニューはパンとサラダとベーコンエッグみたいなもののようだ。
みたいなものというのは違う気がするからだ。
直感が告げているから間違いない。
目玉焼きとベーコンが別皿に盛られている時点でなんかおかしいしな。
目玉焼きのようなものをナイフとフォークで切り分ける。
サクッ
うん、音がおかしい。
黄身のような部分はゼラチンで固まっているようだ。
切った白身のようなものに黄身のようなものを乗せて、一思いに口に運ぶ。
けっこう美味い。
でも違和感は半端ないし、オカズにはならない。
だってこの味は間違いなくデザートだもの。
白身のようなものは甘さ控えめのクッキーのようで、黄身はゼラチンで固めたメイプルシロップのような味だ。
他はベーコンがちょっとしょっぱいのとパンが少しかたいのとサラダにかけるドレッシングがないことを除けば普通だ。
目玉焼きのようなものが1番美味かったな。
「ごっそさん。」
厨房の方に食器を返して部屋に戻り、身支度をしてフロントに鍵を返した。
「さて、どうするかな。」
仲間を探さなきゃならないが、自然と冒険者ギルドから離れるように歩いていた。
そういやこの町ってけっこう広いのに噴水広場と市場と冒険者ギルドと壁くらいしか記憶にねぇな。
ちょっと気分転換に散歩でもするかな。と思った俺がバカだった。
いわゆる迷子だ。
そもそも目的地がないのだから迷子ではない!
「誰に言い訳してるんだか。」
この辺は住宅街のようで道が入り組んでてわかりづらい。
それに見て歩いても特に面白くもなんともない。
腕時計を見るともう8時になっていた。
そろそろ散歩も終わりにするか。
迷子を強制的に終わらせるには2パターンあるが、どちらにするか…
城を目指して進んでから知ってる道に出るか、壁を目指して進んでから知ってる道に出るかだ。
…壁に向かうか。
完璧な2択だと思ってた時期が俺にもありました。
まさかこんな大きな町にスラム街があるとは思わなかった。
もしあると知っていれば、城から離れたところにあると思っただろうが、もう遅い。
気づいたらすえた臭いが漂う廃れた区画に足を踏み入れていたよ。
なんかおかしいなとは思ってたけど、スラム街があるなんて考えてもいなかったから、どっちに向かえばいいかわからない。
俺にできるのはこのまま壁に向かうか、方向を変えて城に向かうかの2択だ。
さっきから危険地帯だと直感が告げているが道がわからないのだからどうしようもない。
一応装備はしているが、LV4じゃ心もとなさすぎる。
「ここはやはり城に向かおう。」
今さらな判断ではあるが、このまま壁まで行ってもスラム街だとしたらそれこそヤバそうだからな。
周りを見ると今にも死にそうなやつらがチラホラといる。
俺もちゃんと稼がなきゃこうなるんだよな。
可哀想と思ったら心が病みそうな気がして、無感情を意識しながら通り抜けた。
ここは長居したら危険だ。
少しずつ早歩きとなり、気づくと全速力で走っていた。
普通の街並みになっていることを確認して、速度を落として歩き始めた。
漫画やテレビ越しで見る分にはなんとも思わなかったけど、生で見るとキツいものがあるな。
でも二度と関わることはないだろうから気にするだけ無駄だな。
気持ちを切り替えて城に向かう。
城まで真っ直ぐに進めないせいで思いの外時間がかかってしまっている。
まぁ今日やる予定のことは何もないからいいんだけどさ。
そういえば昨日取った犬もどきの牙を冒険者ギルドに持っていかなきゃな。
「そこのお兄さん。奴隷に興味はありませんか?」
いきなり話しかけられて振り向くと、いかにも怪しい人物が立っていた。
黒シャツ黒スーツでオールバックにサングラス。
裏の人間ですっていってるような姿だな。
奴隷商だから間違いなく裏の人間か。
あんま関わりたくないタイプの相手だが、仲間が欲しいと思っている俺にとっては裏切らない奴隷はちょうどいいかもな。
「戦闘奴隷がいるのなら少し興味があるな。」
奴隷商がにんやりと笑う。
背筋が凍るようなおぞましさを感じた。
「もちろん戦闘に特化した奴隷はおります。それ以外でもうちで扱う商品は全てお客様の自由にしていただいてかまいません。戦闘奴隷にしようが性奴隷にしようが虐待奴隷にしようが、お客様の自由です。飽きたら買取も行っておりますし、処分されてもけっこうです。代理処分も有料にて行っております。」
いらんことまで喋りやがって胸糞悪いな。
でも売る側としては必要な説明なのかもな。
「奴隷は反逆を起こさないのか?」
「奴隷紋をしておけば、禁止事項はお客様の自由に設定していただけます。奴隷紋にもレベルがあるため、強い奴隷にはそれだけ強い奴隷紋を刻まなければならないのですが、奴隷紋も強くすればするほど値段も高くなるのです。安く済まそうと思えば首輪や腕輪といったものもありますが、設定があまり細かくはできません。」
「とりあえず商品を見せろ。話はそれからだ。」
「ありがとうございます。」
背筋の凍る笑顔で一礼した奴隷商は俺に背中を向けて歩き出した。
俺はそれについて行くと、奴隷商は黒塗りの大きめな3階建の建物の前で止まった。
どんだけ黒が好きなんだよ。
「こちらの地下になります。」
「地上部分は別なのか?」
「地上部分も私のお店ではあるのですが、1.2階が男性向けの憩いの場、3階が女性向けの憩いの場となっております。ご利用お待ちしております。」
なぜそこで言葉を伏せるんだ?
この世界は奴隷よりも風俗の方がダメなのか?
「今は奴隷が見たい。早く案内してくれ。」
「かしこまりました。」
奴隷商は地上の入り口とは別の扉をノックして、中の従業員に開けさせた。
そこに一緒に入り、地下に下りた。
中は薄暗くなっていて、少し離れたところから檻を叩くような音が響いている。
「それでは説明させていただきます。」
「あぁ、頼む。」
「まずは当店大人気の見た目に特化した奴隷でごさいます。こちらは女性のみのスペースとなっておりますので、もし男性が好みであればお申し付けください。」
だからみんな裸なのか。
大半のやつらが人生を諦めたような目をしてるな。
さっきスラム街を通ってなかったらこの程度で気分が悪くなってたかもな。
耐性でも付いたのだろう。
「さっきもいったと思うが、俺は戦闘奴隷が欲しいのだが?」
「メインは最後にお見せするべきかと思いまして、申し訳ございません。」
謝罪をしたくせにその後もなかなかメインのスペースに行かずに一通り見て回ることになった。
「それではお待ちかねの戦闘に特化した奴隷でございます。」
ガンガンガンガンとマジでうるせぇ!
力を誇示してんのか檻を壊そうとしてんのかわかんねぇけど腕輪で檻を叩く音で耳が痛い。
「ここは動物園か!?こいつらは本当に人間なのか!?」
見た目がゴリラやライオンみたいなやつもいるからあながち動物園で間違ってはいないのかもな。
「もちろん人間でございます。ここにいる商品全てが早く戦いたくて仕方がないのですよ。」
こんなやつらと一緒に行動したくねぇな。
一通り見た中では狼っぽい獣人族の男が良かったかな。
あとはやけに綺麗な奴隷もいたけど、性奴隷を買う気にはなれないんだよな。
「こいつらは却下だ。さっき保留にした獣人族の奴隷をもう一度見たい。」
「それはとても残念ですが、かしこまりました。」
歩いてく奴隷商の後ろについてスペースから出たときにふと思った。
「そういや、この先は何があるんだ?」
「そちらは廃棄間近の商品になります。ほとんど使い物にならないので、質より値段と申される方用の商品となります。」
「一応見せてもらってもいいか?」
「もちろんかまいませんとも。ただ、病気になったとしても一切の責任を取れませんことを了承願います。」
性病でも持ってるとかか?
やるつもりがないから問題はないだろう。
「それでかまわない。」
俺の返事を聞いて、奴隷商が口にハンカチを巻いて進みだした。
マスクが必要なレベルなのか!?
確かに死の匂いとでもいうのか、さっきのスラム街を思い出すような臭いがしてきた。
これは耐性がなきゃキツいな。
いや、あってもキツい。
「こちらの商品は皆病気持ちなうえにほとんどが部位を欠損しております。」
虐待奴隷または戦闘奴隷の成れの果てといったところか。
ぐるっと周りを見てみると1ヶ所だけ違和感があった。
違和感の元に近づくとその檻だけ子どもだった。
そういや他には1人も子どもがいなかったな。
「そちらの商品は奴隷と奴隷の間に生まれた子どもです。うちでは基本は12歳未満は取り扱わないのですが、奴隷と奴隷の間の子は奴隷としてしか生きられないので5歳まではうちで育て、その後は商品として売り出したのですが、教育が足りなかったのか最初のお客様のところで精神的に病んでしまい、うちに戻ってきたのです。その後も何度か売れるのですが、長く続かず戻ってくるを繰り返し、今では病気を患って死ぬ間際といったところです。」
「病気は治せないのか?」
「治療師等に診断させたわけではないのでわかりません。仮に治るとしても薬に見合う売り上げを見込めないので、処分の方向で考えております。」
仕事だから仕方がないんだろうけど冷たいやつだな。
「ちなみにいくらなんだ?」
「銀貨20枚ですが、もううちでの買取はできないので、オススメしませんがよろしいので?」
俺はおもむろに檻に近づく。
「おいっ。」
子どもはビクッと反応して若干顔を上げるが、前髪が長くてこちらからは顔が見えない。
「こっちに来い。」
立つのも億劫そうな動作だが、何故か俺の指示に従う。
とぼとぼと近づいてくる。
昔見たホラー映画でこんなシーンがあった気がする。
目の前まできた子どもが立ち止まる。
近づいたことでよくわかるが、骨と皮だけなんじゃないかというくらいガリガリで、肌もボロボロだ。
これは病気じゃなくても長くはなさそうだな。
「名前はなんていうんだ?」
「…リア…ゼ…」
喉もガラガラのようで言葉がよく聞こえない。
俺はしゃがんで目線の高さを合わせた。
「聞こえなかった。もう一度だ。」
「アリ…ア…ローゼ」
「アリアローゼか?」
子どもがわずかに頷く。
「俺と一緒にきたら薬をやる。だがそれで治ったら魔物との戦闘を強要する。それでもよければ連れてってやる。選べ。」
子どもは口をパクパクと動かしながら一筋の涙を流した。
それ以降は水分すら足りないのか、髪の隙間から見える充血した目からは何も流れてこない。
葛藤しているのだろう。
今の苦しみから逃れる代わりにその後に苦しみが続くか、今の苦しみのまま死を迎えるかで。
奴隷商の方に顔を向ける。
「奴隷商。」
「なんでございましょうか?」
「奴隷解放ってできるのか?」
「できますが、なんの利点もございませんよ?」
「あぁ、わかってる。」
顔を子どもに向け直して俺についてくるメリットを提示する。
「もし俺がけっこうな力をつけて1人で戦えるようになるか、もしくはアリアローゼが頑張って金貨3枚分の働きをしたら解放してやる。その後はアリアローゼの好きにすればいい。」
ソロで戦える力があるならそもそも仲間はいらないからな。それまで使えればかまわない。そもそも薬で治るのかもわからないし。
「お願い…しま…す。死にた…ない。」
「わかった。」
俺は立ち上がり、奴隷商に銀貨20枚を渡す。
すると奴隷商は顔を近づけ、小声で話しかけてきた。
「飴と鞭とを使って自らの意思で決めさせたと思わせる。なかなかの腕をお持ちで。感服いたしました。」
何を勘違いしているのかわからないがスルーした。
「首輪じゃ戦闘時に邪魔だから奴隷紋に変えたいんだが、いくらだ?」
「素敵なものを見せていただいたので、今回は奴隷紋はサービスさせていただきます。」
なんだかよくわからないがラッキーだな。
「ただ、奴隷紋はそれなりの苦痛が加わるので、今の彼女では身体がもたないかもしれません。なので薬を飲んでからにすることをオススメします。」
「いいのか?」
「もちろんですとも。もし薬でもどうにもならなかった場合は先にやったら無駄になってしまいますしね。」
本音が溢れてるが、俺は金がかからないならどうでもいい。
「連れて行くから首輪を外してくれ。」
「かしこまりました。」
服はこのボロ切れのようなものしかないのか?
とりあえず俺のジャージを着せた。
「歩けるか?」
わずかに頷くが、アリアローゼのペースに合わせてたら今日中に薬屋に行くのは無理だろ。
俺はアリアローゼを抱きかかえる。あまり振動を与えないようにお姫様抱っこにした。
異常に軽いな。
20キロないんじゃないか?
「じゃあまた後で来る。」
「お待ちしておりますとも。」
アリアローゼを抱きかかえたまま階段を上ると門番がビックリしていたが、下と連絡が取れたのか扉を開けてくれた。
とりあえず昨日行った薬屋で見てもらおうと思い、走り出した。