イデレクーダ
ソフィアの魔法が発動して数秒後に金属鎧を着ていた裏口の見張りの騎士が倒れた。
金属鎧を着たまま倒れたため、ガシャンッとそこそこ大きな音がなり、そのせいで壁の上にいた他の騎士がこっちを見ていたが、しばらくしたら視線を他に移した。
今は夜なうえに壁の上の見張りとはそこそこ距離があるとはいえ、あれだけガン見されて気づかれないとは『認識阻害』って凄いスキルだったんだな。
「イーラさん、この倒れている方を立たせていただけますか?ワタクシの『認識阻害』スキルは魔法で範囲を拡大させてはいますけれど、ワタクシがここから離れてしまえば効果がなくなってしまいますので。」
「は〜い。」
2人がかなり静かな声でやり取りし、イーラが分身を作って倒れた騎士にまとわりつかせ、無理やり立たせているのを眺めていた。
俺は昼のうちにヒトミを試しに纏っていたから、自分がどんな風に変装するのかわかっていたが、アリアとソフィアの変装は出発前に初めて見たせいでけっこう驚いた。
まさか2人もあの騎士たちに変装するとはな。
ソフィアにはイーラの分身をまとわりつかせ、アリアにはイーラ自身がまとわりついているらしい。
この変装のためにあの鎧をイーラに食べさせていたから、イーラが完璧な擬態が出来ていることには驚かないが、子どもの身長しかなかったアリアとソフィアが騎士たちの体格になっていることには驚いた。しかもその体でちゃんと行動できているみたいだし。
イーラが騎士を直立させたのを確認してから外側の扉を通り、しばらく進んだところで内側の扉に着いた。
この裏口は壁に厚みがあるせいで外側と内側の2つの扉がある。
扉と扉の間に人はいなかったが、この扉の先には内側の見張りがいるはずだ。
気配察知で確認すると扉の向こう側には2人いるようだ。
俺の勘違いでなければ、その2人は扉に向かって槍を構えているような気がするんだが…。
「ん〜…気づかれてるみたいだね。獣人とかでにゃくただの人族っぽいし、気配がわかるスキルを持っているのかも。あっ、ソフィアちゃん、2人ね。今はこっちに向いて槍を構えてるよ。」
「警戒されているのでしたら催眠系の魔法は効きづらいでしょうし、少し強めに魔法をかけた方が良さそうですわね。」
1人で何かに納得していたソフィアが、ぶつぶつと呟き始めた。
そこそこ長い間呟いていたから何をしてるのかと思っていたら、どうやら詠唱だったらしく、ソフィアが魔法名を告げた数秒後にガシャンと金属同士がぶつかるような音がした。
「少々お待ちください。」
ソフィアが俺に待つようにいってから扉を開け、周りを確認し始めた。
「大丈夫そうですわね。では、皆さんもこちらへ。ただ、そこで倒れている騎士たちより奥にはまだ進まないようにお願いいたしますわ。」
「あぁ。」
よくわかってはいないが、とりあえず返事をしてから騎士の手前まで進んで振り返ったところで、ソフィアが扉を閉めた。
こんなに堂々と侵入して平気なのかと思って壁の上をなんとなく見上げたら、めっちゃ見られていた。壁の上の騎士に身を乗り出すようにして確認されていたんだが、さっきと同じようにしばらくしたら引っ込んでいった。
『認識阻害』とかいうスキルの効果だと思っていたから凄えと思ってたんだが、もしかして、俺らの顔を確認したうえで報告に行ってるだけなんじゃねぇか?
俺が壁の上を見上げている間にさっきと同じようにイーラが分身を騎士に纏わせて、壁際に直立させ終わったようだ。
「では行きましょうか。」
見た目が鎧姿だから表情はわからないんだが、なんだかソフィアが楽しんでいるような気がするな。まぁ、男物の鎧姿から女のしかも子どもの声が聞こえるのは違和感が凄いが。
それにしてもこいつらはずいふんと手慣れてるな。
城への侵入なんてケモーナ以来だろうに、かなり成長していやがる。
俺はもう二度と城に侵入なんかしないと思ってたから、練習どころか脳内でのシミュレーションすらしていなかったが、こいつらはもしかしたらっていう可能性のためだけに訓練でもしていたのかもな。
城への侵入訓練なんか、本来なら無駄に終わるはずなのに、役立てる日がきちまうんだからわからないもんだ。
先を促したのはソフィアだから、てっきりソフィアが先導するのかと思っていたら、最初に動き出したのはセリナだ。
そういや隊列を決めてたんだったな。
進み始める前にちゃんと思い出した俺は、予定通りセリナ、俺、アリアとソフィアの順で裏庭を駆け抜け、城へと向かった。
「『認識阻害』は解きましたので、ここからは堂々としてくださいませ。」
庭園のようになってる側に回り、渡り廊下のようなところから城内に入ったところでソフィアが声をかけてきた。
今まで認識阻害の効果のおかげでここまでこれたのに、それを解く意味がわからんし、解いたのに堂々としてろって意味がもっとわからん。
解いた理由としては魔法と併用してたみたいだから魔力切れなんかがあるかもしれないが、それなら余計に慎重に進まなきゃじゃねぇのか?
昨夜の話ではそのための変装だといっていたが、この変装だけでバレないものかね?
まぁバレたら速攻で逃げれるように道順は覚えておくとするか。
それからセリナの先導でいくつかの場所を回ったが、案外バレないものだな。
何度か他の騎士とすれ違ったが、堂々としていたら声すらかけられず、近づいたところで腰の剣をカシャッと鳴らされただけだった。
最初は攻撃されるのかと身構えたが、どうやらそれがここでの挨拶っぽい。
一度目は攻撃に対応しようとしたおかげでたまたま剣を鳴らす形になっようだ。
二度目からは相手にタイミングを合わせて鳴らすことで、今まで警戒されることすらなかった。
俺としては何事もなく城内を見て回れるのはありがたいが、国内で1番重要な場所の警備がこんなに緩くていいのか?
「この塔は地下もあるみたいだから、あとはそこだけだね。そこにもにゃければ、最後の塔ってことににゃるね。」
セリナは塔といっているが、外観からするとメイン部分にくっついているから、城の一部と見るのが正しいのかもしれない。ただ、なぜか城からしか向かえないのにここに来るまでに長い一本道の廊下を通ってこなければいけなかった。
城の一部のはずなのに距離を置いて建てられている細く高い建物だから、塔と呼んでいるっぽい。塔にしては低いかもしれないが、螺旋階段を登った感じではあながち間違いでもない気がする。ちなみに最後に行く予定のところも似た作りらしい。
この塔はなぜか今のところ見張りは1人もいないんだが、やけに厳重というか堅固に作られているから、セリナとヒトミは昨夜の下見の際に警戒して近寄らなかったらしい。その判断は本来なら正しいんだが、ここまで何もないと昨夜のうちに見ておいてくれれば、歩き回らなくて済んだんじゃねぇかと思ってしまう。
今いる塔と次に向かうかもしれない塔は中の様子がセリナですら外からじゃわからなかったということで、時間がかかる可能性を考慮して後回しにし、先に他の候補場所を回った。
なぜかほとんど警戒されていなかったから予想よりは早く回れたと思うが、それでも広い城の中を歩いて回ったからけっこうな時間がかかったし、見つからなかったから精神的にも疲れた気がする。
そんでけっきょく1番怪しかったここなのかと警戒して入ってみたら誰もいないという意味不明さ。
こんな意味ありげな造りをしているのに警備が1人もいないし、罠の1つもないってなんなんだよ。いや、楽に回れるからありがたいんだが、それなら先に調べりゃよかったというか、昨夜の下見の時点で済ませられたんじゃねぇかと思ってしまっても仕方ないと思う。
まぁ、そもそも昨日の下見は俺は予定してなかったから、昨日のうちに見といてくれればってのはさすがにワガママだな。だが、城の裏口側にあるこの塔を後回しにしたのは完全に失敗だった。
「誰かいる。」
俺がウダウダと無意味な後悔をしながら地下に下りたところで、先に扉のところまで進んでいたセリナが小声で注意を促してきた。
俺が知っている中で1番察知能力の高いセリナが扉に近づかないとわからないのだから、この建物はやっぱり普通じゃないんだろう。
壁がかなり分厚いのか、特殊効果があるのか…その両方かもしれないし、全く別の理由な可能性もあるから俺にはわからん。
ちなみに俺の気配察知はこの塔に入ってからほとんど機能していない。壁に近づいたところで、壁の向こうが全くわからないから、正直気配察知よりも目で見た方がわかるくらいだ。
この塔内は光が全くないんだが、そこは観察眼様様だ。
「何人いるんだ?」
「1人だと思う。…あれ?この気配って……。」
扉付近で中の様子を探っていたっぽいセリナが首を傾げた。
知り合いでもいたのか?だが、王城にいるような知り合いなんていないだろ。
「どうした?」
「レガリアちゃんっぽい気がするんだけど、さすがにこんにゃところにいるわけにゃいよね。もしかして罠かも?」
レガリアって誰だ?
最近聞いた気がしなくもないが…………そういや護衛に裏切られた女がそんな名前だったな。
だが、あいつがこんなところにいる意味がわからん。
ん?しかもよく見たらこの扉はこっちに南京錠っぽい鍵がついてるな。ってことはあの女がここに閉じ込められてるってことか?あいつってけっこう貴族位の高いやつだったよな?そんなやつが1人でこんなところに閉じ込められる意味がわからんし、罠の可能性が高いか。
「まぁ罠の可能性が高いが、入らないことにはどうにもならんからな。敵が1人ならよっぽどでなければ大丈夫だろ。最悪、この建物を破壊して逃げるから、瓦礫に潰されないようにだけ気をつけろ。あとは魔法的な罠にも警戒しとけよ。」
「はい。」
全員の返事を聞き流しつつ、扉につけられているゴツい南京錠っぽいものの鍵穴に指を近づけた。
俺の指先から黒い靄のようなものが伸びていき、それが鍵穴へと侵入していく。
もちろんこれは俺のスキルなんかではなく、ヒトミの体の一部だ。
ヒトミは体の形を変えられるだけでなく、実体の有無まで変えられるらしく、物理的な鍵はヒトミにとっては意味をなさないらしい。
ただ、今までは何かの真似をするだけだったヒトミにとっては見本なしに手探りで作り出すのは少し難しいらしいが、1分もせずに解錠できるなら、鍵の意味をなしていないといっても間違いではないだろう。
ここ以外の扉の鍵もヒトミが体の一部を鍵穴に流し込んで、少しの時間で開けてくれていて、今回もわりとすぐに鍵がガチャッと外れる音が聞こえた。
今回みたいに一応隠れて城の中を探るときにはかなり役に立つ能力だ。
隠す必要がなければ壊せばいいだけだし、隙間があれば影に入れるセリナや形を変えられるイーラやヒトミは侵入できるから、まぁ使えなくてもなんとかなるっちゃなるが、今回に限ってはだいぶ役に立っている。壊したら鍵をかけ直せないからな。
ヒトミが解いてくれた南京錠をズラし、セリナが慎重に扉を開けたんだが、何も起きなかった。
ただただやけに涼しい風が吹いてきただけだ。
そのせいか、セリナが一瞬ブルリと震えた。
「そういやセリナは服装変えたんだな。」
「え!?今気づいたの!?てっきりいうまでもにゃいからって話題にあげにゃいだけかと思ってたよ…。」
罠があるかもしれないからと全員が警戒していたにもかかわらず、セリナが驚き過ぎたのかそこそこデカい声を出した。
今までは寝るとき以外のほとんどを胸だけ隠す布に短パンとベストっていう露出度高めな服を着て過ごしていたセリナが、今はスパッツ生地というか全身タイツっぽい肌に密着する首まである黒い服の上からモコモコの白いファーを胸部分に巻き、二の腕に白いグループマークが描かれた黒い革のジャケットを羽織っている。
下はカーキの短パンと黒いブーツだ。
全身タイツなんてネタ用の衣装だと思っていたが、スタイルのいいセリナが着用していると整った肉体がハッキリと見えて悪くないな。しかもモコモコの毛でできた胸帯を巻いているから、胸がけっこうあるように見える。
髪も尻尾も全体的な服の色もほぼ黒なのに胸元だけ白いせいで、さらに強調されているようにも見えるし、ずいぶんと計算された服装なのかもしれない。
まぁ俺はセンスがあるわけじゃないから、一般的にこの服装が可愛いのかはわからんが、セリナにはけっこう似合ってるんじゃないかとは思う。
そういや尻尾はちゃんと外に出てるんだな。
ってことは腰に穴が空いてるんだろうし、オーダーメイドなのかもしれん。
ほとんど装備姿しか見ていなかったから、セリナは服に興味がないのかと思っていたが、意外と気にするタイプなのかもな。
「すまんな。俺自身があんま服に興味がねぇから、気にしてなかったわ。似合ってると思うぞ。」
「にゃはっ、ありがとう。肌着はアクセサリーだけど、他はちゃんとした防具でもあるんだよ。この肌着だってアクセサリー化されてるけど、魔物から取れた素材で作られてるから丈夫だし、アクセサリー化されているから肌にぴったりで動きの邪魔ににゃらにゃいんだよ。しかも!珍しいことに人族の町で獣人用の尻尾穴があるの!これは買わにゃきゃって思ってついつい昨日衝動買いしちゃったけど、思った通り当たりだったかも。けっこう暖かいしね。」
セリナが全身タイツの腹の部分を指で摘みながら説明し、最後に尻尾穴を見せてきて満足そうな顔をしていた。
全身タイツは肌着扱いなんだな。いや、まぁ、うん、肌着か。
それにしてもこれらは防具なのか。
それをいったらもともとの服装も防具には見えなかったけどな。
「…セリナさん。警戒してください。」
「あっ、ごめん。…じゃあ入るよ。」
俺がセリナに答える前にアリアがセリナに声をかけた。
セリナはヤバッとバツの悪そうな顔をしながらアリアにというより全員にたいして謝り、真剣な顔になって扉の中に入っていった。
今のは俺が関係ない話題をいきなり振ったのが悪いと思うんだがと思いながらセリナの後に部屋へと入った。
部屋に入ってすぐのところで立ち止まって中の気配を確認しているセリナの背中を軽く叩きながら、セリナにだけ聞こえるように「すまんな。」と小声でいったら、セリナの尻尾が俺の腕を撫でるように触れてきた。だが、今はヒトミを纏っている状態だからなんの感触もないし、ヒトミを纏っていなかったとしてもヒトミの下はフル装備状態だから、そんなに優しく触れられても感触はないだろうけど。
セリナの背中から手を離しても尻尾がついてきたんだが、俺の腕から新しく生えたヒトミの腕がセリナの尻尾をはたき落した。
セリナは尻尾を叩かれたことで一瞬ビクッとしたようだが、何もなかったかのように振り向いた。
「やっぱりレガリアちゃんがこの奥にいるみたいだね。ここは見るからに地下牢だし、レガリアちゃんは何をしたのかにゃ。」
セリナのいうようにここは奥に続く道の両側に鉄格子の牢がいくつか並んだそこそこ大きそうな部屋みたいだ。
部屋全体を照らす備え付けの光があるのかは知らないが、それは点けられてはいないようで、非常灯のように壁の一部がわずかに光っているだけだ。それでもさっきまでよりは明るいが、いくら夜だとはいえ人がいる部屋の明るさではないな。
「一応奥に魔法陣がないか確かめるか。そのついでにレガリアも確認すればいい。」
「はい。」
セリナが返事をして歩きだし、俺らがそれについていく。
しばらく歩いたところで、セリナが牢の中を見て顔をしかめた。
一応あまり意味はなくとも使い続けていた気配察知でセリナが見ている牢の中にレガリアがいるのはわかっていたが、セリナが顔をしかめた意味がわからず、俺も牢屋に目を向けた。
他の牢屋と同じで少し柔らかそうなベッドと、トイレだと思われる仕切りまである、牢屋にしては相手に気を使っているような感じだ。
そのベッドの上で横になっていたレガリアが虚ろな目でこっちを見ていた。
ぱっと見怪我はしていなさそうだが、わずかに体が震えているように見える。まぁ、ベッドはあるが、毛布がないから寒いのかもな。
というか、こいつはいつからここにいるのかはわからないが、見張りが1人もいないってのはおかしくないか?
いくら脱出が出来なさそうな相手とはいえ、牢屋を使うなら見張りをつけるものなんじゃないのか?
やっぱり罠か?と思ったが、とくに何も起こらない。
「何してんだ?」
わからないなら本人に聞けばいいかと声をかけたら、レガリアが顔を歪めた。
「あなた方が私をここに入れたのではないですか。なぜ私がここに入れられたかは私自身がお聞きしたいくらいです。」
若干掠れた声ではあるが、怒りがにじみ出ている答えが返ってきた。
レガリアは訳もわからずこんなところに放り込まれたわけか。
護衛に裏切られた次は国に裏切られたのか?
そもそも最初に指示したのが王子なら、最初から国に狙われてた可能性もあるのか。
鉄格子を触ってみた感じでは殴って壊せそうだが、それをやったら中にいるレガリアが被害を受けるだろうな。
ここは普通に鍵を開けることにし、鉄格子の端っこの扉部分の鍵穴に指を近づけたら、察したヒトミが開けてくれた。
「な、何をするつもりですか!?」
死んだように寝ていたレガリアが上体を起こし、逃げるように後退ろうとしたが、すぐに壁に背中がついてそれ以上退がれていない。
「お前の父親から、なんかあったらお前を助けてくれって頼まれて前金を渡されてるからな。とりあえず家まで送ってやるよ。国との揉め事は手伝う気はねぇから、そのあとはお前の家でなんとかしろ。」
「…え?リキさんなのですか!?もしかして、私を助けるために変装して城に侵入してまで来てくれたのですか!?」
レガリアが驚きつつもなぜか嬉しそうな顔をしているところ悪いが、レガリアがいたのは完全に予想外だ。
「ヒトミ、顔だけ変装を解くって出来るか?」
「もちろん出来るよ♪」
ヒトミの返事とともに顔に張り付いていた何かが剥がれる感覚がした。たぶん変装を解いたのだろう。
この暗さでレガリアから見えるかはわからないけどな。
「俺がリキなのは合ってるんだが、お前を見つけたのはたまたまだ。ちょっと別件で城に来てたんだが、そのことは黙っててもらえるとありがたい。無駄に敵を増やしたくはないからな。」
「あ、はい。」
バラしたらお前の家と敵対することになるという意味を込めていったのが伝わったからなのか、何かを察したように真顔になって返事をした。
「たしかお前を家に送ったのって一昨日だよな?なんで今度はこんなところにいるんだ?転移魔法でも使われたのか?」
「転移魔法?あ、いえ、私自身もなぜここに入れられているのかはわからないのですが、リキさんに家まで送っていただいた翌日の夜に開催された卒業パーティーに参加していたところ、ダカーバ様に急に婚約破棄を告げられ、ありもしない罪を被せられ、反論しようとしたところで取り押さえられてしまいました。その際に打ち所が悪かったのか気を失ってしまい、気づいたらここのベッドに寝かされていました。私以外に人はおらず、外を確認することも出来ないため、今がいつかすらわからなかったのですが、一晩経っていたのですね。」
安心したからなのかはわからないが、レガリアの腹の虫が静かに鳴いた。
普通なら聞こえない程度の音量だったんだが、静まり返った室内のせいで聞こえちまった。そのせいで、レガリアがわずかに顔を赤らめて俯いた。
「一晩どころかもうすぐ2泊になるんじゃねぇか。しかも誰にも会ってないってことは丸一日水も飲んでねぇってことか。よく耐えたな。食いもんは携行食くらいしか持ち歩いてないが、これでも食っとけ。俺らはちょっと奥を調べてくるから、戻ってくるまでに出る準備もしといてくれ。」
ジェルタイプの携行食を2つアイテムボックスから取り出し、レガリアに放り投げた。
「何から何までありがとうございます。」
頭を下げてきたレガリアを残して、奥を見に行ってみたが、なんもなかった。
レガリアの牢はそこまで汚くは見えなかったが、それより奥はそこそこ埃がたまっていたりするみたいだし、ここはあまり使われていない部屋なのかもな。
レガリアを牢に入れるためだけに入口側のいくつかの牢だけ綺麗にしたってところか。それならレガリアを陥れるための計画は前もって立てられていた可能性が高そうだ。
その後誰も来てないってことはこのまま餓死もしくは衰弱死させる計画だったのか。どうせならその場で殺しちまえばいいのに、なんでそんな遠回りなことをするんだろうな。
レガリアの牢まで戻ってきたときにはレガリアの準備は終わっていたようだ。ジェルタイプの携行食は2つとも食べ終わっているし、寝癖やシワクチャになったドレスも多少は整えたみたいだ。
「リキ様、誰か来たみたい。嫌にゃ気配がする相手だから気をつけて。」
セリナが尻尾をピンッと立てながら、小声で注意してきた。
ここじゃ隠れるのも厳しいから、騎士のフリをしてやり過ごすしかなさそうだな。
「あたしが相手するよ♪」
俺が何かをいう前にヒトミが声をかけてきた。
まぁ騎士のフリをするならヒトミに任せるのが1番バレづらいだろうな。
「じゃあ、任せた。」
「はい♪」
ヒトミは返事とともに俺の顔をまた覆った。その瞬間、部屋が光った。
この部屋の扉を開けているからか、俺の薄く広げた気配察知でも相手の位置がわかる。その気配が正しいなら、相手はこれから階段を下りようってくらいの場所のはずだ。それなのにいきなり目くらましをしてくるとは思わず、油断した。
目は潰されても気配察知で相手を捉えているから、なんとか対応出来るだろうと構えを取ったんだが、相手はゆっくりと階段を下りているようだった。
不思議に思いつつも油断せず構えていたんだが、相手が階段を下りきる前に明るさに目が慣れた。
もしかして、これはただ単に部屋の明かりを点けただけか?
しばらくすると俺の耳にもコツコツとヒールで床を踏むような音が聞こえてきた。
相手との距離に合わせて気配察知の範囲を狭めたことでわかった相手のシルエットからしても女で間違いなさそうだ。
ヒトミを纏った俺が構えを解いて先頭に立ち、その影にセリナが潜り、俺の背中に半分隠れる位置にレガリア、イーラを纏ったアリアとソフィアは後ろに直立している。
その状態でしばらく待つとドレスを着た女が部屋に入ってきて、俺らを見て驚いた顔をした。
「貴方達、明かりもつけずに何をしていたのかしら?」
やっぱり明かりは存在していたのか。
それを知らない騎士とか怪しさ抜群だな。
「王命により、秘密裏にレガリア様を連れてくるように仰せつかっていたため、明かりを点けずに行動しておりました!」
ヒトミが俺の口を勝手に動かしながら、どこからか聞いたことのある男の声を出した。
よくそんな咄嗟にあり得そうな言い訳を思いつくな。
ただ、秘密裏にっていわれてるのにバラすのは矛盾している気がするが、もしそこを突っ込まれたとしても、バレた時点で隠せなくなったからと誤魔化せばいけるか?
「あら、そうなの?でもおかしいわね。王は今、隣国へ出向いているはずなのだけれど。」
女は微笑みを浮かべて話しながらもゆっくりと歩いて近づいてきた。
「はっ!王は戻れないため、私たちがこの任を受けることとなりました!イデレクーダ様こそこのような場所にどんな御用でしょうか?」
俺は見たことない女だと思ったんだが、ヒトミはなぜか相手の名前を知っているようだ。
「私はレガリア様の様子を見に来ただけよ。ダカーバ様が気にかけていらしたようなので、内緒で見に来たの。元気そうで良かったわ。それじゃあ私は戻るけれど、レガリア様のことはよろしくね。」
目の前まできた女が話を終えたところで立ち止まり、用は済んだというようにくるりと反転して俺たちに背中を向けた。
そして、なかなか歩き出さないと思っていたら、もう一度振り向き、俺の目を覗き込むように顔を近づけて見つめてきた。
何度か感じたことのあるあの感覚。
何かが俺の中に入ろうとして、俺の中にある何かがそれを拒む感覚。
つまりこいつは俺に何かしらの精神攻撃をしてきたのだろう。
普段ならこの場で殺すべきだが、今回は俺らが不法侵入してる側だからな。まだ我慢だ。
女は微笑んだまま眉毛をピクリと動かし、なぜか急にバックステップで俺から少し距離をとった。
今の動きだけさっきまでの優雅さがなかったが、いきなりどうしたんだ?俺はべつに威圧どころか睨んですらいないはずなんだが。
「…最後に確認だけしたいのだけれど、王命と私のお願いだったら、貴方はどちらに従うのかしら?」
「王命であります!」
女が一瞬真顔になり、すぐに微笑みを顔に貼り付けた。
今の質問からして、洗脳系の何かをしてきたってことか?
いくら怪しいとはいえ、騎士相手にそんなことをしてくるとかヤバいやつだな。
「王に忠誠を誓う騎士。素敵よね。それではレガリア様、お元気で。」
笑みを深めた女がレガリアを見た瞬間、目が赤く光った気がした。ただ、女は目を細めていたからちゃんと見えたわけじゃねぇし、気のせいかもしれん。
女はいいたいことだけいって、今度こそ背を向けて帰っていった。
俺らはしばらくこのまま動かず、女が階段を登りきって塔から出て行くのを待った。
それにしてもあの女は何がしたかったんだ?本当にレガリアの確認がしたかっただけなのか?
「まぁいいか。さっさと最後の塔を確認して帰るぞ。」
声をかけながら振り向こうとしたら、レガリアが倒れそうになっていたから、咄嗟に支えた。
「どうした?」
声をかけてレガリアの顔を覗き込むと、顔を真っ青にして大量の汗をかいていた。
急にどうした!?もしかしてさっきの携行食にでもあたったのか!?
ここは牢だから、トイレもあるだろうし、急げば間に合うはずだ。腹が痛すぎて動けないんだとしたら、俺がトイレまで抱えて運んで、すぐに離れるしかないか?
あの仕切りの向こうがトイレなら、今の俺ならこいつを運ぶのに2秒もあれば行ける。さらにパンツを脱がせてレガリアを便座に座らせてから俺がここに戻ってくるまでを追加したとしても、本気を出せば5秒もあれば出来る気がする。
『ダイノーシス』
俺が牢内のトイレだろう位置を確認しながらレガリアを抱えようとしたところでアリアの声が聞こえた。
「…リキ様、レガリアさんは呪われています。すぐに浄化をかけるので、レガリアさんをそのまま支えていてあげてください。」
いうが早いか、粉雪のような光が舞い降りてきた。
俺はわけがわからず、抱えようと手を伸ばした体勢のまま固まった。
呪いってことは腹痛じゃねぇのか。俺が渡したもののせいなのかと思って焦ったが、全く俺のせいじゃなさそうだな。
しばらくしたら、レガリアの呼吸が落ち着いてきたようだ。
『ハイヒーリング』
『パワーリカバリー』
『リビタライズ』
アリアが魔法をかけたことでだいぶ良くなったのか、レガリアは自分の足でゆっくりと立ち上がった。
「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。もう大丈夫です。」
「…『浄化』で解ける呪いで良かったです。それに呪いは自然とかかるものではないので、レガリアさんのせいではないと思います。」
「そうだよ♪君のせいじゃないよ♪悪いのはあいつだしね♪」
アリアの今の見た目と声のギャップに対してレガリアはキョトンとする程度だったが、ヒトミの声に対してはかなり驚いて目を瞬いていた。
レガリアの目にはここにいるのはセリナを入れて4人だからな。俺の後ろには誰もいないのに俺側からいきなり声が聞こえてくりゃ驚くわ。
「俺の仲間の声だから気にすんな。そんで、ヒトミ。あいつってのはあの女のことだよな?レガリアは何かされたのか?」
「あいつは女じゃないよ♪でもリキ様が思ってるやつで合ってるよ♪イデレクーダ、第一王子の恋人だね♪」
「女じゃない?王子の恋人?王子の恋人はオカマなのか?」
レガリアはオカマに寝取られたのか?
「違うよ♪本物のイデレクーダが別にいるのかは知らないけど、あいつは魔族みたいだから、性別はないはずだよ♪さっきリキ様の目を覗き込んできたからお返しに見てやったら、少しだけ覗けたんだよね♪といっても、ここに来た理由がレガリアを殺すためっていうのとあいつが魔族でイデレクーダは偽名ってことしか見えなかったけどね♪」
さっき女が急に俺から距離をとったのはヒトミが覗いたせいか。今俺が変装している騎士はヒトミに覗かれて発狂していたし、ヒトミに覗かれるのってそんなに不快な感覚なのか?
「そんなはずはありません!イデレクーダ様はノーモルワ伯爵家の長女であり、幼少の頃から社交界などでお会いしています。王妃になるために邪魔な私を殺そうとしたことについては理解できますが、魔族であるとはとても思えません。イデレクーダ様も学園に通っています。もし魔族であるなら町の出入りが出来ませんし、学園に入学出来ないはずです。」
俺が関係ないことを考えていたら、レガリアがヒトミに反論した。
こいつの話が本当なら、イデレクーダってやつは本当にいたが、どこかのタイミングで乗っ取られたってことか。
ヒトミが騎士の男から読み取った情報が正しいなら、さっきの女は別の国から送り込まれてきたはずだ。その時点でレガリアの知っている本物のイデレクーダである可能性は低い。もしくは幼少の頃から潜り込まされていたか。…いや、それはないだろう。幼少の頃に与えられた任務なんかを十何年もかけて果たそうと行動し続けられるとは思えない。
普通に考えたら、どっかで入れ替わっているが、あの女がイデレクーダとして生きているってことだろう。
まさか既になりすましてるやつがいるとはな。案外ヒトミと同じくシャドウだったりしてな。
「じゃあどこかのタイミングで入れ替わってるんだろうな。ちなみに町の門については勘違いしているみたいだが、魔族でも入れるぞ。」
「え?そんなはずは…町の出入りには身分証が必要なはずです。」
「たしかに身分証は必要だな。逆にいえば身分証があれば誰でも通れる。町によってはステータスチェックまでしてくるところもあるが、少なくともこの町は問題なく通れたぞ。イデレクーダとかいうやつと入れ替わってるなら、身分証を奪っていたっておかしくねぇし、ありえない話じゃない。」
「ですが…。」
「いや、まぁべつにお前が信じるか信じないかは正直どうでもいい。俺はイデレクーダのこともこの国のこともどうでもいいからな。俺はお前を家に送るだけだ。その前にちょっと用を済ませはするが、それ以上この国のことに関わる気はない。あとは好きにしてくれ。じゃあさっさと行くぞ。」
「え?あ、あの…まっ……。」
俺がレガリアにいうだけいって部屋の出口まで歩き出すと、アリアたちが無言でついてきた。
レガリアだけが何かをいいたかったみたいだが、言葉が思いつかなかったのか、結局おとなしくついてきたようだ。




