帰還方法
晩飯中に昔の話をかるく話した。
こいつらに俺の昔のことを隠していたつもりはとくになかったが、あらためてちゃんと話したのは初めてかもな。
まぁ、サラが書いた本で召喚されたと書かれていたからバレてはいただろうが。
俺の過去っていっても、こことは違う世界に住んでいて、そこで子どもが行く学校に一緒に通っていた内の1人が横山だって話をしただけだがな。1年くらいは勉強を教える関係だったからよく一緒にいたが、目標を達成した後は二度と関わらない約束をさせてそれっきりだったと話を締めくくったら、アリアたちは困ったような反応をした。
俺の話し方が悪かったのかもしれないが、べつにたいした話でもないから困られても困る。
だから最終的には話題を召喚魔法へと変え、俺が新たに召喚師というジョブを得られるようになっていることがわかった頃には、微妙な空気はほぼいつもの感じに戻っていた。
そんな食事を終え、部屋に戻ったときに飯中に聞き忘れたことを思い出してアリアを見ると、視線に気づいたのかアリアが振り返った。
「…どうしました?」
「アリアは召喚したものをもとの場所に戻す方法を知っているか?」
横山を召喚しちまったのは俺の責任だろうから、横山が帰りたいと思ったときのために知っておいた方がいいだろうと思ってアリアに質問したんだが、その瞬間に部屋の空気が凍りついたように感じた。
は?もしかして召喚したものを戻すのって禁忌魔法やら禁断魔法やらの類なのか?
「…リキ様は帰ってしまうのですか?」
いつもの無表情をわずかに泣きそうに歪めたアリアが質問を返してきた。
一瞬質問の意味がわからなかったが、アリアが勘違いしていることに気づいて答えようとしたら、その前にアリアが話を続けた。
「…わたしはまだ子どもですが、リキ様に好んでもらえる綺麗な女性になってみせます。いつでもわたしのことは好きにしてください。だから…だから……。」
「ちょっと待て。セリナもニアも悲しそうな顔をすんな。俺は帰る気ねぇから。あと、アリアが綺麗になるのは間違いないだろうが、俺は手を出す気なんてねぇから、そんな風に犠牲になろうとすんな。というか、なんでそんな勘違いしてんだよ。」
「…犠牲では……いえ、リキ様はご家族のことを聞いて帰りたくなったのではないかと思いました。リキ様が身内にたいして優しいことは知っているので、妹さんの話を聞いて、放ってはおけないのではないかと…。」
あぁ…たしかに歩が心配じゃないっていったら嘘になるな。両親にも俺をいつまでも探させるのは申し訳ないとも思う。
「たしかに横山からいろいろ話を聞いちまったせいで、思うところもなくはない。だが、俺はもう家族にあわせる顔がねぇから、帰る気はねぇよ。」
「…あわせる顔がない?……なぜですか?わたしはリキ様ほど立派な方はほとんど見たことも聞いたこともありません。過去の偉人を探してもリキ様ほどの方は数人しかいないと思っています。…いえ、これはわたしが直接助けていただいたことで贔屓目に見てしまっているのは自覚しています。それでも、リキ様は誇っていい偉業を成し遂げています。そんなリキ様があわせる顔がないというのがわかりません。」
過大評価をしてることを自覚してんのに褒めるのをやめねぇのか。
というか、帰らない理由を否定するってことは本当は帰ってほしいのか?いや、アリアに限ってそんなことはないだろう。
何を考えているのかわからないことは多々あるが、俺のことを慕ってくれていることは俺でもわかるからな。
「この世界でなら俺がやってきたことは全て許されるんだろうな。むしろアリアがいうように褒められることだってあるんだろう。だが、俺が元いた世界はこの世界とは価値観やら常識やらがそこそこ違うんだよ。俺の世界では人間殺しはどんな理由だろうと大罪だ。」
「え?」
セリナが驚いた顔で声を漏らした。
まぁセリナからしたら初っ端から躊躇なく人を殺していた俺の口からこんな言葉が出るなんて思いもしなかったんだろうな。
俺だってもともと全く抵抗がなかったわけじゃない。ただ、やらなければならないって言い訳で塗りつぶしただけだ。
まぁ、そんな意識だけでスイッチを切り替えられるんだから、俺はもともと日本では不適合者だったのかもしれねぇけど。
「…ですが、盗賊などは殺さなければ殺されます。逃げたとしても他の方が被害にあいますし、国から依頼が出ていることもあるので、討伐は仕事でもあります。リキ様はこの世界の法に従っただけではないですか。」
「盗賊はそうかもな。だが、エルフは違う。あれは完全なる俺の私怨だ。もっとやり方はあったんじゃねぇかとは思うが、何かしら報復したのは間違いねぇから、べつに後悔はしちゃいない。ただ、もう家族にあわせる顔がねぇってだけだ。家族に会えねぇなら、そこまで帰りたいとは思っちゃいねぇし、無理やり送還でもされない限りは帰る気はねぇよ。」
「…エルフだって……悪いのはエルフたちです。」
さすがに歯切れが悪くなったな。
まぁアリアは俺がエルフへの報復をしようとしたときに止めようとしてたこともあるし、やり過ぎだとは思ってたんだろうな。その判断は間違っているわけではないだろうし、無理に俺を全肯定する必要はない。
「この世界ではエルフのことも許されるのかもしれないが、俺の世界では許されないってことだ。それともアリアは俺に早く帰って…。」
「違います!」
いつも話し始める前に間があるアリアが、食い気味に答えてきた。
「ならいいじゃねぇか。俺は帰らない。だが、横山は帰りたいかもしれないから、召喚しちまった俺が帰り方を探す。それだけだ。」
「………………わかりました。」
今度はいつも以上に間をあけたアリアが了承を示した。
ヒトミはいつものニコニコした顔へと戻っているし、セリナはなんともいえない顔をしていて、ニアは目を瞑っているが、誰もこれ以上何もいう気はないみたいだ。
ニアは最近やけに静かだな。
今までぐいぐいきていたからか、あまり絡んでこないのが不思議な感じだ。いや、これくらいが普通なんだろうけど。
「そんで、誰か送り返す方法を知らないか?」
全員を見回すが、全員の視線がアリアを向いているから、俺もアリアに視線を合わせる。
「…わたしは召喚魔法についてはほとんど知りません。召喚師自体が珍しいので、出会ったこともありませんし、本もあまり存在していないようで、この本以外は持っていません。ただ、異世界からの召喚に関しては知っているかもしれない人を1人だけ知っています。」
「誰だ?」
「…ローウィンス様です。」
そういや王族は勇者召喚のことを知ってるんだったな。それにたしか馬鹿島の世話係みたいなことを聞いた気がするし、知ってる可能性はあるか。
「ちょっと聞いてみるわ。」
「…はい。」
アリアに一言断りをいれ、ローウィンスと繋がる指輪に魔力を込めた。
「今大丈夫か?」
「はい。もちろんです。どういたしました?」
俺はだいたい急に連絡するんだが、こいつはいつもすぐに対応してくれるな。
暇なのか?…いや、こいつは俺と会話しながらでもいつも通り仕事が出来るから問題ないってだけか。
「勇者の帰還方法って知ってるか?」
「……リキ様は帰ってしまうのでしょうか?」
間が空いたと思ったら、ローウィンスにも同じことをいわれた。
ローウィンスには俺が違う世界から来たってことは隠していたと思うんだが、ずいぶん確信しているようないい方をするんだな。
「何をいってんのかわからねぇが、俺の帰る場所は今のところはカンノ村だし、用事が終わればもちろん帰るぞ。カンノ村にいられなくなったら他の国に行くとは思うが、それは帰るとはいわねぇし、意味がわからん。そんなことより、勇者の帰還方法を知ってるなら教えてほしい。」
「現にリキ様はこちらにいてくださってますものね。疑うようなことをいってしまい申し訳ありません。リキ様を信じることにいたします。リキ様がいつまでもいられますように尽力いたしますね。それで、勇者の帰還方法についてですが、召喚紋があるうちは不可能でしょう。ですが、召喚紋を外してもらえれば、そう難しいことでもないかと思います。」
てきとうにごまかしたら、わけわからんことをいわれた。まぁ、異世界から来たことを肯定せずに俺がこの世界にいるつもりなのは伝わったっぽいからいいか。
それよりも帰還方法があることは朗報だな。あるなら、俺は召喚紋がねぇし、最初に聞いておけばよかった。
「どうすりゃ帰れるんだ?」
「召喚紋を外した状態で、元の世界で召喚していただくだけですよ。その際に本人が拒否をしなければ問題なく戻れるはずです。」
…は?
たしかに元の世界で召喚魔法があるなら、方法としては簡単かもしれないが、召喚紋とやらを外してもらえた後に呼び戻してもらえるかが運次第だし、そもそも魔法が存在しなければ不可能だろ。
日本で召喚魔法が存在してるのかは知らないが、少なくとも一般的に魔法は空想上の話だ。だから、横山が帰る方法としては選びようがない。
「他に帰る方法はないのか?」
「申し訳ありません。勇者召喚について代々伝えられてきた中には帰還方法がないため、私は他の方法を知りません。召喚師の方を紹介することは出来ますが、召喚師の方々はあまり情報を開示したがらないため、情報は得られないかと思います。そもそも召喚師では帰還方法は知らない可能性が高いと思いますよ。召喚魔法は呼ぶものであって、相互に行き来するものではありませんからね。もしかしたら帰還魔法や送還魔法といった魔法があるのかもしれませんが、私は聞いたことがありません。ミルラーダ辺境伯に確認を取りましょうか?」
たしかにあの男なら何かを知っているかもしれないが、それを聞いたことで探りを入れられたり、見返りを求められても面倒だな。
「ちょっと気になったから聞いただけだから、辺境伯には聞かなくていい。いろいろと情報をありがとな。ちなみになんだが、今までの勇者で帰りたがったやつっていないのか?」
「過去にはいたようですが、勇者は元の世界で死にかけている方かこちらの世界に来ることを望んだ方しか召喚されないはずなので、お話し合いで解決したと伺っています。」
勇者召喚にはそういったルールみたいなのがあるのか?それとも話し合いってのが召喚紋とやらを使ったうえでのものなのか…。奴隷紋とかと同じで拒否権をなくせそうだしな。
「そうか。まぁアラフミナの勇者を見る限り、楽しんでそうだから、帰りたいとはならねぇのかもな。」
「えぇ、あれには楽しんでいただけるように尽力していますからね。」
あれ扱いなんだな。まぁ馬鹿島は普通にウザそうだし、ローウィンス的に好めないんだろう。
「まぁ参考にはなった。ありがとな。」
「いえ、少しでもお役に立てたのなら嬉しく思います。」
実際はたいした情報を得られなかったが、一応感謝を伝えてから加護の繋がりを切った。
目の前にいるアリアは以心伝心の加護の繋がりが切れたことがわからないのか、何もいわずに待っているようだ。
「たいした情報を得られなかった。まぁ、しゃーねぇか。とりあえず召喚魔法は召喚しか出来ない可能性が高いってわかったくらいだな。」
横山には勝手に呼び出しちまったことを謝って、こっちで出来るだけ普通に生活できるようにしてやることで許してもらうとするか。
念のため帰還方法を用意しておこうと思いはしたが、召喚したときの横山の姿や持ち物からして、たぶん向こうの世界に見切りをつけてたっぽいし、帰りたいとはいわないだろうから大丈夫だろう。
「…でしたら、直接調べてみるのが早そうですね。」
俺が既に諦めていたら、アリアが別案を出してきた。
「どういう意味だ?」
「…この国にも勇者がいるので、勇者召喚用の魔法陣があるかと思います。なので、ソフィアさんに調べてもらえば何かわかるかもしれません。」
「ん?ソフィアに調べてもらうなら、さっきの本を見せればいいんじゃねぇか?そもそも勇者召喚用の魔法陣とやらは一般人が見れるものなのか?」
「…?先ほどの本は召喚魔法の適性がなければ白紙ですし、見えても詠唱文と魔法名が浮き出るだけと聞いていたので調べようがないかと思ったのですが、たしかにこの本自体に何か魔法的な仕組みがあるかもしれないので、ソフィアさんに調べてもらうことにします。あと、勇者召喚用の魔法陣は王族と一部の人以外が入ることのできない部屋にあるかと思いますので、勝手に入らせてもらうつもりです。」
アリアは最初に首を傾げたが、答えている途中で本もソフィアに見せることにしたようだ。
アリアには薄っすら浮かんでた魔法陣すら見えてなかったようだから、調べる必要があると思ってなかったようだが、本自体に何かしら仕組まれてるだろうと思いいたったようだな。
そんなことより、アリアが当たり前のように王城に侵入するっていいやがったぞ。
「いや、普通の王城はケモーナのように簡単に侵入なんて出来ねぇからな?ケモーナのときだってバレて死にかけたし、けっきょく戦争にまで発展したのを忘れたのか?」
「…あの頃より隠密行動を取れるようになっているので、侵入自体は問題ないかと思います。もちろん侵入後に気づかれる可能性がないわけではありませんが、この国の王族であれば敵対しても問題ないかと思います。もし敵対すること自体が面倒でしたら、今は王も王妃も不在のようなので、夜であれば消えて問題のある者が王城にいないため、気づいたものを順次消していけば証拠を残さず済みます。しばらくは騒がしくなるかもしれませんが、王が帰ってくれば騒ぎもおさまるので大丈夫です。」
大丈夫の意味がわからない。
アリアが過激な作戦を立てるということは何か王族を嫌う情報を得たって感じか?
まぁ、あんな盗賊みたいなやつを騎士に採用するような王族はたしかにどうなっても構わないが、魔法陣を見たいがために勝手に侵入して、バレたから殺すっていうのはどうなんだ?
まだ王族から明確な敵意を向けられたわけでもないからか、さすがに俺でも少し申し訳なくなるんだが。
「順次消していくとかいう案はさすがに取る気はないが、その隠密行動ってのは俺とソフィアがついていっても発揮出来るのか?」
「…3人だけでしたらなんとかなると思います。」
俺は2人しか聞いていないが、3人って答えたってことはアリアも行く気なんだろう。
「僕は隠密なんて出来ないから、ダンジョン攻略を進めておくことにするよ。」
「自分も王城に侵入できるほどの隠密能力はありませんので、今回はヴェルさんとともにリキ様のためにダンジョン攻略を進めておきます。サーシャさんとウサギさんもついてきてもらえますか?」
「我は隠密行動を取れるのだが…まぁ確かについていったところで敵を屠る以外は何も出来ぬからのぅ。ダンジョン攻略を手伝うとしよう。」
「……うん。」
まだ王城に侵入すると決めたわけじゃねぇのにヴェルがついてくることを断り、ダンジョン攻略を進めていくことにニアが便乗した。
ニアに名指しで呼ばれたサーシャは納得したように了承し、ウサギはかなり渋々といった感じだな。
テンコは来る気満々みたいだが、まぁ俺の中に入っていれば問題ねぇか。
「ちなみにイーラとセリナとヒトミはバレないように侵入出来るのか?」
「出来るよ?」
「私は影に入れるからどうとでもにゃるよ〜。」
「あたしも問題ないよ♪」
俺の質問にたいして、イーラは首を傾げながら疑問形で答えたが、セリナとヒトミは問題ないとはっきり答えた。
たしかに影に入れるやつと名前からして影そのもののやつを見つける方が難しいだろうしな。
「…イーラにはわたしとソフィアさんの変装を手伝ってもらおうと思っています。リキ様はヒトミを纏ってもらうつもりです。テンコさんはいざ戦闘となってしまったときのためにリキ様の中にいてもらうのがいいかと思います。」
「は〜い。」
「いいね♪いいね♪何をすればいいのか詳しく教えて♪」
「わかった。」
「…では、侵入方法や見つかった場合の対処方法などを決めていきたいと思います。」
イーラたちの返事を聞いたアリアがそういってテーブルの方に視線を移した。
まぁたしかにすぐには終わらなさそうなのに立ち話もなんだしな。今さら感はあるが。
「そうだな。とりあえず座って話すか。」
「はい。」
ダンジョン攻略組も含めて全員が返事をして、各々の席に座り始めた。
いや、なんかもう侵入することが決定したみたいになっちまってるな。まぁバレたら全力で逃げればどうにでもなるか?
べつに誰かを殺すわけでも何かを盗むわけでもないから、執拗に追ってくることもないだろう…たぶん。
既にアリアの中では作戦があるみたいだし、わりと常識人なセリナが止めるそぶりもないってことは問題ないのかもしれないと思い始めてきた。
まぁ、なるようになるかと諦めに近い感覚でとりあえずアリアの作戦を聞くことにした。




