リゾット
夕食のトマトリゾットをスプーンで掬って口に運ぶ。
今までちゃんとしたリゾットを食べたことはなかったんだが、これがこの世界のリゾットらしい。この世界は和洋中といった部類分けはとくにされていないが、俺でも頑張れば想像で作れそうな料理はだいたいある気がする。おかげで食いモンが口に合わないってことがないのは助かるが、異世界っぽさはほとんどない。
本当に舌が肥えてるやつは肉や魚の味が全然違うとかいうのかもしれねぇが、俺はそこまで気にして食ってなかったから、あんま違いがわかんねぇ。
まぁそんなことはわりとどうでもいいんだけどな。
このめちゃくちゃ美味いリゾットを食ってると申し訳ない気分になってくる。
これもアリアが考えたのかね。まさか当てつけではないよな?いや、さすがに覚えてないだろう。アリアに最初に食べさせた味なしリゾットのことなんて。
ん?そういやあんとき俺はこの世界のリゾットということにしたけど、アリアには料理名とかいわなかったんじゃねぇか?ならセーフか。
それにしても懐かしいな。
あんときにこんくらい美味いものを食わせてやれてたらカッコよかったんだろうけど、許せ。
「リキ様。」
俺がアリアに申し訳ない気持ちでリゾットを食べていたら、隣のローウィンスが声をかけてきた。
「なんだ?」
「実は私、2日ほど前から学校に通い始めたのです。」
は?知ってるけど、なんであらためていってきた?
もしかして俺がテキーラだと気づいてないのか?
「そうか。」
知ってると返すべきかすっとぼけるべきかで迷ったから、とりあえずどっちにも取れそうな返事をしておいた。
わりとてきとうな返事になっちまったが、ローウィンスの微笑みに変化はない。
「はい。そこで仲良くなりました男の方がいるのですが、その方は男性が多いクラスにもかかわらず、女性ばかりを侍らせているのですが、どう思いますか?」
…もしかしてそれでさっきの授業中、微妙に機嫌悪そうだったのか?だとしてもイマイチ意味がわからんが。
べつに誰も侍らせてねぇし、そもそも俺はあの4人組の誰も誘ってねぇからな。
リスミナとはたまたま知り合っただけで、ローウィンスは向こうが意図的に近づいてきたんだろうし、もう1人の女も勝手に寄ってきただけだ。
つまり俺はなにも悪くない。
というか、かりに侍らせていたとしてもローウィンスに何かいわれることでもねぇし、俺が気にする必要もローウィンスが気にすることでもねぇだろ。
「たまたまだろ。」
「その方は普段から女性ばかりをパーティーメンバーにしているのですよ。それにすぐ女性冒険者と仲良くなるらしいのです。狙っているのでしょうか?それなのになぜ私には手を出してはくださらないのでしょうか?私はそんなにも魅力がないのでしょうか?」
「待て待て、話が急に飛んで意味がわからねぇ。とりあえずこれは俺にいってるってことでいいのか?それとも俺とは関係ない男の話ということでいいのか?」
「申し訳ありません。テキーラさんのことも含めてリキ様の話です。それで、私ではダメなのでしょうか?」
まぁテキーラが俺だと気づかれてることに気づいていたけどな。
というか、その質問はなんだよ。ダメかダメじゃないかでいわれたらダメだよ。王族に手なんか出せるか。
性格は完全に知るわけじゃねぇからなんともいえないが、俺が知ってる範囲でならいいやつだと思う。それに好意を向けてくれる相手ってのは珍しいから悪い気分じゃない。なによりも絶世の美女といわれても否定しづらいほどに整ったその顔はかなりいいと思う。
だが、ダメだ。
王族に手を出すのはなんか嫌だ。付き合ったあとでやっぱり合わなかったとかになっても簡単に別れるなんて出来ねぇだろうし、いろいろ面倒そうだ。結婚とかならまた違うのかもしれないが、今は結婚とか考える気もない。だからダメだ。
「ダメだな。」
「なぜか教えていただけませんか?」
「今はまだ結婚する気はねぇし、恋人がほしいとも思ってねぇ。」
「では、リスミナさんやデュセスさんと恋人になりたいとは思わないということでしょうか?」
「とくに思わねぇな。リスミナは友だちって感じだし、デュセスについてはほぼ何も知らねぇからな。それにあいつらとはテキーラだから仲良くなっただけで、変装やめたら関係も終わる仲だと思うぞ。」
「一夜の関係をもつ機会がありましても、断るのですか?」
「…。」
「…。」
いや、これは仕方がないだろ。俺だって男だ。その質問に即答なんて出来るか。だが、無言で俺を見続けるのはやめろ。
「…テキーラは架空の人物だ。テキーラがそういう状況になったとしても、なにもするつもりはない。」
よくよく考えたら、テキーラはテンコが中に入っていて、イーラを纏ってる状態だからな。そんな状況でお楽しみする度胸はねぇ。
「私は夜でしたらいつでも空いていますよ?」
「誘いは嬉しいけど、さすがにここまで親しくなった相手と一晩だけとかいうのは俺には無理だ。結婚するつもりどころか付き合うつもりもないのにそんなことは出来ねぇよ。」
「…それは残念と思うべきか、親しい関係と思っていただけていることを喜ぶべきか迷いますね。一度の関係から結婚までの筋書きがありましたのに、どうやら使う機会はなさそうですね。」
微苦笑を浮かべながら、さらっと恐ろしいことをいったぞ、こいつ。
まぁローウィンスが軽い女だとは思ってねぇから、冗談でないなら何か考えがあるんだろうとは思ったが、それを本人にいっちゃうあたり、ローウィンスって感じだよな。そういうところは嫌いじゃねぇ。
「悪いな。」
「いえ、戯言として流していただけたら幸いです。」
最後に微笑んだローウィンスを見ると、本当に全て冗談なのかと錯覚する。まぁ本当に冗談のつもりだったのかもしれないけどな。
「話は変わるのですが、本日の私の剣の扱いはいかがでしたか?」
気まずい雰囲気にならないようにか、ローウィンスがすぐに次の話題を出してきた。
そういや今日はすぐに入れ替わっては練習って感じだったから、互いに意見の出し合いとかする時間はなかったな。リスミナとは帰り道で少し話したが。
「良かったと思うぞ。というか、剣の扱いだけなら俺より上手いと思うし、俺よりセリナに聞いた方がいいと思うけどな。ただ、戦闘でいうと速さも力も足りないから、もっとレベルを上げた方がいいとは思う。」
「たしかにまだレベルはあまり上げられていませんので、時間を作らなければいけませんね。お勧めのジョブなどありますか?」
「俺に聞かれても自分で持ってるジョブ以外知らねぇからな。俺の持っているのでローウィンスが使うとしたら、魔王はステータスが高いからわりとありだ。レベルさえ上げてれば取れると思うし。あとは精霊と契約すればなれる精霊術師も取りやすいわりにはいいかもな。剣との相性も悪くなさそうだし。」
「どちらも簡単に取れるといえるのはリキ様だけだと思いますよ…。」
微妙に苦笑の混じった微笑みで返されたが、べつに簡単に取れるとはいってない。他に比べて取りやすいわりに強いんじゃないかっていっただけだ。それ以上に取りやすいジョブはたいして強くないイメージだからな。
その後も何気ない会話を続けながら、夕食の時間を過ごした。
今日の授業は昨日とは違う広場らしく、迷った場合を考えて早めに向かった。
ゴブキン山内に複数の広場を作っているみたいなんだが、俺は半分も把握してなかったから念のためだ。
だが、行ってみればとくに迷わなかったから、だいぶ早くに着いちまった。あと40分くらいはあるかもな。
「おはよー。」
「おはよう。」
これだけ早いのにリスミナは既に着いていたみたいで、挨拶されたから返しておいた。さすがにローウィンスはいないな。
「「こんにちは。」」
「こんにちは。」
リスミナの近くにいた2人の女にも挨拶をされ、咄嗟に笑顔を作って挨拶を返した。
同じクラスにいることは知っていたが、話したこともないから挨拶されたのは予想外だった。
「早く来すぎて知ってる人がいなかったから、話し相手になってもらってたんだ。」
「カルアです。」
「ルジェです。」
「テキーラです。よろしくね。」
これで5人しかいないクラスの女子全員と知り合いになっちまったな。またローウィンスに何かいわれんだろうが、俺のせいじゃねぇし、どうしようもねぇ。
「カルアさんとルジェさんって凄いんですよ!」
「何が凄いの?」
「なんと、あの乙女の集いのメンバーなんです!」
まるで自慢のようにリスミナがいってきた。
あらためて2人を見てみるが、クレハとユリアではない。というか見たこともない2人だ。他にもメンバーを連れてきてたんだな。
「べつに私は凄くなんてないですよ。」
「私だってこの前冒険者になって初心者講習を受けてるときにたまたまジャンヌさんに声をかけてもらえただけなので、まだ何もしてませんから、運が良かっただけです。」
2人が慌てたように否定した。
なるほど、こいつらがこの前ジャンヌがいってた新しく入ったやつらか。2人とも俺と同い年くらいだが、ルジェの方が少し幼く見える。
あいつはスカウトなんてやってんだな。
というか、2人が誘われたのは運もあるだろうが、何か目に止まるようなことでもなきゃスカウトなんてされないと思うから、もっと自信を持っていいと思うんだけどな。いや、あいつの判断基準は乙女なことだったか?なら、冒険者としては自信には繋がらねぇか。
「グループリーダー直々に声をかけられるのは凄いんじゃないかな。だからもっと自信を持ちなよ。」
「そういってもらえると少し自信が持てそうです。」
「でも、乙女の集いに入ったら、あの『歩く災厄』に挨拶に行かなきゃいけないらしくて、憂鬱です…。」
「ルジェちゃん!ここでそんなこといわないで!殺されちゃうよ!」
誰にだよ。俺にだとしたら、そんくらいで殺さねぇよ。
「乙女の集いと歩く災厄って関係ないのに挨拶しなきゃいけないの?嫌なら断っちゃえばいいんじゃない?」
「さすがにグループに入ってすぐにそんなわがままいえないですよ。それにジャンヌさんと『歩く災厄』は仲がいいそうなので、余計に断りづらいです。」
「仲がいい?」
「テキーラさんはあまりラフィリアの冒険者ギルドには行かないんですか?けっこう有名な話ですよ。ジャンヌさんも否定してませんでしたし。」
いやいやいや、べつに仲良くはねぇよ。
向こうは友だちだとでも思ってんのか?べつに嫌いってほどではねぇけど、だいぶめんどくさいやつだから仲良くしてるつもりはなかったんだけどな。
俺が友だちの基準がイマイチわかってないってだけで、一般的には友だちにあたるのかね。
「私たちがここに通うのもグループ加入の必須条件みたいな感じでしたよ。でも、来て良かったと思ってます。最初は怖かったですけど、ギルドの初心者講習より詳しく教えてもらえるので、凄くタメになります。だから、『歩く災厄』に感謝の気持ちはあるんですけど、直接会うのはやっぱり怖いです…。」
ここで変装を解いたらこいつらどんな反応するのかね。かなり見てみたいが、まだ学校に通い始めたばかりなのにこんなことで無駄にするのはよくねぇな。
「感謝は先生たちにすればいいと思うけどね。ちょうど俺たちの授業には校長先生もいるし。」
「えっと…。」
「あぁ、テキーラくんはリキさんが嫌いみたいだから、あまり参考にしない方がいいと思うよ。」
カルアがなぜか俺への返答に迷っていたら、リスミナがフォローをしてきた。フォローになってるかは怪しいけど。俺は好き嫌いじゃなくて思ったことをいっただけだったんだけどな。まぁいい。
「べつに嫌いなわけじゃないんだけど、感謝するならリキより直接働いてる先生なんじゃないかなって思っただけだよ。だから気にしないで。」
「楽しそうですね。私も混ぜていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ。」
後ろからかけられた聞き覚えのある声にリスミナが答えた。
誰かはわかっているが、念のため振り向いて確認したら、微笑んでいるローウィンスがいた。
いや、いいたいことはわかる。
昨日あんな話をしたのにこの状況だと思うところがあるのも理解は出来る。だが、知り合いの輪を広げているのは俺じゃなくてリスミナであって、俺は全く悪くない。
だからその微笑みを俺に向けるのをやめろ。
そろそろマリナの話を番外編に移すので、ページ数が変わります。読む順番に気をつけてください。




