一発殴らせろ
「え?ちょっ、素手じゃにゃいの!?」
俺が構えて待っているのを見たセリナが驚いたように聞いてきた。
セリナが爪を使うようなことをいっていたからこのまま戦おうと思ったが、爪くらいならチェインメイルで防げるか。
「そうだったな、悪い。」
セリナにかるく謝りながら右手首のテンコのリボンを解いてガントレットを外し、ガントレットをアイテムボックスにしまってからテンコのリボンだけ右腕に結び直した。
ガントレットを外したせいで軽量の加護の恩恵がなくなるが、テンコと合体しているからかそこまで体が重くなったようには感じないな。これは助かる。
軽量の加護のために腰のベルトにつけたら戦闘するのに地味に邪魔になるからな。
あらためて素手で構え直すとセリナも構えた。
今回は避ける練習をするつもりだから、俺は構えたまま待っていたら、意図を汲んでくれたのかはわからないが、セリナが走って向かってきた。
セリナは速いから、走ればすぐに間合いがなくなる。
気づけばセリナの爪が俺の首を狙っていた。
あえて腕でガードをせずに半歩下がって避けようとすると、セリナはそのままさらに近づいてきて、膝蹴りしてきやがった。
避ける動作が間に合わず腕をクロスしてガードしたんだが、なぜかほとんど衝撃がなかった。
あまりにも軽すぎることを不思議に思ったところで嫌な予感がして、反射的に顔を逸らした。
予感は的中したが、避けきれずにセリナの爪に頰を浅く切られたみたいでピリッとしたわずかな痛みが走った。
一度距離を取ろうと後ろに退がるが、ピッタリとついてきやがる。
ウゼェ…。
後ろに跳びながらだから威力はでないが、牽制として殴りかかったら、体を捻って避けたセリナに手の甲を引っ掻かれた。
ウゼェ……。
『ハイヒ…っ!?』
頰も手の甲もたいした傷ではないが、一応治しておこうと思い、着地と同時に『ハイヒール』を使おうとしたところで目前にセリナの爪が迫っていることに気づいた。その爪を咄嗟に避けたせいで魔法を中断せざるを得なかった。そこまでして避けたのにまた顎をわずかに引っ掻かれたようで、ピリッと痛みが走った。
おかしいだろ。
俺は観察眼を全力で使ってんのに避けきれねぇだと!?
たしかにテンコと合体しているからか微妙に感覚がズレるせいで体を動かしづらいってのはあるが、その分身体能力そのものが上がっているんだから、むしろプラスのはずだ。
軽量の加護がないだけで俺はここまで弱くなるのか?…いや、セリナがこの短期間で強くなったのか?
後ろに退がりながらセリナの引っ掻き攻撃を掠りつつ避けているが、逃げてるだけだと追い詰められかねねぇから、タックルするように近づくがヒラリと躱され、俺がさらにセリナに近づきながらフェイントを混ぜつつ殴りかかっても全てを避けられる。それどころかちょいちょい俺の手の甲を引っ掻いてくるのがマジでウゼェ。
俺が攻めてる間はセリナは俺の手の甲を引っ掻くのが精一杯みたいだが、一度距離を取ろうとして退がるとピッタリとついてきて顔を狙ってきやがる。
距離を取ろうとしても無駄と判断して攻め続けると、今度はセリナが俺の動きに慣れてきたのか顔を引っ掻かれそうになり、退がらざるを得なくなる。だからといって退がったところでピッタリとくっついて攻撃してくるから、また無理やり殴りかかって流れを取り戻す。
しばらく攻めたり引いたりしていたが、休む暇どころか呼吸を乱したら終わりそうな予感がするから魔法すら使えないせいで、徐々に考える余裕すらなくなってきた。
途中からほとんど反射と感覚で攻防を続けていたが、俺の攻撃はいっさい当たらず、セリナのウザッてぇ引っ掻きだけが俺に当たっていた。
…たいして痛くねぇけどイラつく。
……攻撃が当たらなくてイラつく。
………慣れきれない体の感覚のズレがイラつく。
…………加護が一つなくなっただけでここまで動けなくなる自分がイラつく。
…イライラする。
……。
俺が左拳で殴りかかるとセリナはヒラリと外へ逃げた。その瞬間、俺は左手を開きながら捻って反転させ、外側に避けたセリナのジャケットを掴んだ。
不自然な腕の向きで掴んで引き寄せたせいで左腕全体に負担がかかったようで、ミシリと痛みを伴う変な音がなった気がするが、そんなの関係ねぇ。とりあえず一発殴る。
ジャケットを掴まれたセリナは予想外だったのか、かなり驚いた顔をしている。それでも反射的に体を捻ってどうにか拘束を解こうとしているみたいだが、もう遅い。
「…は?」
既に殴る体勢に入っていた俺の右腕が急に光ったかと思ったら、テンコが右腕から出てきた。
一瞬意味がわからず、ただでさえ思考が鈍っていた俺は完全に停止した。
そのせいで左手の握る力が緩んだらしく、セリナが拘束から抜け出して、そのまま体を捻った勢いを利用した右後ろ回し蹴りで俺の顔を狙ってきたせいで、停止していた体が反射的に屈んで避け、また攻防が始まった。
だが、体が重てぇ。
ただでさえ疲れてきてんのにテンコが抜けたせいで急に身体能力が戻って思うように体が動かねぇ。
さっきまで掠っていただけのセリナの爪攻撃がハッキリとした切り傷になり始めた。
思い通りにならねぇのがイラつく!
イラつきが限界を迎えた俺が『会心の一撃』を全身に纏った瞬間、セリナが一気に10メートルくらい退がった。
「殺す気!?」
俺は距離を取ろうとしても思うように取れなかったのにセリナは簡単に距離を取りやがった。
スピード特化に育てたんだから俺より速いのは当たり前なんだが、なんか納得いかねぇ。
「しゃーねぇだろ。セリナがピッタリくっついてくるせいで魔法名をいう余裕すらねぇからスキルを使うことにしたんだよ。」
「全然仕方にゃくにゃいよ!?そのスキルを使ったら素手の意味にゃいよね!?」
「大丈夫だ。腕や腹なら千切れたり抉れたりしてもすぐには死なねぇから、イーラに止血させて急いで連れてきゃアリアがなんとかしてくれんだろ。だから一発殴らせろ。」
「嫌だよ!?」
「チッ。」
「えー…。」
自然と出ちまった舌打ちにたいして、セリナが困ったような顔を向けてきた。
俺はセリナを無視して、アイテムボックスからガントレットを出して装備し、さらにニータートの甲羅も出して地面に置いた。
『上級魔法:土』
MPの8割近くを使って甲羅を地面に固定してから歩いて距離を取った。
全身に纏っている『会心の一撃』をそのままにして、右腕にだけ『一撃の極み』を纏ってから目を閉じ、集中した。
体内に溜まった空気を全部吐き出し、深く息を吸い込んだところで止めて目を開き、足に纏った『会心の一撃』を使用しながら甲羅に向かって全力で踏み出し、思い切り殴りつけた。
「もったいにゃい!」
飛びかかって斜め上から殴ったせいで踏ん張りがきかず、後ろにかるく吹っ飛んだが、高さがそこそこあったおかげでなんとか足から着地ができた。
さすがに甲羅は粉々にはならなかったが、けっこう細かく砕けて辺りに散らばっていた。地面に固定するために埋まっていた部分も地表に出てきていて、割れていたりヒビが入っていたりしてる。
右手を握ったり開いたりしてみても指が折れたり痛めてたりといった感じはないし、ガントレットも問題なさそうだ。
やっとスッキリした。
『ハイヒール』
「セリナ、さっきはすまん。あまりにイライラし過ぎて変なこといっちまった。忘れてくれ。」
冷静になった俺は自分の傷を治し、セリナに近づいてから謝罪をしたら、苦笑いを返された。
「ホントだよ〜。私があんにゃの受けたら、防御したところで肉片も残らにゃいよね…。」
「いや、セリナにやろうとしたのはもっとかるくだよ。素手でここまで本気でやったら俺も破裂するわ。」
「ニャハハ…。さっきのでも受けてたら私はたぶん死んでたと思うけどね…リキ様目が本気だったし……。」
「リキ様、凄ーい!」
セリナがボソボソと文句をいっていたが、声が小さいせいで後半がイーラの声に被さって聞こえなかった。
まぁ、いい方的に返答を求めてるようではなかったし、いいか。ただ、いくら頭に血が上ってたからって、さすがに仲間を殺したりはしねぇよ。…たぶん。
抱きついてきたイーラの頭をかるく撫でてから引きはがした。
「散らばった甲羅は食べていいぞ。」
「は〜い。」
イーラは引きはがしたときに口を尖らせていたが、俺の言葉を聞いて、パタパタと甲羅の方に走って行った。
「私の身代わりににゃってくれて助かったけど、さすがにもったいにゃくにゃい?」
セリナはなんの話をしてんだ?
あぁ、甲羅か。たしかにセリナとの戦闘訓練中に溜まったストレスの発散だから間違ってはねぇな。
「いいんだよ。どうせ使い道ねぇし。いくら硬くても防具にしたら重くなるような欠陥品はニアみたいな怪力でもないと使えねぇからな。でも念のためあと一個は取っておくけど。」
「だったら売ったらよかったのに。べつにお金には困ってにゃいだろうし、リキ様の好きに使うのが1番だとは思うけどさ。」
「…え?こんな使い勝手の悪い素材が売れんのか?」
「あれだけ綺麗にゃ甲羅だったら金貨数枚にはにゃったんじゃにゃい?詳しくはわからにゃいけど。」
マジか…。
それは出来ればニータートの素材集めのときに教えてほしかったな。血が金になりそうなことは教えてくれたんだから…まぁ今さらいってもしゃーねぇな。
「もう手遅れだから気にすんな。最後の一個は念のため持っときてぇし。」
ニアの装備の補強や予備を作ることになったりしたら必要になるかもしれねぇからな。
「にゃら、散らばった方を取っといて綺麗にゃ方を売ったら良かったんじゃにゃい?リキ様が使うのって防具とかでしょ?にゃら砕けてても使えると思うし。まぁでももう…。」
「イーラ!」
「な〜に?」
散らばった甲羅の回収が終わったイーラが振り向いた。
そう、イーラはちょうど全ての甲羅の回収を終えたようだ。
「……………そろそろ昼だから帰るぞ。」
「は〜い!」
俺とセリナの会話を聞いていなかったイーラがニコニコしながら走ってくる姿を俺はなんともいえない気持ちで見ていた。




