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裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚【コミカライズ企画進行中】  作者: 葉月二三
裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
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格の違い




けっこう弱めに『威圧』をかけているつもりなんだが、クレハの動きが朝一と比べるまでもなくぎこちない。かるく『威圧』してるだけでここまで効果が出ていると思うと、精神攻撃ってヤバいな。

個人指定なんて出来ないから範囲内に入ってしまってるはずのアオイは何も変わっていないから、自分より戦力もしくは精神力がだいぶ低い相手にしか効果がないのかもしれないが、それでもここまであからさまに動きが悪くなるならかなり有用なスキルだな。

まぁ、今は威圧発生マシーンになってるからかけ続けられているけど、このまま戦えっていわれるとちょっと難しそうだ。ただ、戦闘の途中途中で使うだけでも効果があるだろうし、ずっと使い続けても目が疲れるくらいしかデメリットがなさそうだから、かなり有用なスキルであることは間違いないだろうな。


「もう立てぬのか?やる気がないなら今日で終わりとするかの?リキ殿もアリアも暇なわけではないからのぅ。」


膝をついているクレハに対してアオイが見下すように眺めながら辛辣な言葉をかけた。

今だけじゃなく、アオイはさっきからちょいちょいこんないい方でクレハを追い詰めている。


斬り合ってる途中で指摘をするときには普通なんだが、クレハが変に鈍い動きをしたり、倒れてから立つまでに時間がかかったときに突き放すようないい方をするのはなんか意味があんのか?


虐めてるようにも見えるが、訓練したいっていったのはクレハからだし、べつに訓練自体は強制してるわけじゃねぇし、とりあえず今日は様子見することにして、一度も俺は口を出していない。


「…まだやれます。」


「うぬは何か勘違いしておるのぅ。べつに妾たちは強制してなどおらぬのだから、無理する必要などないぞ。やりたくないならやめてしまえ。そんなことに妾たちの時間を使わせるでない。」


「っ……やらせてください。」


「なら早く立て。時間を無駄にするな。既に戦闘経験のあったうぬが訓練3日目なのにこの程度でしかあらぬことを恥と知れ。」


厳しいなと思ったが、俺も似たようなことをセリナにしたんだよな…。あの頃の俺には余裕がなかったし、戦い方なんて喧嘩の経験を積むくらいしか知らなかったから仕方がなかったんだが、こう第三者の立場で見せられるとなんだかな。


いや、冒険者なんていう命がけの仕事を続けるための訓練なんだから、このくらいが普通なはずだ。


「…申し訳ありません。お願いします。」


立ち上がったクレハは唇を強く噛み締め、その隙間から血が滴っていた。

まぁ“乙女の集い”なんていう有名らしいグループに所属していて、そのリーダーと旅ができる程度の地位にいるくらいだから、それなりのプライドがあったんだろうな。だからこんなに見下されて相当悔しいんだろう。


それでも折れずに立ち向かえるんだから凄えよ。


何度アオイにカウンターで鞘を打ちつけられたか覚えてねぇが、けっこうな数の痣が出来てるだろうし、いくらクレハが使っているのが細身の剣だといっても痛めつけられた体で鉄の塊を持ち上げるのは辛いだろうにクレハはちゃんと構えをとっている。


「うぬは見た目によらず根性があるようじゃの。ならひとつ助言をやろう。もしかしたら自分で気づいたうえでやっているのかもしれんがのぅ。」


「…なんでしょうか?」


「誤魔化しながら上手くやろうとするでない。まずは重圧に慣れよ。せっかく一度リキ殿の普通の『威圧』を受けられたのじゃから、この程度の『威圧』など耐えられないはずがないじゃろ。いつまで怯えておるんじゃ?」


「…。」


「敵の強さを感じられるのは良いことではあるが、怯えて動けなくなるのでは意味がなかろう?うぬは強くなりたいのじゃろ?ならこの程度で怯えていたら、リキ殿どころか妾たちの領域にすら足を踏み入れられぬよ。」


クレハはアオイが話している途中にもかかわらず、高速で踏み込んで突きを放った。


あれだけボロボロでまだそれだけのスピードが出るのは素直に凄いが、アオイはそれを鞘付きの刀で絡め取るように引き寄せ、バランスを崩して前に出てきたクレハの左足をアオイが右足で掬い上げて仰向けに転ばせ、胸に鞘を突きつけた。


「まだ妾が話しておるのにせっかちよのぅ。お行儀の良い戦闘がしたいのではなかったかの?」


「…。」


「まぁよい。妾ではいくらいっても理解してもらえぬようだから、まずはうぬの高くなった鼻を折るとしよう。イーラ、ちょっと良いか?」


「ん〜?なに〜?」


アオイは急にイーラに声をかけたが、イーラはユリアの攻撃を避けてからチラリとアオイを見て返事をした。


イーラもずいぶん余裕が出来たな。いや、ユリアの動きがぎこちないだけか。

こいつら2人して『威圧』に耐性なさすぎじゃねぇか?


まぁユリアは予想通りっちゃ予想通りだが、クレハは最初の印象ではけっこう強そうだったが、あんま強い相手と戦ったことないのか?


「こちらに向けて『威圧』を使ってはくれぬかのぅ。間違ってもユリア殿は巻き込むでないぞ。…さて、格の差を認めたくないのなら耐えてみるが良い。」


クレハはもがいているみたいだが、アオイはただ胸もとに鞘を当てているだけにしか見えないのに動きを封じてやがる。

この時点で格の違いなんてわかりきってるだろうに、さらに思い知らせるつもりか?


イーラはユリアの攻撃を避けながら位置をずれ、アオイたちに背中を向ける位置に動いたところで首をグリンと180度回転させた。


その光景だけでホラーだが、それとは違ったプレッシャーがのしかかり、俺の心臓が一度強く跳ねた。


まだ鼓動は少し速いが、寒気は既にない。

本当に一瞬の出来事ではあったが、おかげで眠気が吹っ飛んだわ。


今のは前にイーラがニアに使った『威圧』ほどの威力はなかったような気がするから、多少は弱めに使ったのか?


イーラは既に首を前に戻し、ユリアとの戦闘訓練に戻っていた。そんで、またユリアの攻撃を避けながら、チラリとアオイを見て確認を取ってきた。


「こんなんでいいの?」


「あぁ感謝する。」


「あ…ぁぁ……。」


イーラとアオイが普通に言葉を交わしてるなか、アオイの足もとでクレハが死にそうになってるんだが…。


「さて、格の違いを理解したかの?うぬはスライムの魔族程度なら魔法を使えば勝てるとでも思っておったじゃろ?だが、うぬはイーラとは本気で戦える舞台にすら立てておらぬと理解できたかの?」


「ぁ…。」


クレハはさっきまでの悔しさを我慢した顔はどこかへといってしまい、完全に怯えた子どもになってやがる。


「まずは自分の弱さを自覚せよ。それでも本当に強くなりたいと願うのであれば死にものぐるいで挑め。そしたら妾もまじめに付き合おうではないか。」


アオイはそれだけいうと刀をどけて、5歩だけ後ろに下がった。


「…。」


「10数えるだけ待つ。まだやる気があるのなら立て。立たぬのなら、うぬの訓練は今日で終わりじゃ。」


アオイがカウントダウンを始めようとしてすぐにクレハが動いた。


立ち上がろうとしているんだろうが、産まれたての子鹿のようにうまく立ち上がれないようでコケた。


「ほぅ。まだ数え始めてすらおらぬのに立とうとするか。勘違いしておったのは妾たちのようじゃのぅ。」


アオイが感心したような顔のあとにニヤリと唇を歪めた。


アオイはその後もカウントダウンを始めずにクレハが立つのを楽しそうな顔で眺めていた。何が面白いのかは俺にはわからねぇが、さっきまでの見下した顔よりはよっぽどいいな。


しばらくしてクレハは立ち上がり、レイピアを突き出すように構えた。さっきとは違ってフェンシングみたいな構えだな。

まだクレハの息切れは収まっていないが、苦しそうな顔はしていない。


集中しているのか、クレハはアオイには答えず、攻撃に踏み出した。


疲れが溜まってきているはずなのにさっきより速い。だが、アオイの速度とは比べるまでもなく、簡単にあしらわれた。


クレハはそこであきらめず、レイピアを引くときに斬ろうとしたり、アオイがカウンターの動作に入る前に左手のガントレットの爪で邪魔したりと朝飯の前の訓練時に見せたような動きに戻っている。


ということは今さっきのやりとりで『威圧』を克服したのか。


狙ってやったんだとしたら、アオイは凄えな。

あらためてさっきまでの2人のやりとりを思い出してみても何がよかったのか俺にはわからん。


その後もしばらくクレハの攻撃が続いたんだが、急にクレハの動きが止まり、その勢いのまま地面を転がった。


なんだ?…この感じ、どっかで見たことあんな。


「やれば出来るではないか。そのくらい本気にならねばさらに上には行けんからのぅ。先ほどまでの暴言は許してほしい。クレハ殿。時間も程よいじゃろうから、今日はここまでとしよう。」


「…ありがとうございました。明日もよろしくお願いします。」


「あぁ、よろしくのぅ。」


アオイはなんだか満足したような顔でアリアの方に走っていった。


ここに残されたのは倒れたまま起き上がる気配のないクレハと俺だけだ。


さすがにもう『威圧』は解除していいんだよな?


まぁ大丈夫だろうと解除してからクレハを見るが、やっぱり起き上がる気配がない。


「大丈夫か?」


「疲労が溜まってしまっただけなので、しばらくしたら動けると思います。お気遣いありがとうございます。」


それは大丈夫なのか?

まぁ本人が大丈夫っていうならヘタに手助けしない方がいいだろ。


「…………申し訳ありませんでした。」


どうしようかと思ってアリアを見たら、アリアはアオイと何かを話してからこちらに向かって歩き始めたところで、クレハがなぜか謝罪をした。この場にはまだ俺とクレハしかいないから俺にいってるんだろうが、なんで謝られた?


「何が?」


「私から訓練をお願いしておいて、本気になりきれていませんでした。」


そうなのか?俺は普通に頑張っているように見えたが、違ったのか?


「越えられない壁と決めつけ、越える努力を怠り、逃げました。」


ん?どういう意味だ?


「でも、強くなりたいと思っているのは本当です。どうしても“乙女の集い”に相応しい戦い方で強くなりたいのです。」


なんか俺が反応してないってのに話が進んでいくな。


けっきょくクレハは何がいいたいんだ?


…あぁ、なりふりかまわず強くなる気なら戦い方なんて選ばないだろうに、クレハは最初に見せた戦い方を頑なにやらなかったから本気じゃなかったといいたいのか。


アオイもそのあたりでやる気がないと判断してたのか?いや、さすがにそれだけじゃないだろうが、アオイもしくはアリアの地雷でも踏むようなことがあったんだろう。

じゃなきゃわざわざイーラに『威圧』を使わせた意味がわからんしな。普通にアオイが徹底的に打ちのめせばいいだけだろうし。


「そんなことか。べつにどういう形で強くなりたいかなんて本人の自由だろ。例え現時点で出来る最善とは違う方法を試すのだって、本人が本気で取り組んでるなら、それは間違いなく本気だろうしな。」


まぁ正直にいえば、俺の背中を任せるわけじゃねぇし、好きにすればいいと思う。

べつに仲間なわけじゃねぇから、訓練期間が終わったあとに戦闘で死なれたとしても自己責任だし。


たしかに頼んどいてまじめにやらないなら、ふざけるなって感じだが、少なくとも俺には真面目にやってるように見えたしな。


「いいのですか?」


「好きにすればいい。俺らはクレハとユリアをフレド程度には成長させるつもりだ。それ以上を望むなら自分で努力しろ。もっと強くなりたいって思ったうえでやる気があるなら訓練期間中なら手伝うし、フレド程度でいいならクレハなら戦い方を一からやり直しても十分間に合うだろうしな。」


「…ありがとうございます。」


クレハは倒れて俺と反対側を向いているから顔は見えないんだが、なぜか少し悲しそうな雰囲気を纏った声でお礼をいってきた。


「対価はもらってるから、気にするな。」


「…この戦い方で必ずイーラさんに傷を負わせてみせます。」


「そうか、頑張れよ。」


物理無効を持ってるイーラにレイピアで傷をつけるのは無理だろうけど、やる気をなくすようなことをいうのはさすがに大人気ないだろうと思い、俺は無難な言葉をかけた。


それ以上クレハに対していうこともなかったから、あと5メートルほどの距離まで近づいてきていたアリアに体を向けた。


「今日は終わりでいいのか?」


「…はい。夜はニアさんに手伝ってもらう予定なので今日の訓練でリキ様に手伝ってもらう分はこれで終わりです。」


そういや夜もやってるんだったな。普通に俺はやりたいことやってて、訓練に顔すら出してなかったわ。


ん?じゃあ朝もべつに顔を出さなくても問題ないんじゃねぇか?いや、さすがにそれは悪いか。


『ハイヒーリング』


『パワーリカバリー』


「…クレハさん、歩けそうですか?そろそろお昼の時間なので、帰ろうと思います。もし歩けなさそうであれば、イーラに背負わせます。」


アリアがクレハに魔法を使ってから確認を取ると、クレハはゆっくりと起き上がり、手足の動きを確かめ始めた。


「大丈夫です。ありがとうございます。」


「…それでは帰りましょう。」


「はい。」


クレハが返事をしたあと、アリアが無言で俺を見てきた。


「あぁ。」


俺がてきとうに答えると、アリアが他のやつらの方に歩き出したから、俺とクレハはその後ろをついて行った。


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