あいつ…。
村に帰り、ビール臭い体を洗って風呂から出ると、扉の外でアリアが立っていた。
「どうした?」
「…そろそろ訓練の時間なので、お待ちしていました。」
嘘だろ⁉︎
けっきょく一睡もしてねぇんだけど…。
俺は移動中にイーラの上で寝てたからいいけど、セリナは大丈夫なのか?
まぁセリナが飯食ってから帰ろうなんていい出したせいだし、自業自得だからいいか。
ビール臭い装備類は全部アイテムボックスにしまったから、今着ているのはただの服だ。というか寝間着だ。
少しだけでも寝るつもりだったから寝間着を着ちまったよ。
「悪い。着替え直すから門のとこで待っててくれ。」
「…はい。」
アリアが返事をして去っていくのを見送ってから風呂場の更衣室へと戻り、アイテムボックスからてきとうな服を取り出して着替えてるときにふと思ったんだが、俺ってチェインメイルしか防具を持ってないから、チェインメイルが着れないと一気に心許なくなるな。
武器は予備のガントレットがあるんだが…まぁ訓練だけなら問題ねぇか。
昨日は飯を食い終わって金を払おうとしたら、既に金貨10枚ももらっているから受け取れないと断られた。
あれは俺の金じゃなかったんだが、いらないっていうならいいかとそのまま店を出て、その後は何もなく『超級魔法:扉』で村まで戻ってきた。
そしてイーラとセリナと別れてそのまま風呂に入って出てきたら、もう外が薄明るくなっていたってわけだ。
そういやけっきょくあの店の最初の女性の店員は一度も出てこなかったな。ちょうどシフトが交代だったのか?
着替え直してから、昨日のことを思い出しながら村から出る門まで歩いていくと、アリアとイーラとアオイとテンコとニアとクレハとユリア、あとはローウィンスとエイシアのペアとフレドパーティーがいた。
クレハとユリアの戦闘訓練だっていうのに相変わらず不必要にいっぱい人がいるな。ちなみに俺も不必要側だと思うが。
「おはようございます!」
全員が俺に気づいたようで一斉に挨拶をしてきた。それぞれがバラバラに挨拶してきたっぽいのにいい具合に重なって、ちゃんと言葉として聞こえるのが不思議だ。
「あぁ、おはよう。」
寝てねぇのにおはようってのも変な感じだったが、バイトのときの挨拶は夜でもおはようだったし、べつにおかしくはねぇか。
どうやら俺が最後だったようで、全員が門の外へと出て、いつもの場所に向かって歩き始めた。今日はこれ以上余計なやつが参加することはないみたいだな。
しばらく歩いているときにふと気づき、周りを確認してみるが、やっぱりいない。
「…どうしました?」
俺が探すように周りを見ていたからか、隣を歩いているアリアが声をかけてきた。
「セリナはどうした?」
「…今日の昼食後に向かう予定の精霊樹の森に万全な状態で挑みたいから休ませてほしいと先ほどいわれたので、訓練は休んでもらうことにしました。今日はもともとメインをアオイさんにお願いするつもりだったので大丈夫だと判断してしまいましたが、もしかして何か予定を立てていましたか?」
あいつ…。1人だけ普通に睡眠取る気かよ。というかセリナがメシ食いたいとかいい出したせいで寝る時間がなくなったっていうのにふざけやがって。
まぁいい。精霊樹の森でガッツリ働いてもらうことにしよう。
「いや、気にするな。精霊樹の森ってのがどんなとこかわからねぇから、万全な状態で挑むってのは正しい判断だ。俺の都合で訓練の予定を変更させて悪いな。」
「…いえ、リキ様第一なのは当たり前なので、問題ありません。それに今日はもともとセリナさんの仕事はほとんどなかったので、気にしないでください。」
俺が第一なのが当たり前って、奴隷だから間違ってないんだろうけど、なんだかな。だからといって訂正しようとしたところで、アリアにはいい負かされる未来しか想像出来ないから、何もいうつもりはねぇけどな。
「今日はクレハの相手をアオイにしたのには何か意味があるのか?」
「…今日からは攻撃とカウンターに対処する練習を加えたいと思ったので、アオイさんの方が戦闘技術が高いと思い、お願いしました。」
まぁたしかにセリナはセンスがあって戦闘力としてはうちの奴隷で1番かもしれないが、しょせんは戦い始めて数ヶ月だ。俺らが出会ったときには冒険者を何人も殺していただろうアオイに技術で勝てるわけねぇよな。
「アリアはちゃんと考えているんだな。これがさすアリってやつか。」
「…さすアリ?」
「さすがはアリアってことだ。いつも助かってる。ありがとな。」
「…はい。」
返事をしたアリアは照れたのか、前を向いてしまった。
俺が普段あんまお礼とかいってなかったからいわれなれてないせいかもなと思いながら、なんとなく隣を歩くアリアの頭を撫でてみたが、完全に無反応だった。前にも嫌がられた気がするし、やっぱりアリアは撫でられるのがあまり好きじゃないのか?
イーラとかが求めてくるからつい撫でちまったが、人によって撫でられるのが嫌だってこともそりゃあるよなと思って撫でるのをやめると、アリアが若干俯いた。
そんな強く撫でたわけじゃねぇが、歩きながらだったから首に負担をかけちまったのかもしれん。悪いことしたな…。
そんなことを考えていたら、ふとアリアの胸もとの奴隷紋が見え、昨日のセリナとのやり取りを思い出した。
そういや話の途中だったな。
ただ、グループに関しては全部任せるといったうえに確認されて許可まで出して、今さら変えろなんていうのもなんだかな。変えたら全員のマークを描き直さなきゃならなくなるし、さすがに面倒だろ。
そもそもアリアにいったところでいい負かされる気がするし、アリアが用意していた表の理由で通すことにするしかねぇな。
俺が奴隷紋を背中に描いてることについては気にしないことにしようと諦めた頃にいつもの広場に到着した。
「…ユリアさんは昨日と同じようにお願いします。クレハさんは今日はアオイさんを相手に攻めてください。今日からは防御に剣を使用してかまいません。アオイさんはカウンターに徹して、思うところがあれば随時指摘してください。」
「「はい。」」
「承知した。」
ユリアが走って俺たちから離れて場所を確保し、イーラがそれについていった。
「アオイさん、よろしくお願いいたします。」
「よろしくのぅ。扱う武器が妾とは違うようじゃが、アリアがわざわざ妾に頼むということは楽しませてくれるのだろう?期待しておるよ。」
クレハがアオイに頭を下げるとアオイがそれに答えてクツクツと笑い、2人で空いている場所に移動を始めた。
…やっぱり俺は必要ないみたいだし、寝ててよかったんじゃねぇか?
「…リキ様。今日の朝食後に少しお願いしたいことがあります。」
いつもはアリアもクレハやユリアの練習場所まで移動するのに今日はここから見るのかと思っていたら、どうやら俺に話があったみたいだ。
だが、朝食後か…出来ればガントレットやチェインメイルのメンテナンスに行きたかったんだが、アリアの頼みを断るのも悪いしな。まぁ聞くだけ聞いてみるか。
「なんだ?」
「…2人に『威圧』を弱めに使ってもらいたかったのですが、予定がありましたか?」
俺が迷っていたのがアリアにバレたみたいだ。
この戦闘訓練は俺が受けた依頼なんだから、戦闘訓練に関することで断るのはマズイだろ。しかも今までなんの役にもたってないんだからなおさらだ。
「いや、メインで使ってるガントレットとチェインメイルがビールまみれになっちまったから、おっさんとこにメンテナンスに出しに行こうと思ってただけで、べつにそのままでも使えないことはないから問題ない。気にするな。」
「…それでしたら、ガルナさんに頼んでおきます。補修や補強の必要がないのであれば、仕上がりに差はほとんどないと思うので。」
いうが早いか、アリアの指輪が淡く光った。さっそく連絡を取っているのだろう。それにしても、アリアは全員分の以心伝心の加護付きアクセサリーを持っているのか?だとしたら見える部分にあるアクセサリーの数があきらかに足りないんだが。
「なら頼んだ。」
「…はい。サラに伝えたので、すぐにガルナさんが来るかと思います。」
サラが仲介役をしているわけね。俺の個人的用事でこんな早朝に起こしてすまん。
「ありがとう。」
「…いえ、この程度であれば、いつでもいってください。」
サラに心の中で謝罪をして、今日も退屈な戦闘訓練の観戦が始まるのかと思いながら、クレハとアオイに視線を移したんだが、案外面白いかもしれない。
今まで避けに徹していたクレハが鬱憤を晴らすかのように高速で連続的に攻撃を仕掛けているんだが、アオイは鞘に収めたままの刀で最小限の動きでクレハの攻撃をいなしている姿が様になっていてかっこいい。
クレハの攻撃速度も一昨日より上がっている気がするし、避けられたあとの動作もスムーズだ。ただ、せっかくのスピードなのに突きしか攻撃方法がないせいか、攻撃を避けられたあとに一度剣を引かなきゃならないから時間をロスしているように見えるな。その程度は普通ならたいしたタイムロスではないんだが、速度重視の戦い方だとその時間がちょっともったいなく思う。それにアオイ相手だとその下がる時間イコール隙だらけな時間になりそうだし。
いや、よく見ると引く際にレイピアをアオイに当てようとしてるな。全部アオイの鞘で防がれてはいるが、もしかしたらレイピアにも刃がついているのかもな。
それにアオイのカウンターは左手につけてあるガントレットで弾いてるみたいだが、あんなん昨日はつけてたか?まぁガントレットは受けて良し、殴って良しの優れものだから装備したくなる気持ちは凄くわかる。
ん?あのガントレットは人さし指と中指の先になんか爪みたいなのがついてんな。それで引き際に攻撃もしてるみたいだし、案外手数が多いじゃねぇか。
今までと違って見ているだけでもちょっと楽しいじゃねぇか。いや、今までと違うから新鮮でそう感じるだけかもな。
しばらくクレハがいろいろな攻め方を試してはアオイにいなされるのを見ていたら、クレハが大きく後ろに飛び下がり間合いを取った。
アオイは変わらず涼しい顔をしているが、クレハはだいぶ息切れしてんな。まぁアオイの体は人形だから、そもそも呼吸してんのかわからんけどな。まぁ飯も食うし体温もあるから息はしてると思うが、今は全く息切れはしていない。
「セリナほどではないにしても、速いのぅ。して、いつ妾に本気を見せてくれるんじゃ?その腰の短剣は飾りかのぅ?」
「っ!…この戦い方で強くなりたいんです。」
アオイの挑発にクレハが一瞬反応して睨んだが、すぐに目を閉じて落ち着かせ、言葉を返したようだ。
「つまらぬのぅ。面白い戦い方をすると聞いておったんじゃが、妾には見せてくれんのか?」
「野蛮な戦い方はもうするつもりはありません。」
クレハはそれ以上何もいうつもりはないというように構え直した。
「昔の妾なら賛同できたがの。まぁ後悔するのはうぬだから構わぬがな。では、つまらぬが再開するとしようか。ここからは言葉も混ぜるが、聞くか流すかは好きにせい。」
再開するもクレハの攻撃は一度としてアオイに当たることはなく、アオイからのカウンターを全ては受け流しきれずにクレハばかりが少しずつダメージを負っていた。
アオイのカウンターは腕だけでの鞘当てだからそこまでの勢いはなく、命に関わることはないだろうが、徐々に増えていく痣が痛々しいな。だが、クレハはダメージを負ったら一度距離は取るものの、諦めずにすぐに再開して攻め続けている。
アオイもただ痛めつけるだけではなく、その都度指摘して、改善方法まで教えているのだから、たいしたもんだ。こういう部分だけ見ればアオイは俺らの中で一番大人っぽいんだが、どうも見た目のせいで違和感しかない。実際精神年齢的にはかなり上なんだろうけどさ。
クレハの動きに支障がではじめた頃を見計らうようにアリアが回復させ、朝食となった。
なんだかんだ見入っちまってたから、今日は時間が経つのが早かった。それに見入ってたせいか、ガルナが来ていたことに全く気づかなかった。訓練が終わったときにガルナが隣にいて驚いたが、俺が観戦してるのを邪魔しちゃ悪いと思ってずっと待っていたらしい。
声をかけてくれりゃよかったんだが、まぁ気づかない俺も悪かったと思いながら、ビール臭い武器防具をガルナに渡すと、ガルナはそれを受け取ってすぐに帰っていった。
朝食を終え、いつも通りローウィンスとエイシアが先に帰り、また戦闘訓練を再開しようかと思ったら、今日はフレドたちも先に帰るみたいだ。
「今日は朝から依頼でも受けるのか?」
珍しいと思って声をかけてみたが、よくよく考えたら冒険者が朝から依頼を受けるのはなにも珍しくねぇな。むしろ昼から活動していたフレドたちの方が変わってる可能性すらあるな。冒険者のことはあんま知らんけど。
「いえ、今日は行商組が初めて行商に行くので、その護衛です。行商組も戦闘訓練はしているので僕たちは必要ないとは思いますが、初めてなので念のための同行です。」
そういや昨日アリアが行商の準備が出来たとかいってたな。
昨日確認して今日決行って、もし俺がイグ車の使用を拒否したらどうしたんだ?いや、拒否させないつもりだったのかもな。もしくはダメなら別で買う気だったとか。なぜかアリアは金を持ってるみたいだし。
「気をつけて行ってこいよ。」
「はい!僕たちは途中まで様子を見て、問題なさそうであれば行商組とは別れるつもりですが、せっかくの機会なので他の国のギルドに寄って冒険者の人と話してみたり、依頼も受けたりしてみようかと思ってます。」
「そうか、無理しない程度に楽しんでこい。なんかあったら連絡くれれば、駆けつけてやるかはわからんがアドバイスくらいはしてやるよ。」
アドバイスするのは俺じゃなくてアリアだろうけどな。
「ありがとうございます!では行ってきます!」
「「「「行ってきます!」」」」
俺らは村の方に帰っていくフレドたちに手を振って見送った。
…あと2日。





