刺身
朝の訓練を終えて昼飯の焼き魚を食っているときにふと思った。
そういや久しく刺身を食ってねぇな。
この世界に来てから川にいる魚型の魔物を焼いて食うことは何度かあったが、刺身として食ったことがない。この世界では魚を生で食べる文化がないのか?もしかしたら魔物を生で食ったら体に悪いって可能性もあるな。
特別刺身が好きってわけじゃねぇけど、刺身のことを考えたからか無性に食いたくなってきた。もし食中毒になっても魔法があるからなんとかなるだろ。
たしか山を越えた反対側は海だった気がするし、このあとはクレハとユリアは学校だから俺らは暇だし釣りにでも行ってみるかな。やったことねぇけど。
まぁ釣りがうまくいかなかったときのための保険にイーラも連れていくか。イーラは体内にいろいろと収納できるから海に放り投げて取ってこさせることが出来そうだし。
釣り竿はどうするか…そういや前にイーラは蜘蛛みたいな魔物を食ったことあったし、糸とか出せるんじゃね?そしたらてきとうな木の枝につけて、あとは針もイーラに頼めば………イーラがいれば他に持ち物もいらなそうだな。
いや、醤油は必須だろ。逆にいえばそれだけ持ってけば済むとかイーラマジ便利。
俺が今日の予定を決めていたら、全員昼飯を食い終わったようで俺のごちそうさま待ちだった。
「悪いな。ごちそうさま。」
「ごちそうさまでした!」
全員が無駄に元気よく返事し、みんなやることがあるのか徐々に食堂内のガキどもが減っていった。
「イーラ。このあと付き合え。」
「いいよ〜。なにするの?」
イーラは予定を確認する素振りもなく即答だった。他のやつらは何かしら仕事してるっぽいのにイーラはいつも暇なのか?いや、もともとまだ帰ってくる予定じゃなかったし、仕事はまだ振られてないのかもな。
「刺身が食いたいから釣りでもしようかと思ってな。」
「ん?ん??…よくわかんないけど、いいよ〜。」
イーラは俺の言葉に首を傾げていたが、理解するのを放棄したようだ。難しいことはいってないんだが、まぁイーラだしな。
「私も行きたい!」
俺がイーラと話していたら、セリナが割って入ってきた。猫の獣人だけあって、やっぱり魚に惹かれたか?
「べつに予定がないならかまわないけど、平気なのか?」
たしかセリナは門番の仕事がどうのとかじゃなかったか?
「今はクレハちゃんの訓練の相手をするのが仕事だから、それ以外は大丈夫!」
あれは仕事だったのか。
俺がアリアに訓練を丸投げして、そのアリアがセリナに頼んでるんだから、まぁ仕事か。だが金は一切動いてないと思うから、セリナの給料はないだろうし、仕事というよりボランティアじゃね?…まぁいいか。
「わかった。山を越える予定だから、一応装備はしておけよ。」
「は〜い!」
「テンコ、行く。」
「テンコも仕事ないのか?」
「ない。」
「じゃあ好きにしろ。」
そういやいつもならニアが行くっていいだすのに珍しいなとニアを見てみたら、なんか悲しそうな顔をしてやがった。来たいならくればいいのにと思いながら見ていたら、ニアは悲しそうな顔のまま俯いた。
もしかして予定が入ってたのか?ならどんまいだ。
他に参加希望者はいなさそうだったから、俺らは海に行くべく、まずは醤油をもらいにキッチンに向かった。
でっかい犬型に変身させたイーラに乗って、俺らは山を越えて海へとやってきた。
本当に海だ。
一度空から見たことはあるが、陸地に立って見ると本当に海だって感じだ。そのまんまだが、それ以上でも以下でもないからなんともいえん。もっと気温が高ければ海水浴とかできそうだな。ただ、砂浜ではなく森の途切れめが低い崖になってて、その先が海って感じだから、海水浴に適してはいないけどな。見た感じ海も深そうだし。
今度は水平線に視線を移して目を凝らすと遠くに陸地がある。あれが魔族領なんだったか?遠いからよくわからんけど、前に上から見たときに人間領と魔族領の間に島とかなかったから、あの陸地が魔族領だろう。
「にゃにするの〜?」
俺が無言で海を見ていたら、セリナが話しかけてきた。
「さっきいったじゃねぇか。釣りをするんだよ。」
「つり?」
そういやセリナはお姫様だったから、釣りとか知らなくてもおかしくねぇか。
「先に針のついた紐を木の枝につけたもので魚を捕まえることだな。」
「さかにゃ?」
「魚は知ってんだろ?今日の昼飯にも出てたし。」
「あれがさかにゃなの?でも、あれは川にいた魔物だから海にはいにゃいよ?」
「いや、あの魔物の名前じゃなくて、水の中にいるやつの総称みたいなものだ。」
「そうにゃの?じゃあクラーケンとかもさかにゃ?」
…これは俺には説明不可能なやつだ。既にめんどくさい。
「あれは違う。いや、魚に関しては忘れてくれ。海にいる食べられそうな魔物を釣りにきただけだ。とりあえず釣り具を作るから待て。」
「は〜い。」
質問ぜめしてくるセリナを黙らせてから俺は近場の木を見て回り、程よい太さの枝を探した。
どれが頑丈かなんて見ただけじゃわからねぇから、てきとうに選んでへし折り、短剣で持ち手の部分だけ整えた。
「イーラ、この枝の先端に頑丈だけど目視しづらい細さの長い糸をつけてくれ。」
「ん〜…これでいい?」
イーラが首を傾げて考えるように唸りながら、差し出した右手の人差し指から極細の糸を垂らした。
ガントレットを外してそれを指で触ると柔らかくてめちゃくちゃ細いのに千切れそうな感じが一切ない。
糸を摘んで引っ張ると、にゅるにゅると新しい糸がイーラの指の腹から生まれてくるのがなんか不思議だ。そのまま必要そうな長さまで引っ張り、先端を俺が持つ枝に結びつけた。
「細さも頑丈さも十分だ。長さもこんなもんでいいから切り離してくれ。」
「は〜い。」
イーラの指から生えていた糸がはらりと地面に落ちた。
「そしたら今度はこういう感じでフックになってる針を作ってくれ。」
俺が人差し指を曲げて見せながらいうと、これも注文通りに作ってくれた。
「鉄を作るスキルはないから捕食した鉄に変化させた部位を分裂させただけだけど、これでいい?」
つまり、ダメージを受けたらスライムに戻っちまうってことか。
「これをなくしたらイーラ的にまずかったりするか?」
「ん?べつに。」
「じゃあ問題ない。ありがとな。」
「えへへ〜。」
礼をいいながらイーラの頭を雑に撫でたら、イーラは嬉しそうにだらしなく笑った。
イーラからもらった針を枝とは反対側の糸の先端に結びつけてから枝を持ち上げてみたが、ちゃんと釣り竿っぽくなってるじゃねぇか。
あとは餌だが、なにがいいか。
なんとなしに近場の大きな石を持ち上げてみるが、何もいない。
いや、まぁなんとなくだがわかってはいた。この世界に魔物以外に虫がいないだろうことは。
暖かい季節に野宿しても蚊に刺されることもなければ、スラムの死体に虫が湧いたりもしてなかったしな。
たまたま蚊や蝿がいないだけかもしれないが、森の中でも魔物以外を見かけることなんてなかったからな。
「魔物って何を食うんだ?」
これから釣るのは魚っていってもこの世界では魔物だからな。なら自分で考えるよりイーラに聞いちまった方が早いだろ。つってもイーラはなんでも食うから参考になるかは怪しいが。
「人間!特に子どもや女の方が美味しいってサーシャがいってたよ!イーラはリキ様の料理の方が好きだけど!」
お、おう。だが、それだと釣り用の餌にはできねぇわ。
他の意見を求めてセリナを見たら、セリナがビクッと肩を跳ねさせた。
「アリアがいにゃいから、私を餌にされたら死んじゃうから嫌だよ!」
アリアがいたらいいのかよ…。さすがにアリアでも魔物に食われたら助けられねぇと思うけどな。
「ちげぇよ。他に魔物はなんか食わねぇのか聞こうと思っただけで、セリナを餌にする気なんかねぇよ。」
「だ、だよね〜。ニャハハハハ…。いくらリキ様でもそんにゃことしにゃいのはわかってたけど、一応ね?いや、違うよ!冗談だよ!冗談!それで、魔物がにゃにを食べるかだよね!えっと…野生の魔物はべつににゃにも食べにゃいんじゃにゃいかにゃ?人間は魔族にとっては美味しいらしいから食べるけど、魔物同士は縄張り争いで殺しあっても特殊なスキル持ちでもにゃければわざわざ食べにゃいし、人間の料理は食べたことにゃい魔物からしたら興味がにゃいだろうからね。イーラを見てると忘れそうににゃるけど、そもそも魔族には食欲ってものがにゃいらしいからね。食べることは出来るけど必要ではにゃいから人間以外は滅多に食べにゃいと思うよ。」
つまり、せっかく釣り竿を作ったのに餌にするものがないってことか?
いや、ここにはテンコがいるんだから、餌がなくてもなんとかなるかもしれねぇ。
俺は釣り竿を振って、針を近場の海面に落とした。
ポチャンと小さな音がなり、さっきまでいた魚の影が散っていった。
「テンコ、海の水を操作して魚をあの針まで誘導してくれ。」
そう。海は自然の水だから精霊がいるはずだ。なら、海水を動かして魔物を誘導するくらいはテンコにとっては簡単なことだろう。
「はい。」
返事をしたテンコが両手を前に出した。
…。
………。
だが、何も起こらない。
海面をよく見たら、波の動きが微妙にさっきと違う気がしなくもないが、針に近づいてくる魚は一匹もいない。
「テンコ?」
「ごめんなさい。この水、精霊少ない。動かせる、少しだけ。」
「マジか。」
俺も目を凝らして海を見てみたが、たしかに精霊の光がほとんどない。自然のものだからって必ずしも精霊が宿ってるわけではないのか?
「リキ様、魔物捕まえたい。あってる?」
「あぁ。」
「なら、これなら出来る。」
テンコがいうと地震のような揺れが起こり、真下の地面が下がって傾斜になっていった。
危なそうだったから俺は釣り竿の針を引き上げてから後ろに下がったが、テンコはその場から動かなかった。
これはテンコがやっていることだろうから大丈夫なんだとは思うが、もしもがあるからテンコも無理やり下がらせた方がいいか?
そんなことを考えていたら地震が収まり、テンコが振り向いた。
「できた。」
何ができたのかと疑問に思いながら、テンコの位置まで歩いてきて驚いた。
地面が陥没して傾斜になった道はそのまま海へと続き、その先の海は半径10メートル程の円形に区切られていた。その区切りは森の地面が伸びて作られた壁みたいだ。
区切られた海の底はさっきまで目視では確認できないくらいには深かったはずなのに今は透き通った水の下に地面が見える。深さは俺が足を入れて膝が浸かるくらいか?
しかもその区切られた海の中にはうじゃうじゃと生き物がいた。これならど素人の俺が銛や槍で突いても簡単に捕まえられそうだ。
完全に釣り竿いらなかったな。
まぁたいした手間がかかったわけじゃねぇからいいんだけどさ。
いらなくなった釣り竿を持ってるのもなんか虚しいし、捨てるのはもったいないからアイテムボックスにしまおうとしたら入らなかった。そういや針はイーラの分身なんだったな。
針を外してイーラに放り投げ、あらためて釣り竿をアイテムボックスにしまった。代わりに槍を取り出そうかと思ったが、せっかく海を囲って生簀みたいになってるんだから、次また食べたくなったときに来ることを考えたら血まみれにするのはなんか嫌だし、手掴みで捕まえるか。
ガントレットは金属ではないが、海水ってどうなんだ?あんま良さそうではないよな…。まぁ魔物つっても魚だし、素手でいいか。
俺は魚を捕まえるためにガントレットを外して腰につけ、靴を脱いで裸足になってから裾を捲った。
でっかい魚と小さい魚はどっちの方が美味いんだろうな?まぁとりあえずデカいのにするか。
「にゃにしてるの!?」
俺がどの魚を捕まえようか考えながら海に入ろうと歩いていたら、後ろからセリナに腰をホールドされて止められた。
「何ってとりあえず一匹捕まえてこようかと思っただけだが?」
「いくらリキ様でも海の魔物に素手は危にゃいよ!それに裸足で海に入るとかバカにゃの!?」
まさかセリナにバカといわれる日がくるとはな。たかが魚にビビりすぎだろ。見た感じサメみたいな危なそうなやつはいねぇし。観察眼が反応するようなのもいねぇから問題ねぇと思うんだがな。
「普通の海ならどんな危険があるかわからねぇけど、底が見えるほど浅くて区切られた狭い場所で危険はねぇだろ。」
「海は危にゃいのにリキ様がわかってくれにゃい……。イーラ!私がリキ様止めてるうちに一体捕まえてきて!」
「は〜い。どれを捕まえればいいの?」
セリナにいきなり頼まれたイーラが俺の隣に並んで確認してきた。
まぁイーラが捕まえてくれんならその方が楽でいいんだけどな。もともと最終手段としてイーラを投げ込むつもりだったし。
「どれでもいいが大きいやつで頼む。また今度くるだろうから無駄に殺すなよ。あと、頭は潰そうが切り放そうがかまわねぇけど、体は極力傷つけずに捕まえてくれ。出来れば海も汚さないでほしいが、そこはあんま気にしなくていいや。」
「わかった!」
本当にわかってるのか怪しいイーラがトテトテと走って海に入っていった。その途中で露出してる肌がキラリと光ったから、目を細めて確認したらわざわざ龍の鱗を纏ったみたいだ。
ずいぶん警戒してんだなと思ったら、海面から魚が飛び出してきた。しかも口を大きく開け、口内にはギッシリと牙が生えていた。
俺の知ってる魚じゃねぇ。
見た目は普通の魚なのに、口を開けたら化け物みたいになりやがった。さすが魔物というべきか。というか、あれ食えんの?
イーラは飛びかかってきた魚を一瞥したが、無視してキョロキョロと大きな魚を探しながら進んでいった。
避けなかったから当たり前だが、飛びかかってきた魚がイーラの肩に噛み付いた。だが、牙が食い込むことはなく、イーラにぶつかって半回転して海に落っこちた。遅れてキラリと光る何かがポチャンと海に落ちたが、あれは折れた牙っぽいな。どんだけイーラは硬いんだよ。
その後も十数体の魚型の魔物がイーラに飛びかかったが、一体も噛み付くことができていなかった。
唯一イーラに絡みつくことができたのはタコみたいな魔物だが、ダメージは一切与えられていないだろう。イーラはずっと足に絡みついてるタコみたいな魔物に気づいていないのか、一切気にした様子がないからな。
イーラが囲われた海の端まで行ったところでイーラの表情が変わった。その瞬間にクソデカい魚型の魔物が海面から飛び出してきた。
俺と同じくらいの体長だ。牙も今までのやつらより太くて鋭そうだ。
イーラは飛びかかってきた魚に向かって手を伸ばしたと思ったら、そのまま魚の牙を掴んだ。
牙を掴まれた魚はイーラの手を噛みちぎろうと顎を閉じたが、イーラの手が硬すぎるからか閉じきれなかった。魚が体を左右に揺らすが、イーラが手を離す気配はない。
「リキ様!これが一番大きいと思う!」
「そ、そうだな。そのまま持ってきてくれ。」
「は〜い。」
近づいてきたイーラをよく見るとイーラの足元の水中にも魚型の魔物が集まってやがる。いや、噛みついてるのか。イーラが気にせず歩いてるから集まってるだけにしか見えねぇ。
たしかに魚型の個々の戦闘能力は大したことないかもしれないが、俺が素手に裸足で入っていってたら大惨事だったな。セリナ、グッジョブだ。
イーラは手元でビッタンビッタン動く魚を気にするそぶりもなく歩いて戻ってきた。見るからに重そうな魚がこんだけ元気に動いてるってのにイーラは揺さぶられすらしないのかよ。
「これどうすればいい?」
俺らのもとまで戻ってきたイーラが巨大な魚型魔物を持ち上げて確認してきた。
いまだにイーラの手を食い千切ろうとガジガジと顎を開閉しながら体を左右に動かしているが、イーラは微動だにしない。
あれ?イーラの足に絡みついてたタコみたいな魔物がいなくなってる。タコもいいなと思ってただけにちょっとショックだ。
「前にバーベキューやったときに使った石版みたいなのをまた頼めるか?」
「こんなんでいい?」
頼んだ瞬間、イーラが体から取り出した。
仕事が早いな。まだそれを置く台すら用意してないってのに。てきとうに石でもと周りを見たらテンコと目があった。
「テンコ、この石版を置く台を作ってくれ。」
「はい。」
地面が盛り上がって、ちょうどいい高さで止まった。この2人がいると本当に楽だな。
「イーラはその石版をこの上に置いてくれ。」
「は〜い。」
イーラが石版を土の台の上に置いたら、ドスンと音がした。
サイズ的に重いだろうと予想はしてたが、そこまでだとはな。
「そしたらその魔物を殺して大人しくさせてからこの上に置いてくれ。」
「は〜い。」
返事をしたイーラは左腕で魚の胴体をホールドし、牙を掴んでた右手を離した。その瞬間、魚がさらにジタバタと暴れ出したが、イーラのホールドからは抜けられそうにないな。
イーラは気にせず右手を刃物に変えて、魚の首を切り落とした。
魚ってこんなに血が出たっけ?と思うほどドバッと一瞬血が吹き出て、すぐにおさまった。
首のない魔物がまだジタバタと暴れているが、徐々に大人しくなり、数秒したら動かなくなった。
俺はその間に腰の短剣を、アイテムボックスから取り出した水で念のため洗っておいた。
さて、解体するか。
たしかまずは肛門から腹を開くんだったよな。
…。
ん?肛門がねぇぞ?
そういやイーラがトイレに行ってるの見たことないし、よくよく考えたらヒトミとサーシャもなかったような気がしなくもないし、魔物は排泄しないのか?食ったもんはどうなってんだ?全消化か?
まぁ今はどうでもいいな。
肛門がないならてきとうに開くだけだ。内臓を取り出したいだけだからな。
短剣で腹を開くとちょろっと内臓が出てきた。
少なくね?まぁいいや。
一度軽く水で洗って、もう頭はないから今度は骨に沿って三枚にするんだったよな。
途中途中でゴリッと骨を無理やり切ってるような音と感触がするけど、気にせず切り進めた。
短剣の刃が短くてやりずらかったが、なんとか三枚におろせた。
骨に身がつきまくってるが、イーラに食わせるから問題ねぇ。
切断面がボロボロだが、俺が食うだけだから問題ねぇ。
よし、次は皮を剥ごう。
尻尾側に短剣を入れ、一部皮を剥がし、残りをぺりぺりと剥がしていく。
うまくいってよかった…。途中で千切れたり、この方法では剥けない魚だったら、俺の技量じゃだいぶ身を無駄にすることになるところだった。
あとは見てわかる骨を抜き、ペタペタと触って他に骨がないかを調べた。あんま食材に触るのは良くないのかもしれないが、俺が食うだけだから問題ねぇし、食べた後に骨があった方が不快だからな。
よし!あとは切り分けるだけだ!
いや、そもそもこれって生で食えるのか?
この魔物の身は見た感じマグロのような赤身で旨そうに見えるが、猛毒を持っている可能性だってある。
とりあえずセリナに食わせるか?
いや、セリナに食わせて平気でも『状態維持』のおかげなだけで俺はダメって可能性もあるのか。しかもセリナが即死レベルの猛毒だったら取り返しのつかないことになっちまうからな。
というか俺はそんな魔物を素手で解体しちまったが大丈夫なのか?
…あぁ、こういうときのためのスキルがあるじゃねぇか。
俺は『識別』のスキルでこれを生で食えるのかを確認した。
『無問題』
「よっしゃ!!」
俺が急に声を出してガッツポーズをしたことにイーラたちが驚いた。
「すまん。気にするな。」
自分で思ってた以上に楽しみにしてたみたいだな。
俺ははやる気持ちを抑えながら、魔物の身を全て一口サイズに切り分けた。
アイテムボックスから箸と小皿と醤油の入った小瓶を取り出し、小皿に醤油を入れて石版に置いた。
刺身を一切れ箸で取り、醤油をつけて口に運んだ。
美味い。
生臭さがあまりないから本当に魚が好きな人からしたら物足りないのかもしれないが、俺にはこのくらいがちょうどいい。食感はマグロっぽいけど、味はだいぶサッパリしてるな。もともとあんまり魚は食べなかったからどれに似てるかはわからんが、美味い。寿司食いたい。
「にゃにしてるの!?」
セリナは俺が生で魔物を食ったことに驚いているようだ。やっぱりこっちじゃ魔物を生で食うってことがないみたいだな。
まぁ魚とか牛とか豚とかの区別ではなく、食べれる魔物か食べれない魔物かって括りだから仕方ないのか。
「これは生で食える魔物でな。醤油で食うと美味いんだよ。無性に食いたかったから釣りをする予定だったんだ。けっきょく釣りはしてねぇけど。セリナも食うか?」
かりにあの枝で釣ろうとしてたら簡単に折れてただろうな。思った以上に魚型の魔物が元気すぎた。
「えぇ…。」
「イーラも食べたい!」
「テンコ、食べる。」
セリナは迷っているみたいだな。まぁ抵抗はあるだろうな。俺も小さい頃は焼肉やステーキを半生で食うことに抵抗あったしな。
焼いて食べる物と思ってるものを生で食うのはちょっと勇気いるよな。
一応セリナの分も含めた小皿をアイテムボックスから取り出して石版に置いた。醤油は自分で入れてくれ。
「いっぱいあるから好きに食え。あとで寿司も作ってみたいから、半分はイーラの中で保存しといてくれねえか?あと頭や骨や皮や鱗は全部食っていいからな。」
「は〜い!」
イーラは刺身半分といらない部分を片付けてから、刺身を食べ始めた。
2人ともニコニコと美味しそうに食べてるが、よくよく考えたらこの2人って味わかるのか?魔族と精霊だよな?
俺がふと疑問に思って2人を見ていたら、セリナが俺を見てることに気づいた。
「どうした?」
「やっぱり私も食べてみたいにゃ〜。」
「食いたきゃ好きに食え。早くしないと2人が全部食べちまうぞ。俺も遠慮する気ねぇし。」
「うん!」
セリナも参戦し、俺たちは大量にある刺身を競うように食べ始めた。




