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石は道具の始まりです

 ビアトリクスはいくつかの石を拾ってきていた。

 そして適当な石を片手に持ち、重さをはかる。そして意を決して意志動詞を打ち合わせた。

 がんと鈍い音がして、石同士に小さな擦り傷が付いただけにとどまる。

「石が悪いのでしょうか」

 小さくため息をついて、それから別の石を持ってみる。

 いくつか皹が入っている。その皹を指先でなぞって感触を確かめる。

 そしてその石を別の石にたたきつけた。

 真っ二つに割れた。

 そして、その石を別の石でたたいて薄い石の板を取り出そうとしている。

「いったい何をしているんだ?」

「石斧を作ろうとしているのですが」

 数度石を打ち合わせただけで、すでにビアトリクスの手首にはだいぶ負担がかかっていた。

「なんのために?」

「実は以前文献で未開部族の生活をについて調べたことがあるのですが、彼らは石で斧を自作するようなのです。それで何とか作れないかと思いまして」

「斧、ね」

 ナイフ日本では確かに心もとない。そして一本はすでにターシャの包丁と化している。いまさら取り戻そうとは思っていないが。やはり斧があればできることは増える。

「わかった、貸してみろ」

 ほっそりとしてたおやかなビアトリクスでは、石を割る腕力自体がない。

「力仕事は私の役割だろう」

 騎士の修行をしていたため通常の女性より腕力があるつもりだ。

「まず大まかに割れたら、刃先になる部分を細かく割っていくらしいのですが」

 文献で読んだきりなので、ビアトリクスも少々おぼつかないようだ。

 最終的に掌ほどの大きさの楔型のものが出来上がった。

「さて、適当な木でも切ってみるか」

「その前に、食事にしましょう。魚が焼けましたよ」

 ターシャが木の枝を差し出した。

 焼けた魚の切り身を適当にバラバラにして、葉を皿代わりにして分け合った。フォークなどないのでつまんで食べる。

 塩気がないのだが、それでも一口食べると空腹を思い出して手が止まらなくなった。

「とりあえず、少しだけ生き延びたな」

 何かを口にすればそれだけ生き延びる時間が増えたことになる。

「それ、斧ですか」

 火加減を見ながら、二人の会話を聞いていたターシャが興味深そうにアストリッドが持っていた石斧予定のそれをつまんでみる。

「石で大丈夫なのでしょうか」

「彼らは金属を手に入れられないから、石を加工すると聞きましたわ、ですがそれで何の支障もなく使えているのですから、石でも金属の代用はできるのでしょう」

「その枝を切ってみますか」

 そういって、少し太い枝を指さす。

 アストリッドは左手で枝を抑え、右手で石斧を使ってみる。

 思ったよりも簡単に枝を切ることができたが、使った後斧の刃先が少し欠けていた。

「どうやら向いていない石のようですね」

 ビアトリクスが憂い顔でため息をついた。

「でも、これくらいの枝を切れるなら、寝床の補強ができるかもしれませんよ」

 ターシャはそう言って今晩休む予定の木の枝を指さした。

「落下防止策を作ったほうがいい気がするんです」

 狼を避けるために木の上に眠ることにしても、寝ている間に落ちて、餌食になったらたまったものじゃない。

 ターシャは早速ペチコートを裂いて、切り落とした枝を使って斧の持ち手を作ることにした。


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