野遊びは優雅な趣味
とりあえず作りかけの布靴を放り出し、ターシャはコルセットを手にした。
ターシャのルセットは小さな穴がわきにあたる部分に列になって空いている。
おそらく湿気を逃がすためだろう。
そしてせっかくはいた自分の靴も脱ぎ捨てて、ざぶざぶと川に入っていった。
川の中心で膝まで水につかり、コルセットを掲げてターシャはしばらくたたずんでいた。
「何しているんだ、あれ?」
いまいち状況が理解できないでいるアストリッドとビアトリクスはそれを見守ることにした。
ターシャは川の中心で微動だにしない。
ただ静かに川の中心でたたずむのみだ。
そしてあっけなくその時はきた。
「獲ったあぁぁ」
ターシャの雄たけびが森の中に響いた。
コルセットの中には二匹の鱒科の魚がビチビチと跳ねていた。
素早く川から上がり、魚をコルセットから降ろす。
「ビアトリクス様、あのおばんの木の葉がいいです、あれをまな板の代わりにしましょう」
今度はコルセットを反対の曲線のほうを上にしておくとビアトリクスの持ってきた木の葉を敷き詰める。
「任せてください、私、魚から熊まで何でもさばけますの」
ターシャは雄々しくそう言い切った。
「いつ熊をさばいた?」
思わずドン引きしたアストリッドが訪ねる。
「父が獲ってまいりました」
ターシャはしばらく遠い目をしていた。
あれは秋の日のことだった。冬支度にたっぷりと脂肪をため込んだそれは重い重い熊だった。
それをさばくのは土木工事とどっちが過酷かという判断が出そうな代物だった。
切り離された足を運ぶのも重労働で、幼かったターシャは腰を痛めそうになりながら台所を右往左往していた。
「狩りの獲物ですか、優雅なご趣味ですわね」
ビアトリクスが納得したように言う。狩りは貴族のたしなみとされている。ビアトリクスの母国でも秋に鹿狩りが大掛かりに行われるのだ。
そう、狩りは優雅な趣味なのだ。
「母と野で遊ぶこともありましたわ」
そういいながらターシャの手は借りたナイフで器用にうろこをはがし、頭を落として魚を三枚に卸していく。
「ですから食べられる草を集めるのも任せておいてくださいませ、野を遊び草摘みをするのも貴族の楽しみというものですから」
そういって適当な枝を折り取ってくれるようアストリッドに頼む。折り取られた枝で魚の身を指して、先ほどビアトリクスのつけた火に翳すようにさす。
そう確かにそういう遊びもある。だからターシャのやっていたことも貴族の遊びなのだ。それがどんなにガチでも。
ターシャの住んでいた土地では、中央から大分離れていたため貴族の権威は恐ろしく低かった。
自分たちの贅沢のために増税なんかしたら即焼き討ちされかねないくらい低かった。そのためターシャの家族は常に節約を心掛けなければならなかった。
食べられる草摘みも、ちょっとでも間違えれば容赦ない母親の叱責が待っている、常に真剣勝負だ。
来客が来たら、飼われている動物を屠るなんてそんなもったいないことはできないと、野山に狩りに行く。
すべては節約のためだ。
幸い、ターシャの家の狩猟料理は都会の客たちに大変好評だった。
ターシャはある意味少女漫画の王道ヒロインです。いわゆる地味子が王子様に見初められるという。