行き止まり
なんとなく話が見えた。
そうアストリッドとターシャは視線だけで同じことを考えているのを察した。
こういう環境に三人を放置し、アストリッドだけが生き延びるだろう。そしてアストリッドに二人を死なせた責任を追及する方向にもっていくつもりだったのだ。
道理でこんな悠長な作戦をとるはずだと。二人はあきれ果てた。
「ずいぶんなことを考えてくれたものだ、それでは私は一思いに死んだほうがましな状況に置かれることになるぞ」
ターシャも刻々と首を縦に振ってアストリッドに同意を示す。
しかし女二人の非難の眼差しも木の杭に足を突き刺されて悶絶している男には通じていないようだ。
「こちらにはちょっとした罠を仕掛けさせていただきましたわ、命惜しくば動かないことですわよ、こちらに突き刺さった木の杭には毒草のしぼり汁がたっぷり塗られておりますから」
ターシャの甲高い声は随分と遠くまで響く。毒草の言葉に激痛で失神寸前の男が顔をあげて絶望の表情を浮かべた。
「ビアトリクス様は随分シャレにならない種類を選んでくださいましたしね、アストリッド様を死んだがましの目に合わせようとなすったのですもの、むしろ優しいくらいだと思いましてよ」
そう語るターシャの表情はむしろ優しげだった。
激痛とともに感じる眩暈、それは出血から生じる貧血ではなく、ターシャが言うように杭に塗られた毒草のしぼり汁からくるものだろう。
罠を仕掛けたとターシャは言った。それがどれほどのものかはわからない、そしてこのあたり一帯は迂闊に踏み込むことができないということだ。
おそらく仲間も彼を回収には来ないだろう。
元騎士とはいえ、弱り切った女一人を回収するだけだと思い、武器をほとんど用意してこなかったことが災いした。
弓さえ持ってくればあの忌々しい女二人などあっという間に仕留められるだろうに。
致死性の罠を仕掛けたといった。そして彼の意識はゆっくりと薄れていった。
いつの間にか目の前の男が動かなくなっていた。
ビアトリクスはシャレにならないものばかりを用意した、その言葉ははったりではなかった。
一口で致死量といったものも少なくない。
ターシャとアストリッドは視線を交わす。
ターシャの言った罠というはったりは実によく効いたらしい。
時間と労働力の限られた状態ではそれほどたくさんの罠を用意することなど不可能だった。そのため適当な誰かに盛大に引っかかってもらい、はったりをかますことにしたのだ。
運よくそれほど人数を連れてきていなかったらしい。
しかしこれからが手詰まりだ。
ターシャは石を二つ細く裂いた蔓草の縄でつなぎ合わせたものを用意する。
うまく足を引っかけることができれば転ばすことぐらいはできる。
しかしあくまで時間稼ぎだ。どれほどの人数がいるかわからないが、皆殺しにするには少々手がかかりそうだ。
アストリッドはビアトリクスを置いてきて正解だったなと心中でつぶやく。
大形動物をさばいたことのあるターシャと違い、人の死骸に拒絶反応を示すだろう。
アストリッドは自ら短剣を握りなおす。
破裂音が聞こえた。
枝をたわめておき、うかつに触れれば打ち据えられるようにしておいた罠に引っかかったのだろう。
足元につる草を転びやすくするために仕掛けておいた。
最も凶悪な落とし穴のほかはそんな些細な罠しか仕掛けられなかった。
ターシャも自分の手の中の武器を手に唇をかむ。
はったり以外で自分たちに残されたものはあまりにも少ない。




