近づいてくる
道なき道を進んでいく十人の男達、そして彼らは人ひとり収めて余りある籠のようなものを担いでいた。
足早に方向を見定めながら進む。
まず最初の目印を見つけた。
女達を置いてきた場所の手前につけた目印だ。それは特徴的な枝ぶりの巨木の表面に熊がえぐった傷に見せかけてつけたものだ。
わずか数日前につけた傷はまだ形状を保っていた。
「さてどうしているかな」
一人は軽く首を振った。
彼はアストリッドとかつて同じ部隊にいた。アストリッドがどれほど追い詰められているか。もともと情に厚い女だった。
むざむざと死なせてしまった二人の女の死骸の傍らで泣いているかもしれない。
それが彼の導き出した予想だった。
ターシャは鳥の声を聴いていた。
鳥の声が不自然だと感じた。
鳥は最初自分たちの存在を警戒していたが、最近では慣れたのか、よほど近寄らなければ騒ぎ立てることはない。しかし、いま鳥が騒いでいる。
上空を仰ぎ見る。鷹などの猛禽類がいる気配もない。
「人が新たに入ったかそれとも狼か熊か」
鳥は人よりも何倍も敏感で広範囲を見ることができる。鳥の鳴き方がおかしい時は気をつけろ。幼いころから何度も言い聞かされたことだ。
実際それで狼の群れをやり過ごしたこともある。
一度帰宅してからもう一度その場所に行ってみた時、狼の糞が落ちていたのを見た時の恐怖は今でも鮮明だ。
もし狼は熊ならあの隠れ家に戻ればなんとかなる。しかし、それが人なら、そこまで考えてターシャはとりあえずビアトリクスとアストリッドに知らせることにした。
話を聞くとアストリッドはパニエで作った弓をターシャに持っているように指示した。
ビアトリクスは隠れ家の中に待機するようにといった。
ターシャ作のつるで編んだ籠に、石をたっぷり詰めて持っているように指示した。
ターシャが弓につがえるのは毒草を塗ったそして、先端を刃状に加工した石だ。
ビアトリクスが様々な石を試し一番加工のしやすい石を探し出した。
近づいているのが、味方ならいいが、敵のほうの可能性が高い以上警戒は必要だ。
「望遠鏡があればな」
最近はやり始めた遠方を見る道具をアストリッドは懐かしく思いながら呟く。
ターシャはその存在すら知らないようでビアトリクスの説明を聞いている。
「鳥が騒いでいた一からすればほどなくこちらに来るかもしれません」
女たちの姿を探していた男たちは自分たちがつけたわけではない印を見つけた。
木の表面に二本の線。周囲を探させると、ほかの形の印も見つかった。
「これはおそらく」
女たちが印をつけながら進んだ跡だろう。
「運がいい、これをたどればすぐに見つかるはずだ」
男たちは足早に周囲の木を観察しながら進み始めた。