予想と現実
その日はあいにくの雨だった。
ターシャとアストリッド、ビアトリクスは身体を寄せ合って、木の上に作られた隠れ家で一日を過ごした。
食べ物はターシャのとってきた野苺と前日に焼いておいた兎肉。
山岳地帯育ちのターシャと野外訓練を受けたことのあるアストリッドは天気を読む技能にたけていたため事前に用意できた。
「やはり雨が降ると肌寒いですね」
「ああ三人で助かった」
一番細いビアトリクスを真ん中において、三人で座っていた。
枝の上にいくらかの買った枯草も積んでおいたので、雨漏りは今のところない。
「行動しないほうがいいのですか」
「濡れても乾かす方法がないからな、濡れたままでいれば体力を消耗する」
アストリッドの言葉にターシャも同意する。
遭難者は天気のいい晴れた時よりも雨に打たれたほうが生存率は低いのだ。
「何日も降り込められたらいやですね」
「そこまで降り続く季節じゃないから安心しろ」
もしそんな季節だったら本気で死活問題だ。
アストリッドは少し寒気を覚え体を震わせた。
「あの、もしかして」
どれほど隠れ家の中でじっとしていたくてもこればかりはどうすることもできない。
できるだけ濡れないように身を隠し、生理的な欲求を満たすこと。
そしてお互い様なのでそのことには決して触れないこと。
必要に応じて、ビアトリクスもなんとか自力で上り下りを会得していた。
付き添ってもらうのはあまりに恥ずかしかったからだ。
その日はそれなりに平和だった。
明日火を熾すときどうしようと些細ではあるが深遠な悩みはあったが。
息をひそめ暗闇の中ひっそりと潜んでいる者達がいた。
「おそらくもうすでにことは決しているはずだ。今が行動すべき時だ」
そう話し出したのは闇の中、判然としない、それでも随分と年齢を重ねているはずだ。
「ああ、そのためには気取られてはならない」
そう言って、身を震わせる。
「ターナー卿は先程処刑されたらしい」
「一瞬の死など何が恐ろしいものか、アストリッド殿下はじわじわと迫りくる詩を感じているはずだ、いっそ一思いにしにないと思う程に恐ろしいはず、それから逃れるならば何でもしてくださるはず」
「すでにひ弱なネヴァダ王太子の妃とアルゴン王太子の期先はなきものとなっておられるだろう。なまじ、武人として鍛えた肉体があったばかりにお気の毒なことだ」
「もともとは同じ騎士団で共に学んだかただ、あまり無体な真似はしたくなかった」
「仕方がないそれが時流というものだ」
ひそめていた声がやや高くなる。そして一切が沈黙した。
そしてもっと奥まった場所でもう一つ声がしたことを彼らは知らない。
「目を離すな、妃殿下方のもとに案内させるまでは」
「承知いたしました」
そして再び彼らは闇に溶ける。
「よく降るねえ」
少し濡れたビアトリクスを干し草で水けをぬぐってやりながら、ビアトリクスは呟く。
ビアトリクスは長い髪を三つ編みにしてまとめている。
髪が痛まないようにという気づかいだ。それができるくらい彼女たちは余裕を持っている。
三人とも今すぐ命の危険を感じてはいないようだ。
現実なんてこんなものです。