栗鼠は毒蛇をかみ殺す
謁見の間で玉座より一段下がった場所に置かれた椅子が置かれている。その椅子は王妃もしくは王太子のために用意された椅子だ。
その椅子の上でアーサー王太子は眼前に座り込む男を感情のない目で見降ろしていた。
すでに縛り上げられ、転がされている初老に差し掛かった男。きているものは 簡素だが高級品で、もともとは相当な身分の出身者だと知れる。
「残念だよターナー卿、貴殿の忠誠は高く買っていたのだが」
三人の女を意識を失わせた状態で場外に連れ出す、そんなことができる者は限られている。割り出しは簡単だ。
おそらく発覚するのはわかっていたのだろう。
「それでは言い訳はあるか」
アーサー王太子の声はいっそ厳かといってもいい。ターナー卿は床に転がされた屈辱的な姿勢でそれでも視線に力を失っていなかった。
「私は国を思ってのことです」
「国を思うものが無力な女に無体をはたらくのか」
「必要な犠牲です、それに、われらの策であればアストリッド妃殿下の命は保証されているはず」
「それはありがたい、アストリッドだけ残して後は殺したのか」
「いいえ、そこまでは、しかしおそらく生き残るのはアストリッド妃殿下だけでしょうな」
確信を持った相手のいいようにアーサーは不審を抱く。
「アストリッドはどこだ?」
「言えませんな、今はまだ」
「拷問にかけろ」
端的に言うと、背後に控えていた近衛兵のうち数名がターナー卿を引きずっていく。
「たく、どうしてこういう最悪のタイミングで妙に息が合うんだ」
苦いため息をついたアーサーは報告書を読み上げる。
事態には扇動者がいた。
その先導者が帝国とつながっていたのもお約束というものだろう。
三国それぞれの同盟反対勢力に接近し、妨害工作を起こさせたのだ。
いくつかはつぶしたが、つぶしきれないものも多かった。その一つが王太子妃誘拐事件を引き起こしたわけだ。
「たく、目先のことに踊らされやがって」
口汚く扇動者たちにむざむざ踊らされた馬鹿どもを罵る。
「やられましたねえ」
多少憔悴しているが、それでもひょうひょうとした様子を崩さないチャールズ王太子がアーサー王太子の前に立つ。
「どうも、説得しても聞きそうにないからいいかなと思いまして」
チャールズの衣類にぽつぽつと赤黒いしみが飛んでいるのが見えた。
「こちらの城内で処分しました申し訳ありませんが、死体の始末をよろしくお願いします」
のほほんとした笑顔のまま、彼はそう言ってハンカチで手をぬぐう。
まだ血は乾ききっていなかった。
「今はまだ言えないということは、まだターシャもビアトリクス殿も死んでいないだろうから言えないということですかね」
「そうなんだろうな、ちょっとした逆境に置けば真っ先に死にそうなのはビアトリクス殿かな」
ビアトリクスのきゃしゃな体つきを思い出しながらアーサーは呟く。
「ターシャは小動物みたいなこですから、愛玩動物、あまりたくましく生きていく子じゃないかも」
チャールズは片手で両目を覆う。
チャールズは知らない。ターシャは愛玩動物の中でも栗鼠に近い。そして栗鼠は毒蛇をかみ殺すということを。
栗鼠が毒蛇にかぶりつくことはあるそうですが殺すかどうかは知りません。