もし戻れたら
茹でた野草を何もつけずに食べるのは味気ないが、飢えるよりましだ。
「付け合わせに兎でも取れればいいんだが」
そういってアストリッドはため息をつく。
当分は野草と魚と野苺で飢えをしのがねばならないだろう。
むろんないよりははるかにましなのだが。
「それなんですけどね、あれ使えませんでしょうか」
そういってターシャが指さしたのはパニエだ。
「あの弾力性ならいい弓になるんじゃないでしょうか」
「あれで弓を?」
ターシャの提案にアストリッドが難しい顔をする。
「しかしだ、矢をどうする。作るのか?」
矢になりそうなまっすぐで細い木材はこの辺りには見つけられないでいる。それにあまり拠点となる場所を離れるわけにはいかない。
「工夫して、矢ではなく石を飛ばすことにすればいいのでは?」
ビアトリクスがそう言った。
「遠い異国の武器には弾弓といって球を飛ばす弓もあるそうです、石ならいくらでも落ちていますわ」
「それにしてもビアトリクス様はいろんなことをご存知ね、異国の武器なんて私考えたこともありませんわ」
「家が学者の家系なので、そうした資料だけはいくらでもあるんです」
そういってビアトリクスは眼鏡のつるを治す。
学者かとターシャはため息をつく。
さぞや優雅な家なんだろうなと思った。
自分の家の様にひっきりなしに食べ物のことだけを考えているんじゃなくて。
ターシャは一応伯爵令嬢だったので、一通りの教育は受けていた。それ以外の時間を食糧調達に費やしただけだ。
「兄たちは学位で身を立てるべく学問に追われていました。ですが私はそうしたことにあまりかかわらせてもらえなくて」
家族は女は学問は最低限でいいという考えだった。そのため普通より教養がある程度で終わるはずだった。しかしビアトリクスは兄のしていることは何でも真似したがる少女だったので、こっそり書斎にもぐりこんで、書物を漁っていた。
見つかるとまずいと薄明りの中書物を読みふけっていたビアトリクスの視力は見事に落ち、眼鏡が手放せない体になってしまった。
そんなビアトリクスを家族は持て余しながらも貴婦人教育さえ受けていれば放置という形になった。
「そうですね、今はそうしたことから離れています。王太子妃という立場ですから」
そう言ってビアトリクスは寂しそうに笑った。
「大丈夫ですよ、王太子妃という立場だからこそ、研究資料を集めたい放題できるじゃないですか」
ターシャが励ますように言った。
「そうでしょ、ドレスや宝石を集めまくるお妃なら国民感情も悪化しますけど、学術論文を集める分には自国の文化を高めているんだなで済みますもの」
言われてみればそうかもしれない。
「ドレスや宝石よりたぶんずっと安いかもしれませんし」
「いや、ものによっては宝石より高い書籍も存在するぞ」
アストリッドがターシャの誤解をただす。
「でも、そういう理由なら予算もずっと楽に組んでもらえそうですね」
「種類によるんじゃないか?」
事務的なことにはアストリッドは強い。
「そうですわよね、ちょっと職権乱用してみましょうか」
ビアトリクスはそう言って二人に笑いかけた。