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逆転の発想

 ビアトリクスが鍋と主張する代物はすり鉢状の陶器の壁、その下は土だ。灰が釉薬の役割を果たしたのか、薄緑にテロりとした照りが出ている。

 鍋というより陶製の穴という代物の横にビアトリクスは焚火を始めた。

 そしてその焚火にいくつかの石を放り込み始めた。

 ターシャが、コルセットで水を汲みに行く。使うコルセットはアストリッドのものだ。

 胸周りのくぼみがひたすら深い。はっきり言ってターシャの二倍はあるだろう。

 そのことにターシャもビアトリクスも何も言わなかった。

 ただ大地に手をついてしばし、うなだれていただけだ。

 一番体格のいいアストリッドのコルセットが一番水の汲みでがある。そう説明していた、アストリッドに対してのみに。

 二人にもプライドというものがあったのだ。

 脇で燃えている焚火の中で、石が温まっていく。

「芯まで火が通るまでしばらく待っていてくださいね?」

 芯までって、石に。そう問いただしたいのをこらえて、ただ待っているのも何なので、ターシャは適当に草摘みでもしてくるといった。

 アストリッドは焚火の足しになりそうな枝などを集めに行くことにした。

 灌木の下のほうは枯れているので、いい焚きつけになりそうだと思いながら手折っていく。

 ターシャは、お湯を沸かせるという言葉を頼りに、子供のころから親しんできた食べられる草を集めていく。

 腰をかがめて草を摘んでいると、不意に今までのことが夢だったようにも思える。

 始めてきた王宮で豪華な舞踏会の片隅で、今まで見たこともない贅沢なドレスを呆然と見つめていた。

 髪や首、手首にキラキラと輝くダイヤモンド。

 ターシャは祖母の代から継承されてきた。大振りな金のブローチをつけていたが、それが周囲には随分とやぼったく見えていたこともわかっている。

 そんな自分が、仮にも王太子と知己を持ち、求婚されるなど夢にも思わなかった。

 今でも夢ではないかと思っていた。

 王太子妃という肩書が、どれほど重くとも、この夢のような暮らしを守るためならと思っていた。成り上がった自分に優しい人ばかりではなかったけれどそれでもかまわないと思っていた。

 そして今、シュミーズ姿で草を摘んでいる。

 幼いころのように。

 地面に座り込み、天を仰ぐ。小鳥の鳴き声が木々の間にこだまする。

 手を動かすこともできずぼんやりとその場に座り込んでいた。


「どうしたんだ、そんなところに座り込んで」

 アストリッドがターシャに声をかけるまで座り込んで呆けていたらしい。

「すいません、なんだか気疲れしたんでしょうか」

 ターシャは顔を伏せてごまかすことにした。

「まあ、疲れたんだろうな」

 さほどターシャの反応に疑問を持たなかったらしいアストリッドはそのまま集めた薪を抱えて歩き出す。

ターシャも先ほどまで積んでいた草をかき集めそれを抱えて元来た場所に戻る。

「おかえりなさい、そろそろいい感じかと思います」

 ビアトリクスはそう言って薪の中の太い枝を二本選んで、焚火の中に突っ込み石をつまみだす。

 そしてつまみ出した石をたまった水の中に放り込んだ。

 石が水に触れた途端、驟雨という音を立てて石の周囲から泡が噴出した。

「あ、もしかしてお湯になってますか?」

 ターシャが水面をのぞき込んだ。

「もう一つ入れれば沸くかしら」

 そういってビアトリクスは石を再度放り込んだ。

 今度はもっと大きな泡が立ち、もうもうと湯気が上がった。

「鍋を持たない遠い異国の未開の種族は桶でお湯を沸かすようですのよ」

 ビアトリクスがそう言った。

 いそいそとターシャが、川で軽く水洗いした野草をお湯につける。

「冷めてきたらまた石を追加すればいいのですわ」

 ビアトリクスが横の焚火に別の石を追加している。

「ありがとうございます。これでまともな料理らしいものができますわ」

 ターシャが感極まってビアトリクスの手を取った。

「まさに逆転の発想だな」

 アストリッドが感心した様子でつぶやく。

「いろいろ工夫があるんですね」

 そう語りあう二人をよそにターシャは野草の茹で加減を真剣な表情で確認していた。

ストーンボイリングと言います。実際日本で桶で味噌汁を作るのに使われています。後エスキモーなんかもやっているようです。

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