成長
産まれてからもうすぐ1年になる。
体は一年で素晴らしく変化した。
発声器官が成長し、言葉が話せるようになった。
足はもう俺を支えるのに十分発達した。
立つことが出来るようになったので、本に書かれた武術の修練を開始した。
これが中国拳法にそっくりであった。
しかし、魔法主体のこの世界では武術は駆逐されてしまった。
距離が空いたなら、拳法は何もできない。
一方的に攻撃されてしまって、気づいたら負けている。
人の運動エネルギーには限りがある。
しかし、魔力は少量で大きな力を生むので、威力の面でもやはり魔法が勝つ。
スピードの面では武術が勝つが、接近されなければ怖くない。
武術は魔法には勝てない、と認識されてしまった。
だからこそ、中国拳法をつかう。
忘れられた技を、誰も知らない最強に昇華させる。
中国拳法は、気の運用に特化している。
気を相手に打ち込むことで、通常よりも大きな破壊力を生む。これを魔力に置き換える。
少ない威力で大きな力を生む魔力なら、気よりも強い拳法になると考えた。
通常は魔力を纏い全身を強化し、打ち込む際は纏っていた気を打点に集中させる。
この動作を反復して、素早く行えるようにする。
一度庭で木を相手に貼山靠をうったところ、根本からふっとんでいった。
ノエルに怒られながら、充実感をかみしめてにやけていたら、もっと怒られた。
魔力の操り方を妖精に教えてもらい、訓練している。
クロが居ないときは、書斎に入りこんで魔力や日常生活について話をしている。
妖精の話は俺にとって有用であり、暇な妖精に世間話をすると、とても喜んで聞いていた。
魔力を取り込んで放つこと以外にも、魔力を体に纏うことで身体能力を強化することも出切ることを教えてもらった。
この方法で全身を強化することでベッドから書斎へスムーズに移動できるようになった。
ただし、魔力を使いすぎると全身に力が入らなくなる。
妖精に言わせると、人間の体はろ過装置の様なもので、魔力を使うと機能が低下し、許容量を越えると、故障する。
俺の場合は魔力を他の物質に干渉出来るように変換している。
故障は時間経過により回復する。
ろ過装置の障害になる魔力がろ過装置に吸収される。
ろ過装置は魔力を吸収することで強化されていく。
また、火の魔法も教えてもらった。
魔力を熱と光に変換し、空気を燃やす。
燃料は魔力で代用できる。
しかも、応用することで光魔法-といっても只の光だが-が使えるようになった。妖精は少しむくれていた。光魔法に浮気されたくないのだろう。
クロが家にいるときは、庭で魔法の練習をした。
ノエルは最初腰を抜かしていたが、俺をひとしきり誉めたあと、自信の得意な風魔法を見せてくれた。
その時の「私、すごいでしょ!?」という顔は印象的だった。
俺は魔力の流れと変換の過程に着目し、ノエルがいない時に練習している。ノエルに聞いても、
「魔力をぐっとして、ぎゅぎゅぎゅってやったあと、スーとするの。その後バーン、シュルルーン、て感じよ」
といった感じで、少し抽象的すぎる。
はっきりいってわかりずらい。
まぁ、魔力の流れをみてみれば、確かにそんな感じなのだが、もうちょっと具体的にならないのだろうか 。
ウチの母は完全に感覚派だ。
クロの前では、あまり火魔法は使わないようにしている。
妖精との関係を気取られる気がするからだ。
特に妖精に危害を加えていないので、別に後ろ暗いことは無いのだが、クロは妖精の存在を知られたくないようなので、そっとしておいた方がいいだろう。
もっとも、ノエルがクロに言ってしまう可能性は十二分にある。
今のところ、クロが何も言ってこないのでノエルはクロが既に知っていると考えているのかもしれない。
クロの態度に変化はあまりない。
いつも通り家事をこなすと書斎にこもる。
たまに買い出しに出掛ける。
買い出しにいく頻度が少し多くなった。
また、ノエルは前より頻繁に俺に構うようになった。
子供の成長を喜んでいるのだろうか。
少しの違和感を残しながら、それでもアカバ邸の日常はおくられていく。