Ⅶ.
放課後、3年のとある教室に、弥生は一人残っていた。
「…せっかく部活ないのに…」
今日は早めに終わるから待っていろと言って、引き止める間もなく部活に向かった燕を、弥生は教室で待つしかなかったのだ。
帰ってしまおうかとも思ったが、妙なところで紳士的な燕の厚意だということも分かっているので、それも出来ない。
「暇…」
待っているうちに宿題も終わらせてしまっていたので、もうやることがない。
弥生と燕の出会いは、実は同じ剣道場に通っていたことからだった。
燕は今でも続けているが、弥生は高校入学を機に剣道はやめてしまっていた。
剣道を続けないことを告げた時、普段は朴訥としている燕がどことなく寂しそうだったのは弥生にとっても印象深い。
それでも剣道をやめてしまったのは、他にやりたいことが出来たからで、既に剣道に対する未練はない。
「おい、いい加減に起きろ弥生」
「んー…あ、あれ、私寝てた…?」
「腕を枕にしてぐっすりとな。帰るぞ」
「はいはい」
弥生が立ち上がると、燕は何か言いたそうにしていた。
「…どうかした?」
「いや…その…待たせてすまなかったな」
「別に良いけど…謝るなんて珍しいこともあるものね」
「…アイツに…言われたからな。"女の子を待たせているならまずは待たせたことを謝った方がいいよ"と」
「ああ、泉君に…彼、葉月のこと大事にしてるからねー」
「……アレでか」
「他の男子が近づいたらすかさず側に来るでしょ。ほら、後輩の…何だったかな、上野君?と話してる時の行動は早かったし」
「待て。何故弥生もそいつの名前を知っている?」
「その時葉月と一緒にいたからだけど」
「そうか…」
「何拗ねてるの?」
声のトーンが下がり眉根が若干寄せられただけの、普通ならばいつも通りだろうと答えるほどの変化だが、腐れ縁である弥生には、拗ねているときの表情だと分かった。
「拗ねてない」
「その顔のどこが拗ねてないっていうのよ。まぁいいわ。深くは聞かない。そういえば、この間、図書室で後輩の子抱きしめてたけど、彼女?」
「…いや違う。あれは、本棚の本が落ちてきたから庇っただけだ」
「なんだ、そうなの。燕にも春が来たのかと思ったけど」
「……年寄り臭いな」
「年寄りって言わないでよ」
「お前は……その、恋はしていないのか」
「…どうかしら。それに近いものを感じる人はいるけれど…、ずっと片思いでいいと思うから、違うのかも」
というか、弥生の言う人物は目の前にいる燕なのだが。
「…そうか」
弥生がそう言ってもむすりとしたままの燕。
(気づかないわよね、この朴念仁は。だから、想い続けていられるんだけど)