Ⅵ.
魔法のテストの点数が芳しくなかったため、勉強しようと翔は図書室に向かっていた。
前世の知識を以てしても、さすがにこの世界における魔法の知識はないため、一から勉強しなければならなかったのだ。
その上、学校で習う魔法の理論は、学年で必ず一位を取っていく春花を不思議に思うほどに難解になっていっている。
一般的な知識と言っても自分で魔法を構築できるくらいの知識を卒業までにつけるというのが千万高校の魔法教育における指標であるためだ。
「あれ、何してるんですか?」
「蛍?蛍こそ珍しいな」
成績がトップクラスである蛍が、いくら魔法の学科でもテスト直後にまで勉強する必要はなさそうだが。
「僕は本を借りに行くだけです」
「…本?」
「その…春花から、読んでみろと催促されたもので」
「山王寺さんから?」
翔はそれを聞いて、そんなイベントがゲームにあったことを思い出した。
好感度をだいぶ上げた後のイベントだったように思う。
「不服そうな口調の割に嬉しそうだな」
「なっ…そんなわけないじゃないですか。わざわざ人の勧めた本を読むなんて面倒ですよ」
「その面倒なことをしようとしてんじゃん」
そう言って翔がからかうと憮然とした顔で歩き出す蛍。
「からかいすぎたか」
普段は表情もほとんど変えず冷静で何事にも動じない蛍がムキになったのがおかしくてからかったのだが、置いていかれてしまったことに頬をかく。
「……素直じゃねェでやんの」
「うわっ!」
翔が飛び上がった後ろに清明が立っていた。
「知ってっか?あいつ三王寺といる時、表情変わるんだよ」
「…え」
それは翔から見ても何となく気づいていたが、犬猿の仲である清明が気づいているとは思わなかった。
やはり、友人として見ているということなのだろうか。
「ま、それはそれとしてだ。お前どこ行こうとしてたんだ?」
「図書室だよ。魔法のテスト、ヤバかったからな」
「うへ、あの面倒くせぇ魔法の理論やるのかよ。お前といい千鳥といい…何であんなのやれんだよ…」
「四月一日も成績良いもんな、そういや」
「あいつ運動部のくせしてそこそこの成績なんだよな…」
「お前赤点取るしな」
彼の成績といえば、ゲームの中でも順位表に真っ赤な数字が並んでいた。
「うるせぇっ。お前は俺と同類だと思ってたのに普通に成績優秀者に並んでやがるしよー」
「だったら勉強しろよ」
喋る間にも翔は歩いていたので、もうそこは図書室だった。
「ウソだろ…」
「言っておくけど、騒いだら三王寺さんの魔法でぶっ飛ばされるからな」
「…分かってるよ」
今日の図書貸し出しカウンター当番の中に春花がいるのだ。
春花が構築した魔法の中に、図書室内で騒いでいる生徒に対して注意する為の魔法がある。
それがまた、痛いのだ。
しかもそれでいて衣服や身体には影響がない。
「…って、あれ見ろよ」
「?」
清明の指さす方向には、蛍と春花。
「あ。これ私が勧めた本」
「パラ読みして一応面白そうだと思ったので」
「でしょ?蛍が好きそうだと思って勧めてよかった」
「毎度毎度僕に本を勧めてきますけど、他に勧める人いないんですか?四月一日さんとか」
「だって蛍は幼馴染で勧めやすいんだもの」
「…そうですか」
「よしっ、手続き完了。返却は―」
「一週間後でしょう。もう分かってますよ」
「それでも言わないといけないの」
「そうですか」
蛍にしては長く喋っている。
「上野も一君もそこで何してるの?」
「えっ、いや…魔法のテストがあまりよくなかったから、勉強しようかと…」
「…一君も?」
「そんなわけないでしょう春花。この人が勉強するとか言い出したら雪どころか槍が降りますよ」
「蛍、それはさすがに…」
「ああそうだよ勉強しに来たわけじゃねぇよコラァ!」
「一君、ここ図書室」
憎まれ口を叩く蛍を諌めようとした春花が、割り込んだ大声に据わった目をして清明を見る。
「…オウ」
一度その魔法を味わったことのある清明は即座に口を閉じたのだった。