里帰りです
「つかれた~」
「お疲れ様です、休憩してもらって大丈夫ですよ」
俺は四苦八苦しながら何とか仕事を終わらせて既に机に顔をつけて今すぐにでも眠れるくらい眠い。
「お風呂に致しますか? ご飯に致しますか? お眠りになりますか? それともし・ご・と?」
「勿論眠ります!」
最後に訳の分からない選択を迫られたけど、まともな選択肢を選んどいた。
「分かりました、では着替えてきますので少々お待ち下さい」
「ん?」
なんでリニアが? とか思ったけど、聞く前にリニアは出てってしまった。
そして五分くらいしてから、リニアが戻ってきた。
うん、普通に水色に白の水玉のパジャマでバナナのような形をしたピンク色の抱き枕を抱えていた。
「さ、行きましょう」
「待て待て待てい」
「何でしょうか?」
「なんでリニアが着替えてるの?」
「何でって……一緒に寝るからですけど……」
そんな当然のように言われましても、困るんですが。
するとコンコンとノックする音が聞こえてリニアがドアを開けると、そこには可愛らしいお姫様のような、白を基調としたドレスを着たトーカが立っていた。お姫様のような、じゃなくて本当にお姫様だったっけ。
「全く気が抜けないよ……リニアはメイドなのにリファスに近づこうとするんだから」
「主に使えるのがメイドの本分。一緒に寝るのに問題が?」
ありますよー、と俺は心のなかで小さく突込みを入れた。
「あるわよ! 一緒に寝るのは正室の私よ!!」
トーカさん突っ込むとこが違いますよ。
あぁ、これが修羅場ってやつか。初めてみた。いや、初めて体験したか。
「リファス様は!」
「どっちと寝る!?」
おっっと、こんなテンプレ展開期待してないぞ。俺にこれでどちらを選ぶ勇気なんてないので、ここは俺もテンプレの言葉で返すことにする。
「み…みんなで寝ようよ」
俺がそう言った瞬間、二人とも少し黙って顔を見合わせて、「リファス(様)がそう言うなら……」と納得してくれたようだ。
ほっと安心したのも束の間で、二人とも両方から胸を俺の腕にムギュっと押し付けながら「じゃあ行きましょう」とトーカがやさしく言った。
もーやめて、嬉しいんだけどやめて。歩きにくいし、理性が危ないねん……。
それにこうやってみんな俺に好意を寄せてくれてるのを経験して、それは『俺』ではなく本当の『リファス』に向けられたものである気がしてどうしても後ろめたさが出てしまう。でもこの心地よさに甘えてしまってる自分がいるのも分かってる。
俺達は何とか寝室に到着して、ベッドに横になった。右側にトーカ、左側にリニアという状態で。両手に花とは正にこの状態の事をいうのだろう。
少ししてから両側からスースーと寝息が聞こえてきたが、俺の方は二人にくっつかれて暑くて眠れない。正確には興奮して眠れないって感じか。だって二人とも胸を俺の腕に当てたまま寝てるんだもの。
「よいしょ」
何とか二人をはがしてからベッドから降りて、結局その日は床の上で掛布団一枚だけもらって寝た。床で寝る王様かぁ……と思いながら。
その日の朝は誰かの怒る声で目が覚めた。
薄目を開けてみてみると、視界に入ってきたのは黒いスーツのズボンのすその部分ときれいに手入れされた黒い靴だ。
やけに視線が低いな、そう言えば昨日床で寝たんだっけ。
なんとか起き上がって少し視線を横にずらすと正座させられてるリニアとトーカの姿があった。二人の前で立って怒ってるのはジニアだ。
なんとなく二人が怒られてる理由は分かったので、ジニアに許すように言って説教をやめてもらった。
「いいですか、二人ともリファス様の睡眠の邪魔はくれぐれもしないように」
ジニアはそう言って二人を軽くにらんで部屋から出てった。
「「ごめんなさい」」
二人は正座したまま体をこっちに向けて深々と頭を下げてくれた。
「だ、大丈夫だから。二人とも頭を上げて」
地味に一回くらい言ってみたかったセリフを言えた。
その後俺は着替えてから朝食を食べて、今日はトーカと一緒に城下町に出た。
町に出ると、道行く人々みんなが「リファス様、よくご無事で!」とか「トーカ様、良かったですね」とかっていう声が聞こえてくる。本当にみんなから慕われてたっていうのが分かる。
「ねぇトーカ、そう言えば俺の死因ってなに?」
今まで死んでたとは聞いていたけど、何で死んでたのかは聞いてなかった。
「ついこの前にドラゴンの大群が攻めてきたのは覚えてる?」
「は?」
ちょっと待て、意味が分からないんだけど。
「リファスが死んでしまう大体半年くらい前に、天界から大量のドラゴン達がこっちの世界に攻めてきたんです」
はい、異世界登場しましたー。何ですか天界って。そう言えば俺が今いる場所も異世界でしたね、すっかり忘れてました。
「天界は文字道理、雲の上の天空にある世界なの。でも雲の上って言ってもこっちからは行く術がないんです。というか場所が分からないんです、雲の上って事しか」
なるほど、つまりラ○ュタか。
「ドラゴン達の目的はこっちの世界との友好、交流です」
「ん? さっき攻めてきたって言ったよね?」
「殆ど一緒です、ドラゴン達の要求は脆弱な力のない人間を排除して、力のある人間との交流でした」
「排除って……」
「つまり、弱いものは殺して強いものだけになった人間達と友好関係を築こうって事です」
「それは……」
酷い、大陸の人間の殆どが死んでしまうって事だ。流石にそれはまずいってのは俺でもわかる。
「勿論私達は反対しました。そしてドラゴンと人間達の戦争が始まってしまったのです」
でもそんなこの間まで戦争があったのに町がきれいすぎないか?
「リファス様を含む十賢大魔道達とその仲間で何とか応戦したんですが町のいたるところが破壊されました。町人たちの避難は済んでいたので死人は最小限に押さえられました」
「にしては少し町がきれいすぎる気が」
「十賢大魔道の中に修復魔法がとんでもない奴がいるの。そいつが直してくれたの」
そういう事か、魔法って本当に何でもありなんだね。
「なんとかドラゴン達を追い返したけど、ドラゴン達の最後の悪あがきで一体がラファス様目がけて攻撃してきたんです。でもリファスはそれをかばって、運悪く当たり所が悪くて死んでしまったの」
そう言う理由だったのか。はっきり言って何とも言えないような気持ちになる。
「あ、着きましたよ」
トーカにそう言われて俺は顔をあげた。
「ん? どこに?」
「城を出る前に言ったじゃないですか、私の実家よ」
ほー……。普通の二階建てのきれいな家だ。割と新しく立てたのかな。あ、直したって言ってたな。
「お母さーん! ただいまー」
トーカはピンポーンとインターホンを鳴らしてからそう大きな声で言った。
するとはーいという元気な若い女性の声と共に、ドタドタドタゴン!という音と共にきれいな身長百五十五くらいの肩までの短い桜色の髪の、きれいな女性がドアを開けて出てきた。
「トーカ! 久しぶりね! リファス君も!」
国王を君づけとはすごい度胸の人だな。いや別に、だからって何もしないけど。
というか今更だけど国王とその正室が護衛もなしに城から出てきちゃっていいのか? まー、二人で抜け出してきたんだけどね。
「リファスは覚えてないと思うから紹介するね、この人私のお母さん」
若い。姉ちゃんでも通じるくらいに。
よく見るとぱっちりとした目の横には小さなしわなどがあり、それなりの年であることがうかがえる。
「さぁ入って。先にお客さんが待ってるよ」
誰が? とは思ったけど、聞く間もなくリビングに連れていかれた。
「どうも、お久しぶりです」
嫌味たらしくそう言ったスーツを着た初老の男性は何かを飲みながらこっちを向いた。
「「あ、うげぇぇぇぇ!!!」」
ジニアだった。なんでここにいるんだよ。
「まぁ、今回は場所が場所なだけに見逃しますが、二度と抜け出したりはしないでくださいね」
「「はい、ごめんなさい」」
俺達はにらみつけてくるジニアにぺこりと頭を下げた。
「おいしかったです、では私はこれで」
トーカのお母さんはほほ笑みながらジニアを見送った。
「まぁ、お城と比べたら小さいですけどゆっくりしていってくださいね」
そう言われた俺はとりあえずイスに座って出てきたお茶らしきものをすすった。