襲撃者
俺達は予定を変更して、明日の朝には国に帰ることにした。
と言うわけで翌日の早朝六時。
「なんか展開早くないですか? さっきまで昨日の夕方だったじゃないですか」
「シャルル静かに! そういう事は言っちゃダメだよ」
「え? なんで? 優愛だって早いと思ってるでしょ?」
「思ってるけどそういう事は言っちゃダメなの! 大人の事情」
「ワタシオトナ」
「とにかくもうそういう事は言っちゃダメだからね」
「……はーい」
遠くの空から『ごめんなさい』って声が聞こえて気がしたけど、まぁいいや。
俺達はキリンにお礼を言ってからその地を飛び立った。因みにガイウスが俺達を背中にのせて飛んでくれたので帰りは飛行機には乗らなかった。
城に到着して俺達はガイウスの背中から降りる。
「ただいま~~……?」
いつもならこういう時は必ずメイドや執事が誰かしら出迎えてくれるはずなのに、誰も出迎えてくれない。辺りを見渡してみても誰もいない。城の中に入ってみても誰もいないどころか物音ひとつしない。
「なぁ…」
「おかしいですね」
トーカもおかしいと思ってるらしく俺の言葉に自然に言葉を付け加えた。
「とりあえず二手に分かれて調べてみよう」
トーカ、シャルルの組と俺、優愛、サキナの組に分かれて探索することにした。トーカとシャルルは主に城の中、俺達は城の外、主に敷地内を探すことにした。
まず俺達はペットルームに行くことにした。もしかしたらあそこにいる誰かが何か知っているかも知れない。
でも何か悪い予感もする。急ごう。
マキュリやカムス、ジワブや他のみんなは無事だろうか。
「な………」
結果からして誰もいなかった。荒らされた跡や争った形跡もない。
「リファス…これ」
優愛が持ってきたのは朱色の綺麗な人間の子供くらいの大きな一枚の羽根だった。
瞬間、サキナの顔が真っ青になる。
「これは……カムスの、フェニックスのものです」
普段ここに住んでいるわけだから羽根の一枚や二枚落ちていたところでなんら不自然はない。でもシャルルの様子からしてただ事ではない。
「通常フェニックスの羽根が抜けるのは年に一度の全身の羽根が生え変わる時期だけです。それ以外の時期では絶対に羽根が抜けることはありません、例外を除いては」
「例外?」
優愛が興味深そうに聞いた。
「……自分で抜くんです。身の危険が迫った時にのみに一枚だけ」
つまりこの羽根が示すのは―――
「何かあったのは間違いないですね」
だとしても、ここにいた二百匹以上のペットたちを暴れさせずに一匹残さず外に出すことは可能だろうか。そもそも誰がなんのために? ペットや白の人間達はどこに行った?
ペットたちも城の人間も一人もいなくなった。……いや待てよ。
俺は地面に手のひらをつけて特別な超音波を出す。
すると少しして地面の中からモグラに似た生物がひょこりと顔を出した。そして俺達の顔を見るなりぴょこっと土の中から出てきて、泣きながら走ってきた。
「だ…旦那~! すまねぇ、すまねぇ、あっしは見てることしか出来なかった! みんなつれてかれちまった。あっし怖くて怖くて、ばれないように土の中で息を殺すのが精いっぱいでした! あっしは…あっしは…」
「落ち着いてドリュー、何があったの?」
俺の事を旦那と呼び三十センチくらいの小さな体でモグラのような生物、それがグラーモのドリューだ。茶色い体毛に覆われた体と土の中での生活に適応した鋭く丈夫な爪。暗い土の中でも良く見えるように発達した体に比べて大きな目。
ドリューは深呼吸してから涙を流しながら話し出す。
「昨日の夜の事でス、みんなが寝静まったころにペットルームに一人の人間が来たんです。あっしは遠くから見てたんで少し背の高い男ってことぐらいしかわかんなかったスけど」
どうやらドリューは少し落ち着いたようだ。でもまだ少し呼吸が荒い。
「勿論ジワブが対応してました。でも途中からジワブが声を荒げ始めたんでス。その声で何匹かのペットが目を覚ましたんであっしはマキュリの影に隠れて少し近づきました。その時、突然ジワブがその場から消えてしまったんでス。本当にパッと」
空間転移の魔法かなにかか? でもジワブ程の奴をパッと移動させるには相当の力が必要だ。
その後はあっという間に部屋のみんなは次々と消されていったらしい。そしてドリュー以外がいなくなると部屋から男は出て行ったという。
「城のみんなはどうなったか知らないか?」
俺の質問にドリューは静かに首を横に振った。
俺はドリューもつれてトーカ達と合流することにした。
城の前についた時に、突然三階の窓ガラスが割れてトーカが飛び出してきた。いや、正確には窓の外に投げ出されたかのように見えた。
「………!」
俺達は一瞬全員言葉を失う。体が動かなかった。金縛りにかかったように自分の体が言う事を聞いてくれない。
「旦那!!」
ドリューの叫びで金縛りが解けて、トーカの元に駆け寄り地面に落ちる前に彼女をキャッチする。
彼女は血まみれで、息もあがっている。
「リ…ファス…無事…でし…か……」
「俺達は大丈夫だ。一体何があった!? シャルルはどうした!?」
「逃げて…下さい……。奴らで…す……スイレ…ン団です……」
『スイレン団』という言葉を聞いた瞬間、サキナが顔を青くして声にならない声をあげた。
「旦那!! 上!」
ドリューに言われ上を見ると、三階の壁の一部が破壊されシャルルが力なく倒れているのが見えた。そしてその背後に数人の男の姿が見えた。
「ドリュー! みんなを連れて地下に隠れていろ!」
ドリューが少し怯えたように返事をしてから僅か一分足らずで大人が五人は入れるようなスペースを作り上げた。勿論入口は狭く、カモフラージュもしているが。
俺はその間にシャルルを助けに行き、ドリューに任せた。
「俺はあいつらを追ってみる。すぐ戻るつもりだが、三十分経って俺が戻らなかったらディノポネラ王国に逃げろ。そこでリオックさんに事情を説明して匿ってもらえ」
ドリューとサキナと優愛は静かにうなずいた。
俺は急いで城に戻り、索敵魔法を使う。
この魔法は自分を中心とした半径五百メートル程の他人には感知しにくい球体を出して、その中の人や物体の数それらの動きを完全に把握することが出来る。
すぐに見つけることが出来た。場所は一階のロビー、男が二人に女が一人。
俺はすぐにロビーに向かう。今俺がいるのは三階、一階ロビーの真上。悠長に階段を使って降りてはいられない。仕方がないから俺は床をぶち抜いて一階まで到達した。
目の前にはさっき感知した三人がいた。
「…まさか自分の家の床をぶち抜くとはな」
全員が黒スーツを着ていて白いフルフェイスのヘルメットをかぶっている。おかげで全員の顔が分からない。それにしても異様な姿だ。なんというか…笑える。
異様な姿の三人は俺を囲むように立った。
「「「………ハァ―――ハ!!」」」
体の芯まで響くような低い低音の掛け声のようなもの。俺は三人から気を逸らさずに構えをとりなおす。
「ウンババ、ウンババ、ウンバババ」
一人の男が不思議な音程で不思議な言葉を口にする。
「「バッバッバッバウンバババ」」
もう一人の男が合流して歌いだす。
「ラ―――ル――ララ――ル―ルー」
女は不規則に手拍子しながらやはり不思議な音程で不思議な言葉を口にする。
どんな攻撃が来るのかと身構えていたが、突然の訳の分からないことにどうすればいいのか分からなくなってしまう。
「な…何をしている!」
三人は俺の言葉を無視して三人は訳の分からない儀式のようなものを続ける。
一分を過ぎた頃、突然俺の視界が回転した。
一瞬何が起きたか理解が出来なかった。何故か強烈な腐臭がする。それに強烈な耳鳴りが聴こえる。他の音が聴こえないことはないがひどく聴き取りにくい。
右手首に何かをつけられたような気がした。
遠くから何か聞こえた気がした。何かバタンと倒れる音と腹部と胸部に衝撃を感じた。
……あ、俺が倒れたのか。
何故か立ち上がれない。それに腐臭と耳鳴りが消えない。めまいは少し良くなったがまだはっきりと見えない。
ようやく視界がはっきりした時には三人は消えていた。何故か耳鳴りと腐臭が消えない。くっせぇしうるせえ。
なんとか立ち上がってあたりを見渡してみてもやっぱり三人はいない。
時間を確認してみる。まだ十五分くらいしか経っていない。
「クソッ!」
逃げられた。地面に八つ当たりしたところで三人が出てくるわけじゃない。それでも八つ当たりしていた。
とりあえずまだ三十分経っていなかったのでみんなに合流した。