流れるプール
「で、これって本当に行けるんですか?」
「もち」
旅行券を手に入れたシャルルがトーカが破壊したビーチボールを片付けながら聞いてきた。
ちゃんと行けるように準備はしてあるので問題ない。正確には執事たちに準備させた、だが。
「ところでキヌグサ温泉ってどこにあるんですか? 聞いたことないんですけど…」
サキナの質問は当然だろう、場所は勿論国内じゃないし知る人ぞ知る穴場スポットだ。
「東の海に囲まれた小さな島国の独立国家、ジャパングにあります」
ジニアから初めて聞いた時はなんか聞いたことがあるような設定と名前の気がしたが、やっぱりどこかで聞いたような気がする。いくら考えても思い出せないから、もう諦める。
それよりもさっきからトーカが一言も喋っていないし、体育座りから動こうとしない。ビリだったのがよっぽどショックだったのだろうか、トーカの周りだけどんよりとした空気な気がする。それとは正反対にシャルルはとても機嫌が良さそうだ。さっきから俺の手を掴んで、早くプールに入ろうと誘ってくる。勿論俺だってプールに入りたいが、流石に今のトーカをほっとくわけにはいかない。
「みんな行くよ、ほらトーカも」
俺はトーカの手を掴んで軽く走り出す。俺も大分性格はイケメンになってきたな、とかキモイことを考えながら。
「おっ…ふぅ…」
思った以上にトーカの踏ん張りが強くて、走り出せなかった。
少しかっこつけていただけに恥ずかしい。
後ろでリニアと優愛に鼻で笑われた気がするが、多分気のせいだろう。うん、きっと気のせいだ。
その後俺とジニアの二人で引っ張ったのだが、トーカは全く動かなかった。が、ジニアの「これ以上動かないようならセクハラしまくりますよ」の発言で、トーカは水が流れるように音もなく静かに立ち上がり動き出した。
それほどまでにイヤだったのだろうか、ジニアが少しかわいそうだと一瞬思った。本当に一瞬だけ。女子なら普通はセクハラされるのはイヤか。
その後は約束道理ジニアは荷物番と言う事で残り、俺達はプールに向かった。
「そう言えばジワブとキャメルとリオックさんは?」
トーカの機嫌はもとに戻ったようだ。さっきジニアを一発ぶん殴ったからスッキリしたのだろう。
「みんな帰ったよ。正確にはキャメルはいつの間にかいなくなってたし、リオックさんは今執事たちが送ってる」
「そうですか、というかキャメルはともかくリオックさんはよくこんなのに参加してくれましたね」
「あぁ、あの人リオックさんじゃないよ」
「「「「えっ?」」」」
全員の声がそろった。
「あれ、言ってなかったっけ?」
とは言ったものの、元々このくらいのタイミングでみんなに言うつもりだった。
「初耳ですよ」
サキナがポツリとそう言った。
「だって俺はともかく国王がいちいち他国でやるこんなレベルのイベントに来るわけないでしょう。リオックさんの代理みたいな人?」
「「「「あー……」」」」
全員が納得したようだ。
そんな話をしてたら巨大流れるプールに着いた。
子供も大人も楽しめるように流れは比較的緩く、水深は約一メートル程だ。それの内側に大人向けの流れが速めの水深が深めの一・六メートルの流れるプールがある。勿論そこには身長制限と子供が入れないように魔法アイテムで結界っぽいものがはってある。正確には子供が嫌う子供にしか聞こえない音を常に発しているらしい。勿論俺には全く聴こえない。
俺達はいきなり内側の流れが速い方に入った。皆さんお察しの通り、お姉さまが身長制限で引っかかりました。
係員の人にガンとばして殴りかかろうとするのを五人がかりで何とか止め、トーカが係員の人にちゃんと説明した。その後この施設のお偉いさんが出てきて何度も何度もお姉さまに謝ってた。さっさと着替えればいいものをいつまでもスク水なんか着てるから、と俺は思った。勿論思っただけで口には出してない。
入ってみると思った以上に流れが速く、確かにこれでは幼女には危険だ。おっと間違った、子供には危険だ。俺達大人ならちょっとしたスリルを味わえて楽しい。
ぷかーっと浮いてみるとあっと言う間に全長三百五十メートルの、この流れが速い流れるプールを一周できる。
そして自慢ではないが俺は泳ぎが得意ではない。例え「国王なのに泳げないんですかー?」というリニアの安い挑発に乗ってしまって、競争をすることになってしまっても。流れが速いからなんとでもなるだろ、という考えを持っていた。でも後々後悔した、壁に頭をぶつけ、そして足をつってしまったりしたので。
「スンマセン」
何故俺が謝ってリニアが腹抱えて大爆笑しているのだろうか? 本当にこいつはメイドなのだろうか? 俺だって流石に本物のメイドがメイド喫茶にいるようなメイドだとは思っていない。でもうちにいるメイド達は一部を除いて何か雑だ。みんな仕事はしっかりやってくれていると思う。でもなんだろう、(特にメイド長が)俺の扱いが雑だ。別にそれがイヤってわけじゃない、むしろ興奮することもある。でもそれってメイドとしてどうなの? ってことだ。
話しは変わるが俺は女の子と二人でプールに来たことはない。引きこもる前に何度か優愛をプールに誘ったのだが、結果として一回も行ってくれなかった。なぜなら彼女はカナヅチだから。
俺のアニメや漫画で鍛えた知識だと、女の子とプールに行くと笑顔で水をかけあったり、一緒に泳いだりするものだと思っていた。こういう言い方だと思ったことと違ったように聞こえてしまうけど、別に思った通りだった。
ただスケールがおかしかった。
お姉さまがプールの水を誰かにかけようとすれば、水しぶきが飛ぶのではなく一、二メートルくらいの波ができた。勿論他のお客さんが少し流された。流れるプールの流れが少しだけより速くなった。
なんとなくここに居づらくなってしまったので、俺達は次はウォータースライダーに行くことにした。