魔法が使えました
「ん…」
目が覚めると真っ先に視界に入ってきたのはトーカの顔だった。後頭部に枕ではない何かの柔らかさを感じる。
「起きましたか、リファス」
目をこすりながら何とか起き上がるとニコニコと笑っているトーカに見つめられてしまい俺は恥ずかしくなってしまい顔を下に逸らした。
「可愛い」
貴女のが可愛いですよお嬢さん、なんて思いながらも恥ずかしくて顔をあげられない。
………ちょっとまて、トーカは正座をしていて後頭部に暖かい柔らかさを感じて目を開けた時に真っ先に視界に入ってきたのがトーカの顔。以上のことから考えて、もしかして俺はさっきまで膝枕をされていたのでは!? くっそぉぉぉぉぉ!!! もっと横になってれば良かった。と、顔を下に向けながらちょっぴり後悔する俺である。
「リファス!!」
その声と同時にバン! と勢いよくドアが開いてそこには肩まである茶色い髪をツインテールにした十二歳くらいの女の子が立っていた。
「えと…だ―――」
「貴様の立派な姉貴のラファスだー!」
俺が言い切る前にドロップキックがとんできた。と同時にそれが直撃した腹部あたりからボキボキボキッという鈍い音が聞こえた。
「トーカも久しぶりだな!」
そう言って姉と名乗った女の子はトーカの背中をトントンと笑いながら叩いている。叩くたびにメキッとかボキッとか聞こえるのは気のせいだろうか。若干悲鳴っぽいのも聞こえるし、トーカさんの顔も徐々に青白く歪んでいってるような気もする。
「ラファス様、軽くでも絶対に人を叩いてはいけませんって言ったでしょう! 貴女そうやって先月うちの使用人を合計十三人病院送りにしたの忘れたのですか!? 貴女は人一倍、いや百倍はバカ力なんですから気をつけて下さい!」
リニアが後から走ってきて怒ったようにとんでもないことを言った。
「いやーごめんごめん。久しぶりに会えたからさ」
そう言ってラファスはもう一度トーカをたたいた。
「死…ぬ…」
そのセリフがまんざら嘘にも見えない悲劇的な状況で、俺も腹部が痛くて動けない。
「とりあえず二人なので私が今治しますが」
リニアはそう言ってトーカに手をかざした。するとお決まりのようにそこが白く光り、だんだんとトーカの顔色が良くなっていく。トーカが立てるようになった後にリニアは俺にも手をかざして腹部の骨折を治してくれた。
とりあえず、俺の姉だと名乗るラファスには逆らったら死ぬということを覚えた。いや、逆らわなくても死ぬかも。
「ちょっとラファス! また力強くなったんじゃないの!? 本気で死ぬかと思ったわよ!」
トーカさんはかなり怒っているようで今にも頭から湯気がでてきそうだ。そりゃあ骨をあんだけ折られたら誰でもブチギレるだろう。
「リファスの記憶がないってのは本当なの?」
ラファスがとりあえずベッドの上に座って聞いた。
「うん、なんか他人の記憶も交じってるみたいで結構厄介かも」
何とか怒りが収まったように見えるトーカはさっきよりも落ち着いた口調でそう言った。
「そうなんだ……もしかして私のことも覚えてないのかな」
「多分。私達のことも、この国のことも何も覚えてないみたい。もしかしたら魔法も使えなくなってるかも」
「そっか、残念だね」
ラファスはそう言って俺の方を見つめてきた。向こうにとっては弟でも俺にとっては他人な訳で、幼女(二十五歳)に見つめられるのは初めてだから妙に緊張してしまう。
「私は貴方の―――リファスの姉でミスティリア・アポロン・ラファスと言います。こう見えて二十五歳なんだよ。…………弟に自己紹介するなんて不思議な感じ」
その小さな体で大人っぽくほほ笑むラファスは年相応の心を持っているように見えた。
「ラファス様は魔法が全く使えないかわりにとんでもない怪力の持ち主なんですよ。リファス様とは正反対ですね」
リニアが付け加えるように説明をしてくれた。
「正反対?」
「はい、リファス様は十賢大魔道に選ばれるほどの魔法の力を持ってますが肉弾戦は本当に……」
メイドに憐れみの視線を向けられるというのもなかなか……。いや、何でもない。
聞くと、俺であるところのリファスは魔法戦ではとんでもない実力を発揮するのに対して、魔法を使わない肉弾戦では人並み以下だという。例えば、音速の魔法の矢は見切る事が出来るのに、子供が放つ弱弱しいパンチは避けられないという不思議な特性を持つんだとか。他にも聞くと魔法力を測るマシンがあり、一般人が大体二千~五千くらいなのに対してリファスは最高六十二万をたたき出すのに、パンチ力を測るマシンでパンチ力を測ると一般人が百~五百の数値を出すのに対してリファスは最高五十という何ともしょぼい数値なのだとか。
姉であるラファスや屋敷にいる兵隊たちにさんざん稽古をつけてもらっても、数秒でノックアウトしてしまうらしい。
哀れなり、リファス様。というか俺。
俺はとりあえずトーカやサキナ、シャルルと共に屋敷の庭に出た。勿論そこは庭と呼べない程に広かった。最近のテレビ風に言うなら東京ドーム二個分くらいだろう。全体が見えないので見える範囲だけだが。行ったこと無いから正確な広さは分からないけど。
屋敷を中心として北側の庭に水色の庭内専用車で連れていかれて、そこには赤い鳥居のような門の上部の真ん中に、木で出来た看板に大きくよくわからない文字が書いてあった。
異世界特有の言語か。元の世界に帰れない以上、いや帰りたくない以上この言葉を覚えていくことになるのか。中学の英語が万年2だった俺が覚えられるのか。万年1じゃなかっただけまだ希望があるのかも知れないが。
「あれなんて書いてあるの?」
俺が聞くとトーカは一瞬でとんでもなく驚いた顔をした。
「ま…まさか、カマラニア語すら読めなくなってしまってるの……!?」
そう言って落ち込んだような表情になってしまった。
…日本語でも大丈夫ですか? 勿論ダメですよね。でも日本語が通じないなら何でトーカやこの世界の人たちと普通に会話ができてるのか疑問だ。ほんやくコ◯ニャクを食った覚えもないし、話せるけど読めないってもしかしたらリファスの記憶が少し俺の中に残ってるのかも知れない。
「カマラニア語はこのカマラニア大陸で使われてる主言語で、あれは『魔法訓練所』って書いてあるのよ」
トーカが苦笑いのような表情でそう言った。流石に字が読めないといういうのは予想してなかったのだろう。
なんでここに来たんだろうとか思いつつも、俺は黙ってトーカの後をついて門をくぐる。
するとそこは恐らく学校の体育館五つ分くらいの広さの大きな部屋の中だった。
「ここは魔法を鍛えるためにつくられた場所でどんな魔法を使っても外には影響が出ないようになってます」
ほーすごいな。聞くとリファスが大爆発の魔法を使ってもこの部屋には傷一つつかなかったのだとか。
「リファス、魔法を使ってみて下さい。出来るものだけでも構いません」
そんな事言われても魔法なんて使ったこと無いしな…。でも真剣に見つめるトーカに出来ないなんて言えずに、俺はしかたなく右手の手のひらを前に突き出し知っている呪文を唱えてみる。
「ホ○ミ!!」
元気だけど回復呪文を叫んでみると、不思議なことに俺の右手から人の頭くらいの大きさの火の玉が出てきて、十五メートルくらい先にある木の箱に当たってドゴォンという音をたてて大爆発した。
「………は?」
そう言うのが精いっぱいだった。だってあんな大爆発を起こすホ◯ミなんて見たこと無いし。それ以前に自分の手から火の玉が出てきたことにびっくりだ。
「ふぅ…全く使えなくなってるってわけではないみたいですね。でもだいぶ威力が落ちてますね」
いつの間にかこの場に来ていたサキナがそう言った。それに続けるように隣いたシャルルが口を開いた。
「他には何かできますか?」
……そんな事言われてもな…さっきの火の玉だってたまたま出てきただけだしな。三人ともめっちゃ見てるからここで出来ないなんて俺は言えないので、とりあえず両手の端を合わせて花を作るような形にして、それを右側の腰あたりに持ってくる。
「かーめー○ーめー波―――!!!」
あの伝説の技名を両手を前に突き出しながら叫んでみる。魔法ですらないし、ただ知っている技名を叫んだだけなんです。
すると今度はその前に突き出した両手から無数の氷の矢が出てきてドドドドと壁に激突した。
―――なんか違うの出た! というか何ですかこれは…?
矢が当たったところの壁は若干凍っていたが、そんなことよりも俺が火の玉の次は氷の矢を出したことにびっくりだ。
「ど…どういう事なんすか?」
なんとかそういう事ができた。
「リファスが十賢大魔道の副リーダーっていうのはお話ししましたよね?」
「あ、うん」
トーカが話し始めた。
「一般人はそんな多くの種類の魔法は使えないんですけど、リファスは使える魔法の数がとんでもなく多くてそのどれもがとんでもない威力を持っているんです」
そ、それはすげえ。
「言うまでもないですがカマラニア大陸で二番目の大魔導士なんです。一番は十賢大魔道のリーダーの方なんですけど」
まぁ、そうだよな。十賢大魔道っていうくらいだから十人いるんだろうけど、今聞いても多分覚えられないからまた機会があったら聞くことにしよう。少し気になるけど。
というか疲れた。魔法なんて使うのは勿論、実際に見るのすら初めてだ。
「というかさっき魔法出すときになんか叫んでましたけど、あれは気合でもいれてたんですか?」
「……」
シャルルにそう言われてかなり恥ずかしくなった。技名を思いっきり叫ぶなんて顔から火でも出そうなくらい恥ずかしい。
「と…とりあえず他の場所を案内してよ」
何とか話を逸らしてみたらトーカが次はペットルームに行こうと言ってくれたのでそれに従うことにした。