デステニーランド
「リファス! デートしましょう、デート!」
いきなり部屋に入ってきて執務机で仕事をする俺に向かって、そう言ってきたのは第二側室であるシャルルだった。
「いきなりどうした?」
仕事をしている手を一旦止めて、俺はシャルルに視線を向ける。
「だって最近リファス、優愛の事ばっかで私に構ってくれないんですもん。デートしたいですデート!」
なんと可愛らしい理由だろうか、今すぐに抱きしめたい衝動に駆られる。
俺だってこんな可愛い女の子が、こんな可愛い理由でデートに誘ってくれたらすぐにでも飛び出したい。でも飛び出せない理由がある。仕事が山積みになってるのと、逃げだそうものならリニアに何されるかわかったもんじゃない。
式典の後処理がたんまりと残っているのだ。
「行きたいけど…抜け出したらリニアに殺されるしー…」
というわけでデートはまたの機会に持越しと言う事になるか。
仕事が多すぎでござるよ。
シャルルは俺の前に立つと右手の人差し指を立てて、俺に向けて小さく円を描いた。すると一瞬俺の周囲がキラキラと光った。自分の手を眺めてみても特に変化は見られない。いや、少し大きくなったか?
「変身魔法です。今のリファスはどこからどう見ても執事にしか見えませんよ」
そう言えばシャルルの使う魔法の一つは変身魔法だったな。シャルルの方を見ると、そこにいつものシャルルの姿はなかった。メイド服に身をつつんだ、黒髪貧乳のシャルルが立っている。シャルルなんだけど、なんか違和感がある。多分みんながシャルル…じゃない? と思うくらいの変化だ。
そしてシャルルは自信満々で俺を部屋から連れ出そうと、手を引っ張る。
俺には行く前にシャルルに言わなければならないことがある。
俺は少し乱暴にシャルルの手を振りほどき、その場に立ち止まる。
「そんな装備で大丈夫か?」
少し違うかも知れないが、言いたかった。
「はぁ? 何言ってるんですか。早く行きますよ」
ちゃんと、返してくれよ!!
俺は心の中でそう叫んでからシャルルについて行った。
勿論ちゃんと準備をしてから行きました。
シャルルがデートで行きたいと言った場所は、昨年できたばかりのテーマパークだ。名前は『デステニーランド』。なんだよデステニーって。
何とか城を抜け出して、車庫に置いてあるジワブの愛車のバイクを拝借した。赤を基調とした車体の色に黄色と黒のラインが入っている。多分大型だろう。
俺は原付の免許を持っていたのでなんとなく感覚はわかる。それにこっちに来てからジニアに教えてもらって別の車庫に置いてあるバイクに何度も乗っている。
ヘルメットを二人ともかぶり、俺の運転で慎重に走り出す。慎重と言っても、このバイクは走ると大きな音が出る為になるべく人のいない場所を通ってと言う意味だ。
でも防犯のために城の敷地内には防犯カメラとガードマンがいるためにすぐに異変として気が付かれる。
このバイクを選んだ理由は簡単、ジワブが改造していてスピードが出るから。
「はえぇぇぇ!!」
何とか門を抜けたので、スピードを少し落として街の中を進んでいく。デステニーランドまでは約一時間程で着く。
―――で、道が少し渋滞していたので予定より十分程遅れて着いた。
因みに走ってる時はシャルルがガッチリと俺の体に掴まっていた為―――言うまでもないか。
「わぁぁ……」
目をキラキラと輝かせているシャルルは、まるで無邪気な子供のようだ。そう言えばシャルルは二十一歳で一番年下だったな。
「こういうとこに来たことないの?」
そう言ってから俺はすぐに今のセリフを取り消したくなった。なぜなら以前聞いたシャルルの家庭は、年の離れた弟と妹が五人と足が悪い母親しかいなくて貧乏だっただからだ。母親は内職であまり多くないお金を稼ぎ、シャルル本人はアルバイトを掛け持ちで何とか生活していたらしい。
でもシャルルが側室になってからは、実家にお金を送り続けている。そして俺がこっちの世界に来る少し前に足の悪い母親でも住みやすい家をプレゼントしてあげたらしい。
幸いにも今のセリフはシャルルは聞いてなかったらしく、俺はホッとした。
俺達はチケットを買ってから中に入る。
「リファス! 私あれに乗りたいです!!」
シャルルがそう言って指さした先には『ターボコースター』と書かれた看板が書いてあった。見る限りジェットコースターのようなものだが、明らかに一つだけ違う事がある。二人乗り用の機体の後ろに、何か噴射口のようなものがついていることだ。
俺の知っているジェットコースターよりもスピードが出そうだ。
これに乗るにあたって大事なことがあるので言っておくが、俺は絶叫系が大の苦手である。
中二の時に友人四人で遊園地に行ってジェットコースターに乗り、降りてから吐いた。その後のお化け屋敷では、友人曰く「お前の叫び声が一番怖かった」らしい。
それからは絶叫系には乗っていない。ついでに言うならコーヒーカップもダメだ。当然のようにバカみたいに友人が回すので、酔って吐いた。
それになんとなく想像できると思うが、乗り物全般弱いのだ。バスに乗ってお菓子食べたり後ろでも向こうものなら三分でアウトだ。本当にひどいときは乗用車でも酔う。後部座席に座ってケータイでもいじったら、二分で死ぬ。
そのくらい俺は乗り物に酔いやすい。
「やだ」
勿論俺の意見は華麗にスルーされた。俺達は列に三十分程並んでからターボコースターに乗った。隣に座るシャルルは目を輝かせてとても楽しそうだが、俺は勿論すぐにでも降りたい。俺達の乗った二人乗りのマシンがゆっくりと動き出す。最初の山に登るときが嫌なんだ……あれ? 山がない? 平坦な直線だぞ。もしかしたら名前だけでそんなに速くないのかも。
すぐに俺は後悔した、なんで僅かでも希望を抱いてしまったのだろう。
「ぶえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいぃぃぃぃ!!!!!」
一瞬にして加速した。
「ちょ…まっ…やめ…」
頭の中が真っ白になった。
「リファス、起きて下さい。リファス」
「フガッ!」
そして気が付いた時にはスタートした場所に戻ってきていた。
「え、なに?」
とりあえずゆっくりと降りて、正確にはシャルルに降ろしてもらい設置してあるベンチに腰掛ける。
「おろろろろろろろろ」
瞬間、吐いた。
お決まりだが、やるほうはいい気持ちではない。
とりあえず水道で口を洗い、気分を落ち着かせる。
「あれ何キロ出てるの?」
絶対にジェットコースターより速い。
「時速六百二十キロですよ。結構遅いですね」
おいコラ、あんた三半規管マヒでもしてんのか。十分速いわ。速すぎて吐いたわ。
頼むから次は絶叫系はやめてくれよ。
「次はあれがいいです!!」
シャルルが指さした先には古い洋館風の、いかにもお化けとか出てきそうな建物があった。
「デーモンハウス!!」
俺は絶叫した。