病気で捜索
「優愛を捜しに行くってどういうことだ!」
メイドと執事は目線を逸らして答えない。数秒の沈黙の後に、メイドの一人が口を開く。
「ト…トーカ様からリファス様に言わないように言われてますので……」
さっきそう言ってたからそんなのは知ってる。でも、はいそうですかって引き下がれない。
「構わない、言え」
三人はお互いの顔を見た後にメイドの一人が話し出した。
「ゆ…優愛様が突然お城からいなくなられたのです。三十分程前に執事の一人が廊下ですれ違ったのを最後に、誰も彼女の姿を確認しておりません」
続けて怯えたようにもう一人のメイドが話し出す。
「城内と敷地内ではメイドと執事が捜し回っており、現在シャルル様とサキナ様が街のほうに出ております」
そうなのか、そうとわかれば俺もすぐに探しに行かなければ。
玄関に向かって走り出すけど、足元がふらついてしまい壁に手をついてしまう。
「リファス様お戻りください! 今の貴方ではまともに走ることすらできません。部屋でお休みください!」
優愛がいないってのに俺だけが休んでいるわけにはいかない。だって優愛は俺の大事な…幼馴染なんだから。
「だったらお前達も手伝ってくれ、早く行くぞ」
俺は普段はこんな言葉遣いなんかしないのに、普段はこんなこと言わないのに。
そんな俺に驚いたのか、微妙な間が空いたが三人とも返事をして俺の体を支えてくれた。
「誰かトーカ達に俺は寝てたって伝えてきてくれ」
俺がそう言うとメイドの一人が静かに返事をして廊下を走っていった。
「あとこの屋敷の敷地内で夜空が一番きれいに見えるところはどこだ?」
優愛は星が好きだった。昔は近所の小高い丘の上で二人でよく星を見た。そこに生えていた大きな銀杏の木の下で、二人して眠ってしまったこともあった。将来は宇宙飛行士になりたいと言っていた時期もあった。それに優愛は何か嫌なことがあった時や、一人になりたいときにはよくそこに来ていた。
だから優愛はきっと今も星のきれいな場所にいるかもしれない。
「ペットルームの屋根の上です」
俺は急いでそこに行くことにする。メイドと執事にサキナたちがペットルームへ来ないようにしてもらい、俺は見つからないように城を出る。
苦しいのを我慢して、ふらつく足でペットルームに向かう。
そこで俺はとある事に気づいてしまう。もしかしたら誘拐されたのかも知れない。でもその可能性は限りなく低い。屋敷中にはメイドと執事が沢山いるし、敷地内には防犯トラップがいくつもしかけてある。これを全部抜けるとなると相当至難の業だ。俺も何回かひっかかったことがある。それに門のところには警備の者がいるし、侵入するのは容易ではない。
だとしたら優愛が自分から抜け出したのか。…何のために?
本人を早く見つけ出して問い詰めてやる。
「はぁ…はぁ…」
普段なら魔法を使って五分くらいで着くのに、今はうまく魔法が使えない。さっきよりもかなり体調が悪くなってきている。今はもう十五分くらい走っているのにいまだに着かない。
ペットルームの上にいるかもしれないという可能性だけで、絶対にそこにいるわけではない。自信がないわけではないが、急がなければ。
「ウッ…!! オェェェェ!!」
ダメだ、走るのが辛い。食べたものや飲んだものがすべて出てしまったようだ。口をゆすぎたい。近くにあった水道で簡単に口をゆすいでから再び走り出す。
なんとか到着したペットルームでは、ペット達が慌てた様子で俺の元に駆け寄ってきた。
「どうしたんですか? そんなふらふらで?」
マキュリが俺を支えながらそう言ってくれた。
「…ゆ…あは…来てるか?」
「本人には言うなって言われてますけど……どうしたんですか? リファスは風邪ひいてるんじゃなかったの?」
どうやらペットたちはこの騒動を知らないらしい。それは好都合だった。もし知っていたらすぐにトーカ達に報告されていただろう。
それに俺の予想も当たっていた為に、もうあまり走らなくて済む。優愛の為に走ってきたけど、正直今の体力ではこれ以上走るのは辛い。
俺はペットルームの入口近くにある、屋上へ行く階段を上って屋上へ進む。ここまで体調が悪いにも関わらずに全力で走ってきたから、一歩一歩が重い。
やっとの思いで屋上に出ると、柵の傍のベンチの上に座り空を見上げる優愛がいた。
優愛に声をかけようとしたところで、俺は優愛の頬をつたう涙に気づいた。
何で泣いているんだ?
そう思ったと同時に、俺の口からはそう出てきたみたいだ。
優愛がこっちを振り向き、そして立ち上がる。
「どうしたんだ? 何で泣いてるの?」
優愛は俺の方を見ることもせずに、「ハル」とだけ答えた。
それはたった二文字の言葉だけど、俺にはそれが何だかわかる。優愛が俺を呼ぶ時の言葉だ。俺だって引きこもる前は友人は少なくはなかった。むしろそれなりに多かったと思う。でも数いる友人の中で、俺の事を「ハル」と呼ぶのは優愛だけだ。
もしかして……!
「優愛、記憶が…」
やっと優愛がゆっくりと俺の方を向く。悲しそうな笑顔で、涙を流しながら。優愛は自分の涙を指ですくってから口を開く。
「戻ってないよ。でもね、たまにすごく断片的にだけど思い出すの。あなたと私で一緒に歩いたり、あなたと私と、私によく似た人と一緒にご飯食べたりしてるところが」
優愛の言葉遣いが昔のようになっている。
「思い出す景色には、必ずあなたがいる。そしてその中で私はあなたの事を『ハル』って呼んでる」
全ての記憶が優愛の中から消えてしまったわけではないと知れた。
少しでも俺の事を、俺達が一緒に過ごした事を覚えててくれた。それだけで俺は涙が溢れそうになる。
「それだけで『ハル』は私にとって大事な人だったんだって思う」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、まだ大事なことを聞いてない。
「なんで勝手にこんなところにきたの? みんな大騒ぎで捜してるよ?」
少しの間の沈黙。そして優愛はもう一度空を見上げながらこういった。
「星が見たかったの」
多分ウソではないだろう。でも他に理由があるはずだ。
「…本当は?」
「記憶が戻ることが幸せなのかなって思って」
どういう事なんだ? 俺がそう言うよりも早くに優愛は続けた。
「記憶をなくす前の私って幸せだったのかなぁ。それにもし記憶が戻ったらトーカさん達とここで過ごした記憶はどうなるの? もしかして無くなったりしちゃうのかな。だったら私は昔の記憶なんていらない」
絶対になくならない! って今すぐに言いたいけど、そんな保障はどこにもない。俺は医学に詳しいわけでも、ましてや医者ですらない。この状況で根拠のない事を俺はいう事が出来なかった。
「ごめんね、変な事言って。…もう……大丈夫だから。…戻ろうか」
優愛は流れてくる涙を拭ってから綺麗に笑った。
でもその笑顔はとても悲しげで、無理やりにつくったものだってすぐに分かる。
俺はこみ上げる何かを抑えられなくなり、気づいた時には俺は優愛の事を強く抱きしめていた。
俺はすぐに恥ずかしくなり、でも優愛は離さずに口を開く。
「無理をするな! 余計なことなんて考えないでずっと俺の傍にいてくれ!」
これじゃまるでプロポーズじゃないか。でも、言葉が口から溢れてきて止まらない。
「記憶は絶対に俺がもとに戻す。それに今の記憶も無くならない、無くさせない!」
優愛は俺の大事な……幼馴染なんだ。
どこにも行かせはしない。
「……痛いよ」
「あ、ごめん」
俺は優愛をゆっくりと離す。あんなことを言った手前、自分でもびっくりするくらい恥ずかしい。そして頭がさっきよりも痛いし、ガンガンする。
「ありがと…戻ろうか」
その笑顔はさっきよりも自然で、それにとても美しい。
俺達は屋上から降りて、ゆっくりとお城に戻った。途中気持ち悪くなって木の陰のところで吐いた。




