心からの笑顔
行きの時と同じくらいの時間をかけて帰宅した。メイドと執事が何人か出てきて、車に積んである荷物を下ろしていく。
「俺達が留守のあいだは何もなかったか?」
なんか今の俺のセリフ国王っぽい。
「はい、何も異常はございませんでした」
メイドの一人が答えてくれた。
個人的には今のメイドさんの答え方には満足だ。
帰ってきたからと言って休めないのが国王で、たった一日留守にしただけで仕事がたっぷりと溜まってしまった。
多分徹夜かな、明後日くらいが期限の書類が何枚かあったはず。うーん、めんどくさい。
俺は仕事部屋に戻って、早速仕事を片付ける事にする。因みに荷物は全部メイドや執事たちが片づけてくれる。
机の上に山積みになっている書類を少しづつ片づけながら、俺はふとある事に気がついた。
今リファスと言う体の中に志木春也という人間の精神が、というよりは魂なのか? が入っている。よくある漫画やアニメなんかでは一つの体に魂は一つまで、と決まっていて一つの体に同時に二つの魂が存在することはない。
個人的にこの説は合っていると思う。なんで、と言われたら答えられないがなんとなくそんな気がする。
仮にこの説が合っているとして今現在、志木春也の体には何が入っている? 本物のリファスが死んで、リファスの体には志木春也の魂が入っている。志木春也は元々生きた人間で、生きた魂が入っていた。志木春也の体は今どうなっている? 俗に言う仮死状態なのか? それとも魂がコピーでもされてるのか?
また謎が一つ増えてしまった。多分バーローの子供でも、じっちゃんの名に懸けてる高校生でも解けない謎。
考えだしたらきりがない。いつか分かる日が来ると信じて気長に暮らしてくしかないのかな。
因みに今は仕事を始めて三時間くらい経過している。少し小腹が空いた。と思っていたらコンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。
俺が「どうぞ」と言うと、少し遠慮がちに部屋に入ってきたのは優愛だった。ドアをゆっくりと閉めた優愛は何か言いたげなのだが、手を胸のあたりで組んで視線を泳がせている。記憶がないはずの今も、昔と変わらず何か迷っている時は必ずそうする。自覚してるのかは分からないけど。
「どうしたん?」
俺は持っていたペンを置いて優愛に優しく話しかける。
「少し、む…昔の話を聞かせてもらいませんか?」
突然の事に少し驚いたけど、俺はイスから立ち上がって優愛のもとに歩いて行く。
「前に聞いたことは辛いことだったんで、楽しかったことも聞いてみたいな…って思いまして…」
俺からしたら幼馴染でも、記憶の失くした優愛からすれば少し前に出会った他人。そんなことは分かっている。でも、それでも、他人行儀な話し方をされるのは辛い。
「こっちに座って」
俺は優愛に執務机の少し離れたところに二つある、二人掛けの赤いソファーに座るように指示をした。俺もそこに座る。
優愛は小さくうなずいてからゆっくりとソファーに腰を下ろす。
「そうだな、どこから話そうかな…。まずは俺達の出会いからかな」
俺がニッコリと微笑みかけると、さっきまで固くなっていた優愛の表情が少し和らいだ。
「お願い…します…」
「出会いって程たいそうなもんじゃないけど、俺達はもう物心ついた時には一緒にいたかな…」
仕事は明日でいいや。優愛に話してあげよう、俺達の事を。
「リファスーお仕事終わりました? 終わったならご飯に…」
現在夜の九時過ぎ。私はリファスに少し用事があったので部屋に行こうとしたらサニアから「トーカ、ついでにリファスにご飯だって言ってきて。あと優愛にも」と言われた。
部屋の前に来たところでリファスと優愛の話し声が聞こえてきた。ドアを少し開けて部屋を覗く。
リファスが生き返って、私だけではなくみんなが程度の差はあれど違和感を感じたはずだ。みんな口にすることはなかったけどでも次第にその違和感も小さくなって、気にならなくなった。でもリファス自身気づいているか分からないけど、私達と少し距離を置いている気がした。リファス顔は笑っていても、心の底から笑ってないような気がした。私の気のせいなのかも知れないけど。
でも今は、優愛と話している今は、リファスは心の底から笑っているような気がする。
優愛だってそうだ。私達に対しては他人だから仕方ないにしても、記憶がないからリファスに対しても他人だと感じるはずだ。
それでも優愛は、リファスの前では私達に見せたことのない笑顔をしている。例え記憶が無くても魂が覚えているのかな? 私らしくないファンタジーチックな考えだけど、そう納得することにしよう。
そもそもリファスの話が本当かどうかも分からない。まぁ、みんなある程度予想はついていたからすんなり受け入れたけど。
志木…春也君。今度そっちの名前で呼んでみようかな。
なーんて考えてるけど、多分呼ぶことはない。呼ぶことは出来ないと言った方が正しいかな。
だって『リファス』って呼ばないと私の中の『リファス』との思い出が無くなってしまうから。だったら『志木春也』との思いでを作ってけばいいじゃんって思うかもしんないけど、それじゃダメなんだよ。
今の私の中で『リファス』と『志木春也』の思い出は共有できない。違和感は気にならなくなったけど、同一人物として見れない。
自分でも何を言っているのか分からなくなってくるけど、結論から言って今の『リファス』を『志木春也』君と呼べない。
二人を見てると、少し妬けちゃうな。私だって正室なのに。側室に人数制限はないけど、正室になれるのは一人につき一人だけ。
なのに今は優愛が正室に見える。
あーあ、羨ましいな。
私は少しだけ開いているドアを閉めて食堂に戻った。
「あれ、リファスは?」
サキナの質問には私は笑って答える事にした。
「まだ仕事してた。邪魔しちゃ悪いかなーって思って声かけなかった。優愛はもう寝てた」
「そっか、じゃあ二人の分のご飯は残しとこうか」
シャルルの言う通りにして私達は先にご飯を食べた。
いつかリファスが本当の事を知る日が来るだろう。その時はどうなっているか分からないけど、いつか絶対にあの笑顔を私にも向けさせてあげるんだから。
だって私はリファスが大好きだから。そしていつか志木春也君も好きになりたいな。