お食事
「こちらのドリンクはうちの敷地内で育ててる野菜を数種類絞って作った、私の特性ドリンクですよ」
ナナフシ夫人はそう言ってドリンクを一口だけ口にふくんだ。
俺も恐る恐る口に含んでみる。感じたこと無い野菜の甘みがあり、思った以上に飲みやすい。
「おいしいですね」
俺は素直な感想を口にした。
「ふふ、ありがと」
「こちらのメインディッシュは取れたての魚を使ったソテーとサシミです」
ん? サシミ? …刺身? 確かに見た目は俺が知っている刺身ととても似ている。赤身の魚で油ものっていて美味しそうだ。
米はないんだな。うちの国でも米はないけどそれに似たものは有ったため、俺もほぼ毎日のように食べていた。
当然だが、国によって食文化が違うらしい。
「こちらのスープは海で取れた海藻でだしを取って、具には最高級の貝を使っております」
またナナフシ夫人が丁寧に説明してくれた。
他にもニ、三品あって夫人が説明してくれたがそんなに一気に聞いても覚えられず、とりあえず全部美味しかった。
「今回は色々と心配かけて申し訳ありませんでした」
「いえいえ。リファスさんには昔から色々とお世話になってましたので、大変な時に力になれず申し訳ないです」
「それでリオックさんから見た昔の私ってどんな感じだったんですか?」
「んー…そうですね、一言で言えばすごい方でしたよ」
「随分とアバウトですね」
「なんていうんですかね、国王の素質とでも言うんでしょうか。国民からの信頼は絶大で仕事も難なくこなし、『魔法庫』の二つ名に恥じない無敗の魔導士。同じ十賢大魔道に名前を連ねてますが私とリファスさんなんて大人と子供くらいの力の差がありますよ」
……いい人だ。謙虚で丁寧で爽やか高身長イケメン。しかも十賢大魔道の一人で一国の国王。非の打ちどころがないくらい完璧なお方ではないですか。あ、ソテーうまい。
「そう言えばリファスさん、魔法の方はちゃんと使えるんですか? 記憶がないと魔法も……」
「一応使えるんですが、以前より威力も精度も落ちているみたいなんですよ」
「そうですか……」
リオックさん曰く前例が少ないのであまり詳しいことは言えないが、記憶が無くなると魔法は使えることは使えるが劣化するタイプの魔導士。そして記憶が無くなると全く使えなくなるタイプの二つがあるらしい。前者は記憶が無くなる前に魔法を感覚で覚えていた、いわゆる天才タイプの人間。後者は記憶が無くなる前に頭で理解して理論で魔法を覚えていた、いわゆる秀才タイプの人間。
天才タイプは記憶が無くなっても体が魔法を覚えているのである程度は使える。でも秀才タイプは魔法を頭で覚えたため、記憶が無くなると魔法が使えなくなってしまうらしい。
当然リファスは天才タイプだったらしい。というか記憶を無くしたわけではないけど、一応参考になった。
「そう言えばリオックさん、記憶を戻す方法とか知らないですか?」
「私は医療関係は詳しくないので力にはなれそうにないですね。やっぱりリファスさんも記憶を戻したいんですか?」
「いえ、いやそうなんです」
一瞬優愛の事と自分の事を話してしまいそうになった。別にリオックさんになら話しても大丈夫なんだろうけど話す気にならない。簡単に人に話していい話ではないし、個人的に自分が信頼してる人にしか話したくない。まだ彼とは信頼を作れるような時間を設けてない。
「以前医者に診てもらったんですが、私の場合記憶を思い出せないのではなく、記憶自体が頭の中から無くなってしまっているので思い出すも何もないらしいんです」
勿論これは俺ではなく優愛の症状だ。
「そうですか…。私のほうでも少し調べてみましょう。何か分かったら連絡しますね」
「ありがとうございます」
「テレフォンは持ってますか?」
テレ…フォン…? 電話?
「あぁ、リファスのテレフォンなら私がずっと預かってあります」
預かってます、じゃなくてテレフォンて何ですかトーカさん。
「テレフォンっていうのはテレパスフォンの略です。人の手より少し小さい四角い薄い箱みたいなものです。確かポケットに…あった」
リオックさんが丁寧に説明してくれた。リオックさんの手にはどこからどう見てもスマホらしきものが握られていた。色は真っ黒でちゃんとスマホのように画面もある。
「これがテレパスフォン、通称テレフォンです。念波で遠く離れた相手とも話したりメールという手紙を送れるんです」
まんまスマホだ。
「リオックさんの番号なら入ってますよ」
トーカが画面にリオックさんの番号を表示させてから俺に渡す。
そうですか、とリオックさんは言い、ソテーを口に運ぶ。
「それにしても魔法が少しでも使えてよかったです。でもいつドラゴンが攻めてくるか分からない今は少しでも前の力を取り戻してもらわないとまずいですね」
そう言えばこちらの世界にはドラゴンなるものがいたんだった。まぁ自分のペットにフェニックスがいますしね。
「うん、私でよければ魔法が元のように使えるようになるために指導しましょう。そうしましょう!」
!!!???
何勝手に決めてるんですか。俺はオーケーなんて一言も言ってないんですが。
「これを食べ終わったら少し休憩を入れてから始めましょう」
夫人が止めているがリオックさんは既にやる気満々だ。因みに俺はすごいやりたくない。だって超面倒だし。まぁでもみんなを守れる力をつけられるならめんどくさいのを我慢してやってもいいか。
「腹が減っては戦はできぬ、という事で沢山食べて下さいね。あ、おかわりちょうだい」
マイペースだなおい。
ていうかちょっとした練習だよね? リオックさんは本当に戦に行くくらいの勢いでご飯を食べている。
戦に行くさ! なんつって、じゃねーよバーロー。本当にちょっとした練習だよね?
「すいません、旦那はこうなったら止まりませんので少し付き合ってあげてください」
流石夫人ですね、リオックさんの扱いに慣れている。
二人して苦笑いしてると誰かに右の太もものところをツンツンとつつかれた。振り向くとそこには二人の子供がこっちを見つめていた。いつの間にか椅子から降りてたのか。
「えーと、カブト君とユスリカちゃんだっけ? どうしたの?」
「見てて」
カブト君が右手を手のひらを上にして俺に見せてくる。
「う~~ん…やぁ!」
その可愛らしい掛け声と共に、その小さな手のひらの上にポッと小さな火が出てきた。
「どう? すごいでしょ!」
これには俺も本気で驚いた。こんな小さな子供でも魔法が使えるのか。
「わたしもできるよ!!」
ユスリカちゃんはお兄ちゃんをグイグイと押して俺の顔が見やすい位置に入ってくる。
「ぬ~~…えい!」
こちらも可愛らしい掛け声と共に今度はユスリカちゃんの手から小さな噴水のように水が流れてくる。
「おぉ…! 二人ともすごいね」
そう言って二人の頭をなでてあげると、二人はにっこりと笑ってお母さんの方に走っていった。
やばい、超可愛い。今のちょっとのやり取りで俺の心が隅々まで浄化されたかのようだ。
「この二人はこの年でもう魔法を使えるんですよ。自慢の子供たちです」
良い親子だなぁと思いつつ食事を口に運ぶ。
「皆さん食べ終わりましたか? 早く魔法の練習しましょう」
リオックさんはリオックさんでソワソワしている。
そんなリオックさんは夫人に注意されてしまい、少しテンションが下がったらしい。それでもやはり少しソワソワしている。
「もう少しで食べ終わりますので待っててください」
俺がそう言うとパァァとリオックさんの顔が明るくなり、「私先に行ってますね!」と言って食堂から出て行った。しっかりと自分の分の食事は完食して。
「全く、いくつになっても子供っぽいんですから。でもそれがあの人のいいとこなんですけどね」
夫人はそう言って微笑む。
みんなそれに続いて微笑んだ。