モンスターの恐ろしさ
俺達は全員車の外に出た。
ジニアの言った通り目の前には巨大なモンスターがいた。蛇のような太くて長い青白い下半身に、上半身はワニの背中のような硬い鱗に覆われていて、そこから生えている腕はネコ科の動物のように太い腕に鋭い爪。これも体と同じく真っ黒な鱗でおおわれている。そして顔はライオンそのものだ。
そして驚くべきはその大きさだ。ジニアが巨大だと言ったからある程度の大きさは想像していたが、実際は十メートルは軽く超えているような大きさだ。
「ヴォォォォォ!!」
低くて野太いモンスターのうめき声が辺りに響いた。
今までこっちの世界に来てから町の中でしか生活してなかったからこんな森の中まで来たのは初めてです。勿論モンスターを見るのなんか初めてです。
道は塞がれていて、こいつを倒さなければ先に進めなそうだ。戦闘なんて一ヶ月前にジワブ達と戦った時以来なので少し緊張する。が、ここは国の王としてやってやる!
と、意気込んだ瞬間、トーカがモンスターの方に歩いて行って蛇のような下半身を右手で掴んだ。
俺達は勿論、モンスターもぽかんとしてしまっている。
トーカが大きく深呼吸をした直後、モンスターは汚らしい唾液を吐きながらその場にうずくまってしまった。恐らくトーカの高速のパンチが直撃したのだろうけど、早すぎて見えなかった。
そしてトーカは容赦なく、もう一発、もう一発と打ち込む。モンスターは起き上がる事も出来なくなり、出てきた時の恐ろしさは全くない。代わりにニヤリと笑うトーカの方が恐い。因みにトーカの腕は赤くない。つまり腕力強化の魔法を使ってなく、素の力なのだ。
トーカはモンスターの顔から生えている鬣を掴んで顔をあげさせる。
「ねぇ、私達急いでるんだよね? 邪魔しないでくれる?」
当然モンスターは喋らない。
「何で答えないの? 次シカトしたらこの立派な鬣を少しづつ抜いていくから。まずはとりあえず一掴み分」
空いている右手でぶちぶちと鬣を引き抜いた。
「うっ……」
もうモンスターの声にさっきのような迫力はない。
「で、なんで出てきたの?」
「うっ…うっ…」
トーカは無言でまた鬣を引き抜いた。
「はい三回目だよ、何で出てきたの?」
もうやめたげて、モンスターがかわいそう。そもそもモンスターが喋れるわけないじゃん。
「あの、自分の縄張りだったので……」
うぉ、喋った。だいぶ低い声だ。
「あんた車運転できる?」
「え? 出来ない事もないですが……」
出来るんだ、モンスターなのに。
「私達今ディノポネラ王国のお城に向かってるんだけど、運転手の人が四時間くらいぶっ通しで運転してて休ませてあげたいんだよね?」
「はぁ……、それで我にどうしろと…?」
「なんで今の流れで分かんねぇんだよ! お城まで運転しろって言ってんだよ!」
トーカはまた鬣を引き抜いた。
「あぁ! 痛い痛い! 分かりましたから抜かないでください」
「よし」
トーカはこっちにゆっくり歩いてきて、屈託のない笑顔でこう言った。
「あのモンスターさんが運転してくれるらしいですよ。良いモンスターさんですね」
いや脅してたじゃん! と全員が心の中で突っ込んだだろう。この人は絶対に敵に回してはいけないと思った瞬間でもあった。
モンスターは自分の蛇のような下半身をライオンのような下半身に変形させて、二足歩行で車の運転席に乗り込んだ。
「大丈夫かい?」
俺は助手席に座って運転席に座ったモンスターさんに優しく話しかけた。
「ひっ…! あ、大丈夫です」
そんなに怖かったのか。ごめんな、うちの正室が。
「名前はなんて言うの?」
「さっきポチってつけられましたけど」
本当にごめんなさい。後でよく言っておきますので。
「キミのそれじゃない名前は?」
「ないですよ。今までずっと野生で生活してましたのでライオネルっていう種族の名前で十分でした」
ライオネル……本で前に読んだな。確か生まれつき変化能力を持ったモンスターだったと思う。
大分恐怖も落ち着いてきたらしく、もう声が震えていない。
「そう言うわけでポチでいいですよ」
「ダメだ! それはいくらなんでもダメだ!」
「そう…ですか……」
犬じゃないんだしいくらなんでもそれはダメ。多分あそこらへんに聞いたら絶対タマとかクロとか猫みたいな名前しか出てこないだろうから、俺が考える。なるべく中二っぽくならないように……えーと……。
「ヴェノムタイガー!」
なんだそれは。毒の虎って! 少し虎っぽいところもあるけどヴェノムはどこから出てきた。中二っていうかただネーミングセンスが悪いだけじゃん。
「じゃなくて、えーと……」
かっこよくて中二じゃないやつ……。
「レオ!」
これなら全然オーケーでしょ。
「レオ…ですか…。いいですね、我の名前はレオです」
さっきとは打って変わって嬉しそうだ。ずっとレオ、レオと呟いている。
ライオネル→ライオン→レオっていう簡単な変換で言ってしまったけど、本人が気に入ってくれたならまぁいいか。
「ありがとうございます。えーと…」
「リファス。ミスティリア・アポロン・リファス。よろしくな」
俺は右手を出して握手を求める。
「よろしくお願いします、リファスさん」
レオのライオンのような手と、俺は握手を交わした。
「リファスー? 乗ってますか?」
後ろからトーカの透き通った声が聞こえてきた。
「助手席にいるよ」
「ポチィ! 全員乗ったから出発して!」
「ハイ了解です!」
レオはトーカに話しかけられて緊張してしまったようで声が裏返ってしまっていた。
「俺は後ろにいるからなんかあったら声かけてね。あとトーカによく行っておくから」
俺はそう言って後ろのリビングに行った。当然運転席と後ろのリビングはカーテンで遮られているだけで繋がっている。
「あ、リファス。戻りましたか」
さっきのメンバーにジニアを含めたみんながリビングに集まっていた。
「トーカ」
「なんでしょう?」
「あのモンスター、うちで働かせるから」
「ポチをですか?」
「そう。あとあの子の名前はポチじゃなくてレオね」
トーカが少しばかり唇を尖らせてしまった。可愛いので一瞬レオの名前をポチに戻してしまうところだった。
「あんましいじめちゃだめだからね? ジニア相手なら今まで通りにいじめていいから」
「…わかりましたよ」
まだ少し気に入らないのか、唇を尖らせたままのトーカは拗ねたように返事をした。
「なんで私抜きでトーカ様が私をいじめる事になってるんですか?」
ジニアも若干気に入らないようだ。
「だってお前Mじゃん」
「あ、そうでした! ご褒美をもらえるのになんてことを。失礼しました」
最近このエロジジイの扱い方が少し分かってきた。
「というわけだからみんなレオと仲良くしてあげてくれ」
全員がオーケーをしてくれた。
「じゃあまずは私がレオ君とお話ししてきますね」
シャルルはそう言って立ち上がって運転席の方に歩いて行った。大体その後は全員が二十分くらいずつレオと二人きりで話した。勿論トーカも。思っていたよりも普通に話せたようでトーカはいつも道理の顔で戻ってきた。
が、レオは泣いていた。運転しながら。
理由を聞くと「いろんな人が我なんかと話してくれて嬉しい。あとトーカさんが怖かった」と言った。
トーカは普通に話したらしいのだが、レオの方にトーカの怖い姿がこびりついてしまって離れなくなってしまったようだ。
本当にごめんなさい。
その後は国境のところでの持ち物、身体検査を終え、車を二時間ばかり走らせて、やっとディノポネラ王国のリオック国王の住むお城まで到着した。