気になります
どうしたらいいのかまだ答えはでない。
トーカは「本人に聞いてみましょう」と言ってくれた。多分さっきの俺の話を聞いて、それでも本人に確認した方がいいと感じたのだろう。
他のサキナやシャルルも同じことを言いそうだ。
やはり辛いことを受け入れる覚悟がないのに記憶をもどすのはいけない気がする。
だから「あなたにはつらい過去がありますけど、それでも受け入れられますか?」と聞くべきだ。
それで優愛が拒否すれば俺はもう何も言わない、受け入れると言えば俺は全力で記憶を戻す方法を探す。やっぱり一番大事なのは本人の気持ちだ。本人の気持ちを知らないところで他人である俺達が騒いだって何の意味もない。
だから、俺は本人に聞く事にした。
「大丈夫ですか? 手、震えてますよ」
トーカに言われ、自分の手を目視して初めて小刻みに震えていることに気づいた。どこか、少し怯えているのかも知れない。俺はチキンだ。昔は後先なんて考えずに突っ走っていたのに、今ではどんな時でも最悪の場合を想定して、怯えて足が止まってしまう。
「トーカ、一緒に来てくれるか…?」
今度は声まで震えてしまっている。本当に情けないな俺は。女の子に質問しに行くだけなのにこんなにも緊張してしまってる。
「…はい、私はいつまでもリファスについて行きます」
その優しく澄んだ声に、全てを照らす太陽のような笑顔に、俺はいつの間にか安心感を覚えていた。
「ありがとう」
彼女が、トーカがいるとこんなにも心強い。……ありがとう。
俺は、トーカと側室二人、ラファスとリニア、そしてジニアと優愛の部屋にいる。勿論そこには優愛もいる。
「優愛、今から話すことは少し信じられないかも知んないが全部本当だ」
俺は優愛の目を見て話し出す。
「…はい」
「優愛は実は今までの記憶を無くしているんだ。多分、何も覚えてないから優愛自身が一番よくわかってると思うけど」
「確かに…何も覚えてません」
「俺は、優愛と昔からの知り合いだったんだ。だから優愛の過去の事も知っている」
優愛は目を丸くして俺を見つめる。多分かなり驚いているのだろう。
「それでここからが本題なんだが」
俺は少し間をあけてからまた話し出す。
「その…自分の過去がどんなに辛いものでも、それでも記憶を戻したいか?」
これは個人的な願望なのだが、優愛の過去を俺の口から話すようなことはしたくない。そうすると俺の主観で話が進んでしまうし、そこには優愛のではなく俺の感情が入ってしまうからだ。
今の優愛に昔の優愛の事を話しても、昔の優愛に戻ってくれるわけではない。実際のところ俺の主観が入ってしまうとかっていうのは建前で、本当は昔のように優愛と接したいだけ。
「………」
優愛は口を開かない。突然こんなことを言われれば答えに困るのは当然だろう。
個人的にはなるべく早く答えてほしいが、別段急がなければいけない理由もない。ただ俺が早くがいいって思っているだけ。
「別に今すぐじゃなくても構いません、ゆっくり考えて下さい」
トーカがそう言ってくれて優愛の緊張が少し緩んだのか、ふぅ、と小さく息を吐いた。
「記憶を…戻したいです」
優愛が口にしたのは期待していたけど、少し予想外の答えだった。
「昔の私も、今の私も、両方が私です。とか言ってみますが本当はただ昔の自分がどうなのか知りたいだけです」
優しくほほ笑んだ優愛の顔は、昔から何度も見てきた優しい笑顔だった。
記憶を戻す手掛かりはほぼゼロに等しいけど、それでも俺は彼女のために努力しよう。
「リファス様、一応言っときますが記憶を戻すために旅なんて出来ないですからね」
「え?」
リニアにそう言われて思わず俺はすっとんきょうな声を上げてしまった。
「ご自分の地位をお忘れですか?」
「……あ! 俺って王じゃん……」
そりゃあ王が旅に出たりなんてできないよな…。
とりあえず国王の仕事をしながら情報を探していくしかないか。
「私達メイドや執事はリファス様の命令とあらばどこへでも行きますので」
俺の方を向いて、リニアとジニアが片膝をたてる。
「あとこれは俺の個人的なものなんだけど、俺と優愛がこっちの世界に来てしまった理由を知りたい」
「まさか元の世界に帰りたいとか言わないですよね!?」
サキナが少し慌てたように声を上げる。
「言わないよ。前は別にどうでもいいとか思ってたけど、理由が分かれば記憶を取り戻す鍵になるかもしんないでしょ?」
「うん、そうですね」
シャルルが笑顔で頷いた。なんか久しぶりにシャルルの声を聴いた気がする。
「よし! じゃあこれからは国王の仕事をしながら、俺達がこっちに来た理由と優愛の記憶を戻す方法を探そうと思う」
俺はみんなの顔をゆっくりと見渡してからもう一度口を開く。
「協力、してくれるか?」
俺がそうみんなに問いかけると全員が笑顔で返事してくれた。
「勿論です!!」
……と上手くまとまったのはいいのだけど。
「情報が無さすぎ」
今までの集めた情報は、以前キャメルが言ってた仕様書だけだ。理由の方については全くの情報なし。
「情報~来い~」
念力をとばしてみても情報が来るはずない。
「なにしてんの?」
「うぉう!?」
部屋のドアのところには何故かラファスが立っていた。
因みにずっと部屋には一人だったんだよ? 部屋の奥に執務机のとこに俺はいて、それにここは自分の部屋だしジニアやリニアも呼ばなきゃ来ないようにはしたしさ。
「なんだ、ラファスか」
平静を装って声をかけてみる。
「なんだとはなんだ。それにいつもラファスじゃなくてお姉さまって呼べって言ってんだろ」
「スイマセン、お姉さま」
言い方がヤーさんみたいで怖いっす。
因みに俺は今までの人生でここまで裏表があるお方を見たことがない。
「それで、何か用ですか?」
「そんな言い方すると帰るぞ」
どうぞどうぞと言いたいとこなのだが、言ったら絶対に骨が何本か折れるので言わない。てか言えない。
「何か手がかりになると思ってな、優愛が落ちてきた時に着ていた服だ」
それは確かに何か手掛かりに繋がりそうだ。
「因みにパンツとブラもあるからな、くれぐれも装着するなよ」
流石お姉さま、人の心まで読めるんですね。
「ほらよ」
「ありがとうございます!」
俺は自分が国王だという事を忘れ、こんな素晴らしいオカズ…じゃなくて手掛かりをくれたお姉さまに深々と頭を下げた。
お姉さまは俺に背中を見せながら手をひらひらと振って部屋から出て行った。
普通はそんな風にしたら少しはかっこよく見えるのに、身長のせいか分からないが子供が大人の真似をしてるようにしか見えない。以前身長を聞いたら音速レベルでみぞおちにパンチを入れられた。
さて、お姉さまから頂いたオカズ…じゃなくて手掛かりを執務机の上に広げて置いてみる。
ここで一つ大事なことがある。それはこれが洗ってあるのかないのかという事だ。
『中古』というと大抵の物は価値が下がるのに対して、下着というのは中古になる事で価値が上がる。ましてやそれが脱いでから洗ってないとなると更に価値が高まる。
机に両肘をたてて、真ん中あたりで両手を軽く組む。そしてその組んだところに自分の顎あたりを乗せて考える。
お姉さまに「これって洗ってある?」なんて聞けば使うのがばれてしまう。ならばどうするか? 匂いで洗った後か見極めてみるか、洗剤の匂いがすれば洗ったあと、しなければ洗ってない。
否、それをやってしまっては後のお楽しみが少なくなる。俺は好きな食べ物は最後まで取っておくタイプだ。
ならば人に聞くべきだ。考えろ俺、これを今まで保管していたのは誰だ? 一番可能性があるのはリニアかジニア。この屋敷での雑務はほとんどを執事達とメイド達に任せてある。
女性物なのでどちらかと言えばリニアが保管していただろう。
いや待て、ここで重大な問題が発生した。リニアのもとにパンツやブラを持っていって「これ洗ってある?」なんて聞いたら完全に変態じゃないか。何を今更と思うかも知れないがこれは大事な問題だ。
因みに彼は既に来ていた服から着けていた下着に脳内変換されています。
…え? この解説を入れてるのは誰かって? それは勿論私、メイド長のリニアです。これからも私の仕える主にツッコミという名の解説をちょくちょく入れていきますので。
それでは彼にはこの割とどうでもいい思考を続けてもらいましょう。
…いやよく考えろ。洗ってないものを普通男性に渡すか? 否! 普通洗ってある。
いやそもそも俺は紳士だ。紳士が女性のパンツをかぶっていいのだろうか? いやむしろ紳士ならかぶるべきだ!
それが真の紳士というものだろう。
まず紳士ならこんな事考えないと思うのですが。そもそも男性と言うのは女性のパンツをかぶったりしたいものなのですか? (作者:かぶってみたいです。)
まずパンツはかぶるものではなく履くものだと思うんですが…? 私にはよくわかりません。
よし、決めた。
俺はパンツを逆さに持って足を出すところから手を出す。そしてそのままそれを高く上げて、頭にかぶる。ぴったりと丁度いいサイズだ。
……ふむ、何とも言えない優越感に浸ってしまう。ここまできたらやるべきだろう。
俺は五分程優越感に浸ってからパンツを頭から外し、今度はパンツの下の部分のところが自分の鼻と口を隠すように装着してみる。簡単に言うとパンツを前からかぶったとでも言うのだろう。
そしてブラジャーを猫耳のように頭につける。
「ふふふ」
おっと笑みが漏れてしまった。大丈夫だ、自分でも気持ち悪いと思ってる。でも男の夢じゃん? 今は国王なんてやってるけど元々十八歳の多感な時期だし。しょうがない。
このまま外に出てみたいけどそんな勇気はない。
「どうだ? 少しはてがか……」
なんということでしょう。突然部屋にお姉さまが入ってきたではありませんか。お姉さまは口を半開きにして、目を丸くして言葉を失って見つめています。
お互いが数秒固まったあと、先に硬直の解けたお姉さまが俺の方に少し早足で歩いてきました。
そして俺の前に立つと年の割には小さ目の右手で握り拳を作って、ゆっくりと後ろに引く。
やばいと俺の本能が言っているのだが、どこかで自分のしてしまった過ちを認めてしまっているのだろう。足が動かない。
てかお姉さまが拳を引いてから十秒くらい経ってるのにいまだに発射してこない。溜めが長い。そしてフシューと大きく息を吐くと目にも止まらぬ速さでそれは発射された。
「なっ…!」
まさかの局部に直撃だ。
俺は痛みのあまり膝から崩れ落ちてしまった。座ってることも出来なくなりうつ伏せになってしまった。
「変態」
お姉さまはゴミを見るような目をしてそう言い放つと部屋から出て行った。