ハルと優愛、二人の過去 最終話
優愛が学校に行き始めてから一週間が経った。
今日は父さんが仕事で帰りが遅くなるので優愛の家で晩ご飯をもらえることになっている。なので現在優愛の家にいる。
「なぁ春也」
「うん?」
加奈が台所で俺の方を見ないで話しかけてきた。
「優愛の調子はどうだ?」
「…? 元気になってきてると思うけど、たまに無理してる感じがあるかな」
俺と優愛と山下は四日程前から部活に復帰している。
「そうか……」
「何かあったの?」
加奈の様子からして優愛に何かあったのだろう。
「最近な…優愛が怪我して帰ってくるんだ、擦り傷とか切り傷とか軽いものなんだけどな。本人に聞いてみても部活で転んだ、としか言わないんだ。でも違うのは明らかなんだがな…」
服の下の事までは俺にもわからない。
「そうか、俺のほうでも少し気をつけてみるよ」
次の日、学校に行って教室に入るとクラスの男子の一人が話しかけてきた。
「お前聞いてるか?」
以前この男子からは林が俺達を探してる、という事を教えてもらった。
「前に話したろ、林がお前達を探してるって」
「あぁ」
「A組の夏海が林に見つかったらしいんだよ」
「…え?」
一瞬耳を疑った。
「林は仲間集めて夏海に手を出してるみたいなんだよ」
…なんで、優愛が…。
「お前も気をつけろよ、夏海が見つかったってことはお前も時間の問題だぞ」
なんで…優愛が。優愛が何をしたっていうんだ、被害者は優愛の方だろ?
放課後、俺は部活が終わってから一緒に帰ろうと言って優愛を呼び出した。
「なぁ、最近何か隠してないか?」
遠まわしに言う必要などない、少し言いづらいけどそんな事言ってられない。
「…別に」
優愛がこういう反応をするのは簡単に予測できていた。だからここでひいたりしない。
「林に…ちょっかい出されてるんだろ?」
「……なに言ってるの…?」
「頼むから正直に話してくれ、俺はそんなに信用ないか?」
「…そんな事無いよ、ハルの事は信用してるよ。だからこそ迷惑かけたくないの」
俺はなにか溢れてくるものを抑えながら優愛の目の前に立って肩をつかんだ。
「迷惑だなんて思ってない。優愛は俺に心配かけないようにしてくれてるみたいだけど、困った時に俺を頼ってくれない方が困る」
「………」
「だから話してくれ。優愛の力になりたいんだ」
「D組の林ってやつから…『彼氏がお前のせいで退学させられた』って、呼び出された」
小さな声だけど、優愛は話し始めてくれた。
「三人くらいいて…訳わかんない事言って…暴力してきた」
やっぱり…、予想道理だ。
「明日は金持って来いって、持ってこなかったらお前の裸をネットにさらすって言ってた」
完全な逆恨みのいじめだ。
「…助けて……」
当たり前だ、そう口から出そうだったけど直前で俺はそれを止めた。
優愛が頼ってきてくれたんだ、だから無責任に返事なんて出来ない。でも…それでも俺は優愛を助けるんだ。
「……当たり前だ…!」
次の日、優愛から場所を聞いて俺はその近くで隠れた。場所はこれもいじめの一つなのだろうか、皮肉にも優愛たちがレイプされそうになった場所だ。
優愛から聞いたのだが女たちは優愛を見つけて満足したのか、山下の事は探してないんだという。本当なら二人とも見つからなければよかったのに。
声が良く聞こえないが、四人の女たちが優愛を囲んでいる。明らかに優愛は怯えてしまっている。
既に十分程経っているけど、女たちは汚く笑い優愛に暴力をふるう。
俺はそこに走って近くまで行き、鉄板だがこう叫ぶ。
「先生早く! こっちです!!」
「ちっ」
「覚えてろよ」
女たちは捨て台詞を吐いてから山の中に走っていってしまった。
「ごめんな、その場しのぎしかできなくて」
俺は優愛のもとに駆け寄って優しく言葉をかける。
「大丈夫だよ、ありがとう」
優愛は俺を見て無理に笑って答えた。すぐに見て分かるような無理な笑顔。
次の日の事は何も言われてないが、絶対に優愛に何かしらちょっかいをだしてくるだろう。
次の日、女たちが出してきたのはちょっかいなんて言葉じゃ済まなかった。
翌日の昼休み、俺は優愛に少し用があり俺は優愛のクラスにお邪魔していた。
すると突然あの女たちはやってきた。
「お邪魔しま~す」
「夏海って女いる?」
「おっ、いるじゃ~ん」
「ちょっと放課後校門で待ってるからね~」
見るからに頭が悪そうで、喋る言葉からも頭のおかしさがにじみ出ている。
無理に優愛の肩を組むと女たちはそう言った。
「あぁそうだ、おめー志木って男知らねぇか?」
やっぱりこいつらは俺も探していたのか。よっぽどのことがない限り名乗り出るつもりはないが。
「……」
「黙ってないでなんかこたえなよ、知ってんの? 知らないの?」
「…知らない」
優愛はずっと下をむいたまま静かにそう答えた。
女たちは全員ニヤリと笑うと自分の席に座っている優愛の周りをぐるりと囲んだ。
クラスの人間達は殆どが見て見ぬふりだ。でも俺は優愛を見続ける。
「ウソついてんじゃねぇよ、幼馴染だろ。何組だ?」
「黙ってればまた王子様が助けに来てくれるとでも思ってんのか? ばーか」
「…っ」
女の一人が優愛の足をぐりぐりと踏みつける。
「答えろつってんだろがブス!」
今度は女が優愛の口元をギュッと片手でつかむと声を張り上げた。
「俺だよ、俺が志木だ」
流石にもう見ていられなかった。だから俺は名乗り出た。
女たちは俺を汚らしく笑って見ると、一人が俺の元に歩いてきて耳元でこそこそと話した。
そして女たちは教室から出て行った。
「優愛、大丈夫か?」
「…うん、大丈夫。ごめんね、私のせいで」
俺はなんて無力なんだろうか、優愛は警察に話したくないと言っているので俺が優愛を助けないと。
放課後、俺は一人で裏山に向かった。本当は優愛と一緒にいてあげたいがそうは出来ない。
昼休みに女たちに放課後ここに一人で来るように言われた。来ないと優愛をいじめてる動画をネットにあげるという脅し文句までつけて。
女たちの内一人が、というか林が大手企業の子供で金が割と自由に使えるらしい。だから俺が来なければ金を使って優愛を徹底的に辱めるだろう。だから俺はここに来た。
「本当に来たんだ」
「当たり前だ、それで何の用だ」
そこにいたのは意外にも林一人だった。
「まぁ落ち着きなよ、別に用という用はないんだけどね」
「じゃあなんで呼んだんだよ」
少し強めに俺は言った。
「だから足止めに」
林がそう言うと木の陰からぞろぞろとバットやら鉄パイプを持ったヤンキーたちが出てきた。軽く見ても十五人はいる。一対十五。
やばい、俺もだが恐らく優愛も。足止めと言っていたから確実に優愛の方にも行っている。まだ見つかってはいないと思うが下手したら山下のところにも。逃げようとしてもぐるっと囲まれてしまっていて逃げられない。
勿論俺はケンカなんてしたこと無い。今までいたって平和に過ごしていたから当然だ。それでも俺は優愛のもとに向かうために戦おう。
「やっちゃいな」
王様気取りの林が男たちの陰に隠れながらそう言うと、俺の周りを囲んでいた男達は徐々に距離を詰めてきた。
別に全員を倒す必要なんてない。逃げ道を確保できればいいんだ。俺は何人かいる手ぶらの男の一人に突っ込んでいく。
見事に男に当たり男は後ろに倒れる。そのまま俺は逃げようとするが男の一人に手を掴まれて元の場所に強引に戻される。少しよろけてしまったが俺は転ぶことはなかった。
さっき倒した男は既に起き上がっていて全員に囲まれてもう逃げられるような隙間はない。突進するにも近すぎて勢いがでない。一人を殴ろうとしたけど後ろから腕を掴まれてそのまま仰向けに倒されてしまった。そして男達はここぞとばかりに俺の事を蹴ったり殴ったりしてきた。
勿論俺は抵抗できない。完全なリンチだ。
何分くらい経っただろうか、まだ男達は攻撃を続けてくる。生えている草や落ちている木の枝が当たって地味に痛かったが、もう特に何も感じない。衝撃が伝わってくるだけで痛みもあまり感じなくなってきた。
早く…早く優愛のところに行かないと……。でも体も動かないし状況的に動けない。
どうやったら動けるんだ…。
すると男達の笑いに交じって遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
「お前ら、パトの音がするぞ」
林にも聞こえたのか、少し焦っているようだ。
ここは基本滅多に人は通らないが誰か近所の人が通報でもしてくれたのだろうか、ありがたい。
「やばいぞ、逃げるぞ!!」
林の掛け声で男達はぞろぞろと逃げて行った。
「大丈夫かい?」
数分程して男の人の優しい声が聞こえてきた。さっきの男達とは違うのがすぐに分かった。
遠くなっていく意識の中でうっすらと目を開けるとそこにいたのは警察の人だった。
そこで俺は緊張が取れてしまったのか、意識はそこで途切れた。
そこは真っ暗で、俺と優愛の二人だけしかいない。俺は優愛に向かって手を伸ばすけど優愛は少しづつ暗闇の中に消えて行ってしまう。俺の手が届かない程遠くへ行ってしまう。
―――優愛!! 呼びかけても振り向きすらしないまま優愛は闇の中へと消えて行った。優愛が消えた方に向かって走っていくけど、暗闇が続くばかりで優愛はいない。
―――俺を置いて行かないでくれ―――!!
「はぁはぁはぁ……夢か」
起き上がると目の前には白い壁、そして白い天井。白と水色の縞の服。ここはどこだ? …多分病院だろう。
「優愛は!!」
俺はここが病院である事を忘れて大きな声を出してしまった。お腹が少しズキッとしたけどそんなのが気にならないくらい優愛が心配だった。
「少し落ち着いて下さい」
いつの間にか隣には見たこと無い美人な看護師さんがいた。
「えっと…いつからここに?」
「ずっといましたよ、ベッドの横の椅子にずっと座ってました」
そうなのか。そんな事より優愛だ。優愛はどこにいるんだ。
「あの、」
「夏海さんなら隣の病室です。寝言でずっと優愛、優愛って呟いてましたよ」
「はぁ…」
俺の考えを読んだかのように看護師さんはそう答えてくれた。
優愛は全身のいたるところに痣があるが、幸い骨折などはないがまだ目を覚まさないんだという。因みに俺は丸一日眠ってたらしい。優愛が起きたら早速警察の人が事情聴衆をするらしい。
俺のところにもあと十五分ほどでくるらしい。
俺は打撲が足などにあり、左腕にヒビが入ってしまっているらしい。腹や胸にも痣が出来てしまっているらしいが、幸いそれだけで済んだとのこと。
十五分後、若いスーツの男の人と渋い無精ひげを生やした中年くらいのおじさんがやってきた。勿論その二人が警察の人だ。
俺は今までの事を包み隠さずすべて話した。俺はうまく喋れずに全部話し終わるのに二時間近くかかってしまったが、それでも警察の二人はずっと聞いていてくれた。仕事だから当然なのかも知れないが。
一通り話し終わると警察の人はいくつか質問をして、林たちがどうなったかも話してくれてから帰って行った。
結果から言うと林と優愛に絡んできた女達は現在警察で事情聴衆をしている。そして男達はただ金で釣られただけのチンピラ達だが、追って処分が下されると言っていた。山下には幸いにも何もなかったらしい。
そして俺が目覚めてから二日後、優愛も目覚めた。俺はまだ入院生活をしているが、居ても立っても居られずに優愛のもとに駆け寄った。でも優愛は声を出すことはせずに俺の方を向くこともしない。顔に生気があまり感じられない。
「優愛、ごめんな…本当にごめんな…」
俺は優愛の手を握り、そう呟いていた。後ろには加奈やおばさん、父さんに医者の先生や看護師さんがいたけど俺には関係なかった。
「…やめて」
俺の手を払い、どこでもないところを見つめながら優愛はそう呟いた。どこか悲しく、そして寂しい目をしながら。
俺にはもう一度優愛の手を掴むことは出来なかった。
その後優愛も俺も口を開く事を出来ずに時間が流れた。恐らく十分くらい経ったところでおばさん達と一緒に病室を出た。
自分の病室に戻ってから加奈から聞かされたが、優愛は男女数人に絡まれたらしく俺の比ではない事をされたようだ。
無理やり服を脱がされて写真をとられて、Twitterにアップされた。優愛は一枚も羽織る事を許されなかったらしく、服がビリビリに破かれていたらしい。
そして背中には火のついたタバコを押し付けられたと思われる跡が数ヶ所、殴られた跡や切り付けられた跡が全身にあったようだ。そして性的暴行の数々。不幸中の幸いか分からないが偶然人が通りかかって最後まではされなかったようだ。でも体のいたるところを触られ、いじられ、男達の性的玩具のような扱いを受けてしまったようだ。
そんな優愛の心の傷は俺なんかには理解できない。しようとしても無理なのだから。優愛の傷も痛みも苦しさも、彼女に拒絶された俺には理解することも敵わない。
一週間後、俺と優愛は無事退院できた。
父さん達は警察の人から今回の犯人達について話されたみたいで俺にも静かに話してくれた。
今回の件の首謀者である林とその他三人は退学処分、協力した男達は学生は一ヶ月の停学処分が下された。それ以外の男達はほぼ全員が学生ではなくフリーターだったので逮捕された。
父さんは俺に言ってくれた、「辛かったろう、しばらく休むといい。学校にはもう話がいってるから」と。
でも俺にはそんな言葉が苦しかった。自分の無力さを改めて思い知らされただけとなった。
優愛とはあれから会ってない。連絡も取ってない。というかとれない。
そして俺は学校にも行かなくなった。行ったらまた自分の無力さを思い知らされるような気がして、山下や優愛にあわせる顔がなくて。あんなでかい口叩いといて何一つ守れなかったんだから。自分で自分を殴ってやりたい。
そしてそのまま一週間、一ヶ月が過ぎた。
そのぐらいだったと思う、山下から「ゆーも学校来てないよ」と連絡がきた。
山下は優愛の事を『ゆー』と呼ぶ。優愛だからゆー。安易だと思うが、あだ名なんてそんなものだろう。
俺は返事も出さずにただただそのメールを見つめた。
そのまま半年が過ぎた。もうあの理由も引きずってない。いや引きずってないと言えばウソになるが、それも前ほどではない。ただ、長い間学校を休んでしまったから行きにくくなったんだ。
いまだに時々山下から連絡が来る。俺はたまに返信するようになった。山下からの連絡で優愛がまだ学校に行ってない事を知った。そんな情報が入ってこないくらい優愛とは連絡とってない。
そのままずるずると一年が過ぎた。それまでに暇だったから興味あるものは色々手を出した。だからアニメや漫画にも詳しくなった。
「そしてあれから一年半が経った頃に、俺はこっちの世界にとばされたって感じ」
俺の話は全部終わった。全員が黙って真剣に聞いてくれた。
五分ほどしてリニアが、「お茶持ってきますね」と言って沈黙を破った。それに続いて他のみんなもぞろぞろと部屋から去って行った。
でもトーカだけは俺の黙って座りなおして、しばらくそのままにしていた。