ハルと優愛、二人の過去 第二話
「はぁ…はぁ…はぁ…」
三十分くらい走り回ったけど、一向に見つかる気配はない。
「くっそ…本当にどこに行ったんだよ…」
そう言えばまだあそこを探してなかった。あの場所は俺も完全に把握してないからあまり入りたくないんだが、今はそんなことも言ってられない。
俺の通ってる学校は校庭の裏から山の中へ続く道がある。普段はそこは頭の緩そうなDQNやバカヤンキーが溜まってるから滅多に行くことはないが、その場所は怪しい。
だから俺は意を決して裏山に向かった。
時期が夏前だから虫もそこそこにいて、道も人が何度も通ったからできているような道と呼べるかも怪しいものだ。
ぼさぼさに生い茂った木々や草の数々、ゴミやたばこの吸い殻、エロ本などがところどころに落ちている。
「うぉ!」
突然目の前に毛虫らしきものが落ちてきた。俺は持っていたペンライトで落ちてきた辺りを照らしてみる。
「なんだ木の枝か…」
辺りも真っ暗で、見づらくなってきたのでそのままペンライトで照らしながら歩く。
二十分程歩いたところで、人の声らしきものが聞こえてきた。数人の男と女の声だと思われる。声が聞こえる方にペンライトを向けてみる。
「何だぁ!?」
男にしては少し高めの声で強く言われるがあまり怖くはない。
でも俺は目の前の光景に目を疑った。
四~五人の男と二人の女性がいて、全員が十代後半くらいのようだ。女性は二人とも服がビリビリに破れていて、きれいな白い胸があらわになっている。男どもは下半身が裸になっている者となっていない者がいて、乱暴に女性を押さえつけている。女性は抵抗するように暴れているが、相手は男性でしかも倍の人数だ。押さえつけられ、胸を揉みしだかれ、体中をいじられている。
何より驚いたのはその女性二人の顔に見覚えがあったことだ。一人はクラスメートの山下咲良、もう一人は―――優愛だ。
優愛がレイプされている、優愛だけではなく同じクラスの山下まで。
「あ…あ…アァァァァァァァァァァァァ!!!!」
俺は叫んだ。頭の中の何かがプツンと切れたような感覚がして口から感情が漏れ出るように俺は叫んでいた。
俺は持っていたペンライトを投げ捨て、思いっきり走っていって男の一人に殴りかかった。
その男は驚いたような顔で吹っ飛んで地面に転がった。
辺りは真っ暗のはずなのによく見える。
俺はその男に馬乗りになって顔面に何度も何度も拳を入れる。何も考えられずにただ怒りだけが俺を動かしている。
でも横から別の男が俺の顔面を蹴り上げてきた。俺は男の上から転げ落ちるけど、すぐに立ち上がり、その男の腰あたりに思いっきり蹴りを入れた。
でもまた別の男に殴られた。もう一人からも殴られた。
痛い、でもそれよりも怒りの方が上回っている。それでも一対四の差は変えられない。俺は囲まれ、殴られ、蹴られ、反撃をすること出来ない。
「邪魔してんじゃねぇよ」
「これからいいとこなのによ」
「お姫様をかっこよく助けるヒーローきどりかよ! 死ねよクソが!」
こんなにも自分の無力さを恨んだことは初めてだ。優愛は無事だろうか。チラッと目くばせすると優愛はまだ横たわったままだ。
こいつらどんだけひどいことをしたんだ。許せない、でもそう思うだけで俺には力がなくこいつらをぶっ飛ばすことが出来ない。
悔しい、悔しい。口の中が鉄くさい。意識が朦朧としてくる、でもここで気を失ってしまってはダメだと踏ん張るけど、どんどん遠くなっていく意識を止めることができない。
この隙に…この隙に…逃げてくれ二人とも、逃げてくれ………優愛…!!
「君達! 何をしているんだ!!」
いきなり明るく照らされ、凛々しい男性の声が聞こえてきた。
「やべぇ!」
「サツだ!」
「逃げるぞ!」
男達は突然俺達への暴行をやめて山の奥へ走り出した。
「大丈夫かい?」
優しい声と共にやってきた男性に目を向けると、その人は警察の恰好をしていて倒れている俺の上半身を持ち上げてくれた。
「酷い怪我だ、すぐに病院に連れて行こう!」
「俺よりもむこうを…」
俺は思っていたよりも体力を消耗していたようだ。怒りに任せて後の事なんて気にしてなかったから当然だけど、男達にやられたダメージもあって、俺は何とか喋ってるような感じだった。
「大丈夫かい?」
警察の人は俺をゆっくりと地面に降ろしてから二人のもとに向かった。
「二人とも怪我はしてないけどショックで意識がうつろになってる、すぐに―――」
俺の意識はそこで途切れた。
目が覚めた時に最初に視界に入ってきたのは真っ白い天井だった。
辺りを見回すと点滴や病院と思われるものが視界に入ってきて、俺が今いるのは病院だと理解できた。
―――優愛は!
そう思って起き上がろうとするけど体中が痛くて起き上がれない。
コンコンとノックされる音が聞こえて返事をする前に医者のさっきの警察の人が入ってきた。
「大丈夫かい?」
「あ、はい…」
「とりあえず二人とも無事だよ」
「そうですか…」
「ただ…夏海さんの方は心にかなり大きな傷を負ってしまっているようでずっと放心状態だって」
「そうですか」
「詳しいことは医者の先生に聞いてくれ、今くると思うから」
「はい…」
「あとでまた犯人の事については話すから」
「はい」
「ではお大事に」
警察の人は元気よく敬礼をして出て行った。
俺はずっと警察の人の言葉が頭の中に入ってこなかった。返事はしてるけど言葉を右から左に流れて行ってる感じ。
今は何も考えられない、いや考えたくない。
でも何かしていなければあの光景を思い出してしまいそうでどうしたらいいのか分からない。
警察の人が出て行ってから十分くらい経っただろうか、「入るよ」という低めの声と共に初老の白衣を着た男性が入ってきた。
「体調はどうだい? どこか痛いとかないかい?」
淡々した質問に俺は自分の症状をはっきりと答える。
「足とか腕とか痛いです」
「両足とも軽度の打撲、両腕も。あとは体中に擦り傷かな」
もう調べてるんなら聞く必要ないんじゃないか、とか思いつつもその後の質問に答える。
「彼女たちが心配かい?」
「…はい」
「二人とも君みたいに打撲もしていなくちょっとした擦り傷があるだけ。ただ……」
俺は黙ってその後の言葉を待つ。
「夏海さんの方は精神が不安定でね、今でも怯えてしまってまともに話すことができない」
そうか…。
「山下さんの方は夏海さんよりはまだ安定している。でも食事もとろうとしない」
そうか…。
「二人ともあの様子だと退院までまだ時間がかかる。君の方が早く退院できると思うよ。一週間くらいかな、君のほうは」
そうか…。
「警察の方達が君のお父さんに連絡していた。すぐに来てくれるはずだよ」
そうか…。
「これから何度か警察の人が事情聴衆に来ると思うので覚えておいてね」
「…はい」
ダメだ…。半分以上頭に入ってこない。
早く優愛に会いたい、会いたい。山下だって知らない仲じゃないから心配だ。
結局、俺は何もできなかった。優愛に会いたいけど、どんな顔をして会ったらいいのか分からない。会ってなんて言ったらいいのか分からない。「無事でよかった」って言えばいいのか? いや、無事じゃないもんな。「助けられなくてごめんな」って言えばいいのか? そんな事言ったって優愛は許してくれない。そんな事言ったって俺は俺を許せない。
それにおばさんや加奈にあわせる顔がない。だって俺は惚れた女一人守れなかったんだから。
「………」
涙があふれてきた。ぽろぽろと零れ落ちる涙を俺は何度も拭うけど、それを止めることは出来ずに次々と溢れてくる。
その日は布団にくるまり、俺は涙を流した。