ハルと優愛、二人の過去 第一話
「お疲れ様でした!」
俺は所属する野球部の先輩に挨拶をしてから荷物をまとめて校門で待ってくれてるはずの優愛の元へ向かった。
グラウンドから校門に到着すると俺の方を見て手を小さく振ってくれてる女子生徒がいた。俺も手を振り返して少し早足で彼女の元へ向かう。
「悪い、待った?」
「私もついさっき部活が終わったところ」
俺達二人はそう言葉を交わして歩き始める。
彼女は夏海優愛。俺と同い年で家が隣のいわゆる幼馴染というやつだ。彼女はテニス部に所属しており、その持前の明るさと優しさで先輩や後輩、同級生と言った生徒達は勿論、教師からも好かれている。今年の夏で三年生が引退したら自分が部長になるかも、とこの間少し嬉しそうに話していた。
俺の方はエースやキャプテンなんて話は全く来ないけど、それでも一生懸命にやってるつもりだ。
「そう言えば今週末に練習試合があるんでしょ? 見に行ってもいい?」
優愛が笑いながら俺に話しかけてくる。
「別にいいけど…俺出ないかもしんないよ? あ、もしかしてキャプテン目的? あの人イケメンだもんなー」
「ち…違うよ! 別に私はあの人好きじゃないもん! 別に好きな人が…何でもない…」
少し顔を赤らめる彼女を見て俺は自然と微笑んでしまう。俺は優愛の事が好きだ。いつからだとか、きっかけなんて分からない。いつの間にかいつも俺に向けてくれる優しい笑顔に惹かれていた。
「そう言えば今日はおじさんいないんだっけ?」
「うん、今日だけじゃなくて一週間くらい。海外出張なんだって」
俺の家庭は父子家庭だ。母親は俺が小学校に上がる前に交通事故で命を落とした。当時まだ幼かった俺にとって、母さんが亡くなったという言葉を聞いてもそれを理解できずに、周りの大人たちが涙を流す理由が分からなかった。母さんはまたいつもみたいに家に帰って来て、俺の大好物のから揚げを作ってくれると信じて疑わなかった。
でも父さんから声にならない声で、「母さんはもういないんだ、二度と会えない」と言われた時は一瞬にして頭の中がぐちゃぐちゃになった。
数日してから母さんのお墓に連れて行ってもらった時、その時に初めて母さんはもうどこにもいない。という事を理解できてしまい、涙が止まらなくなった。
それからというもの、父さんは慣れない家事を仕事から帰ってきてからやり、男手ひとつで俺をここまで育ててくれた。父さんには感謝している。
「じゃあさ、ご飯食べにきなよ」
俺の顔をみてほほ笑む優愛に向かって俺は「うん」としか返事できなかった。
そんな話を二人でしているうちにいつの間にか家の前についていた。学校から家までは徒歩で約二十分。俺は荷物を家に置いてから行くと優愛に告げ、一旦別れる。
自宅に上がり自室に荷物を置いてから、流石に汗だくの服であがらせてもらうのは失礼なので適当な服に着替えてから、ケータイをポケットにしまい、財布と鍵を持ってから戸締りをして家を出た。
優愛の家のインターホンを慣らすとすぐに優愛が出迎えてくれた。服装はラフな格好にピンクと白の水玉のエプロンをしていて、俺は少し見とれてしまう。
「さ、入って」
俺は言われた通りに靴を脱いで何度もきたことのあるリビングに向かう。
「いらっしゃい」
聞き覚えのある声がした方を向くとそこには優愛の母親と優愛の姉の大学生である加奈がいた。
母親の方は優愛に似てぱっちりとした目におっとりとした顔立ち、口元にある少し大きなほくろが印象的だ。肩までの髪は少し茶色がかっていて短めで目元などにしわが見えてそれ相応の歳であることがうかがえる。
姉である加奈はぼさぼさの腰までの黒い髪で優愛とは違って少し無愛想だ。それでも俺は長い付き合いでこの人が(黒く)ニヤリと笑う顔を何度も見ている。切れ長の目と整った顔がさらにその顔をより黒く見せる。
「座ってな、今作ってから」
俺は加奈に頭が上がらない。最近はやっと呼び捨てで呼ぶことを許可されたが、それでも少しでもからかったりすると思いっきり踏まれる。靴だったり素足だったり黒ストだったりヒールだったり。因みに俺はどちらかと言えばMだ。というか割とMだ。なのではっきり言ってご褒美です、本当にありがとうございました。
それにその乱暴な言葉づかいもそそる。
昔だから少しは純粋だと思ったかい? 残念、この頃から俺は変態でした!!
さて真面目な昔話に戻りますか。
二十分くらいしてからオムライスが運ばれてきた。全員が席に着くのを待ってから、俺はそれを口に運ぶ。おばさんの作るオムライスは卵がふわふわしていて、中のケチャップライスも程よく美味しくて、文字道理いくらでも食べられそうだ。優愛と加奈も二人とも料理が上手なのだが、それぞれ違った味付けでなかなか優劣をつけられない。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
優愛の家でご飯を頂くと、おばさんは毎回こう返事してくれる。
「ハル、お風呂はどうするの?」
優愛が麦茶の入ったコップを持ちながら聞いてきた。
「んー、そこの銭湯行くからいいよ。家で風呂わかすのめんどいし」
「じゃあさ、『一緒に』お風呂入っていきなよ」
………ん?
「ちょっとお姉ちゃん!! セリフ付け足さないでよ!!」
加奈はこういう事もする人だ。
「うっせ。そろそろ誘ってやったらどうだ? なぁ?」
「俺に振るなよ」
「まぁ、風呂なら入って行っていいぞ。優愛がオーケーすれば一緒に入ってもいいぞ」
加奈はニコニコと笑いながら俺をからかう。
「それとも私と入るか?」
俺をからかってるのは百も承知だが、それでも加奈の顔を見れない。因みに加奈は巨乳だ。
おばさんが加奈を止めてくれて、お風呂の許可も下りたのでありがたくお風呂に入らせてもらった。勿論一度家に戻って、着替えを持ってきてから。
勿論ラッキーハプニングなんてものはなく、まったりゆっくりと入らせてもらった。
その後俺はおばさん達にお礼を言ってから、自宅に戻った。
その後はだらだらと過ごして深夜の一時くらいにベッドに入った。
~夜空はー星が降るようで~♪いつからだろう~君の事を~♪追いかける私がいた~♪
翌朝、ケータイから流れる着信音で目を覚ました。通話ボタンを押して布団にくるまったままケータイを耳にあてる。
「あいあいもしもし」
『おはよう、今起きたでしょ? 電話してよかった』
相手は優愛だ。いわゆるモーニングコールだ。
「今から着替えて学校行きますからちょっと待っててくださいな」
『了解しました。二度寝しないでよ?』
「あいあい」
俺は適当に返事をしてから電話を切って、布団からでた。
制服に着替えてから歯を磨いて、いつも道理に髭をそる。一応男だから髭くらい生えますよ。ちゃんと処理してますけどね。
朝飯は…コンビニでパン買えばいいや。
荷物をまとめてから鍵をかけて家を出た。
家の前では優愛がこっちを向いて小さく手を振っていた。俺は優愛の隣に行き、二人で歩き始める。
いつもの道をいつも道理に歩いて学校に向かう。
丁度学校の前に到着したところで優愛が口を開いた。
「私今日は部活終わったら友達とテニスウェア買いに行くから先に帰ってていいよ」
「ん、了解」
俺と優愛は別のクラスの為それぞれの教室に向かう。と言っても隣同士の教室なので全然遠くない。
授業はいつも道理で特に何もなく、淡々と時間が過ぎていく。
その後の部活もいつも道理に汗を流しながら練習をした。
放課後、優愛はテニスウェアを買いに行くと言っていたので俺は一人で帰った。
晩ご飯はホッ○モットで買ったのり弁を食べて風呂は銭湯に行った。
大体夜の十時くらいだろうか、俺のケータイの着信音が鳴った。画面に表示された名前は『加奈』だ。
珍しいな、あの人が電話してくるなんて。と思いながら俺は通話ボタンを押してから耳に当てた。
「もしもし」
『なぁお前優愛知らねぇか?』
加奈の言葉遣いはいつも道理だが、電話の向こうからわずかな焦りを感じられる。
「どうかしたの?」
『帰ってこないんだ、優愛が』
優愛は帰る時間が遅くなる時は必ずおばさんか加奈に連絡を入れる。以前本人がそう言っていた。加奈が俺に電話してくるということは連絡が来てないのだろう。
「部活終わったらテニスウェア買いに行くっていってたけど」
『それは私も聞いた。でもいくらなんでも遅すぎないか?』
「おばさんは?」
『優愛が心配で探しに出てる。私も別で優愛を探してる』
「警察には?」
『連絡した。何か手がかりが有ったら連絡入れるとは言ってたけどいまだに何もなし』
「わかった、俺もすぐ探しに行く」
『私は今その店の方にいるからお前は学校の方を探しに行ってくれ』
俺は返事をしてから電話を切った。
そしてケータイと財布を持って急いで家を出て学校の方に向かった。
何か嫌な胸騒ぎがする。どうかこの胸騒ぎが気のせいであってくれ。
どうか無事でいてくれよ、優愛―――。