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めんどくさい医者の

「優愛!? 俺が分からないの!? 俺だよ!! 志木春也!! 幼馴染の!!」

 俺は頭が真っ白になって、口から次々に溢れてくる言葉を止めることが出来なかった。だめだ、止めなくては、と頭では思ってても気持ちが追い付かない。

「ひっ……し…知らないです…」

 明らかに怯えてしまっている。俺が強く言いすぎてしまったからだ。元々優愛は少し臆病なところがある。

「リファス、落ち着いて。怯えてしまってます」

 トーカに手を引かれ止められる。俺の代わりにトーカが前に出て優愛に話しかける。

「さっきはごめんなさい、私の名前はトーカ。何か覚えてる事はありますか? お名前でもなんでも構わないので」

 流石トーカと言ったところか。その口調は天使のように優しく、優愛の緊張もわずかに取れてきたようだ。でもこのトーカさんは若干のSっ気がある。

「…何も分からないです」

 まだ優愛の声は震えているが静かにそう答えてくれた。

 優愛の目線が一瞬俺の方に向いたが、すぐに視線を逸らしてしまった。

 まぁ初対面であんな風にしたら怯えられるのは当たり前。だけどもなんだか少しもやもやする。

 そんな俺に気づいてくれたサキナが、ポンポンと頭を軽く叩いて励ましてくれた。因みにサキナと俺は身長が数センチしか差がなく、近い目線からのポンポンはとても嬉しい。いや、身長どうこうよりも励ましてもらえたことが素直に嬉しい。


「リファス、この娘はしばらく私たちが面倒を見ましょう」

 トーカの提案に俺は賛成だ。記憶がないとはいえ、知り合いをこんな異世界に放り出せるわけがない。

「分かった」

 俺は返事をして空き部屋を優愛の部屋として使わせることにした。部屋の位置はトーカの部屋のすぐ隣なので、もしもの時はトーカが対応できるようになっている。

「あの…すいません…」

 優愛がもじもじとしながら遠慮がちに声を上げた。

 もしかしてこのパターンは……。

「あの、お手洗いは……」

 やっぱり。

「では私がお連れしまっ!!!」

 ジニアが連れて行こうとした、が当然のようにトーカの赤い腕のパンチがジニアに直撃した。

「ふっ…二度も同じ突込みをうけぱ!!」

 ジニアのセリフが言い終わらないうちにシャルルのフライパンがジニアの顔に直撃した、かのように見えた。

 そんな漫才してないでさっさと優愛をトイレに連れて行ってあげなよ。

 結局サキナが優愛をトイレに連れて行って、そのまま城内の案内をしてくれた。


「リファス様」

 部屋のドアをノックして入ってきたのはリニアだった。

「優愛さんの件でお話が」

 俺はリニアをイスに座らせて、話を聞く事にする。

「私は医者ですがはっきり言って記憶喪失となると私の専門外です。なので一度そちらの専門の方に見てもらった方がよろしいかと」

「わかった。あてはあるの?」

「一応知り合いに専門の医者がいますが……」

 リニアが珍しく言葉を濁している。これは多分その人の性格が苦手とかっていうオチだろ。

「とりあえず明日ここに呼びますから、リファス様もお気をつけて」

「も?」

「トーカ様もサキナ様もシャルル様も、勿論私も。あとマキュリとジワブとクリオネとラファス様も……」

 リニアの顔がびっくりするくらいひきつっている。

 ていうかほぼ全員でないか。



 ~翌日~

 お昼の少し前。

 え? 展開が速いって? だって昨日の昼間の優愛の件からその後ずっと仕事づくしなんだったもの。さっきのさっきまで仕事してましたし。あ、徹夜はしてないですよ。ジニアに土下座してしっかりと七時間寝かせてもらいました。

 え? なになに、そんな簡単に土下座するなんて国王としての自覚はないのかって? 

 まぁ少しはあるよ。でもまだ一ヶ月だもん。それに超寝たかったし。


 おっと、そうこうしてるうちにリニアが例の医者を連れてきたようだ。

「ハッロボ―――――――――ン!! 久しぶりだね皆さん!」

 俺のめんどくさいセンサーがビンビンに反応してるんだけど。

 だって玄関入ってすぐに大声であれだもん。

 めんどくさそうな方は身長が百八十センチくらいの男性で服は黒のTシャツとジーパンに白衣という医者っぽいシンプルな格好だ。少し釣りあがった目と高めの鼻、大きな声が良くでそうな大きめの口。シルバーのツンツンの髪をしている。

「ふぅ…一応テンション上げるために大きな声を出してみたけどそこそこしか上がんないね」

 という割には顔に生気が満ち溢れている。

「久しぶりです、リファス様」

 彼は丁寧な言葉の後にパチンとウインクをした。瞬間、俺の背中に寒気が走った。

「トーカ様もシャルル様もサキナ様も相変わらず美人で」

 三人とも顔が引きつっている。

「ジニアも相変わらず渋くてカッコいいですね」

 こいつはナンパするしか能がないのか。勿論ジニアも顔が引きつっている。

「リファス様、もうお気づきかと思いますがこいつはどっちもイケます」

 だから昨日ほぼ全員が気を付けるように言ったのか。

「あぁ! そう言えばリファス様は記憶がないんでしたね!」

 違うのだがめんどくさいので訂正はしない。

「私は町で病院を経営してます、キャメルと申します」

 めんどくさい医者のキャメルですね、覚えました。

「して、例の患者さんはどこですか?」

 キャメルに係わるのはめんどくさそうだったのだが、優愛とコイツを二人にはしたくなかったので俺が優愛のいる部屋に案内した。

 みんな同じ考えだったのか、全員ついてきた。

「優愛、入っていいか?」

「……うん」

 俺がノックをしてそう聞くと優愛は小さな声で返事してくれた。

 ドアをゆっくりと開けると優愛は半分だけ開いた窓の近くに立っていた。

「こちらの方が医者のキャメルです」

 トーカが優愛に紹介する。

「夏海優愛という名前らしいです。よろしくお願いします」

 優愛は落ち着いた口調で自己紹介をした。

 キャメルは優愛をベッドに寝かせると、自分はベッドの横にあるイスに座り持っていたアタッシュケースらしきものを開けた。

 中にはそれらしいものが沢山入っていた。でも俺はそれを見ても当然よくわからない。

「まずは体に異常がないか調べます。そのままで結構ですのでリラックスしててくださいな」

 キャメルはそう言うと青い色の手袋を右手につけるとそれを優愛の体から少し離してかざした。すると手からは白い光が出てきた。

 キャメルの顔はさっきまでと打って変わって真面目な顔つきだ。普段はおちゃらけててめんどくさくても、患者を目の前にすると医者としてのスイッチが入るんだな。

 病院を経営してるんだからそこら辺はまじめじゃなきゃ務まらないか。

 キャメルは優愛の体の上でゆっくりと手を動かしながら全身に光をあてていく。頭から始めて、足のところを照らし終わった時は大体十分程経っていた。

「とりあえず記憶の事以外に異常はありません。健康ですね」

 青い手袋をはずしながらキャメルはそう言った。

 キャメルは次に優愛に座るように指示をして深呼吸した。

「ふん!」

 キャメルは力を入れるように掛け声をだすと、なんと目が赤く光った。

 多分全員が思っているだろう、目が光ったと。このお方はロボットか何かなのか?

 キャメルはその光った目で優愛の頭をしばらく嘗め回すように見てから目を閉じた。再びキャメルが目を開けると既に目から光は出ていなかった。でも目が真っ赤になっていて、充血してるようだ。

「これは少々厄介ですね…」

 キャメルは赤い目のまま遠慮がちにそう言った。

 というかその赤い目はどうにかなんないんですか? とても気になるんですが……。

「どういう事?」

 トーカの問いにキャメルは少し間をおいてから答えた。

「少々言いにくいんですが、彼女の記憶は忘れてるんではなく消えているんです」

「……つまり?」

「記憶喪失、つまり忘れてるだけなら思い出させる方法や治療法はいくつかあるんですが、今回の場合はどう頑張っても思い出すことはできないんです。記憶が無くなってしまっているのではっきり言って私ではどうにも出来ないです」

 つまり詳しく言うと、記憶喪失の場合は脳の記憶が保管してある部屋の扉の鍵が無くなっているので、その鍵を見つければ思い出すことが出来る。でも今回の場合はその部屋自体が脳から消えてしまっているので、例え鍵を見つけても思い出せないという事。部屋を見つけない限り。

「どうにか方法はないのか?」

 俺は冷静でいようとするけど、実際は全然冷静でなんかいられなかった。

「現代の医学ではそんな方法は聞いた事ないですね、魔法でも同じく聞いたこと無いです」

 いきなり壁にぶち当たってしまった。

「ただ、噂話程度になら聞いたことがあります」

 一筋の光が差した気がする。

「記憶だけでなく体の異常を治す薬の仕様書が存在するという噂を」

 ここにきて冒険展開とかいらないから。

 それに仕様書って。例えそれを見つけても材料をまた探さなくてはいけないし、それを調合しなくてはいけない。

 いや、待てよ。本当に記憶を戻さなくてはいけないのか…? はっきり言ってこの世界で暮らしていくのなら元の世界の記憶が無くても問題ないような気がする。さっきまで優愛の記憶を戻さなくてはいけないと思っていたが、それは違う。記憶を戻して俺の事を思い出してほしいという俺の勝手な欲望を、さもそうしなければいけないと言うように、自分の中で無意識のうちに脳内変換してしまったのだろう。

 非現実的な話を聞いて少し頭が落ち着いてきたのだろう、こういう事を考えられるってことは。

 それに優愛の記憶を戻すということはあのトラウマを思い出させるという事。

 それは優愛にとっても、俺にとってもあまり良い思い出ではない。

 その事件はクラスの中心的で誰にでも好かれるような存在だった優愛が、人間不信に陥ってしまった事件。

 それを俺の独断で戻してしまってもいいのだろうか、分からない。

 すると突然トーカの白くてしなやかな右手が俺の頬に伸びてきた。

「何か心配事ですか? 私でよければ話して下さい」

 優しいその言葉に俺は少し揺らいでしまう。

「私はリファスの力になる為にここにいるのです。それはここにいる全員が同じです」

 続けてシャルルが優しく話す。

「私は別ですよ、他人の悩みなんか気にしたくないですからね」

 キャメルはそう言って部屋から出て行った。

 個人的には好都合だ。キャメルはまだ信用できてない。会って時間が経ってないから当然だが、この話は軽々と話して良い話ではない。

「………みんな俺の部屋に来てくれ、リニアはメイドを二人優愛のもとにつけてから来てくれ」

「了解しました」

 リニアはそう言って部屋を出た。


 ―――十分後、俺の部屋にリニアが入ってきた。

 これで部屋にトーカ、サキナ、シャルル、ジニア、リニア、ラファス、マキュリ、ジワブとクリオネが集まった。

「俺と優愛の過去について話す、他言無用で頼む」

 全員が静かにうなずいた。




 ―――事の始まりは今から約一年半前、それは俺と優愛がまだ高校二年で俺は野球部、優愛はテニス部に所属していた頃の話。

 それは思い出すのも辛い、忌まわしき事件―――。

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