探偵助手向井亜紀の憂鬱
たまにはこういう推理小説も……いいんじゃないかな?
「というわけで、犯人は小川洋子さん。あなたです」
静まり返ったパーティー会場に自称名探偵、向井宏の声が響き渡った。
小説ならここで犯人が泣き崩れて自白する場面……なのだが人ごみからはブーイングの嵐だった。
私、向井亜紀は宏の妹、兼探偵助手である。
一流会社社長である父親のコネでパーティにきたはいいが、そこで殺人事件が起きたのだ。
事件のあるところに探偵がいるのではない。探偵のいるところに事件は起きるのだ、とはよく言ったものだ。兄貴は探偵としては半人前、どころかいつも警察の足を引っ張るばかりでまったく役に立たないのだが事件を自分のところに引き寄せる能力だけは立派な名探偵らしい。
「今の時代といえば探偵だろ」
とか言って兄貴が探偵業務を始めてから早1年。正直時代錯誤もいいところであるがこれまでに出会った殺人事件の数は8つ。そして今回のもので9つ。あまりにも多すぎるだろう。明智小五郎もびっくりの名探偵っぷりである。
ともかく自称名探偵に浴びせられる罵詈雑言の数々。
まあ多少間違った推理をしようところでここまでのブーイングは起きまい。犯人にされてしまった人間はたまったものじゃないがそれだけのことである。
では何故それだけのブーイングが起きているのかといえば宏の指名した小川洋子という人物は、何を隠そう被害者なのである。
会場の人ごみからはブーイングが続く。
「ふざけんな! もう向井洋子は死んでるだろうがよ!」
「そうだ! それともお前はこれが死んでるふりだとでも言うのかよ!」
しかし兄貴は少しも取り乱すことなく台詞を続ける。本当に格好だけは一人前である。
「少し違います。これは洋子さんにそっくりの人形なのです」
もうわけが分からない。もはや推理というよりただのあてつけではないか。馬鹿兄貴は空気が凍りついているのも露知らず言葉を続ける。
「では聞きますが、あなた方はこの死体、背中から刃物で一突きされたこの死体を一度でも触れて確認しましたか?」
沈黙を破り人ごみの中の一人が怒鳴るようにして言う。」
「じゃ、じゃあその血はどう説明するんだ!」
「おそらく血糊でしょうね」
さらに別の人間からも追い討ちをかけるように質問がくる。
「どうやってその人形を用意したって言うんだ! 停電があったのはほんの1分ほどだ! そんな人形を用意することは出来ないしだいたいそんなもの持ち込んでいたらすぐにばれるだろう!」
「きっと頑張ったんですよ、犯人が。っていうか洋子さんが。きっとそこら辺のロッカーにでも隠れてるんじゃないですか?」
言っておくが、このパーティー会場にロッカーなんて場違いなものはないし、いくら頑張ったからってあのサイズの人形なんて持ち込めない。
ちなみに参考までに言っておくが事件が起こってから今まで10分ほどしか経っていない。推理なんて言ったってただの思いつきだろう。さらに言えばすでに警察への通報は済ませておりあと10分ほどで警察も到着する。絶海の孤島でもないのだからそもそも推理をする必要性がないのだ。
ちなみに警察への通報は私が知り合いの警察官にメールで個人的にした。
だから、宏は自信満々に推理を語っているが宏の本当の役目は《時間稼ぎ》なのである。
真犯人に逃げさせない、さらに言えば新たな被害者を出さないための。
素人が落ち着けと言ってもそう簡単に殺人の現場は落ち着かない。そうすればその混乱に乗じて犯人に逃げられてしまう可能性すらあるしむしろパニックになるだけだ。しかし自称探偵が推理を披露すれば全員はそこに注目して多少静かにならざるをえない。それが名探偵向井宏の仕事である。
まあ宏本人は知らないのだが。知っているのは私と、幾度となく事件に関わるせいでもはや顔馴染みである警部だけである。
だいたい宏が探偵になった経緯だってただ単に推理小説が好き、というだけなのだから謎など解けるはずがない。本人曰く推理小説の事件を応用すればどんな事件でも解ける、らしいのが推理小説を読んだだけで探偵になれるのであれば世の中はシャーロック・ホームズでいっぱいである。警察なんか必要とせずとも推理小説ファンの方々がエラリー・クイーンもさながらの推理で事件解決してくれるであろう。
そんな兄貴の元でなんで私が助手なんかしているかと言えば子守である。
親父から兄貴の子守を頼まれているのだ。
一家の主からしても由緒正しき向井家に泥を塗るような真似はしてほしくないのだろう。
宏にも親父の気持ちを少しは分かってやって欲しい。だいたい探偵業務など浮気調査や人探し、果ては犬の散歩まで。もはや何でも屋である。
そんなものばかりで金など入ってきやしない。そんな私たちが探偵事務所を経営を続けられるのはただただ親父のおかげなのである。
自称名探偵が会場の人たちと押し問答を繰り返している間にずいぶん時間がすぎた。
そろそろ警察の人間も到着する頃だろう。警察がくればすぐに事件は解決する。何故ならこの事件がそもそも謎ですらないからだ。
停電した間にパーティー会場の人間がナイフで被害者を刺し殺した。ただ、それだけの話である。
停電にはもしかしたら、というより何者かの意図が働いているとは思うがそれ以外はそもそも謎ですらない。被害者を刺し殺した凶器が見つかっていないのだから凶器はまだ犯人が持っているのである。
ならば警察が到着次第持ち物検査をして事件は解決である。
その時、会場のドアが勢いよく開き会場の人々の目線がドアに向かう。そこには何人もの刑事とそれから、顔馴染みの警部。
兄貴が朝浦警部に向かって笑顔で挨拶する。
「やあやあ親愛なる警部、事件なら今私が解決したところですよ」
無駄にフレンドリーな宏など知らないかのように華麗にスルーして警部は部下に指示を出している。
そして速やかに会場の人間の身体検査が行われる。
すぐに犯人は見つかることだろう。警察は推理小説などとは違って優秀なのである。
少なくともうちの馬鹿探偵よりは。
兄貴の腕を掴み警部に軽く挨拶をして部屋を出る。兄貴が腕を掴まれながらも足掻く。
「ちょっと、亜紀! 今から僕は警部にも推理を披露しなければいけない!」
「はいはい、捜査の邪魔をしたら悪いからねー」
そのまま腕を引き摺ってパーティー会場を出て行く。持ち物検査を受け終わった会場の人たちも私たちを見て唖然とするしかないようである。
なんせ警察の人間と知り合いで顔パスで事件のあった会場を出て行くのだ。
しかも仮にも推理を披露した名探偵が事件の結末を見ずに舞台をあとにするなど前代未聞である。
私ならそんな推理小説は絶対に買わない。
そして翌日、新聞には事件のことが早速出ていた。なんでも犯人は小川洋子の旦那だったらしい。被害者の浪費癖が許せなかったらしいがそれにしても頭の回らない犯人である。
刃物を用意していたということは少なからず計画的犯行だったのに何故ナイフを回収したのだろうか。そのまま刺しておけばよかったのに。まあそれでも指紋とかでいずれ犯人は捕まっていたであろうが。それでも多少は事件っぽくなったであろう。
そのことを名探偵に伝えると
「ふーん。僕の推理外れたんだ。ま、そういうこともあるよね」
と手元の推理小説から目も離さずに言った。きっと終わった事件に興味など微塵もないのだろう。
小説に夢中になっている探偵を横目に見ながら、私は紅茶を入れる。
不本意だが探偵の分も。今日も向井探偵事務所は、平和である。
さて、皆さんいかがでしたでしょうか。
もともとこの小説は『解決編から始まる推理小説!ただし回想禁止!』というひとつのお題から始まりました。
最初はなんだそれ……と思ったものの書き始めてみたらものすごいスピードで書き終わりました。
短編で終わらせるつもりだったんですが楽しかったのでもしかしたらシリーズものにしてしまうかもしれません。
もう少し亜紀を書きたいです。いーなーこんな妹、欲しいなー
というわけで次回はもう少し亜紀」の魅力を前面に押し出す話でry
とりあえずあとがきはここら辺で。
感想、アドバイスなどありましたら是非お願いします!
皆さんの支持があるときっと次の作品もすぐに出来上がることでしょう。
ここまで読んでいただきありがとうございました!