第八章……神主
神社へと続く階段が見えてきた頃には、すでに時刻は十一時を過ぎていた。本当は早く帰りたいのだが、臨海は、俺が神矢を埋めた裏山を見たいと、言っている。そう言われた以上、俺はそれに従うしかないのだ。
「君は、神矢君を担いで、この階段を上ったんだろう」
臨海にそう言われ、俺もよく上ったなぁと、改めて思った。
「ごめんね、つき合わせちゃって」
階段を上りながら、臨海が言った。
「いいって。お前の言うことに、俺は従うよ」
臨海との距離が、少し縮まった気がする。信頼できる仲、とでもいうのだろうか。
「ようやくだ」
臨海が言った。神社が見えて、俺は思わず腕を広げて深呼吸をした。結構、きついなぁ。
あの時、この階段を上れたのは、やはりパニックになっていたからだろう。人間、窮地に立たされればやはり何でもできるものなのだな。
「おい、裏山に行かないのかよ」
裏山とは反対方向に、臨海は歩いていった。あいつは、何をしに来たんだ?
「すいません」
誰に呼びかけているんだ、臨海は。
「いませんか?」
まさか、あいつ――。
「おい」
俺は、臨海の腕を掴んだ。
「神主に会いに来たのかよ?」
「それもある」
「何を考えているんだよ、お前は」
俺は呆れ返っていた。こんな真夜中に、神主が起きているとは思えない。仮に起きていたとしても、何故呼ぶ必要がある。怒られるに決まっている。
「誰だ? こんな真夜中に」
マジかよ! 起きていたのか?
神主が、神社の中から出てきた。こんな夜遅くまで、何をやっていたんだよ。
「すいません、神主さん」
「おお、臨海君か」
「え……知り合い?」
俺は思わず、聞いてしまった。
「まあ、ちょっとね」
驚いた。まさか臨海が、ここの神主と知り合いだったなんて。
「実は、彼に何度か助けてもらったことがあってなぁ」
神主が言った。
「そういうことに、なるんでしょうかね」
神主が出てきてから、臨海の様子がちょっとおかしいぞ。なんか、一定の距離を保ちたがっているようにも見える。神主と仲がいいわけでもないのか。
「それにしても、遅かったな」
「すいません。ちょっと長引いちゃって」
神主と会う約束をしていたとは。だから、神主はこんな夜遅くまで起きていたのか。
「電話でもお伝えしたとおり、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なんだい?」
「先日、彼がこの裏山へ来たことはご存知ですか?」
神主は俺を見て、首を横にふった。
「では、あなたの飼っている猫が、この裏山へ逃げ込み、近くを通った刑事に捜索を依頼したのは事実ですか?」
「いや。そもそも、私は猫を飼っておらん」
神主は、きっぱりと言った。
そうか、そういうことだったのか。
ようやく、臨海の考えていることが分かった。
この質問で、あの刑事がこの裏山にいたのは、偶然ではないということが証明されたわけだ。
つまり、個人的に通報があった可能性が高い、ということだ。
これで、一つの謎が解消された。
「ありがとうございます。十分です」
「そうか。それなら、よかった」
神主はそう言うと、背を向けて神社へ戻ろうとした。それを、臨海は呼び止める。
「すいません。最後にいいですか?」
「どうした?」
「この裏山へ入ることを、許可して頂きたいのですが」
そうだった。この裏山は、神主の私有地だ。
「べつに構わないよ」
「ありがとうございます」
丁寧に、臨海が頭を下げた。
「じゃあ、私からも良いかな?」
「何です?」
「君らは、何を調べているのかな?」
俺は焦った。聞かれたくなかったのだ。このまま、裏山へ直行したかった。
「臨海君が動いているということは、また大変なことが起こったのかな?」
神主からの口ぶりからして、以前にも何らかの事件が起こったようだった。その事件を、臨海が解決した、ということなのだろうか。
「ええ。とんでもない事件が、起こってしまいましたよ」
「そうか」
「でも、僕は解決してみせますよ。必ず」
そういってから、臨海は頭を下げて振り返り、裏山に向かって歩き出した。俺も後を追おうとするが、神主に呼び止められた。
「君も、臨海君に助けてもらっているのかな?」
「え?」
「私も、そうだった。彼には恩がある」
神主さん。俺は早く裏山へ行きたいんですよ。ここで、思い出に浸らないでください。
「彼が危なくなった時、どうか助けてほしい」
神主の真剣な口調に、俺は頷くしかなかった。
「大丈夫ですよ。あいつだったら、何とかなります」
根拠ならあった。臨海が負けるはずない。必ず勝つんだ。
「その言葉を聞いて、安心したよ」
俺は頷いて、臨海を追いかけた。