表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真相  作者: 西内京介
4/20

第四章……刑事の正体



 俺は刑事の目を見つめたまま、気づかれないよう後ずさりした。

「それで、聞きたいことがあるんだけど――」

もしかして……。

「神主さんの飼い猫が、この裏山に迷い込んだらしいんだが、見かけなかった?」

「え?」

 一瞬、戸惑った。そんなこと? なんだ、心配して損したよ。

「いえ、見てないですけど」

 俺はほっと、胸をなでおろした。やはり、あの刑事は何も気づいていない。

「それじゃぁ、これで失礼します」

 しかし、またしても呼び止められた。

「何度もごめん。もう一つ、聞きたいことがあるんだ」

「なんでしょうか?」

 露骨に迷惑そうな表情を、俺は浮かべてみた。しかし、そのような表情をされるのに慣れているのか、気にせず、刑事は続けた。

「その制服、(れい)(とう)のだよね?」

「ええ、まあ」

「学校は?」

「早退しました」

「そっか」

  刑事は腕を組んで、何かを考え込んでいるような表情を浮かべ、しばらくしてから、口を開いた。

「もう少しだけ、付き合ってくれるかな」

「はあ」

 一応頷いたが、本音は逃げ出したい気分だった。

「あのこと、君なら知っているよね」

「何のことですか?」

「君の通う高校の生徒が、事件を起こしたこと」

 俺の口の中が、ものすごいスピードで乾いていくのを感じた。何を言っていいのかも判断できないぐらい、思考能力が著しく低下していった。

「一応、知っていますけど」

「ニュースでは名前を伏せられているが、容疑者として名前の挙がっている高校生を、生徒に公表してくれと、我々は零東の教職員に頼んだんだよ」

「どうしてですか?」

「下校中とか、君たちにいきなり事情徴収をしても、動揺されないようにするためと、何より君らの反応が見たかったからかな」

 警察のやり方は、姑息で陰険だ。だから俺は、警察が嫌いだ。

「君らの反応で、ある程度のことを把握しておきたかった」

「神矢の情報を聞き出したりしたんですか」

「確かにしたね。内密にだけど」

 そう言うと、刑事は街全体が見えるところに立ち、深呼吸をした。

「実は、こんなことをしている場合じゃないんだよね」

「こんなこと?」

「神主さんに猫探しを依頼されたって、さっき話しただろう。刑事じゃなくて、探偵に依頼してほしかったね」

「神矢の事件を、捜査しているのですか」

「まあ、そうだね」

 刑事は俺のほうを向いて言った。

「俺は、この事件の捜査指揮官だ。たまたま近くを通りかかって、依頼されたものだから、たまったものじゃないよ」

 そうだったのか。この人は、そんなに偉いのか。なのに、何故そのような人が、神主の依頼を受けたのだろうか。部下にでも、頼めばよかったのではないか。

 そう思案していく内に、俺の頭の中であるいやな想像が浮かび上がった。

 もしかしたら、この刑事は何かに感づいているのかもしれないと。

 あの夜、俺が神矢を担いで、この裏山にやってきたところを、誰かに目撃されていたとしたら……。

 その目撃した人物が、警察にその情報を流した。

 その情報をたよりに、神社の裏山を見張っていたら、俺がやってきた。俺の後をつけて、そしてここまで辿り着いた。神主の猫を探していると、俺に適当な嘘をつき、納得させてから、さりげなく話を聞こうとしたのか。

 いや、それはいくらなんでも飛躍しすぎか。

 けど、ありえないことではない。ここはひとまず、強引にでも立ち去るか。

「まだ、いいかな?」

「あ……いや、急いでいるので、すみませんが本当に失礼します」

 強引過ぎた、と俺は内心反省した。これじゃあ、何かを隠している感が、見え見えじゃないか。

「ごめん。すぐにすむから」

 やはり帰してくれないか。

「もう一つ、質問があるんだ。いいね?」

 どうせ、拒否しても聞くんでしょう。俺の返事を待たずに、刑事は言った。

(れい)はどんなやつだった?」

 玲? 誰のことだ。

「すいません。誰ですか?」

 すると刑事は、意外そうな顔をした。

「君は、玲の親友じゃなかったのか?」

「え?」

 親友……?

そこで思い出す。ああ、あいつの名前か。苗字でしか呼んだことがないから、なかなか思い出せなかったよ。

 でも、どうしてだ。どうしてこの刑事は、神矢のことを名前で呼んだのだ。

「不思議そうな顔をしているね」

 刑事は、俺が抱いている疑問を見抜いていた。

「実は、俺の息子なんだよ」

 この言葉が、俺に大きな衝撃を与えたということは、言うまでもない。驚きを隠しきれなかった。

「そうなんですか!」

 久々に、大声を出した気がする。神矢とは、小学校から一緒だったけど、家に遊びにいくことはなかった。だから、両親の顔は知らないのだ。

 そういえば、あいつ言っていたな。父親が刑事だって。すっかり忘れていた。

「そんなに驚いたかい?」

「ええ、まあ」

 普通に頷いてしまった。

「捜査指揮官に選ばれたのも、それが関係しているのかもね」

「それって?」

「容疑者の父親だからね、俺は」

 自虐的に、刑事は言った。

「普通なら、そんなやつを捜査指揮官になんか選ばない。私情を持ち込んで、捜査を撹乱する恐れがあるからね。でも、俺を信頼してくれる人が、推薦してくれたんだよ」

「そうだったんですか」

「選ばれたことに、多少戸惑いはしたものの、俺は全力でやることを決意した。俺を信頼してくれる、その人のためにね。だから、たとえこの事件の犯人が息子であっても、俺は一切躊躇わない。息子を逮捕する覚悟だって、ある」

 俺は、刑事の言葉に胸をうたれた。感動した。けど、俺はその息子を殺してしまった。そう思うと、途端に罪悪感が俺の中を駆け巡る。

「本当は、本部で部下たちに指示をとばさないといけないんだけど、それだと駄目だと思うんだ。自分で動かなくちゃ、何も分からないし何を指示して良いかも、分からない。まあ、今まで指示されてきた側だから、じっとしていられないだけなんだけどね」

 笑ってから、刑事は俺に言った。

「さて、本題に戻そうか」

 そう言ってから、刑事はメモ帳とペンを取り出して、メモをとる準備をした。

「神矢から、学校生活のことを聞いていないんですか」

「ああ、全くね。だいぶ昔に妻と離婚して以来、玲とは疎遠関係になってしまったからね」

 そんな過去があったのか。しかし、神矢はそのような素振りを、一切俺に見せなかった。それどころか、父親の職業を嬉しそうに話していた。本当は、父親ともっと、話がしたかったのではないか。過去に、一体どのようなことがあって、父親と疎遠関係になってしまったのか、俺には分からないが、神矢はきっと、父親と仲直りをしたかったはずだ。ただ、きっかけをつかむことが出来なかっただけで。

あくまで、俺の推測だが。

「でも、ちょっと待ってください」

「どうした?」

「俺のことを、どうして知っているんですか?」

 一瞬、間があったものの、すぐさま神矢刑事は答えた。

「知っているよ。須藤大地君だろう。最初に見た時は、誰だか分からなかったけど」

「いや、誰に教えてもらったんですか」

「君の友達さ。神楽(かぐら)猛君」

 あいつか。この刑事に、あんな情報を流したのは。あれほど、神矢とは関係ない、って言ったのに。

「少し前にね。下校中に、ちょっと付き合ってもらったんだ」

 そのことについて、あいつは何も話していなかったじゃないか。

「おおっと。そんな顔しないでくれよ。秘密にしてくれ、って言ったのは、俺のほうだからさ」

 秘密なら、俺には話さなかったほうが良いのではと言おうと思ったが、しかし、ここはあえて堪えた。

「俺の顔写真でも、見せてもらったのですか」

「ああ。携帯に保存されていた写真をね。参考までに」

 さらりと言った。まさか、写真まで見せるとは。

「それで、神主さんの猫を探していたら、偶然君と出会った。本当に、偶然だよね」

 果たして偶然なのか。

「玲は何も言ってくれなかったけど、君が玲の友達だったんだね」

「まあ……はい」

 猛の時みたいに、否定はしなかった。しないほうがいいと、判断した。

「神楽君意外にも、話を聞いたけど、玲って苛められていたんだね」

 その質問には、答えづらかった。その理由は、明々白々である。

「ごめんね。父親だって、打ち明けないほうがよかったね」

「すいません……」

「どうして君が謝るの? 悪いのは俺だ」

 素直に頷けなくて、俺は困った。

「もうこの際、俺が玲の父親だということは、忘れてくれ。君の、本当の意見を聞かせてほしい」

 急に刑事の顔つきが変わった。

「はあ……」

 俺は戸惑いながらも、話すことを決めた。

「神矢は、あることをして苛められ始めました。確か、一年の二学期に入って、すぐだったと思います」

「君はその時、どうしたの?」

「え?」

「親友だったんでしょう?」

 俺は言えなかった。刑事の顔を、まともに見られなくて、とっさに俯いた。

「ごめん。べつに責めているわけじゃないんだ。ただ、疑問に思っただけ。忘れて」

 顔を上げて、俺は続けた。

「酷い苛めを受けていて、神矢も、あいつらのことが憎かったと思います。だから、あんな事件が起きたのだと思います」

「つまり、君も玲が犯人だと思っているのかい」

 神矢の父親の前で頷きたくなかったが、しょうがなかった。自分の身を護るためだ。

「おそらく」

「そうか。貴重な意見、どうもありがとう」

 そう言うと、メモ帳をしまって刑事は軽く頭を下げた。

「終わり……ですか?」

「うん。これ以上、時間をとっても迷惑そうだし」

 確かに、このまま切り上げてくれたほうが、ありがたいのは確かだが、どこか腑に落ちない。俺は、ある質問をしてみようと思った。

「あの夜に、殺人現場を目撃した人がいるんでしょう?」

 その質問に、神矢刑事は、答えようかどうか迷っている表情を浮かべたが、しばらくしてから言った。

「ああ。君らの高校の生徒からだった」

「神矢が犯人だと、そいつは言ったんですか?」

「いや、そんなにはっきりとは言わなかったが、心当たりはある、って言っていた。死体の身元を発表した直後に、電話がかかってきてね。身元が全て、玲を苛めていたグループと一致したから、もしかしたらと、思ったらしい」

「神矢が恨みを晴らすために、行った犯行だとお考えですか?」

「俺の推理では、玲はおそらくあの連中に呼び出されたのだと思う。そして、リンチをうけた。リンチを受けるであろうと予測していた玲は、あらかじめ護身用のナイフを懐に携えていた。そしてそのナイフで、あの五人を殺した」

 その考え方は、妥当かもしれない。だけど、事件の当事者である俺からすれば、その推理は根本的に間違っていると言えた。

「けど、ここで一つの疑問を抱いた」

「なんですか?」

「どうして、リンチをしようと計画したのか」

 確かにそれはある。俺も、あいつらから連絡を受けたときに、疑問に思った。何故、今なのか、あの時はそこまで深く考えなかったが、しかし今冷静に考えてみると、やはりおかしい。納得がいかない。

この場合、リンチ以外にも目的があったとか、そのようなケースもありえるのではないかと、推理小説の場合考えるが、現実はそんなに面白いものでもない。おそらく、ストレス発散とか、そのような理由からだろう。

「リンチだけが目的ではなかった、とか」

 神矢刑事は、神妙な顔つきをして言った。推理小説の読みすぎだよ、この人。

「それはないと思いますよ」

「どうしてそのようなことが言える」

「高校生は、そこまで深く考えて行動はしないですよ。単なる気まぐれだと、僕は思います」

「現役が言うのだから、信用したほうがいいのかな」

 刑事は、俺に向かって微笑んだ。どう対応すれば良いのか、多少戸惑ったが、とりあえず俺も微笑んだ。

「ごめんね。時間とらせちゃって。でも、事情徴収は、俺らにとって大切な業務だからさ」

「分かっています」

「それはありがたい」

 そう言うと、刑事は俺に手を上げてから、その場を去った。案外喋ったなぁと、後になって思う。

「危なかったぁ」

 本音を漏らしてしまった。後もう少しでばれるのではないかと、内心ひやひやしっぱなしだった。

 あの人も、神矢のことを疑っているのか。辛いだろうな、息子を疑うのって。でも、このような状況を作ってしまったのは、この俺なんだ。

 後悔している場合じゃない。こうなった以上、何が何でも俺が神矢を殺したという事実を、隠し通さなければならない。

 この時、俺の中で新たな覚悟が生まれた。

 絶対に、逃げ延びてやる。どんな手を使っても――。

 俺は、堂々とした足取りで、山を下りて行った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ