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真相  作者: 西内京介
19/20

最終章……真相



「ちょっと待ってくれよ」

 声を出したのは、臨海に指を指された神矢刑事だった。心外だ、という表情を浮かべている。

「俺が、高校生を殺すとでもいうのか? 五人も?」

 俺も分からなかった。神矢刑事が犯人だという証拠が、どこにある? そもそも、動機は? 神矢刑事は、この事件の犯人を必死で追っていた。犯人を捕まえたい、という気持ちは、人一倍あったはず。なのに、神矢刑事が、あいつらを殺した犯人なんて、にわかに信じがたい。

神矢も心配そうな表情をしている。疎遠関係であっても、父親がこの事件の犯人だと認めることができないのだろう。

 俺もそうだ。この事件の犯人は臨海で、神矢刑事に罪を被せようとしているのだろう。

 なら俺は? 臨海は何故、一度俺を犯人に仕立て上げたのだ?

「大丈夫だよ」

 足を組んで堂々と座っている臨海が、さきほどの冷徹な表情から一変、穏やかな表情をして言った。

「今から僕は、全てを話す。おそらく誰も知らない、この事件の真相を」

「なら早く話してくれよ」

 我慢できなくて、俺は言った。

「ここにいる全員が、知りたがっている。お前が何故、神矢刑事を犯人だと推理したか」

「僕は最初から、神矢刑事が犯人だと知っていた」

 は?

「僕は、ここにいる僕を信頼してくれていた人たちに、謝らなくちゃいけない」

 何をわけの分からないことを言っているんだ、臨海は。

「どういうことだよ」

 怒気を含めた口調で、俺は言った。もし臨海が最初から全てを知っていたのなら、俺は許せない。

「僕は騙していたんだよ。嘘をついていたんだ」

 掴みかかろうとした俺を、後ろにいる警察官が取り押さえた。俺の隣にいる神矢刑事は、ただ黙って臨海を見つめている。その表情は、何故か焦っているように見えた。

「ごめんね。言葉が悪かった」

 反省のこもっていない口調で、臨海は言った。

「正確に言うと、誘導していたんだ」

 あまり変わらない、と俺は思う。

「俺を騙して、誘導した、っていうことかよ」

「そういうことになるのかな?」

 腹が立つ。腹立たしくて、仕方がない。

 俺は騙されていたんだ。ずっと。

 だから、俺はこいつの推理が芝居をしているように見えたのか。最初から、こいつは全てを知っていたのだから。

 だが、こいつは俺を、一体どのように誘導させたのだろうか?

「君が抱えている疑問は、全て解消されるよ」

 言ってから、臨海は神矢の方へ向き、

「君の疑問もね」

 と、付け加えた。

「それじゃあ、まずは最初からいこうか」

 病室にいる全員が、臨海の言葉に耳を傾ける。

 俺が知りたかった真相――。

 謎だらけのこの事件に、とうとう終止符が打たれようとしていた。

「この事件は、あの日の夜から始まった」

 今の臨海は、推理小説に出てくるような探偵さながらの雰囲気を漂わせていた。

「殺された五人の不良グループは、神矢君をリンチすることを、事件の起こる一ヶ月前に計画していた。

 そもそもどうして、神矢君が苛められるようになったのか。それは、一年生の頃の出来事が原因だった。神矢君が、大地君の秘密をばらしたからだよね?」

 臨海が、俺に確認を求めた。躊躇いながらも、俺は頷いた。満足そうな表情をして、臨海は続ける。

「彼らは、とくに大地君と接点はなかったが、神矢君を苛め始めた。最初は一人。それから二人と、便乗するものが現れ、最終的には五人までとなった。大地君は、神矢君を直接的に苛めるようなことはしなかったが、彼のことを無視し続けていた。

 事件の起こったあの夜。大地君は、彼らのうちの一人から、連絡を受けた。神矢をリンチするからお前も来い、って。渋々、大地君は彼らが待つ公園まで行ったんだ。

 そこには、彼らと、彼らに囲まれている神矢君がいた。最初は、君は手を出さなかったが、彼が殴られているのを見ていて、徐々に憎しみが沸いてきた。そして、止めをさした」

 神矢の前で、そのような話をされると、俺はどうすればいいのか戸惑ってしまう。否定できないし、はっきりと肯定もできない。

「止めをさし、パニックに陥った君は、周りにいる誰かからこう言われた。神矢を埋めて来い、と。素直に従った君は、神社の裏山まで行き、そこに神矢君を埋めた。作業を終え、公園へと戻った君は、目の前に映る光景に驚愕した。皆、殺されていたからだ。怖くなった君は、逃げ出した。

 今話したのが、この事件の流れです」

 臨海はさきほど、神矢刑事が犯人だと言っていた。それが事実なら、神矢刑事は俺が裏山へ行っている間に、あいつらを殺したことになる。

 だが、神矢刑事があいつらを殺す動機は一つもない。臨海の言っていることは、間違いだ。

「僕の言っていることに、間違いはないよ」

 俺の心を見透かした臨海が、言った。

「僕はまだ、事件の流れしか話していない。言ったでしょ? 誰も知らない、この事件の真相を話す、って」

 俺は黙って、臨海が語るこの事件の真相について聞くことにした。

「神矢君が止めをさされるのも、君が殺したと思い込んでいた神矢君を裏山へ埋めてこさせたのも、全て彼らの計画通りだった」

 は?

意味が、よく分からない。

「だから、彼らが考えたこの計画の目的は神矢君じゃなくて、君なんだよ」

 臨海が、俺の顔を見て言った。

 俺かよ!

 だけど、それでもまだ、把握し切れていない。一体、どういうことなんだ。

「誰も知らなかっただろうけど、神矢君はもうとっくに、苛めを受けていなかったんだ」

「なんだって!」

 驚きのあまり、俺は大声を出してしまった。俺の大声に、顔をしかめて臨海が続ける。

「神矢君は、君の秘密をばらしたことで苛められた。その秘密がどのようなものなのかのは、僕は知らない。けど、君の秘密を神矢君がばらして、そのせいで君じゃなくて他人から苛めを受けるぐらいだから、おそらく相当なプライバシーを抱えた秘密だと僕は思う。

 しかし、苛め続けていた彼らはある疑問を抱き始めていた。どうして、神矢を苛めているのか、ってね。薄々気づき始めていたんだよ。本当に悪いのは秘密をばらした神矢君じゃない。そのような秘密を抱えている、君だということを。君も、気づいていたんじゃないかな? 本当に悪いのは自分だって」

 俺は俯いた。今すぐにでも、神矢に謝りたい気持ちでいっぱいだった。けど、臨海の話が終わった直後でも遅くはない。

「だが、彼らは苛めをやめなかった――いや、苛めているふりをしていた。ある計画のためにね。

事件の起こる一ヶ月前。彼らは、本格的に計画を立て始めた。神矢君も混ぜてね。僕は、その計画を盗み聞いていた。彼らは、このような計画を立てていたんだ。

まず、君をあの公園へ呼び出す。それまでに、神矢君をぼろぼろにする。もちろん、そのように見せかけているだけで、彼は、どこも痛くなんかはない。そこに、君が来た。彼らは、神矢君をリンチしているように見せかける。君に気づかれないように、多少はダメージを加えていたりしていただろうけどね。

 これからが問題だった。大地君に、止めをささせなければならない。そして、止めをさされた神矢君は死んだふりをする。

 彼らが危惧していた問題は、案外上手くいった。最悪の場合、君が神矢君を殴らないで終わってしまうのではないかと、心配していたのだが、君は神矢君を殴った。しかも本気で。神矢君は、死んだふりをした。神矢君が死んだと思って、パニックに陥っている君に、グループのうちの一人がこう言った。死体をどこかへ埋めてこい、と。

これが、この計画の最終段階だ。君が、死んだふりをしている神矢君を担いで、裏山へ向かっているところを、狙う。この計画は、誰にも気づかれず、君を殺すことが目的だったんだ」

 俺はそれを聞いて、悲しみに暮れた。神矢は、あいつらが立てた計画に加担した。それはつまり、俺のことを殺したい、と思っていたということになる。殺意を抱いていたんだ。

「だけど、この計画はある人物によって潰された」

 その人物が、神矢刑事か。

「でも、神矢刑事があいつらを殺す動機なんて、ないはずだぜ。少なくとも、お前の話からはでてこなかったじゃないか」

「僕はそれについてまだ話していない。最後まで聞きなよ」

 神矢刑事があいつらを殺す動機――全く想像できない。

「彼らが、この計画を立てたとき、神矢君は納得できなかった。君が殺される、と聞いて黙っていられなかったんだ」

 え?

 神矢は、俺に殺意を抱いているわけではなかった。

 俺は神矢の方を見たが、あいつは無表情で臨海の方に顔を向けていた。

「そこで、彼はグループの一番信頼できる松谷(まつや)君にこう頼んだ。

 彼らが大地君を殺そうとしたら、全力で止めてくれ、って。

 松谷君も、彼らの立てた計画には快く思っていなかったため、承諾した。

 だが、神矢君が松谷君にそのことを頼んでいたのが、ばれてしまっていたんだ。彼らの計画は急遽変更。ターゲットに、神矢君と松谷君が加えられた。

 神矢君に止めをさすところまで計画通りにいき、大地君が神矢君を担いで、裏山に向かった。彼らは、まず松谷君を殴って気絶させ、それから神矢君と大地君を殺しにいこうとした。ところが、そこへ神矢刑事がやってきた」

 すると、臨海は立ち上がって、神矢のベッドの脇に置かれている机の引き出しから、日記帳を取り出した。神矢刑事が、心底驚いた表情を浮かべている。

「これがなんなのか、あなたなら分かりますよね?」

 神矢刑事は頷こうとせず、ただ黙って日記帳を見ていた。

「この日記帳は神矢君の物です。この日記帳には、このようなことが書かれています。

『十月十二日、月曜日。俺は大地を殺したくないから、松谷に大地を守ってくれ、って頼んだ。三日前のことだ。けど、そのことがばれていたんだ。松谷は、まだばれていることに気づいていない。教えてあげようかと思ったが、それはできなかった。松谷は演技が下手だ。すぐに、気づかれてしまう。気づいているとばれたら危ない、と思った俺は、あえて気づいていないふりをしていた。おそらく、俺たち三人は、一ヵ月後に殺されるだろう。けど、このまま死んでも悔いは残らない。これは、俺の遺書だ。父さん、今までありがとう』」

 臨海は、日記帳を閉じて神矢刑事を見た。

「これは遺書なんかじゃない。あなたなら、お分かりでしょう?」

 神矢刑事が生唾を飲み込む音が聞こえた。

「これは、神矢君のSOSだったんです」

 日記帳を机に置いて、臨海が言った。

「気づいていたんですよ、神矢君は。あなたが、自分の日記を読んでいることに。

この日記帳は、あなたが愛人と密会していた日に、神矢君が母親から買ってもらったものです。この日記帳は、母親が自分に残してくれた大切な宝物です。買ってもらったあの日から、毎日欠かさず、神矢君は日記を書いていました。ページがなくなれば、神矢君はこの日記を買ったデパートで、同じものを自分の小遣いで買い、ずっと書き続けていたんです。

 あなたは、神矢君がこの日記を書いているのを知っていた。そして、読んでいたのです。

 この日記には、あなたのことについて何一つ、書かれていませんでした。離婚する前の日のことも、こう書かれていました。

『母さんのことが大好きで、僕は離れてしまうのがとても寂しい。母さんは、僕のことが嫌いになってしまったのかな?』 

 あなたは、それを読んで落胆した。同時に、五歳の息子に対して殺意を抱いた。お前が余計なことをしなければ上手くいっていたのに、とでも思ったのでしょうか?

 あなたは、神矢君を施設にはやらず、引き取ることを決意しました。神矢君も、それに反論はしませんでした。

 その時、あなたは決めていたのです。いつか、息子を殺そう、って。だから、引き取ったのです。

 それは、あまりにもおかしな話じゃありませんか! 逆恨みも、いいところです!」

 臨海が感情的になると、やはり迫力あるなあ。

 一息吐いて、臨海が続けた。

「そう思ったのは、事実ですよね?」

 神矢刑事を見てみると、肩を震わせていた。泣いているのか? そう思わせるような、姿だった。

「それでもあなたは、この日記を読み続けた。家では、必要最低限な会話以外、しませんでした。気がつくと、家に帰るのは息子が寝静まった頃になっていた。家に帰って、あなたがまずやることは、息子の日記を読むことです。今日一日、息子がどう過ごしていたのかを、その日記を読むことで、初めて知ることが出来たのです。

 一見、神矢君のことを心配しているようにも見えますが、その理由で全体を占めているわけではありませんでした。もう一つ、大きな理由があったのです。

 小学生に入学したての頃の日記に、初めて友達のことが書かれました。その友達が、大地君です」

 俺たちは、小学校に入学してすぐに意気投合した。そのきっかけは、あんまり覚えていないが、もう親友と呼べる仲になっていたのかもしれない。

 つまり、裏山で俺と会った時は、大体のことを神矢刑事は知っていた、ということになる。あの時は、そんな素振りを一切見せなかったが、おそらく俺の警戒心を生まないためにも、猛から聞いて初めて知った、というふりをしていたのだろう。

 まあ、いいや。臨海の話を聞こう。

「あなたは、少し嬉しかった。学校では、楽しく過ごしてほしいと、思っていたからです。

 ですが、神矢君への殺意は消えませんでした。どうしても、消すことは出来なかったのです。

 殺意を消すことは出来ないが、日記を読むことでその間だけは、神矢君に抱いている殺意を忘れることが出来たのです。あなたは、本当は神矢君を殺したくなかった。けど、いつか殺してしまう、と危惧していました。日記を読むことで息子への殺意を一時的になくすこと――それが、もう一つの理由です。

 それから、十一年後。高校一年生になっても日記を欠かさず書いている神矢君は、九月十七日に起きた出来事を、こう書いていました。

『俺は、親友の秘密をばらしてしまった。どうしてばらしてしまったのかは、自分でもよく分からない。最低なことをしたと、反省している。けど、周りの連中は俺のことを許してくれなかった。佐渡(さど)が、俺を苛め始めた。今後、周りのやつも便乗して苛め始めるだろう。苛めというのは、そういうものだ』

 これを読んで、あなたは激怒した。どうして息子が苛められなければならない、どう考えても大地のせいだ、と日記を読んで、大地君の秘密を知っているあなたなら、そう感じたはずです。大地君に対する殺意も、生まれました。

 日記を読むことで、二人の殺意をなんとか抑えていたあなたは、その一年後の十月十二日の日記を読んで、驚愕した。神矢君が、死を覚悟していることに。

 しかし、神矢君はあれを遺書として書いたつもりはなかった。さきほども話したように、あなたが日記を読んでいることを、神矢君はずいぶん前から知っていたのです。そして、最後の望みをかけてあの内容のものを書きました。

 あなたに、彼らを止めてほしかったのです」

 臨海の目が、潤み始めているのに気がついた。

「けどあなたは、あの五人を殺した。愛する息子と、その息子の親友だった大地君を守るために。

 他の方法があったはずです。神矢君も、あなたが殺人を犯すことは望んでいなかった。けど、あなたには、彼らを殺す以外の選択肢を見つけることはできなかった。

あなたは、新品のナイフを買い、指紋がつかないよう手袋をつけ、息子たちを、殺そうとしている者たちを殺した」

 神矢刑事があいつらを殺した動機は、俺と神矢を守るため――。

 俺たちに殺意を抱いていたはずなのに、矛盾した感情が神矢刑事を支配していた。

 殺したい、という気持ちと、護りたい、という気持ち。矛盾している。

「これで、あなたが彼らを殺した動機は成立しました」

 だが、まだ謎は多く残されていた。

「でも、動機はそれだけではなかった」

「え?」

 唖然とする俺を見て、臨海が言った。

「あとで、ちゃんと説明するよ」

 臨海は、意地悪そうな笑みを浮かべ、話の続きをし始めた。

「ところで皆さん。このような疑問を抱いているのではないでしょうか。何故、神矢君は担がれている時に、大地君と一緒に逃げなかったのか」

 その通りだった。死んだふりをしていたのなら、俺に声をかけて、事情を説明し、逃げればよかった。けど、あいつは黙って裏山に埋められた。

「松谷君の他に、もう一人にある頼みごとをしていたのです」

「頼みごと?」

 俺は聞き返していた。一体誰に、どのような頼みごとを、神矢はしていたというのだ。

「神矢君は、僕に頼みごとをしました」

 自分を指差して、臨海が言った。皆、驚きの表情を露にして臨海と神矢を交互に見ていた。

「どういうことだよ、臨海」

「君は、前々からずっと疑問に思っていたことがあるよね?」

 その言葉に、俺は頷いた。

「どうして、僕が事件についてあれほど詳しかったのか。当事者でもないのに。そのせいで、僕は君に二度も、犯人と疑われた。その度に、僕は感心させられたよ。傑作だった。面白い推理だったよ」

 ずいぶん上から目線だなあ。

「けど、ようやくその疑問が解消されるよ。どうして、僕が事件について詳しかったのかがね」

 臨海は、神矢に一瞥をくれると、俺のほうを向いて言った。

「神矢君は、僕に君を守ってほしいと依頼した」

 その一言が、俺に衝撃を与えたことは言うまでもなかった。

 神矢は、臨海にそんな依頼をしていたのか。

 だから、臨海は事件について細かく知っていたのか。一通り、神矢から説明を受けていた、ということか。

「神矢君はね、君と自分の身を護るために、黙って埋められた」

「何だって?」

「神矢君は、僕にこう依頼したんだ。

『俺は、黙って大地に埋められることにする。その後に、お前が助けに来てくれ。それで、何日か経って、俺が危険な状態で見つかれば、父さんから俺たちの身を護れるかもしれない』と。

 彼は、父親が自分に殺意を抱いていることに、ずっと気づいていました。だから、自分と君の身を護るためにこのような計画を立てました。

 まず僕が埋められた神矢君を救います。その後、彼を匿いました。その間、ずっと作戦を練り続けていました。大地君が怪しまれないようにするには、どうしたらいいか。そして、思いついたいのです。完璧な作戦が。

 神矢君には、全てを話しませんでした。ただこれだけを、言いました。見つかって、意識を取り戻したら、自分が全てやったと、言い張ってくれって。

 二週間後、僕は彼にある薬を渡しました。その薬は、服用すれば、意識をなくし、生死をさまようような状態を作り出す、実に危険なものでした。けど、死ぬことはありません。そう言って、僕は彼にその薬を飲ませました。途端に、彼の意識は朦朧とし、やがて気を失いました。そのような状態に陥った神矢君を、僕は事件のあった公園に運び出して、放置しました。誰かが見つけてくれるのを、待ったのです」

 そう言うと、臨海は小さく笑った。

「狙い通りでした。警察は、神矢君を容疑者として追っていたけど、彼がそのような状態で見つかった直後に、捜査方針を変えました。捜査は、またふりだしに戻ったと思われたのです。

 その矢先です。僕が、大地君の指紋がついたあのナイフを送ったのは。

 神矢刑事は、あの夜犯行に使用したナイフを、隠滅しようとせず投げ捨てて逃げてしまったんですよ。だから、見つけるのは簡単でした。

 僕はそのナイフを、家に持ち帰りました。店で料理などに使う包丁を買い、家庭科の時間、大地君にマイ包丁だと言い、買ってきた包丁を握らせたのです。次に、その包丁を受け取り、僕は特殊なテープを使って大地君の指紋を採取しました。そのテープを、ナイフを持つ部分に貼り付け、しばらくして剥がせば完成です。そのナイフを、僕の書いた手紙と同封して、警察に送れば、大地君を犯人に仕立て上げることなど、容易なんですよ」

「その手紙に、俺の名前を書いていた、ということか」

「ご名答」

「けど、犯人が犯行を否認でもしたら、俺が犯人になってしまうじゃないかよ」

「大丈夫さ。僕が、君の指紋をナイフに付ける一部始終を、ビデオに撮っておいたからね。つまり、証拠を捏造している瞬間を捉えたテープを、残しているんだよ」

 それを聞いて安心したが、一歩間違えれば大変なことになっていたことを、臨海は自覚しているのだろうか。

 けど、一体何故、臨海はそんな手の込んだことをしていたのだ。神矢に、俺のことを護ってくれ、って言われたんじゃないのかよ。どうしてこいつは、俺を犯人に仕立て上げたんだ。

「僕が君を犯人にした理由は、ちゃんとあるよ」

 俺が抱いている疑問を、臨海は言い当てた。

「これが、僕の作戦だったんだよ。僕の話を信じてくれる状況を作り出したんだ。

 僕の考えた作戦を、神矢君に話さなかったのは、反対されると思ったからだ。何故なら、君を犯人に仕立てあげる必要があったからね。

 僕は君に、納得させるような推理を披露して、誘導していたんだ。まんまと騙された君は、こうして犯人に仕立てあげられていった。

 と、ここでもう一つ衝撃的な事実を話そう。僕は、神矢刑事と手を組んでいたんだよ」

 そうだったのか。それで、こんなにも上手くいっていたのか。

「僕が神矢刑事と手を組んだのは、ナイフを送りつけるよりも前だった。だから、神矢刑事は届いたナイフを見ても動揺しなかった。大地君を容疑者として捜査できるようにするため、手紙を同封した。須藤大地が犯行に使ったナイフだと、書かれた手紙だよ。改造携帯を使って、電話をしたのも全てシナリオ通りだった。神矢刑事には、事前にこう言っておいたんだ。二度目に電話をした時は、刑事さんを寄越してください、って。それで、刑事さんたちが大地君の家に来たんだよ。

 僕らが逃げる行き先も、神矢刑事に知らせていた。だから、神矢刑事はここにいる。君を捕まえるために。

 けどね、先ほども言ったようにこれが僕の作戦だったんだよ。僕が事件の真相を語る機会を、作ったんだ。その場には、神矢刑事や神矢君、他の刑事さんたちもいなければ成り立たない。もちろん、君もね」

 俺は、隣にいる神矢刑事を一瞥した。許せなかった。俺に、罪を被せようとしたのか。それに、臨海のことも。事情を説明してくれればよかったのに、と恨めしく思う。

「君に全部話していたら、僕の立てた作戦は水の泡だ」

「え?」

「君のリアルな演技が必要だった。神矢君にも、黙っている必要がある。さっきも言ったけど、反対されるのが目に見えていたからね。せっかく立てた計画が、潰されてしまう。一歩でも間違えれば、神矢刑事が真犯人だと、証明できなくなってしまう」

 考えてみれば、そうだった。

「すいません。僕を信頼していてくれたのに、裏切ってしまって」

 結果的に、臨海は三人の人間を騙していたことになる。俺と神矢、そして神矢刑事だ。

「さて、神矢刑事が君を犯人に仕立て上げようとしていた理由と、彼らを殺したもう一つの動機について話そうか」

 臨海は話題を変えた。

「まずは、神矢刑事が彼らを殺したもう一つの動機。それは、決意表明だったんだよ」

「は?」

 何の決意表明だ?

「神矢刑事はね、彼らを殺して、君たち二人も殺そうとしていた。そして、最後には自殺しようと考えていたんだ」

 そんな――。

 信じられない。俺たちを護るために、あいつらを殺したんだろう? それなのに、俺たちを殺すつもりだったのなら、あいつらを殺す必要はなかったんじゃないか。

「確かに、おかしいよ。君たちを殺すつもりだったのなら、彼らをわざわざ殺すことはなかった。

 けどね、君たちを護りたい、という気持ちがあまりにも強かったんだ。だから、彼らを殺した。彼らに、君たちを殺させたくはなかったのだよ。

 殺すなら、自分がやる、神矢刑事はそう思っていた。

もう一つの理由を挙げるのなら、彼らを殺せば、それが後押しとなって、君たちを殺すことが出来るかもしれない、と思ったわけだ。    

まず、彼らを殺し、ひとまず逃げる。翌日になれば、その惨劇は知られることになる。あなたは、事件の起こった二日後に遺体の身元を記者会見で報告しました。もちろん、ニュースや新聞で大きく報道されます。これが、あなたの計画でした。

 案の定、神矢君と同じ高校に通う同級生から連絡がありました。それは、事件の目撃者によるものでした。その目撃者は、神矢君が犯人ではないかと、そのような内容を喋ったかと思います。おそらく、身元が全員、神矢君を苛めていたグループと一致したからでしょう。なによりも、神矢君にはアリバイがなく、行方不明であるということが、一番の理由でした。

 全て、あなたの計画通り進行していました。この事件の捜査指揮官に選ばれたあなたは、神矢君を容疑者だと、捜査会議で発表しました。

 次にすることは、埋められている神矢君を掘り出して、殺すことでした。その後、神矢君の死体を発見させ、容疑者からはずし、大地君をどうにか犯人に仕立て上げ、機会を窺って殺すつもりだったのです。

しかし、神矢君は見つかりませんでした。なら、どこなのか。内心、焦ったでしょう。そんなあなたに、僕は匿名で電話をかけました。神矢君を掘り出したのは、僕であることを説明し、神矢刑事を安心させました。その後の計画についても、話しました。神矢刑事は、僕の立てた計画に賛同し、手を組んでくれたのです。

 実を言うと、君と踊り場で会ったあの日、偶然じゃないんだよね」

 臨海の行き来していた視線が、急に俺へと向けられた。

「僕は君と会ったあの後、すぐに神矢刑事の携帯へ連絡をいれた。君があの裏山へ行くことは、想像できていた。神矢刑事に、僕は言ったんだ。偶然を装って、彼と会ってください、って。後々、君と裏山で会ったということが、神矢刑事にとって有利になるからね。君を犯人に仕立て上げる計画が、その時すでに進行されていたんだよ」

 神矢刑事が個人的に通報を受けていたと、臨海は屋上で言っていた。その通報をしたやつが、臨海本人だったという事実に、俺は驚きを隠せなかった。

「けど、僕は皆よりも先をいっていた」

 笑みを浮かべた表情で、臨海が言った。

「神矢刑事の計画を潰せたのも、君たち二人のおかげだよ」

 俺は嬉しかった。俺のとっていた行動一つ一つに、意味があったということが、たまらなく嬉しかった。

「これで、この事件の真相は一通り話し終えたと思う」

 臨海の目は、俯いている神矢刑事に向けられた。

「けど、最後にいいかな?」

 神矢刑事に目を向けたまま、臨海が言った。

「神矢刑事が君たちを守りたかった理由を、もう少し詳しく話させてほしい」

 期待を込めた眼差しで、神矢が臨海を見ているのが分かる。俺も、少なからず期待していた。神矢刑事に憎しみを抱いたまま、終わらせてほしくなかった。

「神矢刑事は、神矢君の日記を読んでいて気づいたんだよ。自分が、どれほどの間違いを犯したのか。

 愛人と密会していた日、神矢君がそこに現れた。その時神矢君は、まだ五歳だ。状況を、理解できていない。けど、母親が、夜な夜な泣いているのを知って、神矢君は気づき始めていた。母親を裏切った、父親が許せなかった。神矢君は、包丁を取り出して、父親を刺した。父親も、それを止めようとはしなかった……。

 その時、あなたはどんな気持ちでした? 神矢君を止めなかったのは、浮気したことに対して責任を感じていたからではない。所詮子供だと、馬鹿にしていたからではないですか? 案の定、軽傷でした。

しかし、そのことがきっかけで、離婚ということになってしまった。神矢刑事は、五歳の息子を引き取って、いつ殺そうかと考えていました。

時が経ち、事件の起こる一ヶ月前、つまり十月十二日の日記を読んだあなたは知ったんですよ。

 どうして、もっと早く気づかなかったのか。神矢君は、あなたのことが決して憎いわけではなかった。あの時は、一時の感情に支配されていただけなのです。それなのに、神矢君に殺意を抱き続けていた自分が、情けなくて仕方がなかった。だけど十二年という月日は、あまりにも長すぎました。今更、息子への殺意を忘れることなど出来ない。そして、その呪縛から解き放たれるために、あなたは、僕がさっき話したあの計画を思いついたのです」

 気づけば、俺の目には涙が溜まっていた。神矢の目にも、涙が溢れている。

 悲しすぎる結末――。

 これが、臨海の言っていた真相なのか。

「自分のことを、日記に書いてくれていないというのが、あなたをこうさせたのでしょうね」

 言って、臨海が机上の日記を取り、神矢刑事のところまで持って行くと、それを差し出した。

「この日記に、神矢君が大好きだった母親のことばかりが書いてあるということが、許せなかったんですよね? だから、十月十二日の日記を読んで、あなたは神矢君と大地君を護ろうとした」

 神矢刑事は泣き崩れた。どういった心境で泣いているのかは、定かではないが、神矢刑事にはきっと、息子に謝りたいという気持ちが芽生えているはずである。俺は、そう信じたい。

「僕の話は以上です」

 臨海は、日記を机に置き病室を出た。その行動があまりにも自然だったため、俺は気づくのに遅れた。

「あ、待てよ」

 俺も後を追おうとするが、臨海が出て行った直後に、一人の女性がやってきた。見た目は、四十代前半だろうか、母さんと同じぐらいの年齢に見える。

「どちらさまでしょうか?」

 女性が入ってきたことに気づき、入り口に立っている警察官が聞いた。俯いて泣いている神矢が、顔を上げてその女性を見た。

 すると、神矢の目はさらに涙で溢れた。大粒の涙が、頬を伝う。

「母さん……」

 なんだって?

「玲」

 どういうことだよ、これ。なんで、十二年前に離れていったという神矢の母親が、現れるというのだ。

「覚えてくれていたんだ」

 母親は、目に涙を溜めて、嬉しそうな表情を浮かべ言った。

「忘れるわけ……ないじゃないか」

 母親は、神矢のベッドへと駆け寄り、成長した息子を力いっぱい抱きしめた。神矢は泣き喚き、母親も涙を流しながら謝っているのが聞こえる。

「ごめんね……。ごめんね……玲」

 十二年ぶりの、感動的な再会。でもどうして、母親は神矢の入院している病院を知っていたのだろうか。

 そうだ、忘れていた。臨海を追わなくちゃ。

 俺は、嗚咽が響く神矢の病室を後にした。



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