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真相  作者: 西内京介
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第十七章……逃亡


 

 俺たちは、人通りの少ない住宅街をひたすら走っていた。

 辺りはすっかり夕焼けに包まれ、日が沈むまであと数時間という時間帯だということが、なんとなく分かった。

走りながら後ろを振り返ると、二人の刑事が必死に俺たちのことを走りながら追っていた。

「もっと早く!」

 臨海は大声で俺に言った。早く、って。これが限界なんだよ。

 走り続けて、まだ五分しか経っていないのに体力の限界が近づいていた。日ごろの運動不足のせいか。

「くっそぉ!」

 俺は叫んでいた。捕まるわけにはいかない。

 おそらく、このまま刑事に捕まれば俺たちは刑務所行きだ。臨海が事件の真相を話したところで、信じてもらえるともかぎらない。  では何故、俺たちは神矢の入院している病院へ向かっているのだろうか。次々と疑問が浮上してくるが、今はこらえよう。とにかく、逃げなくては。

「急がないと!」

 また、臨海は言った。

「急がないと、電車に乗り遅れるよ!」

 なるほど。スケジュールも、ちゃんと調べてあるのか。

 そうか。臨海には、こうなることが全て予測できていたわけか。逆探知防止機能オフにし、警察を俺の家に来るよう仕向けた。朝に切符を買って、逃亡する前に渡しておくと、スムーズに改札を通れるわけだ。

 疑問に思うのだが、何故そうする必要がある。これは、一体なんの作戦なんだ。

 今更だけど、こいつは一体何者なんだ?

 謎が多すぎた。だが、もうじき全ての謎が解き明かされる。

 決着――。

 臨海は全ての謎を解いた上で、神矢が入院している病院へ行こうとしている。

 神矢が、何か知っているとでもいうのか。

「期待しているぜ、臨海」

 走りながら喋っている余裕など全くないのだが、つい口から出てしまっていた。俺の言葉に、臨海はこちらを向いて、軽く微笑んだだけだった。

 俺は、この事件の真相が知りたい。

 神矢が、何故生きているのか、あの五人を殺した犯人は誰なのか、裏山に埋めておいた神矢を、誰があの公園へ移動させたのか、臨海が、突然俺の前に現れた本当の理由――。

 全ての謎が解けたら、その先には何が見えるのだろうか。

 希望か、絶望か――。

 臨海は、俺を救ってくれるのか。

「その角を右に曲がって!」

 臨海の指差した方向を、俺は見た。

「ちょっと待てよ! あそこは――」

 あそこを右に曲がれば、行き止まりだ。

 ここら辺の土地勘など全くないであろう臨海は、あそこが行き止まりだということが分かっていない。

「おい! 行き止まりだって!」

 大声で、俺は言った。このままじゃ、まずい。捕まってしまう。

「聞いているのかよ!」

 臨海は、止まらずに走り続ける。そしてついに、角を曲がってしまった。

「おい!」

 俺も曲がったが、先に見えるのは大きな壁だった。

 ここは、家と家の間にできた小さなスペースで、ゴミ捨て場にもなっている場所だ。

「どうしてくれんだよ」

 息を整えながら、俺は言った。臨海は、まるで苦しそうな表情をしていない。すごいスタミナだなぁと、感心してしまった。

 いや、そんなことはどうでもいいんだ。ああ。これで、とうとう捕まってしまうのか。

「知っていたよ」

「は?」

「ここが、行き止まりだということ」

 どういうことだよ。

「知っていて、ここに来たのかよ」

 臨海は、先に見える大きな壁を見ながら頷いた。

「ふざけるなよ!」

 そりゃあ、怒鳴りたくもなるよ。俺たちは、駅に向かっていたんじゃないのかよ。こんなところで立ち止まっていたら、中年刑事たちに捕まってしまう。

「ここで、どうすればいいんだよ」

 前傾姿勢をとり、膝に手を置いて俺は聞いた。まだ息があがっている。正直、苦しい。

「ここを、乗り超える」

「はあ?」

 ちょっと待てよ。嘘だろ。

「だってここ、四メートル近くあるぜ?」

 壁を見上げて、俺は言った。本気で言っているのかよ、臨海のやつ。

「ここを超えれば、大幅なショートカットにもなる」

 臨海は、ここの土地をどうやら熟知しているようだ。熟知した上で、ここへ連れてきた。

 確かに、この壁を越えれば遠回りしないで、駅のある向こう側の道路へと辿り着く。しかし、そんな発想、誰が思いつく? この壁を、どうやって越えるというのだ。無理に決まっている。

「無理なんかじゃない」

 俺を見て、臨海は言った。

「きっとできる」

「きっと、じゃ駄目なんだよ! 確実な方法をとらなくちゃ、逃げ切れないんだよ!」

 俺は必死だった。捕まるか捕まらないかの、瀬戸際である。絶対に逃げ切る、って誓ったんだ。こんなところで捕まっては、無念すぎる。

「僕が、この壁をよじ登って乗り越える、って言うと思った?」

 少し笑って、臨海はゴミ捨て場に捨ててあるゴミ袋をあさり始めた。

「汚いって」

しかし、臨海は手を止めない。臨海の目は、真剣そのものだ。

「見つけた」

 そう言うと、臨海はある物を取り出して俺の前に差し出した

「これって……」

 臨海が片手にもっている物は、先端にフックが取り付けられているロープだった。

「おい、もしかして……これで?」

 恐る恐る聞いてみると、臨海は頷いた。

「ああ。これさ」

「マジで?」

「おおマジだよ」

 言いながら、臨海がロープを投げて、フックを壁の角に引っ掛けた。

「なんでこんな、自衛隊みたいなこと――」

「最初は、梯子にしようかと思ったんだ」

「なら、それでいいじゃないか」

「でも、梯子だと詰まんないからね」

 詰まるとか詰まんないとかの問題じゃなくて、普通に逃げたほうが早いと思うのだが。

「それじゃぁ、駄目なんだよ」

 ずばり、俺の心中を読み、答えた。なんか凄いな、臨海って。本当に、何でもお見通しなんだな。

「警察は何人もいる。あの二人は、今頃僕らを追うのを止めて、他の刑事の方に先回りをしてもらっているはず」

「なるほど。先を読んだ、ということか」

「そういうこと。このまま真っ直ぐ進んでいたら、きっと僕らは捕まっていただろうね」

 ロープがちゃんと引っかかっているかどうかを、二、三度確かめて臨海は俺に言った。

「お先にどうぞ」

 文句を言わず、俺は素直に上った。今はとにかく、急がないと。

 壁を何とか乗り越えて、着地した。

「それじゃぁ、上るよ」

 壁の向こう側で、臨海が俺に言っている。

「ああ、いいぜ」

 上り終えた俺は、腕を組んで臨海が上ってくるのを待っていた。しばらくして見上げると、臨海が角に手をかけたのが確認できた。

「よし! 来い!」

 臨海は、壁のてっぺんに立ち、飛び降りた。

「行こうぜ」

 臨海の肩に手を置いて、俺は言った。臨海は頷いた。

 この壁を越えたから、駅までもうすぐのはずだ。

 体力もだいぶ回復したので、俺は全力で走った。

 さっきまでの風景とは一変、車が多く走る道路にでた。人も、たくさんいる。

「よし、もうすぐだよ」

 そう言ってから、臨海は腕時計に目をやった。

「あまり時間はないみたいだ」

「あと何分?」

「五分」

 その数字を聞いて、俺は内心焦った。

 あと五分か。今のペースを保てれば、ぎりぎりで着くと思うが、この体力がどこまでもつかだ。

 さっきまで走っていたせいか、思っていたより体力の消耗が早い。余裕そうに見えていた臨海の表情にも、疲れが見え始めていた。

「あともう少しだ、大地君!」

「ああ」

 俺たちを支えているのは、気力だけだった。その気力を失わないためにも、俺たちはともに励ましあい、走るのだ。

 ようやく駅が見えてきた。徐々にペースを落とし、ポケットにしまっておいた切符を取り出す。

「切符は、なくしていないよね」

「あたりまえだろ」

 駅まであと百メートル――なのに、地元の警察官が先回りをしていた。

「やべぇ!」

 改札より少し離れたところで、警察官が両手を広げて構えていた。

「避けるぞ!」

 臨海がそう言い、大きく左へ走った。俺は、右に走る。

 どちらを追えばいいのか分からない警察官は、困惑していた。そのおかげで、俺たちは難なく改札を通ることが出来た。

 改札を通った直後に、電車がホームに着いた。ジャストタイミング! 臨海の計算どおりだ。

 後ろを見てみると、警察官は俺たちを捕まえようと改札を飛び越えてやって来ようとする。しかし、もう遅い。俺たちは、電車の中へ入った。

 そして、電車が出発する。

 あの警察官も気の毒になあ。出世のチャンスが、俺たちによって潰されたんだから。

「よし」

 俺は、小さくガッツポーズをした。車内の客たちは、訝しげに俺たちを見ていた。

「やったね」

 息を切らしながら、臨海も嬉しそうな表情を浮かべて言った。

「ああ」

 俺たちはハイタッチをした。嬉しさゆえに、か。

「いよいよだ」

 車窓から見える景色を見つめながら、臨海が言った。

「臨海」

「うん?」

 臨海が、俺に振り向いた。

「お前は、全ての謎が解けたのか?」

 聞かずにはいられなかった質問だ。臨海は、全ての謎を解いたのか。

「まあね」

 自慢げに言うでもなく、臨海は言った。

「すごいじゃないか」

 俺が褒めても、臨海は嬉しそうな表情一つみせない。

「どうした?」

 明らかに様子がおかしい。

「べつに」

 返事も素っ気無い。どうしたというのだ。

「大地君?」

「なんだ?」

 今度は臨海が、俺の名前を言った。

「……なんでもない」

「なんだよ? 言いかけたら、続けろよ」

「いや、その必要はないよ」

「え?」

「もうじき、全て分かるから」

 そう言ったきり、臨海は口を閉ざしたままだった。



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