第十五章……神矢の真意
「やあ、来たね」
「呼ばれたんだから、そりゃあ来るよ」
公園のベンチに座っていた臨海が、こちらに近づいてきた。私服だった。
「歩こうか」
俺が口を開く前に、臨海が言った。仕方なく、俺は臨海の後をついていった。
「で、今までお前は何をしていたわけ?」
「何が?」
「またとぼける気かよ?」
俺は言った。臨海は、笑みを浮かべながら俺のことを見ている。なんか、気持ちの悪いやつだな。
「お前はいつもそうだな。俺には、大事なことは隠しておいて」
胸の中に溜まっているものを、今日こそ吐き出してやろうかと思った。
「どうして、お前は事件のことを詳しく知っているんだ? 警察が、証拠となるナイフを入手していたことも、知っていた。神矢の過去のことも。お前は、知りすぎている。
俺には、お前の推理している姿が、演技にしか見えないんだよ」
「僕のことを、犯人だと、言った時もあったねぇ」
嬉しそうに、臨海は言った。
「あの時の君の推理は、本当に面白かったよ。やればできるじゃないか」
「馬鹿にしているのかよ」
「してないよ」
臨海が歩き始めた。俺も、後に続く。
「この四日で、何か分かったことでもあるのかよ?」
「さぁ。それは、どうかな?」
また、そうやって大事なことは隠す。俺にも、知る権利はあるはずだ。仲間なのに、俺だけ何も知らない状態だ。だから、臨海がいなきゃなにも出来ない。
「君は、神矢君の発言についてどう思っている?」
「え?」
「神矢君は、自分が犯人だと、今も必死に言い張っている。これについては、どう思う?」
「どう思う、って」
「守山先生から聞いたろう? 神矢君の話」
なんで知っているんだ、こいつは。
「どうやら、守山先生に過去の話をしろと指示したのは、神矢刑事らしいよ」
「え? 守山が勝手に話したんじゃないのかよ」
「違うみたいだね」
どういうことだ。神矢の過去を俺たちに話して、どうなるというのだ。
「神矢刑事のその意図は、僕もよく分かっていない。けど、もしかしたら神矢君に同情を集めたかったんじゃないのかな」
「は?」
「神矢君は、見つかる以前まで容疑者として追われていたわけだ。神矢君が容疑者だと知っていたクラスの連中は、彼を非難していたに違いない。
けど、神矢君は意識不明の重態で見つかった。その時点で、神矢君を可愛そうだと、同じクラスの人たちは思うわけだ。
その後、目が覚めて喋れるようになった神矢君は、自分があの五人を殺しましたと、言った。
しかし、神矢君の辛い過去の話をしたらどうなるだろうか。皆は、父親に構ってほしくて、あのようなことを神矢君は言っているのではないか、と思ったんじゃないのかな? 警察は、多分君たちにそう思ってほしかったと思うよ」
実際、守山がそう思っていた。
「だけど、僕の意見だとそうじゃない。神矢君は、父親に構ってほしくてあのような発言はしたんじゃないと、僕は思っている」
「お前も、警察と同じ意見か?」
「その通り。神矢君は、誰かを庇っている」
その誰かが、俺は引っかかっているのだ。神矢は、あの五人を殺した人間を庇っているのか? それとも、俺なのか?
もしかしたら、俺と犯人の両方を庇っている可能性もある。
「神矢君は、おそらく犯人を知らないよ」
臨海は、俺が思っていることを見抜いていた。
「君を守っているんだよ」
「どういうことだ?」
「もし、神矢君が君の行ったことを証言したらどうなるか。君は神矢君を殴り、意識不明の状態にした。つまり、気絶した以降の記憶は神矢君にないわけだ」
「もう少し、分かるように説明してくれよ」
「神矢君が本当のことを証言したら、警察はこう考えるだろう。君は、神矢君を殺したと勘違いして、パニックに陥った。そこで、神矢君を裏山に埋め、その後、君は周りの同級生を惨殺した。これも、君の計画通りだった、とね」
「いくらなんでも、それは――」
「君が殺していない、とは完璧に証明できないだろう。なにせ、神矢君は気絶しているのだから。
凶器に使われたナイフも、君が盗みだした物と思うだろう。ナイフに付着している指紋の人物は、君に盗まれたと証言して罪を逃れようとするはずだ」
まあ、そう考えると納得はいく。神矢は、俺のことを守ってくれているのか。
「このまま、神矢君が本当のことを黙っていてくれたら、君は助かる。犯人のもとへ、警察はまもなく行くだろう。それで、その犯人は捕まるわけだ」
「そんなに上手くいくかなぁ」
「何を心配しているの? もう少しで、君はこの苦しみから解放される。事件が解決したら、神矢君の見舞いにでも行けばいい」
「そう……だな」
躊躇いがちに、俺は頷いた。
「そういえば、俺たちはどこへ向かっているんだ」
「君の家だよ」
臨海は即答した。
「なんだと!」
俺は立ち止まって、言った。臨海も立ち止まり、呆れたような表情を俺に向けた。
「どうしたの? そんな怖い顔して」
「どうしたの、じゃないだろ! また、改造携帯で警察に電話をするのか! なんでまた、俺の家なんだよ!」
「この前も言っただろう。僕の家じゃ、まずいんだ」
「だからって、俺の家を犠牲にするのか?」
臨海は、唐突に笑い始めた。
「この前と、ほとんど同じ会話をしているね」
言われてみればそうだったが、そんなことはどうでもいい。俺は、さらに言った。
「お前の家には、何があるっていうんだ!」
「何もないよ」
「なら、いいじゃないか」
「でも、駄目なんだよ」
本当は、部屋にエロ本でも隠し持っているんじゃないか?
「エロ本なんて、読んだこともない」
大真面目に、臨海が答えた。俺の思っていることを見抜き、答えやがった。凄い、という言葉以外、見つかりそうにないな。
「僕の作戦は、君の家じゃなきゃ成り立たない」
作戦?
「作戦、ってなんだよ」
「話せないよ」
またそれか。でも、追求しようという気には、なれなかった。
「いいね?」
「……ったく」
渋々だが、俺は承諾した。こうなりゃ、その作戦を是日、成功していただきたいものだな。
「必ず成功させるよ」
こいつと会話する時、べつに俺は喋らなくてもいいんじゃないか?