第十三章……病室
電車から降りて、俺たちは神矢の入院している病院に向かって歩き始めた。外は、もう真っ暗闇だ。
「寒いね」
確かにそうだったが、俺は答える気にならない。
「なあ?」
「うん?」
「神矢刑事、また明日、って言っていたけど」
「言っていたねぇ」
「それって、捕まえに来る、っていうことか」
「僕らのところへは来ないよ。ナイフに付着していた指紋の人物に、会いに行くんだよ」
「でも、俺が犯人だって、神矢が証言したらどうする?」
呆れながら、臨海は言った。
「あのねぇ、物的証拠とただの証言とでは、扱いが全く違うんだよ」
「どういうこと?」
「神矢君の証言は、証拠が存在しない場合、尊重されるかもしれない。けど今は、証拠が存在する。指紋のついているナイフだ。どっちが優先される? 誰も証明できない証言と、存在する証拠とでは?」
それで、俺は納得した。そういうことか。
「じゃぁ、俺が捕まることはないんだな」
「そういうこと。こんな展開になってくれて、逆にありがたいんだ」
「ありがたい?」
「そう。真犯人が捕まってくれると、君は疑われなくてすむ。神矢君を埋めたことは、最悪の場合ばれるかもしれないけどね」
まあ、五人の同級生を殺した高校生になるよりかはましだ。
「お、あれかな?」
神矢の入院している病院が、ようやく見えてきた、意外とでかいなぁ。
「お前、学欄で大丈夫か?」
俺は部屋で私服に着替えたけど、臨海は学欄のままだ。
「補導されたりしない?」
「大丈夫なんじゃない」
適当だな。ま、別にいいか。とりあえず、病院の中へ入ろう。
入り口付近に、車が止まっていた。この車は、おそらく神矢刑事の乗ってきた車だろう。
「来ているみたいだね」
「ああ。慎重にな」
俺たちは中に入った。ナースステーションの看護師たちが、入ってきた俺たちに頭を下げた。臨海は、ナースステーションにいる看護師に、神矢の病室の場所を聞いた。
「お知り合いですか?」
「ええ、友人です。さきほど、神矢君が目を覚ましたことを聞きつけて、急いできたんです」
「ああ。そういえば、言っていました」
「言っていた? どういうことですか?」
「刑事さんです。誰かが、神矢玲の病室を尋ねるかもしれないから、その時は教えてください、って」
「そうですか」
俺たちは、神矢の病室を聞いて、エレベーターのある場所へ向かった。
ボタンを押すと、エレベーターのドアはすぐに開き、俺たちは乗った。
神矢の病室は四階にある。なんだか、緊張してきた。
「神矢刑事が、看護師にあんなことを言っていたとは」
エレベーターの中で、俺は言った。
「なんか、気味が悪い」
「そうかい? 僕は嬉しいけどね。歓迎してくれている」
変な解釈をしていないか、こいつは。
四階に到着し、エレベーターのドアが開く。俺たちは、神矢の病室を探した。
神矢の病室に近づくと、怒鳴り声が聞こえてきた。
「お願いだ! 言ってくれ、犯人を!」
この声は、間違いなく神矢刑事だった。
「頼む! お前だけが、頼りなんだ!」
神矢の病室の前で、俺たちは立ち止まって盗み聞きをしていた。神矢は、沈黙を貫いているようだった。
「頼むよ、喋ってくれ」
神矢刑事が懇願している。
「……だよ」
何か言った!
「うん? なんだ」
神矢の声が、よく聞こえない。俺たちは、耳を澄ませる。
「……なんだよ」
「聞こえない! なんだ!」
「俺なんだよ!」
突然、神矢が怒鳴り声を発した。
「俺なんだよ……あいつら、殺したの」
「どういう……ことだ」
「父さんが言うやつが犯人じゃない。俺だよ、あいつらを殺したのは。殺さなかったら、俺が殺されていた」
俺は言葉を失った。臨海を見てみると、静かに事の成り行きを見守っていた。
「何を言っている! この手紙に書いてあるやつが、犯人のはずなんだ! 証拠もある!」
「前の持ち主のナイフを盗み出して、手袋を使って使用したとは考えなかったのか?」
神矢の言ったことに、神矢刑事は反論できないでいた。
「その証拠を信じたい気持ちも分かるけど、俺の言葉を信じろよ。
俺が、あいつらを殺したんだ」
どうしてだよ……。
どうして、俺の名前を言わない――?
言えよ……。
言えよ!
いつの間にか、俺は涙を流していた。必死に堪えていたつもりが、この感情は抑え切れなかった。
「行こう」
臨海が、俺の肩にそっと手を置いて、言った。俺は、その言葉に頷き、エレベーターのある方向へ歩き出した。