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真相  作者: 西内京介
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第十二章……攻防



「ここが、大地君の部屋か」

 俺の部屋はそんなに広くない。勉強机があって、漫画が詰まった本棚もあり、私服が詰まっているたんすが置かれている。その横に、ベッドが置かれており、ノートパソコンも持っているので、部屋は広くなくても十分だった。

「よし、早速やるか」

「それじゃぁ、まずはスピーカーを貸して」

 俺はスピーカーを取り出した。そのスピーカーのコンセントを、例の改造携帯に差し込む。

「これで、相手の声が聞こえるわけか」

「うん。実験もうまくいったから、聞こえるはずだよ」

 そう言うと、臨海は番号を打ち始めた。いよいよだ。俺の鼓動が、自然と早くなる。

 落ち着かない俺とは対照的に、臨海は至って冷静だった。本当に、緊張しているのか?

「押したよ」

 俺は息を殺して、その時を待った。臨海は、改造携帯を耳に押し当てた。いつになく、真剣な表情をしていた。

 ここで、一歩でもミスを犯したら大変なことになる。危険と隣り合わせの作戦。そんな状況に追い込まれているはずなのに、それに比例するかのように俺は興奮していった。

「繋がった」

 思わず言ってしまった。スピーカーから、女性の声が聞こえたからだ。臨海は、唇に人差し指を押し当てて、俺を見た。黙っていろ、ということか。そうだよな。俺の声が、通話口まで届いたら、犯人は複数と思われてしまう。

「すいません。神矢捜査指揮官に、繋いで頂きたいんですけど」

「失礼ですけど、あなたは?」

 怪しむのも、無理はなかった。何故なら、喋っている臨海の声はボイスチェンジャーで変えられているからだ。しかも、いきなり捜査指揮官に繋いでくれ、って。あっさりと、承諾してくれるわけがない。

「あの方と、お話したいことがあるのです」

「ですから、お名前を教えてください」

 女性の声は、イラついていた。臨海は、どうするつもりなのだろうか。

「では、お話します。僕が、この事件の犯人です」

「は?」

「もう一度言います。あの公園で、五人を殺し、裏山に神矢君を埋めたのは、僕なんです」

 その途端、女性が受話器を落としたのが聞こえてきた。恐怖のあまり、話しているのが怖くなったのだろう。これで、神矢刑事を呼んでくるはず。

 臨海は満足げな表情を浮かべていた。ここまできたら、もう引き返すことはできない。頑張ってくれよ、臨海!

「お電話、変わりました」

 しばらくして、声が聞こえた。間違いない。あの刑事の声だ。

「神矢捜査指揮官ですか?」

「そうです」

 神矢刑事の口調は、どこか冷めていた。冷静、というべきか。話しているのが、犯人と名乗る人物であっても、決して焦らないのが、刑事の鉄則なのであろう。

「単刀直入にお聞きします。あなたが、この事件の犯人なのですか?」

 と、ここで臨海口を閉ざした。言葉を慎重に選んでいるのが、見ていて分かる。プレッシャーも、相当だろう。

「はい」

「あなたは、何者なんですか?」

「その質問には、お答えできません」

 スピーカーからは、神矢刑事の声以外も聞こえる。周りが、少し騒がしいようだ。逆探知を試みているのだろう。しかし、それは無駄だ。この携帯は、逆探知されないようにできているからな。

「そうですか」

 神矢刑事も、あまり臨海を刺激ないよう気を配っている様子だ。これ以上、追求してこなかった。

「あなたは、どうやってあの五人を殺したのですか?」

「それも、お答えできません」

 おいおい、大丈夫かよ、臨海。このままじゃ、神矢刑事も怒って何も答えなくなってしまうぞ。

「教えていただけますか?」

「犯人の僕が、自分が不利になるようなことを、言うと思いますか?」

 神矢刑事は、なにも言い返さなかった。どうやって聞き出そうか、考えているのだろうか。

「僕から、いいですか?」

 果たして、臨海の質問に答えてくれるのだろうか。

「あなたが何も言わないのであれば、こちらからお話しすることはできません」

「いえ。答えなくて結構です」

「え?」

 どういうつもりだ、臨海? お前は、この電話で何を得ようとしているのだ?

「僕が思うに、あなた方は、僕の正体にお気づきですね?」

 なんだと?

「答えなくて、よいのですか?」

「ええ、結構です。いいですよ、僕に気づいていない芝居をするのは。僕が誰なのかは、もちろん分かっていますよね?」

 俺は声が出そうになった。嘘だろ。何が、どうなっているんだ!

 スピーカーから、神矢刑事のため息が聞こえてきた。それから、神矢刑事は淡々と語りだした。

「我々に、ある親切な方が犯行に使われたと思われる凶器を持ってきて下さいました。刃の部分に付着していた血は、鑑識の結果、被害者のDNAと一致しました」

 どういうことだよ。臨海は、そんなこと一言も言っていなかったじゃないか。どうして、そんな大事なことを黙っていた? 悩んでいるように見せかけていただけなのか。全て芝居だったのか。

 本当に、こいつはどこまで知っているんだ。

「凶器に使われたナイフに、指紋が付着していました。その指紋は、送られてきたナイフに同封されていた手紙に書いてある人物と、見事に一致しました。つまりあなたの指紋と、ですね」

「証拠、ですか」

「そうなりますね」

 それじゃぁ、そのナイフについてある指紋は、一体誰のものなんだ? 

 なら、一体誰が犯人なんだ? ナイフに付着していた指紋の人物とは、一体? 俺が怪しまれていないのだったら、わざわざこんな電話などしなくてもよいのでは。

 こいつは、俺に隠していることが多すぎる。話してくれればいいのに。 

「僕を、捕まえないのですか?」

「まだそんなことしませんよ。玲が喋れるようになって、証言してくれたら、捕まえに行きます」

 ちょっと待てよ。神矢が俺を犯人と証言したら、どうなるんだ。警察に届けられたナイフには、同封されていた手紙に書いてある人物の指紋が、付着していたわけだろう。手紙に書いてある人物は、俺ではない。二人の犯人が生まれてしまうわけだ。俺と、手紙に書かれていた人物だ。

「あなたを捕まえれば、これでようやく苦しみから解放されますよ」

 神矢刑事の口調は、上機嫌だった。

「息子を疑うのが、どんなに辛かったか、あなたには分からないでしょう」

 臨海は黙っている。余計なことは、喋らないつもりなのだろうか。

「息子をこんな目に遭わせたあなたを、俺は絶対に許さない」

 さきほどとは一変、神矢刑事の口調には怒りが含まれていた。

「話を変えても、よろしいでしょうか?」

 唐突に、臨海が言った。

「神矢君が容疑者になった理由、僕の憶測ですが話しますね」

 何を言い出すんだ、臨海は?

「もちろん、答えなくて、結構です。僕が一方的に喋りますから。

 警察に通報がはいった。公園に、何人もの男が死んでいる、と。急いで、死体の身元を調べてみると、それは全員、零東に通う生徒だった。事件の起こった二日後に、死体の身元を、あなた方は報道陣に公表した。それは何故か。有益な情報を得るためです。被害者は高校生。もしかしたら、同じ高校に通う生徒から情報を得られるかもしれない、と思ったのでしょう。

 案の定、電話がかかってきました。しかも、事件の目撃者からです。まずは、すぐに電話をかけなかったことへの謝罪と、それから目撃したときの様子を、その人物は話しました。電話をかけてきた人物は、おそらくこう言ったはずです。犯人は神矢かもしれない、と」

 神矢刑事は無言だった。それが、俺には肯定しているように思えた。

「それから警察の方々はまず、被害者の家へ行ったはずです。出かける前に、何か言っていませんでしたか、と。それでも、事件を解決するほどの情報を得ることはできなかった。

 けど、あなたがいるじゃないですか。捜査をしていた刑事たちは、あなたを呼び出して聞いた。息子さんは今どこにいる、ってね。あなたは知らなかった。息子がどこにいるのか。十二年前のあの事件以来、神矢君とはあまり会話をしていないんでしょう?」

 スピーカーの向こうで、神矢刑事が動揺しているのが分かった。

「しばらく家に帰っていなかったあなたは、久しぶりに帰宅して神矢君がいないことに気づき、動揺した。その日は休日だったため、どこかへ出かけているのではないかと、そう思い待っていたが、結局帰って来なかった。

 そこで、あなたは神矢君をこの事件の容疑者にしたのです。あなたは、この事件の捜査指揮官に選ばれました。神矢君がこの事件の容疑者であるということを同級生にも伝えてほしいと、神矢君の通っている零東の教員にあなたは言いました。その翌日、つまり事件の起こった三日後、神矢君と同じクラスの生徒たちは聞かされました。ニュースでは未成年なので伏せてあるけど、警察は神矢を容疑者として捜査している、って。伝えておいたほうが、あなた方にとっては、なにかと好都合でした。事前に知らせておいたほうが、事情徴収をとる際にも、動揺されないですむ、という考えだったのでしょう」

「素晴らしい」

 神矢刑事が、言った。

「まさか、これほどにまで素晴らしい推理をご披露して下さるなんて」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」

 それじゃあ、臨海の憶測は当たっているのか。

「それほどにまで、素晴らしい頭脳をお持ちだとは、正直感心しました」

 なんか気味が悪い。褒めすぎだろ。

「ですが、あなたは負けますよ」

 この一言により、一瞬で空気が変わった。

「負けませんよ。僕が、必ず勝ちます」

「無理ですよ。玲が目覚めて証言すれば、この事件は解決します」

「僕は、負けたことがないんですよ」

 臨海は言った。目が本気だ。

「これはゲームです。僕と、警察とのゲーム。そう考えると、面白いじゃないですか」

「ゲーム――ですか」

 スピーカーの向こうで、ため息をつくのが聞こえる。

「確かに、面白いかもしれないですね」

「ええ」

「いいことを、教えましょうか?」

「いいこと?」

 臨海が聞き返した。気になっている様子だ。俺も気になる。

「実はですね、先ほどお医者様から連絡がありまして」

 まさか――。

「玲は、後もう少しで喋れるようになるそうです」

 俺は思わず声を出しそうになって、慌てて口に手を当てた。そうか。だから、神矢刑事はこんなにも余裕だったのか。

「そうですか。よかったですね、これで僕のことも捕まえることができますよ」

「ええ。もうそろそろ時間なので、行くつもりです。よろしければ、病院へいらしたらどうです?」

 そんなところなんかに行ったら、確実に捕まってしまう。行くわけなんかない。

「それじゃぁ、是非」

 ふざけんな! 犯人と勘違いされるだろうが。いや、いいのか。犯人はもう、特定されているから、俺たちが疑われる心配はない。さりげなく行けば、ばれないかもしれない。でも、目立つような行動をとれば、電話をしたのが俺たちだとばれてしまう。

「それでは、病院の場所をお教えしますね」

「あ、ちょっと待ってください」

 そう言うと、臨海がバッグの中からノートと筆箱を取り出して、メモを取る準備を始めた。

 病院の詳しい場所などを聞かされた。それを、臨海は真剣にメモしている。こいつは、本当に行くつもりなのか。

「……分かりましたか?」

「はい。ありがとうございます」

「我々に会いに来なくて結構ですので。もちろん、あなたを探す気など微塵もありませんので」

「はい」

「では、また明日」

「はい。さようなら」

 臨海は電話を切って、俺のほうを向いた。俺は、臨海に聞きたいことがやまほどあった。

「どういうことだよ? お前、どうして警察に証拠が届いたことを知っていた? そんな素振り、一切見せなかったじゃないか」

「気にしないで」

「答えろよ」

「今はまだ答えられない。この前も、言ったでしょ?」

 そう言うと、臨海は立ち上がって俺に言った。

「さあ、行こう」

「どこに?」

「決まっているでしょ。神矢君が入院している、病院だよ」



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