触れられるキミが
ピピピ……というけたたましい音に眉を寄せながら、わたしは起き上がった。
外が明るい。もう、朝だ。
「おはよう、すば……」
誰もいない空間に挨拶が中途半端に溶けて消えていく。
聞こえていないはずの誰かの名前を口にしてしまい、両手で顔を覆った。
そろそろ起きないといけない。今日は休みではなく、普通に平日だ。
起きて、顔を洗って、着替えて……それから仕事に行かないと。
以前なら、賑やかな声がわたしを追い立ててくれた。和やかに支度をして、ちゃんと朝ごはんも食べてから家を出ていた。
でも、いまは――。
はぁ、と重い溜息をひとつ落としてからベッドを出る。カーテンを開けると眩しい光が目を刺した。
洗面所へ向かう足取りが重い。もうずっと、朝が憂鬱だ。
着替えを洗濯機に放り込んで、またお願いをしようとしてしまい心が沈んだ。
昴がいなくなって、二年が経った。
彼の気配のない生活に慣れないといけないのに、わたしはいつまでたっても独り立ちできないでいる。
洗濯機のオートを自分で設定してからスイッチを入れる。
食欲がないなと思いながらも、トースターに食パンをぶち込み、タイマーをセットした。ついでにコーヒーメーカーの電源も入れる。
寝室に戻り、壁のスイッチを押す。
すぐに軽い電子音が響き、白い壁が一面の鏡へと変化する。
クローゼットから今日着るための服を適当に取り出して身につけると、鏡で身だしなみをチェックした。
黒い髪に、冴えない顔立ち。目の下に薄い隈ができて、顔色が悪く見える。
「……化粧でごまかせるかな」
『お化粧なんてしなくても六花はかわいいよ』
不意に、柔らかな声が蘇って泣きたくなった。
慌てて壁のスイッチを押す。鏡がただの壁になる。
こうやって鏡に自分を映すと、いつも昴がその向こうに寄り添ってくれていた。
モデルも顔負けの美しい男。
隣に立つのが恥ずかしくて、毎回かわいくないことばかりを言ってしまったのに、姿が見えないとこんなにも心が乱される。
トン、と壁に額を付けた。
「昴……どこ行っちゃったのよ。……ばか」
チーン! とリビングからトースターの焼けた音がした。
◆ ◆ ◆
ガタン、ゴトンと電車の揺れのなか、わたしは壁にもたれながら外を眺めていた。
仕事終わりの体は、朝以上に気だるい。
外はまだ少しだけ明るい。夕陽がどんどん落ちて、空がオレンジと紺色の二色に分かれていく。
そのさまを、以前だったらとても綺麗だとはしゃいだのだろう。
それは、たぶん。いつも端末を通して昴が話しかけてきてくれたからで……。
彼と景色を共有することが嬉しかったからで。
(あーあ……好きになんかならないって、決めたはずなのになぁ)
ジワリと視界が滲む。
こんなに心をかき乱されて、戻ってきたときにあの男をどうしてやろうかと思う。
戻ってきたら――
(戻ってくるよね……昴)
本当に、不毛だ。
触れることもできない相手に、こんなにも心を明け渡してしまって。
目を瞑ると、ぼんやりと昴の姿が浮かんできてしまう。頭をひとつ振ってその残像を追い払う。
こんなんだからここ二年、わたしはまともに眠ることもできやしないでいる。
『先輩……ちゃんと寝てます? なんか顔色悪いですよ。あと痩せました?』
三日に一回のペースで、職場の後輩からそんなことを言われている。昨年はそんなことなかったのに、今年に入ってからは頻度が多い。
そんなにも顔に出ているのかと思うと、苦い笑みが口元に浮いてしまう。
「……寝られればよかったんだけどね」
小さく呟いて、電車の扉に頭を押し当てた。
車内アナウンスが降りる駅を告げている。
帰りたくないと思う。昴のいないあの空っぽの家に。
けれど、じゃあどこに行くのかと問われたら、どこも思い浮かばない。
だって、どこに行ったって昴はいないのだから。それならば、どこに行ったって同じだ。
家だろうと、それ以外だろうと。
電車が止まる。扉が開く。目の前には見慣れた駅のホームがある。
降りなきゃいけない。そんなことは分かっている。それなのに足は縫い留められたように動かない。
(でも……)
『必ず、戻ってくるから。だから六花……それまでちゃんと生活するんだよ?』
昴がそう言った。待っててと言った。必ず戻ってくるって言った。
だから、わたしは"ちゃんと生活"しないといけない。
扉が閉まり切る直前で、わたしは電車を飛び降りた。
どこかに行くことなんて、やっぱりできなかった。
飛び降りたわたしを避けるように、人々が駅のホームから去っていく。
ひとりぽつんと残った私の目から、熱いものが溢れて地面にパタリと落ちた。
それを指先で払って歩き出す。彼が望んだ通りにちゃんと生活するために。
――でもね。でも……。
(いつまで待てばいいの? ねぇ、昴)
そろそろ限界なんだろうなと、頭の片隅で囁くような声がした。
◆ ◆ ◆
家に帰ってから、ノロノロと化粧を落とし着替えをしてキッチンへ立つ。
「あんまり食欲ないな……」
冷蔵庫を開けて、閉める。
今日はもう、食べないで寝てしまおうか。
幸い、明日は土曜日だ。月曜日になるまで外出することもない。
以前なら朝ごはんは早起きして、外に食べに行ったりもしていたけれど。夕飯なら、慣れないながらもちゃんと作っていた。
冷蔵庫の中身も、足りない調味料も、把握されていたから。火入れだって温度の調整だって、昴がやってくれていた。
『焦げちゃうよ、六花』なんて笑い声を乗せながら。
そうしてわたしはまた昴のことを考えてしまう。
「……お茶だけで、いいか」
昴の言っていた"ちゃんとした生活"からは遠退いたなと苦笑する。
戸棚からグラスを出したところで、壁際から高い音が響いた。インターホンが鳴った音だ。
(……え、誰?)
夜に訪ねてくる人物に心当たりがない。特になにか注文した覚えもないから、宅配ではないはずだ。
訝しく思いながらインターホンを覗いてみて、わたしは口を大きく開けた。
「お父さん!?」
『六花、帰ってたか』
「え、なんで……?」
『なんででもいいだろう。娘の顔を見にきちゃいけないのか? まったく……まあ、いい。ここで話すわけにもいかないから、開けてくれないか?』
カチャリと音がしそうなほど、真面目な様子で眼鏡のブリッジを押し上げる姿に思わず笑みが漏れた。
久しぶりに会う父の姿に、少しだけ心が上向いた。
小言も気にせず、請われるままに自動ドアのロックを解除する。
ついでに玄関のドアの鍵も開けた。
父に会うのは本当に久しぶりだ。今年も昨年も、お盆や正月に実家に戻ったとき父は仕事でいなかった。だから、話をすることができなかったのだ。
父に、話を聞きたかった。"彼"のことを。
生活サポートAIとして昴をわたしにくれたのは、父だったから。
しばらくして、再びインターホンが鳴る。
部屋の中を片付けていたわたしは、通話だけ解除して離れたところから声を上げた。
「鍵開いてるから、入ってきてー!」
戸棚から取り出したグラスを戻し、沸かしたお湯でお茶を淹れる。それをテーブルまで持っていってから、首を傾げた。
確かに、通話はできていたはずだ。聞こえていなかったとは思えない。
それなのに、しばらく経っても父が来ない。玄関扉の開いた音もしない。
外を映したドアホンには、足だけが見えている。ジーンズにスニーカー……少し父のイメージとは違い、首を傾げるけれど。
仕方がないので、玄関へ向かってこちらから扉を開ける。思わず愚痴が突いて出てしまうのはしかたないんじゃないか。
「んもー……入っていいって言ったのに。なんでずっと外、に――」
扉を開けてまず目に入ったのは、足だった。
さっきちらりと見えたジーンズとスニーカー。
上に視線をずらすけれど、まだ足がある。長い。父の足はこんなに長くない気がする。
腰に、ベルト。片側だけ裾が押し込まれたシャツ、柄物の上着。
父はこんな服装しない。いつだって堅苦しくないのかと思うほどにシャツとジャケットでいるから。
いま、この目の前に立つ人物はきっとおそらくとても若い。わたしと同じ年頃か、少し上かもしくは下か……。
白い無地のTシャツに、広い胸、肩。くっきりと浮かんだ喉仏に、線の細い顎先。そこにふわりとかかる色素の薄い茶色の髪。
厚くもなく薄くもない唇はゆるりと弧を描いていてしっとりと柔らかそう。
薄い茶色の瞳は切れ長で、涼やかで、でもそのなかに甘い熱をひた隠していて。通った鼻筋に、細めの眉。
モデルも真っ青になりそうなほど整った顔立ちの――
「すば、る……?」
茫然としながら飛び出た"彼"の名に、目の前の青年が嬉しそうに笑う。
「うん。ただいま、六花」
甘い甘い声が、頭のなかでずっと反芻していた声が、わたしの名前を呼んだ。
ずっとずっとなんども耳元で聞いていた声だ。
(う、そ……)
彼に向かって手を伸ばす。胸のあたりに触れて、押してみる。
すり抜けない。壁じゃない。ここに、いる。
ありえない。こんな……。
鏡の向こうにしか存在しなかったはずの彼が、こんな、現実に存在しているだなんて。
戻ってきたとしても、きっとまた触れられないで終わるんだと思っていたのに。
まさか、こんな――
「すばる……ふっ、ふぇ……すば……すばる……ぅっ」
「ああ……ごめんね六花。泣かないで。ちょっと遅くなっちゃった。でも、約束どおり、ちゃんと帰ってきたよ。ね、おかえりって言って? 僕を、玄関から中に入れて?」
あふれる熱い雫を、昴の指先が拭い取ってくれる。頬を包む手のひらが温かい。体温がある。
声が、直接わたしに振り注いでくる。
「おか……おかえ、り……っ、昴……っ、ぅっ……ひっ」
もっとちゃんと言いたいのに。おかえりって言いたいのに。他にも言ってやりたいことがたくさんあったはずなのに。わたしの口は震えて無様につっかえた言葉しか出せなくて。
だけど、昴はそんなわたしに蕩けるような笑みを見せる。
「うん、ただいま六花。大好きだよ」
抱きしめられながら、ふたり縺れるようにして玄関へと入った。
扉が閉まった瞬間、カチリと鍵のかかる音がする。
ドン、と背中が今しがた閉まったばかりの扉へと押し付けられた。
「え? すば……っ、んぅッ」
噛みつくように塞がれたのは、わたしの唇。
驚いて押し返そうとしたわたしの両手を、昴の手のひらが絡め取った。同じように扉に押しつけられる。
体ぜんぶで、扉に押さえ込まれている。大きな体が覆いかぶさってくる。
まるで、逃さないと言われているようで、胸の奥がきゅうっと痛くなる。
「六花……六花、逃げないで。言ったでしょ? 僕は六花が好きだって。抱きしめて、甘やかして、キスをしたいって」
「ぁ……すば、る……でも、待っ……ンぅ……ッ」
「やだ。待てない。六花だって、同じ気持ちのはずだよ。僕のこと、好きでしょう? 抱きしめて、キスして、同じ景色を見て感動して、同じものを食べたいって思ってたでしょ?」
「そ、それは……」
「ね、だから僕を受け入れて。拒まないで。六花に拒まれると、僕は狂ってしまいそうなほど悲しい」
耳元で、昴がなんども囁いてくる。頬を擦り寄せ、唇が耳に触れ、目元に触れ、首筋に埋まる。
ちゅ、ちゅ、といくつも音を立てながら吸い付いてくる。
いつも泰然としていた昴を想像していたが、こんなにも性急だと思わなかった。あの昴が、焦れている。
熱い吐息がわたしの髪を揺らしたら、もう恥ずかしさなんかどこかに行った。
もとから昴を拒むことなんて、わたしにはできないのだから。
頬をまたひとつ、涙が零れ落ちていく。
「すばる……昴……わたしも、好き。大好き。もう、いなくならないで。ずっとそばにいて。昴がいないと、ダメなの……!」
「うん。僕も六花がいないとダメなんだ。……おそろい、だね? 愛してるよ、六花……」
昴が、押さえていた手を離した。自由になったその腕で、わたしは昴の首にしがみつく。
昴の両腕が、私の腰をしっかりと抱きしめた。
身体が密着する。温かな熱が、全身を支配する。
AIである彼に触れることなんて、生涯できないのだと思っていた。
それなのに、こんなにも、
(あったかい……)
唇は熱い。幾度も重ねあい、息が続かなくなって開いた隙間から、もっと熱い舌が滑り込んでくる。
音が立つほどにかき混ぜられて、腰が抜けたわたしを昴が抱き上げた。
「ベッドに行こうか、六花」
耳から滑り込む声音に肩が浮く。
靴を脱がされ、勝手知ったるとばかりに昴は家の中を進んでいく。
父が来ると思って、しっかり片付けておいて良かったかもしれない。まさか再会してすぐにこんな展開になると思わなかった。
恐る恐る見上げたら、恭しくベッドに降ろされて、また唇をしっとりと塞がれた。
(初めてだから、優しくして……って言いたいけど……)
言わなくても、昴にはわかられてしまっているような気がする。
「大丈夫だよ、六花。僕、ちゃんと勉強してきたからね。痛くないようにするし、すっごく気持ちよくしてあげる」
すっごくのところだけ、小さい"っ"がいくつもあったような。気のせいだろうか。
そもそも、生活サポートAIだったときの昴もとても勤勉だった。AIだからなのかもしれないけれど。生活サポート以上の知識を六花に教えてくれていたような気がする。
だから、どれだけ気持ちよくさせられてしまうのかわからなくて、ドキドキする。
そもそも初めてだから、なにが正解なのかとんとわからない。
妖艶に微笑む昴から視線を逸らし、わたしは真っ赤になっているだろう顔を両手で覆い隠した。
「よ、よろしくお願い、シマス……」
「ふふっ、うん。よろしくお願いされます」
隠した手は絶妙な力加減で外されて、指を絡めて繋がれた。
楽しそうな昴の顔が降りてきて、あっという間にわたしは嵐のような快楽に呑み込まれていった。
◆ ◆ ◆
「ところで六花。夕飯は食べた? というか、ちゃんと食べてた? 少し痩せたよね……。それに隈もある」
昴に翻弄されたベッドのなかで、裸のまま二人で抱き合っていた。
長く綺麗な指先が、わたしの目元に触れてうっすら浮かんでいる隈に触れる。腰を抱いていた腕が、そろりと横っ腹を撫でた。
「ッ……ふ……昴、触っちゃ、だめ……」
いまだ敏感な体は、昴が他意なく触れた感触にもビクビクと反応してしまう。
サッと頬に走った朱を、昴がじっと見つめていたことに、わたしは気が付かなかった。
「……六花。そんな反応されちゃうと、また止まらなくなるよ」
「!? だ、だめ。もう、ダメです」
気持ちよくさせると言った昴の言葉は嘘じゃなかった。嘘は吐かないと知ってはいたけれど。
でも、こんなに足腰立たなくなるほどドロドロに蕩かされるとは思ってもいなかった。初めてでこんなに気持ちのいいことなんてあるんだろうか。
「で、六花? ごはんは?」
「う……きょ、きょうは、食べたくないなって……」
「六花。僕言ったよね? ちゃんと生活するんだよって」
少しだけ低くなった昴の声が、頭の上から響いてくる。ゆっくりと髪を撫でる手つきは優しい。怒っているわけではなさそうで、安心する。
「してた。ちゃんと。でも、昴が、いないから……。昴のこと思い出して、ごはんは喉を通らないし。昴の声を思い出しちゃって、夜は眠れなかったんだもん」
「そっか……僕のせい、だね。ごめんね、六花。でも僕、いますごく嬉しいと思っちゃってる」
「え?」
昴の抱きしめる腕が強くなった。体の前面ぜんぶが昴とくっついている。下腹部に当たる熱いモノまでぜんぶ。なんかだんだん硬くなってきている。
「六花がそんなになるまで僕のことを考えていたんだと思ったら、胸の奥がぎゅってなって、もっと六花が欲しくなっちゃった。嬉しくて嬉しくて、心臓のある当たりがあったかい」
「そ、そう……。でも、もうダメよ……?」
これ以上は体が保たないだろうから、いったん落ち着いてほしい。
「……じゃあ、僕がなにか作ってくる。料理も勉強してきたから、安心していいよ、六花。ちょっと待っててね。時間も遅いし軽いものにするから」
しかたないなぁと笑った昴が起き上がって、そのへん散らばっていた服をパパッと身に着けた。最後にわたしの額にちゅ、と唇を落としてから、キッチンへと去っていく。
伸びをしながら歩く後ろ姿を眺めながら、わたしも崩折れそうな体を叱咤して起き上がった。
新しい下着を付けて服を着る。なんかいろんな液体でデロデロになってしまった下着を、なんとか洗濯機へと放り込んだ。
軽く手を洗ってから、キッチンへと向かう。
「あれ、六花?」
冷蔵庫には食材が詰まっていたはずだ。
なにを作るのか見ていたら、トマトとキノコとパスタが出ている。
「あっさりスープパスタにするよ。量は少なめで、でもちゃんとお腹にたまるように」
「じゃあ、サラダ作る」
「……うん。六花とはじめて一緒にすることが料理だなんて嬉しいな。一緒に食べることもできる。味の感想も、あとで聞かせてね?」
手際よく食材を刻んで炒めていく昴を、横目で見た。
邪魔にならないように端のほうでレタスをちぎり、キュウリを刻む。アスパラガスをレンジで茹でてから、トマトを冷蔵庫から出して切った。
サラダなんてこんなもの。すぐにできてしまう。
テーブルに持っていってからキッチンに戻り、フライパンにパスタを投入した昴に後ろから抱きついた。
「ふふっ、六花は甘えんぼうさんだ」
「……だって」
昴のお腹に回した手に、温かく大きな彼の手が重ねられた。
「後ろから抱きしめられるのもいいけど、僕としては前から六花を抱きしめたいな」
ゆっくりと手をほどかれて、正面から向き合うようにさせられる。そしてそのまま言葉通りに腕のなかに閉じ込められた。
「ごはんを食べたら話をしようか、六花」
「うん」
昴の指先が、ほつれた髪を梳いて耳にかけてくれる。その感触にうっとりしながら、わたしは頷いた。
さっきは雰囲気に呑まれて流してしまったが、聞きたいことは山のようにある。
どうしていなくなったのか、とか。
どうして人としてここにいるのか、とか。
昴は本当に生活サポートAIだったのか、とか。
父と知り合いだったのか、とか。
あと、父と一緒に来たんだよね? どこ行ったの? とか。
探せば気になることはいくらでもあるのだけど。
でもいまは、昴と一緒に食べるごはんが、昴の作ってくれたごはんが優先でいいと思う。
彼はずっとそばにいてくれるって言った。
昴が嘘を吐くことはないから。ゆっくり、ゆっくり、聞きたいことを聞いていけばいい。
「話が終わったら、また六花のこと食べさせてね」
「そ、それは……」
「いや?」
その聞き方はずるい。嫌なんじゃなくて、体力が保たないって言ってるのに。
「嫌ならやめるよ」
「ずるい。昴のばか。嫌じゃないってわかってるくせに」
「ふふっ、うん。六花は僕が大好きだからね。……僕も、六花が大好きだよ。愛してる」
昴の言葉は飾りがない。直球だ。だからこそ、胸にストンと突き刺さる。
捻くれたわたしの心もスッとほどいてしまう。
昴にわたしの心はすり抜けて見えてしまっているようだけど。
「嫌、じゃないけど、手加減はしてください……」
「明日も明後日も休みなのに?」
「あ、明後日は、行きたいところがあるの! 昴と、一緒に……あのオープンカフェに」
ささやき声のようになったわたしの言葉に、昴が大きく目を見開いた。
そして、満面の笑みを見せる。
それは楽しみだねと笑いあう時間が優しくて、愛しくて、これがこのまま続いていくことがまるで夢のようだと思った。
「わたしも、愛してるよ、昴」
でも、夢じゃない。
嬉しそうに笑った昴が、わたしのすべてに口づけて、離そうとしないから。お返しに、わたしも昴の唇に自分のそれをしっかりと重ね合わせた。
触れられないと思っていた君に触れられる。
きみに触れてしまったらもう止められない。
触れられるキミが、心から愛しいのだと。




