08
日向が何をいいたいのかききたい気がしたが、沈黙がいたたまれなくなり今江の我慢も限界となった。
慌ただしい足音がした。
みれば石井と椿が立っていた。ふたりが三階の窓際の角に姿をあらわすと、廊下を通過していたはずの生徒たちが足をとめる。
「お……おまえら」
頭上から日向の戸惑った声がした。
ふたりは秋晴れにふさわしい好青年の笑顔を浮かべ、昨日の影など微塵もない。今江は重いまぶたでまばたきした。
「今江先輩っ」
お互い視線を交わし、うなずきあうと声をそろえ、その場でふたりは土下座を敢行した。
「昨日は悪ふざけが過ぎました!」
石井が頭をさげてそういえば、
「ぜんぶ嘘ですごめんなさい!」
つづいて椿もそういって頭をさげた。
ちょっとずつ集まっていた生徒たちからきゃー、わーと悲鳴とどよめきがあがり、何なの!? 何!? と事態をつかめない声が飛び交う。
今江は両手にそれぞれもっていた、移動教室用のノートと筆箱、紙袋を落とした。
どうしてふたりは誤解を解くのにこんな観衆のいるなかで目立つ方法をとったのだろう。爆弾にしたって大きい。しかし今江の予想もしてなかったさらなる爆弾がまだあった。
「それともうひとつ」
ふたりは土下座したまま、今江にいった。
「――今江先輩、日向雅彦と付き合ってあげてください。お願いします」
直後に先ほどより大きいどよめきが起こって廊下が揺れた。窓がビリビリと震動した。
四人を囲む輪が厚くなり、空間も狭まっている。
ギャラリーと同じように目を丸くしていた今江は、よこで動く気配に気づいた。
「やだー何これ」
「押すな」
「マジか!?」
周囲から乱れ飛んでいた声がぴたりとやんだ。
不審におもって首をめぐらすと、斜め背後に立っていたはずの日向が、石井や椿と同様にいつの間にか膝を床についていた。
両手をそろえ、頭をさげる。
(まるで土下座だ)
今江が落としたノートと筆箱の先で、日向がしているのはまるで土下座だ。静かな空間に声が響いた。
「お願いします」
激流直下に似た悲鳴がおきた。
今江から何もかもを剥ぎ取ることばだった。足腰から力が抜けて、今江はぺたんと尻餅をついた。
小さな声でたずねた。
「……ほんとうに嘘……?」
顔をあげた日向が、一度も出したことがないような大声でいった。
「嘘だ!」
ふたたび痛いくらい沈黙が三階階段上がり、窓際角の空間におりた。
今江の厚いまぶたが閉じられ、透明な涙がにじみ出てきた。頬をすべりおちていく。
「お、おれ……」
手紙に書きたかったのは、友達になりたいですではなかった。
気味悪がられるからとおもってかき消したことば。
視界では端に石井と椿が土下座をしたままだ。中央では日向も頭を床につけている。たくさんの生徒たちが集まり、声もなく突っ立っている。
今江は上体を揺らし、床に手をつくと、額を打ちつけるような勢いで日向とむかいあうようにして頭をさげた。
「よろ……しくお願い……します」
その日、三階以外の階にいた生徒や教諭は、休み時間の揺れにたいしててっきり地震だとおもい、地に伏せたり机のしたに入ったり、グランドに駆け出したりした。
「どうした!?」
「地震か」
「何だ!?」
余震は長くつづいた。